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二章 入学旅行二日目
2-14a アデル、キリの癒術に父親の面影を重ねる 1
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アデルはこの30分ほどの間に起こった出来事を思い出しながら、准魔法士の男性に、順を追って話し始めた。
話は、少し前にさかのぼる。
アデルたち24班の面々は、一軒の家から准魔法士の男性が投げ飛ばされるように出てきたのと同時に、熊男の叫び声を聞いて驚いた。
その場の状況を見れば、どちらに加勢すればいいかは一目瞭然。そこで24班の面々はざっくり2つに分かれ、即座に事態への対応に乗り出した。アルビレオ、トリフォン、リューエストの三人は准魔法士への援護に向かい、一方、リリエンヌ、アデル、そしてキリの三人は、子供を連れてその場から大急ぎで離れることに。
キリとリリエンヌを先導して逃げながら、アデルはこの後どうすればいいか、頭の中で様々なケースを思い描いていた。
男の子は、明らかに大人の世話を受けていない。服は破れ、あちこちに汚れが目立つ。その上、肌には暴力を受けたと見られる、痛々しい痣と傷が複数あった。その子は今、キリの腕の中で大泣きしている。
(とにかく、男の子の保護! それが最優先! それからリューエストたちの加勢ね。まあ、あの三人の実力なら、まったく問題ないと思うけど。それにしても……)
アデルはキリの顔をチラリと盗み見る。キリは、先程まで明らかに様子がおかしかった。ちょうど、熊みたいな男の怒声を聞いたときからだ。キリは今まで見たことも無いほど険しい表情で、熊男を凝視しながら固まっていたのだ。
(あんな顔のキリ、初めて見た。いつも締まりのない表情でへらへら笑ってたのに……あんな……怖い顔……)
まるで別人みたいだったと、アデルは思い返す。そのキリは、今はもういつも通りだ。戸惑いながら、辺りをキョロキョロ見回している。
「ね、アデル、どうしようか? 病院とかこの辺にある? この子、診てもらわないと」
キリの問いかけにアデルが答えようとしたとき、誰かが大きな声で呼ばわった。
「お嬢さんたち、こっちよ! さあ、いらっしゃい!」
見れば向かいの家の住民夫婦が出てきて、アデルたちを手招きしている。
人の良さそうなその老夫婦は、アデルたちをすぐさま家の中に避難させてくれた。
アデルたちが身に着けている、魔法士学園の新入生が着る紺色のショートケープ。それに気付いたらしく、老夫婦はまったくこちらを警戒していない。
「まあまあまあ、生徒さんたち、その子をよく助けてくれたわね、さあさあ、こっちよ。そこに座ってちょうだいな」
老婦人はそう言って大歓迎しながら、アデルたちを居間と思われる部屋に通してくれた。明るく快適なその部屋には、座り心地の良さそうなソファが並んでいる。老婦人に「くつろいでちょうだい」と優しく声をかけられたアデルは、心底ホッとした。
キリは腕に抱えていた男の子をそっと下ろし、ソファに座らせた。男の子は怯えて、ずっと泣いている。この家の老夫婦がなだめようとしたが、顔見知りの彼らが声をかけても、男の子は泣きやまなかった。
「お母さん、お母さん! うわぁあああん!! お母さん、どこにいるの?! お父さんが怖いよーっ!」
男の子は、先程の、父親と見られる熊男の怒り狂ったような大声を聞いてから、ずっと火が付いたように泣き続けている。
この家の老夫人は悲しそうに顔を曇らせ、アデルたちに事情を説明してくれた。
「この子のお母さんはね、今、入院してるの。10日ぐらい前のことよ……何かあったらしく、お母さんとこの子、二人で家に逃げ込んできたんだけど……そのとき、お母さん、すぐ倒れちゃってね……今も意識が戻らないのよ。お母さん、ずっと無理してたのね。もっと早く助けてあげられたら良かったんだけど……。前にうちの人が意見しに行ったとき、あの男ときたら『告げ口したんだろ』って怒りまくって、この子を蹴ったり殴ったりしてね……。だからうかつに手出しもできなくて……。もっと早く塔に相談すればよかった」
「まあ、なんてことでしょう。父親が子供に暴力を振るうなんて……。なんてひどい……。この子は、そんなつらい目に……」
リリエンヌは震える声でそう言ったあと、男の子を慰めようと頭を撫でたりお菓子を勧めたりしたが、男の子はずっと、堰を切ったように泣きわめいている。きっと緊張の糸が切れたのだろう。今は泣くことでしか、苦しみを表現できずにいるのだ。
アデルはどうすればいいかわからず、キリを仰ぎ見た。なぜだかわからないが、こんなとき、キリなら何とかしてくれるような気がしたのだ。
話は、少し前にさかのぼる。
アデルたち24班の面々は、一軒の家から准魔法士の男性が投げ飛ばされるように出てきたのと同時に、熊男の叫び声を聞いて驚いた。
その場の状況を見れば、どちらに加勢すればいいかは一目瞭然。そこで24班の面々はざっくり2つに分かれ、即座に事態への対応に乗り出した。アルビレオ、トリフォン、リューエストの三人は准魔法士への援護に向かい、一方、リリエンヌ、アデル、そしてキリの三人は、子供を連れてその場から大急ぎで離れることに。
キリとリリエンヌを先導して逃げながら、アデルはこの後どうすればいいか、頭の中で様々なケースを思い描いていた。
男の子は、明らかに大人の世話を受けていない。服は破れ、あちこちに汚れが目立つ。その上、肌には暴力を受けたと見られる、痛々しい痣と傷が複数あった。その子は今、キリの腕の中で大泣きしている。
(とにかく、男の子の保護! それが最優先! それからリューエストたちの加勢ね。まあ、あの三人の実力なら、まったく問題ないと思うけど。それにしても……)
アデルはキリの顔をチラリと盗み見る。キリは、先程まで明らかに様子がおかしかった。ちょうど、熊みたいな男の怒声を聞いたときからだ。キリは今まで見たことも無いほど険しい表情で、熊男を凝視しながら固まっていたのだ。
(あんな顔のキリ、初めて見た。いつも締まりのない表情でへらへら笑ってたのに……あんな……怖い顔……)
まるで別人みたいだったと、アデルは思い返す。そのキリは、今はもういつも通りだ。戸惑いながら、辺りをキョロキョロ見回している。
「ね、アデル、どうしようか? 病院とかこの辺にある? この子、診てもらわないと」
キリの問いかけにアデルが答えようとしたとき、誰かが大きな声で呼ばわった。
「お嬢さんたち、こっちよ! さあ、いらっしゃい!」
見れば向かいの家の住民夫婦が出てきて、アデルたちを手招きしている。
人の良さそうなその老夫婦は、アデルたちをすぐさま家の中に避難させてくれた。
アデルたちが身に着けている、魔法士学園の新入生が着る紺色のショートケープ。それに気付いたらしく、老夫婦はまったくこちらを警戒していない。
「まあまあまあ、生徒さんたち、その子をよく助けてくれたわね、さあさあ、こっちよ。そこに座ってちょうだいな」
老婦人はそう言って大歓迎しながら、アデルたちを居間と思われる部屋に通してくれた。明るく快適なその部屋には、座り心地の良さそうなソファが並んでいる。老婦人に「くつろいでちょうだい」と優しく声をかけられたアデルは、心底ホッとした。
キリは腕に抱えていた男の子をそっと下ろし、ソファに座らせた。男の子は怯えて、ずっと泣いている。この家の老夫婦がなだめようとしたが、顔見知りの彼らが声をかけても、男の子は泣きやまなかった。
「お母さん、お母さん! うわぁあああん!! お母さん、どこにいるの?! お父さんが怖いよーっ!」
男の子は、先程の、父親と見られる熊男の怒り狂ったような大声を聞いてから、ずっと火が付いたように泣き続けている。
この家の老夫人は悲しそうに顔を曇らせ、アデルたちに事情を説明してくれた。
「この子のお母さんはね、今、入院してるの。10日ぐらい前のことよ……何かあったらしく、お母さんとこの子、二人で家に逃げ込んできたんだけど……そのとき、お母さん、すぐ倒れちゃってね……今も意識が戻らないのよ。お母さん、ずっと無理してたのね。もっと早く助けてあげられたら良かったんだけど……。前にうちの人が意見しに行ったとき、あの男ときたら『告げ口したんだろ』って怒りまくって、この子を蹴ったり殴ったりしてね……。だからうかつに手出しもできなくて……。もっと早く塔に相談すればよかった」
「まあ、なんてことでしょう。父親が子供に暴力を振るうなんて……。なんてひどい……。この子は、そんなつらい目に……」
リリエンヌは震える声でそう言ったあと、男の子を慰めようと頭を撫でたりお菓子を勧めたりしたが、男の子はずっと、堰を切ったように泣きわめいている。きっと緊張の糸が切れたのだろう。今は泣くことでしか、苦しみを表現できずにいるのだ。
アデルはどうすればいいかわからず、キリを仰ぎ見た。なぜだかわからないが、こんなとき、キリなら何とかしてくれるような気がしたのだ。
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