推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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二章 入学旅行二日目

2-15b 100万テラバイト天文学的高解像度スチルゲット

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 ルルシャンリニアン島の『繋がりの塔』は、岬に灯台のごとく建立されていて、キリたちが塔の玄関口から出て左右を見渡せば、どこまでも広がる静かな夜の海が見えた。そして少し行った先には、幻想的な森が、島を覆うようにこんもりと生い茂っている。森は所々ぼんやりと虹色の光で彩られていて、リューエストが言うにはこの森の植物は自ら発光しているのだという。

「はぁ……何というか、はぁ……。扉移動も最高にファンタジック&ミラクル&SFチックだったけど、この場所もまた何とまぁ……。ふぅ……。ほへぇ……。思わずボギャ貧になるわ。もうね、入学旅行万歳過ぎて、心の中の記憶容量がいっぱいいっぱいというか、エモすぎて溶けるというか、例えるなら今まさにあたしはマタタビの森に突っ込んだ猫というか」

「どんな例えよそれ。黒くてでっかい猫を想像しちゃったじゃない」

 アデルのツッコミに、リリエンヌが吹き出す。
 いつも唐突に始まるキリの意味不明な独り言を聞きながら、一行は森に向かって歩き始めた。先程までいたセセラム地方よりも、少し冷える。キリたちは辞典魔法で自分の周囲に暖気を纏いながら、進んだ。

 『繋がりの塔』から伸びる道は、森の中へとまっすぐ続いている。
 塔付近には小さな町が形成されていて、道沿いには商店が立ち並んでいるが、もう夜なのでどの店も閉まっていた。
 霧は興味津々に閉まっている店を眺め、「これは八百屋さんかな。こっちはレストラン……うわぁ、看板のメニュー美味しそう。お、こっちは雑貨屋さんかぁ。ショーウィンドウに飾ってあるあれ、可愛い欲しい!」などと一人で大はしゃぎしている。
 表通りから脇道に入った場所には、たくさんの民家が立ち並び、その窓からこぼれ落ちた明かりが、辺りをぼんやり照らしていた。
 人々が寝静まる前の、優しい色どりに包まれた町の雰囲気に、キリは心が震えて泣きたくなってくる。
 夜空に瞬く星座に、何一つ霧の知る配列は無い。道の先には見たことも無い幻想的な森。後方には今しがた出てきた、荘厳な塔の建つ岬。その周囲には、キラキラ光りながら、さざ波の寄せる夜の海。その海から聞こえてくる穏やかな波の音は、最高の癒し系BGMだ。霧は今自分が、このファンタジックな世界の中にいる奇跡に心震えた。

「何もかも……尊い……」

 ポツリと呟いた霧を仰ぎ見たアデルが、びっくりして声を上げた。

「ちょっ……何泣いてんのよ、キリ! 泣くほど感動してるの?!」

 霧は恥ずかしそうに涙をぬぐいながら、言い訳を口にする。

「な、泣いてないもん。ちょっと、じわっと来ただけ。だってこんな美しい生景色、見たことない。アデル、よく平気でいるね。リューエストはよく来るだろうから見慣れてるかもしれないけど、みんなも、ここ来たことあるの?!」

「え、だって、確かに美しいし感動はするけど……この世界には、美しい場所、いっぱいあるじゃない。泣くほど、とは……。あ、そうか、キリは今まで……」

 アデルは続けて何かを言おうとしたが、ためらって口を閉ざした。それから小さな声で、もう一度話し出す。

「……キリが眠っていた間、見ていた……日本には、きれいな場所、出てこなかったの?」

「……。……あったよ。うん……あったけどね……」

 霧はどう言えばいいのかわからず、その先を言い淀んだ。
 日本での暮らしは苦しすぎて、霧の目に映り込む美しい景色は、どれもみな、彼女の孤独を浮き彫りにした。いつまで耐えなければいけないのか分からない、地下牢獄のような暗闇の中では、世界の色どりは飛び込んでこない。

 それに比べてこの、ククリコ・アーキペラゴの美しいこと。

 それはただ珍しいから、というだけじゃない。この世界が日本よりずっと、豊かな色彩であふれ、芸術的で高度な美を構築しているから、というだけじゃない。ここには絶対的な美しさがあり、相対的で感覚的な美しさもまた、存在している。霧はこの世界に、歓迎され、愛され、祝福されていることを、肌で感じるのだ。だからこそ、この世界は輝いている。
 それを伝えるためには、霧の心の底にある、澱んだ汚泥をさらさなければならない。到底、できるものではない。

 そんな葛藤を抱えて黙り込んだ霧の気配を、どうとらえたのか、リューエストが静かに言った。

「いいんだよ、キリ。何も言わなくても、いい。君はただ、この世界を楽しめばいい。この世界の息吹に触れ、この世界の美しさを、ただ受け取ればいい」

 心に沁み込むような、優しい声だった。
 リューエストはその言葉と共に、絶世の美貌を霧に向ける。その宝石のような瞳には、霧に対する限りない慈しみが込められていた。
 霧はギュッと心臓を掴まれたような心地になり、慌てて目をそらす。
 今までどうして、普通にリューエストと会話ができたのか、謎だった。

(え……嘘ぉ……。ちょ、待て。今のまるで、100万テラバイト天文学的高解像度の、ご褒美スチルでは? え、巻き戻して心のメモリーに保存しなければ! それでもってバックアップ取って永久保存のお宝入り決定だお、もちろんそうだお! くそぉ、全国のリュー様推しと語りつくしたい! 今すぐ! 高速で! ああ、たぎる! ふごぉおおっ!)

 霧はプルプル震えながら、下を向いてそんなことを思っていた。その様子と霧の沈黙を誤解したアデルが、そっと声をかけてくる。

「ごめん、キリ。私、無神経なこと、訊いた。許して」

 霧はハッとして、アデルに向かって言った。

「え、なに、無神経? 何のこと?!」

「日本のこと……眠っていた間のこと……訊かれたら、嫌かなって。もしかして、忘れたいかなって……」

「あっ、いやいやいや、違っ、今考えてたのはね、全然違くて! 心のメモリーに美麗スチルの収集を……あ、いや、あたしの方こそごめん、アデルに気を遣わせちゃって! むしろいいんだよ、訊いてくれても!」

 慌ててそう言ってしまってから、霧はハッとした。今朝、ソイフラージュと名乗る女の子から、言動に気を付けるように言われていたことを思い出し、更に焦りが深まる。

(あああ……どうしよ。どこまで話していいんだろ。チェカに関することはアウトだし、チェカが日本にいることはもっとアウト、ということは日本のことも触れない方がいいのか? いやでもあれだ、あたしは『眠っていた間、日本という異世界の夢を見ていた』っていう公式設定になっているわけで、そんな人物が、意識的に日本の話をすることを避けるってのもなんか不自然じゃない?! むしろ、あたしが見た日本ってこんなとこだったよ笑うよねアハハハハ!って話題を振るべきか?! ああああああもうわからん!)

 霧は心の中でたらたらと冷や汗をかきながら、せめて話題の流れが別方向になるよう、舵を切ってみた。

「あ、あのさ、むしろあたし、みんなが日本のこと、どう思ってるのか訊きたいな。みんなにとって日本って、どんな認識なの?」

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