上 下
82 / 175
二章 入学旅行二日目

2-16   おとぎ話の異世界、日本

しおりを挟む
「あ、あのさ、むしろあたし、みんなが日本のこと、どう思ってるのか訊きたいな。みんなにとって日本って、どんな認識なの?」

 霧の質問に、アデルがすぐさま答える。

「日本っていえば、『言語げんご双生界そうせいかい』ね。日本と私たちの世界は、遥か昔に、見えない道で繋がったって言われてるの。その関係性は川の流れみたいな繋がりで、川上にある日本から、川下にあるククリコ・アーキペラゴに、一方向に日本語という言語が流れ着き、人々の意識に入り込み、徐々に浸透していき、今に至る……だったかな。まあ、おとぎ話みたいなものよ」

「そっかぁ……おとぎ話……なのか。すると、日本を舞台にした物語を書いている人も、いたりして?」

 霧が誰ともなくそう尋ねると、リリエンヌが口を開いた。

「もちろん、物語に登場することがありますわ。中でも特に、絵本によく出てきますわ。ある絵本では、大きな辞典が目の前に現れて、それを開くと日本への道が描かれていて……その上に足を踏み出すと日本と言う異世界に旅立ってしまうの。ファンタジーですわ」

「そうそう、あったわね、そういうの! あの絵本、大好きだった!」

「へえ……そうなんだ、見てみたいなその絵本。もしかして日本に行ったことある人、過去に、いる……とか?!」

 チェカのことを口止めされているため、きわどい質問だ。霧は少しためらったものの、好奇心がまさって訊かずにいられなかった。まるで会話の綱渡りをしているかのような心境になり、だんだんドキドキしてくる。
 霧がみんなの反応を、恐れと期待の入り混じった気持ちで待っていると、リューエストが口を開いた。

「『市場迷宮いちばめいきゅう』の中には日本のお店があって、そこから日本に辿り着けるって主張している人もいる。眉唾物だけどね。日本への道を探して研究している人もいるよ」

(えっ……?! 『市場迷宮』って、何だっけ。確か課題8がそれだったよね? 誰かに訊こうと思ってたやつだ。その『市場迷宮』に日本のお店があるって、いったいどういうこと?! あああ、何から訊けばいいのかわからん! 言っていいことに制限かかってるし、難しい)

 霧がそんな風に内心であわあわしていると、トリフォンが会話に加わった。

「言語双生界の日本については色々伝承に残ってはいるが、その存在の有無についてはまだ誰にも立証できていないんじゃ。わし個人の考えでは、有る、と思った方が面白いし、我々が現在使っているこの『日本語』という言語の不可思議性、謎についても説明がつく。歴史を紐解いても、日本語は突然、このククリコ・アーキペラゴに登場しておるからな。いずれの旧言語とも共通点が見られないところからも、ルーツは他にあると見て取るのが自然じゃろうて」

「興味深いですわぁ……もしかしたら、キリは眠っている間、意識だけが日本に飛ばされていた、と考えることもできますわね。不思議ですわぁ」

「ね、キリ、まだ日本が現実で、この世界が夢の中だと思ってるの?」

 アデルが直球でそう訊いてくる。そして彼女はまたもや、しまった、という顔をして慌てた調子で付け足した。

「あ、ごめん、答えなくていいから」

「えっ、えっ、なんで、謝らなくていいよ、アデル。何でもストレートに訊いてくれていいから。その方がアデルらしくて、あたしは好きだ。だから遠慮しないで。そのままのアデルでいて」

 霧が本心からそう言うと、アデルは顔を赤くして、「私らしいって、何よ?! なんか究極の無神経女みたいじゃない、失礼しちゃう!」とすねたように唇を尖らせている。けれどその表情には、怒りではなく熱を帯びた照れ笑いが浮かんでいた。
 霧はそれを見て「ツンデレスチルゲット! この旅ご褒美しかない! 最高かよ」などと心の中で万歳しながら、アデルの問いに静かに答える。

「今はね、もうここが夢の中なんて、思ってないんだ……。最初は、確かにずっと、これは夢で、いつか覚めてしまうって思ってたんだけど……。今は……」

 霧はみんなの顔を見回し、泣き笑いのような表情で言った。

「どうやら夢じゃないって知って、ホッとしてる……」

 霧の答えを聞いて、その場に安心したような、気まずいような、神妙な沈黙が降りる。
 霧はハッとした。これはみんなにとってもデリケートな話題で、配慮が必要なものだと気付く。周囲に気遣いを求める会話は、霧としても歓迎できない。そこで霧は、わざと明るい調子で話題を変えた。

「ところで、課題にあるストーリードームって、何かな? もうさっきからそれが知りたくて知りたくて。なんかどんどん森の中に入って行ってるけど、『物語の泉』ってのが、この先にあるんだよね? そこで何をするの?!」

「そこでストーリードームが制作できるんだ。あと15分ぐらい歩いたら、『物語の泉』に着くよ。ストーリードームっていうのは、動く立体絵本でね、詳しく説明すると……」

 リューエストがすぐに話題変更の波に乗ってくれて、霧はホッとした。
 今、一行はリューエストの先導で森の中に足を踏み入れ、ひたすら奥へと進んでいる。もう夜なので人影はないが、きれいに整備された道には、案内標識が所々に設けてある。森に生える木々や下生えがぼんやり発光しているので、夜になっても不便なく歩くことができるし、辺りはとても美しく、霧にとっては何もかもが得難い体験だった。
 そんな中、みんなは何も知らない霧のために、代わる代わるストーリードームについて説明してくれた。それによるとストーリードームとは、ドーム状の空間の中に描き込まれた立体動画のことで、『物語の泉』という特殊な設備に行けば誰でも制作できる身近なものらしい。この『クク・アキ』には、ストーリードーム作家も存在していて、人気作家の作品は複製されて世に出回り、多くの人に求めれれるとか。それらは大抵小さな子供に贈られる美しい物語仕立てとなっているが、中には大人の愛好家のための渋い物語もあるという話だ。

「なるほど。さしずめ小さな空間内で展開される、立体アニメーションか……」

 と霧は呟き、『クク・アキ』の物語の中には出てこなかったストーリードームというものに、俄然がぜん興味が湧いてきた。
 ほどなくして一行は、広場のように開けた場所に辿り着いた。驚いたことに、その場所には大小さまざまな大きさの水球があちこちに浮かんでいて、森の発光を受けてキラキラと輝いている。

「ほわぁ……きれぇ……何これぇ……ミラクルワンダホーアメイジング……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -

shio
ファンタジー
 神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。  魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。  漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。  アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。  だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。

暗澹のオールド・ワン

ふじさき
ファンタジー
中央大陸に位置するシエラ村で、少年・ジュド=ルーカスはいつもと変わらない平穏で退屈な日々を過ごしていた。 「…はやく僕も外の世界を冒険したいな」 祖父の冒険譚を読み耽る毎日。 いつもと同じように部屋の窓際、お気に入りの定位置に椅子を運び、外の景色を眺めている少年。 そんな彼もいつしか少年から青年へと成長し、とうとう旅立つ日がやって来る。 待ちに待った冒険を前に高鳴る気持ちを抑えきれない青年は、両親や生まれ育った村との別れを惜しみつつも外の世界へと遂に足を踏み出した…! 待ち受ける困難、たくさんの仲間との出会い、いくつもの別れを経験していく主人公。 そして、彼らは平穏な日々の裏に隠された世界の真実を知ることとなる。 冒険の果てに彼らが選択した未来とは―。 想定外の展開と衝撃の最期が待ち受ける異世界ダークファンタジー、開幕!

RISING 〜夜明けの唄〜

Takaya
ファンタジー
戦争・紛争の収まらぬ戦乱の世で 平和への夜明けを導く者は誰だ? 其々の正義が織り成す長編ファンタジー。 〜本編あらすじ〜 広く豊かな海に囲まれ、大陸に属さず 島国として永きに渡り歴史を紡いできた 独立国家《プレジア》 此の国が、世界に其の名を馳せる事となった 背景には、世界で只一国のみ、そう此の プレジアのみが執り行った政策がある。 其れは《鎖国政策》 外界との繋がりを遮断し自国を守るべく 百年も昔に制定された国家政策である。 そんな国もかつて繋がりを育んで来た 近隣国《バルモア》との戦争は回避出来ず。 百年の間戦争によって生まれた傷跡は 近年の自国内紛争を呼ぶ事態へと発展。 その紛争の中心となったのは紛れも無く 新しく掲げられた双つの旗と王家守護の 象徴ともされる一つの旗であった。 鎖国政策を打ち破り外界との繋がりを 再度育み、此の国の衰退を止めるべく 立ち上がった《独立師団革命軍》 異国との戦争で生まれた傷跡を活力に 革命軍の考えを異と唱え、自国の文化や 歴史を護ると決めた《護国師団反乱軍》 三百年の歴史を誇るケーニッヒ王家に仕え 毅然と正義を掲げ、自国最高の防衛戦力と 評され此れを迎え討つ《国王直下帝国軍》 乱立した隊旗を起点に止まらぬ紛争。 今プレジアは変革の時を期せずして迎える。 此の歴史の中で起こる大きな戦いは後に 《日の出戦争》と呼ばれるが此の物語は 此のどれにも属さず、己の運命に翻弄され 巻き込まれて行く一人の流浪人の物語ーー。 

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する

清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。 たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。 神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。 悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。

処理中です...