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二章 入学旅行二日目
2-18c 歴史に残る大発見「24班の奇跡」 3
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「『辞典』を、重ねてみたら?」
みんなの顔に「は?」という表情が浮かぶ。霧は何かとんでもなく非常識な、おかしなことを言ったらしい。霧は慌てて言いつくろった。
「あの、あの、『辞典』って、重ねられるんじゃないかなぁって、そんな気がしただけ」
それは本当に、単なる霧の思いつきだった。チェカの書いた物語の中にも出てこない。そしてみんなの反応を見れば、その思いつきが奇妙なものであることがわかる。それでも霧はなぜか、それができるのではという、不思議な直感を持っていた。
「あの、あのさ、アホなあたしの言うことだから、無理かもだけど、重ねたらさ、あの、みんなで連携技かけられるんじゃないかって思ったの。ゲームなんかでよくあるでしょ、仲間内で協力しあうことで桁外れの威力になる、あれよ。あ、知らないか。ホラ、リューエスト、試しにあたしが『辞典』をこうやって広げた上に、リューエストの辞典を重ねるように広げてみてよ。何も起こらないかもだけど。……うん、アホなあたしの思いつきだから何も起こらないかもだけど、試すだけ、やってみようよ!」
リューエストは戸惑いながらも、他の誰でもない「霧の頼みだから」と、即座に従った。霧の辞典は今適当なページで開かれ、辞典魔法用のホログラムが表示されている。リューエストもまた適当なページを開くと、霧の『辞典』の上に重ねるように、自分の手で下支えした『辞典』を差し出した。
その途端、二つの『辞典』のホログラムがゆらりと動き、その後ピタリと一つに重なった。
みんなが、驚きの声を上げる。
「え、嘘ぉ! ちょっと待って、私もやってみる!」
アデルは試しとばかりに、自分の『辞典』を開いて重ねた。すると、二つ見えていたホログラムが、またもやゆらりと動いたあと、融合して一つになった。リリエンヌも試してみると、同じ現象が現れた。
あまりの驚きに声も出ないのか、アルビレオが無言で加わり、同じように『辞典』を重ねると、やはりホログラムが合わさる。『辞典』が増えるたび、その輝きは増し、大きくなっていった。まるで合わさった力が増えていく様子を、示しているかのように。
「おお……では、わしも試すとするか。わしの『辞典』が一番上になるようじゃから、わしが言葉を紡ぐが、みんなそれでいいかの?」
みんなが頷くと、トリフォンは『辞典』を開き、ホログラムが重なったことを確認する。そうして必要な言葉を選び出し、ホログラムに乗せると、それを声に出して唱えた。
「目前の魔法柵よ、速やかに開いた穴を自ら修繕し、より強靭にその性質を高めよ。この魔法の続く限り、とこしえに!」
力強いトリフォンの声が響き渡り、言葉が終わると、重ねられた『辞典』から眩しい光が放たれた。その光は即座に魔法柵へ向かうと、目にも留まらぬスピードで柵を走るように移動してゆく。その後あっという間に戻ってきた光は、完了したことを知らせるように一際明るく輝くと、スッと静かになった。
その一瞬の出来事に、その場にいた誰もが、しばらく言葉もなく立ち尽くしていた。
やがて魔法柵のそばにいたクレアが、茫然とした表情で声を発する。
「あ……え……、……あ、穴がふさがってます。この一帯に、8つは開いていたのが、全部、一気に。……え、どうやったんですか、え、あの、すごいです。え、ちょっと、私、ぐるっと全部見てきます! こ、ここで、待っててください! すぐですから!」
クレアは興奮した様子でそう言うと、自身に健脚の魔法をかけ、魔法柵づたいに走り出す。そしてあっという間に森の奥へと姿を消した。
彼女の姿が見えなくなると、トリフォンは夢から覚めたような表情で『辞典』を閉じ、静かに言った。
「驚いたのぉ……、キリの言う通り、『辞典』の重ねがけ魔法が実践できるとは……この年でこれほど大きな発見に立ち会えるとは……うむ、重畳、色んな意味で、まことに重畳じゃ。重畳技と呼んでも良いかの、キリ?」
「あ、もちろんいいですよ、はい、まことに結構です、でももうちょっと豪華にして、『みんなの力を合わせてさあ行くぞ、ウルトラEXハイパー超重畳技!』でもいいと思います、ハイ。……え、なんでみんな変な顔してるの、くどい?」
「くどいのぉ……」
「くどいわよ」
「最後の部分で、舌を噛みそうですわ」
「…………長い」
「キリのネーミングセンス、最高!」
24班の面々は霧に向かって口々にそう言い、ドッと笑い合う。
とても大きな魔法を協力して完成させた彼らは、高まる一体感に胸を躍らせ、心地よい爽快感に身を浸していた。
この、辞典を複数重ねることによって強力な辞典魔法を放つ新技は、「古城学園1540年度24班の奇跡」と題され、後世まで語り継がれることになるのだが、今はもちろん、誰もそのことを知らない。
ちなみにその後、実際にこの技を発動させてみようと多くの人がチャレンジしたのだが、成功することはなかった。「24班の奇跡」と名付けられたのは、彼らだけが辞典重ねを成功させたからである。――しかも、一度ならず、二度までも。
一度目はルルシャンリニアン島で。
そして二度目は、その数日後のこと。のちにそれは、歴史に残る偉業として知れ渡るのだが、もちろん今はまだ、誰一人知る者はいない。
なお、「1540年度24班の奇跡」には、没になった霧のふざけたネーミングも記されることになり、人々に笑いを提供するのだが、もちろんそれについても、この時点ではまだ誰も知らないのだった。
みんなの顔に「は?」という表情が浮かぶ。霧は何かとんでもなく非常識な、おかしなことを言ったらしい。霧は慌てて言いつくろった。
「あの、あの、『辞典』って、重ねられるんじゃないかなぁって、そんな気がしただけ」
それは本当に、単なる霧の思いつきだった。チェカの書いた物語の中にも出てこない。そしてみんなの反応を見れば、その思いつきが奇妙なものであることがわかる。それでも霧はなぜか、それができるのではという、不思議な直感を持っていた。
「あの、あのさ、アホなあたしの言うことだから、無理かもだけど、重ねたらさ、あの、みんなで連携技かけられるんじゃないかって思ったの。ゲームなんかでよくあるでしょ、仲間内で協力しあうことで桁外れの威力になる、あれよ。あ、知らないか。ホラ、リューエスト、試しにあたしが『辞典』をこうやって広げた上に、リューエストの辞典を重ねるように広げてみてよ。何も起こらないかもだけど。……うん、アホなあたしの思いつきだから何も起こらないかもだけど、試すだけ、やってみようよ!」
リューエストは戸惑いながらも、他の誰でもない「霧の頼みだから」と、即座に従った。霧の辞典は今適当なページで開かれ、辞典魔法用のホログラムが表示されている。リューエストもまた適当なページを開くと、霧の『辞典』の上に重ねるように、自分の手で下支えした『辞典』を差し出した。
その途端、二つの『辞典』のホログラムがゆらりと動き、その後ピタリと一つに重なった。
みんなが、驚きの声を上げる。
「え、嘘ぉ! ちょっと待って、私もやってみる!」
アデルは試しとばかりに、自分の『辞典』を開いて重ねた。すると、二つ見えていたホログラムが、またもやゆらりと動いたあと、融合して一つになった。リリエンヌも試してみると、同じ現象が現れた。
あまりの驚きに声も出ないのか、アルビレオが無言で加わり、同じように『辞典』を重ねると、やはりホログラムが合わさる。『辞典』が増えるたび、その輝きは増し、大きくなっていった。まるで合わさった力が増えていく様子を、示しているかのように。
「おお……では、わしも試すとするか。わしの『辞典』が一番上になるようじゃから、わしが言葉を紡ぐが、みんなそれでいいかの?」
みんなが頷くと、トリフォンは『辞典』を開き、ホログラムが重なったことを確認する。そうして必要な言葉を選び出し、ホログラムに乗せると、それを声に出して唱えた。
「目前の魔法柵よ、速やかに開いた穴を自ら修繕し、より強靭にその性質を高めよ。この魔法の続く限り、とこしえに!」
力強いトリフォンの声が響き渡り、言葉が終わると、重ねられた『辞典』から眩しい光が放たれた。その光は即座に魔法柵へ向かうと、目にも留まらぬスピードで柵を走るように移動してゆく。その後あっという間に戻ってきた光は、完了したことを知らせるように一際明るく輝くと、スッと静かになった。
その一瞬の出来事に、その場にいた誰もが、しばらく言葉もなく立ち尽くしていた。
やがて魔法柵のそばにいたクレアが、茫然とした表情で声を発する。
「あ……え……、……あ、穴がふさがってます。この一帯に、8つは開いていたのが、全部、一気に。……え、どうやったんですか、え、あの、すごいです。え、ちょっと、私、ぐるっと全部見てきます! こ、ここで、待っててください! すぐですから!」
クレアは興奮した様子でそう言うと、自身に健脚の魔法をかけ、魔法柵づたいに走り出す。そしてあっという間に森の奥へと姿を消した。
彼女の姿が見えなくなると、トリフォンは夢から覚めたような表情で『辞典』を閉じ、静かに言った。
「驚いたのぉ……、キリの言う通り、『辞典』の重ねがけ魔法が実践できるとは……この年でこれほど大きな発見に立ち会えるとは……うむ、重畳、色んな意味で、まことに重畳じゃ。重畳技と呼んでも良いかの、キリ?」
「あ、もちろんいいですよ、はい、まことに結構です、でももうちょっと豪華にして、『みんなの力を合わせてさあ行くぞ、ウルトラEXハイパー超重畳技!』でもいいと思います、ハイ。……え、なんでみんな変な顔してるの、くどい?」
「くどいのぉ……」
「くどいわよ」
「最後の部分で、舌を噛みそうですわ」
「…………長い」
「キリのネーミングセンス、最高!」
24班の面々は霧に向かって口々にそう言い、ドッと笑い合う。
とても大きな魔法を協力して完成させた彼らは、高まる一体感に胸を躍らせ、心地よい爽快感に身を浸していた。
この、辞典を複数重ねることによって強力な辞典魔法を放つ新技は、「古城学園1540年度24班の奇跡」と題され、後世まで語り継がれることになるのだが、今はもちろん、誰もそのことを知らない。
ちなみにその後、実際にこの技を発動させてみようと多くの人がチャレンジしたのだが、成功することはなかった。「24班の奇跡」と名付けられたのは、彼らだけが辞典重ねを成功させたからである。――しかも、一度ならず、二度までも。
一度目はルルシャンリニアン島で。
そして二度目は、その数日後のこと。のちにそれは、歴史に残る偉業として知れ渡るのだが、もちろん今はまだ、誰一人知る者はいない。
なお、「1540年度24班の奇跡」には、没になった霧のふざけたネーミングも記されることになり、人々に笑いを提供するのだが、もちろんそれについても、この時点ではまだ誰も知らないのだった。
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