上 下
76 / 175
二章 入学旅行二日目

2-14a アデル、キリの癒術に父親の面影を重ねる 1

しおりを挟む
 アデルはこの30分ほどの間に起こった出来事を思い出しながら、准魔法士じゅんまほうしの男性に、順を追って話し始めた。

 話は、少し前にさかのぼる。

 アデルたち24班の面々は、一軒の家から准魔法士の男性が投げ飛ばされるように出てきたのと同時に、熊男の叫び声を聞いて驚いた。
 その場の状況を見れば、どちらに加勢すればいいかは一目瞭然。そこで24班の面々はざっくり2つに分かれ、即座に事態への対応に乗り出した。アルビレオ、トリフォン、リューエストの三人は准魔法士への援護に向かい、一方、リリエンヌ、アデル、そしてキリの三人は、子供を連れてその場から大急ぎで離れることに。

 キリとリリエンヌを先導して逃げながら、アデルはこの後どうすればいいか、頭の中で様々なケースを思い描いていた。
 男の子は、明らかに大人の世話を受けていない。服は破れ、あちこちに汚れが目立つ。その上、肌には暴力を受けたと見られる、痛々しいあざと傷が複数あった。その子は今、キリの腕の中で大泣きしている。

(とにかく、男の子の保護! それが最優先! それからリューエストたちの加勢ね。まあ、あの三人の実力なら、まったく問題ないと思うけど。それにしても……)

 アデルはキリの顔をチラリと盗み見る。キリは、先程まで明らかに様子がおかしかった。ちょうど、熊みたいな男の怒声を聞いたときからだ。キリは今まで見たことも無いほど険しい表情で、熊男を凝視しながら固まっていたのだ。

(あんな顔のキリ、初めて見た。いつも締まりのない表情でへらへら笑ってたのに……あんな……怖い顔……)

 まるで別人みたいだったと、アデルは思い返す。そのキリは、今はもういつも通りだ。戸惑いながら、辺りをキョロキョロ見回している。

「ね、アデル、どうしようか? 病院とかこの辺にある? この子、診てもらわないと」

 キリの問いかけにアデルが答えようとしたとき、誰かが大きな声で呼ばわった。

「お嬢さんたち、こっちよ! さあ、いらっしゃい!」

 見れば向かいの家の住民夫婦が出てきて、アデルたちを手招きしている。
 人の良さそうなその老夫婦は、アデルたちをすぐさま家の中に避難させてくれた。
 アデルたちが身に着けている、魔法士学園の新入生が着る紺色のショートケープ。それに気付いたらしく、老夫婦はまったくこちらを警戒していない。

「まあまあまあ、生徒さんたち、その子をよく助けてくれたわね、さあさあ、こっちよ。そこに座ってちょうだいな」

 老婦人はそう言って大歓迎しながら、アデルたちを居間と思われる部屋に通してくれた。明るく快適なその部屋には、座り心地の良さそうなソファが並んでいる。老婦人に「くつろいでちょうだい」と優しく声をかけられたアデルは、心底ホッとした。

 キリは腕に抱えていた男の子をそっと下ろし、ソファに座らせた。男の子は怯えて、ずっと泣いている。この家の老夫婦がなだめようとしたが、顔見知りの彼らが声をかけても、男の子は泣きやまなかった。

「お母さん、お母さん! うわぁあああん!! お母さん、どこにいるの?! お父さんが怖いよーっ!」

 男の子は、先程の、父親と見られる熊男の怒り狂ったような大声を聞いてから、ずっと火が付いたように泣き続けている。
 この家の老夫人は悲しそうに顔を曇らせ、アデルたちに事情を説明してくれた。

「この子のお母さんはね、今、入院してるの。10日ぐらい前のことよ……何かあったらしく、お母さんとこの子、二人でうちに逃げ込んできたんだけど……そのとき、お母さん、すぐ倒れちゃってね……今も意識が戻らないのよ。お母さん、ずっと無理してたのね。もっと早く助けてあげられたら良かったんだけど……。前にうちの人が意見しに行ったとき、あの男ときたら『告げ口したんだろ』って怒りまくって、この子を蹴ったり殴ったりしてね……。だからうかつに手出しもできなくて……。もっと早く塔に相談すればよかった」

「まあ、なんてことでしょう。父親が子供に暴力を振るうなんて……。なんてひどい……。この子は、そんなつらい目に……」

 リリエンヌは震える声でそう言ったあと、男の子を慰めようと頭を撫でたりお菓子を勧めたりしたが、男の子はずっと、堰を切ったように泣きわめいている。きっと緊張の糸が切れたのだろう。今は泣くことでしか、苦しみを表現できずにいるのだ。

 アデルはどうすればいいかわからず、キリを仰ぎ見た。なぜだかわからないが、こんなとき、キリなら何とかしてくれるような気がしたのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...