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二章 入学旅行二日目
2-10b 繋がりの塔への道すがら 2
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この『ククリコ・アーキペラゴ』の世界には、国の別がない。
多島海という名の示す通り、現在この世界には大陸というものが存在せず、広大な海の上に大小さまざまな島が、あちこちに点在している。それらをまとめて、『ククリコ・アーキペラゴ』と呼んでいるのである。
しかし遥か昔には、いくつかの大陸があり、支配者のおさめる様々な国があった。そんな世界の在り様が大きく変わったのは、1540年前のこと。
1540年前、伝説の辞典魔法士たちが蜂起した際、世界は大きく作り替えられた。身分制度をはじめとした理不尽な制度の数々が根絶され、それに伴い、国という括りも消滅した。以前は国同士の争いが絶えず、多くの人が命を奪われていたが、ダリアの改革以降はそれも無くなり、まったき平和が訪れた。
今、『ククリコ・アーキペラゴ』の住民に、「世界は誰が統治しているの?」と訊いたとすれば、誰もがこう答えるだろう。
――誰が統治してるかって? 誰も統治してない。私たちは私たちの主人で、誰かの上でも下でもない。
その言葉通り、人々は1540年前の革命後、王族や権力者の圧政から解き放たれた。今では誰もが、好きなところで暮らし、好きな職業に就き、好きな人生を選び取ることができる。生まれの違いによる格差や不自由を強いられることは、一切ない。
人々の使う言語が、全世界で日本語と同じものに統一されたのも、1540年前のこの頃である。
大戦中に放たれた「ギデオンの鉄槌」と呼ばれる破壊の辞典魔法により、世界は未曽有の災害に襲われた。大地は割れ、散り散りになり、空間に歪みが生じ、その衝撃で、異なる世界である「日本」と、『言語双生界』として繋がってしまった、と言われている。
その現象は『言魂界』にも影響を与え、三つの異なる世界が見えない道で繋がってしまったため、この『ククリコ・アーキペラゴ』の世界は新生共通言語として「日本語」を使うことを受け入れるしかなかった。
日本と繋がった、と言っても、双方向ではないし、言語という一つの記号体系が半ば強引にこの『クク・アキ』の世界に流れ着き、『辞典』及び人々の意識に浸透している、という状態だ。
古語と新語の変換期は色々と混乱もあっただろうが、新生共通言語の流入は、世界の変革を成し遂げた人々にとっては好都合だった。どの地方に行っても、同じ言葉で意思疎通が図れるのだから。
(そのおかげで、あたしも大助かりだよ……うん)
霧はしみじみと、そう思った。みんなと普通に、会話できるのだから。
霧の使う言葉の中には、一部こちらになじみのない単語もあったが、みんなは霧の生い立ちを考慮して特に問いただすことも無く聞き流してくれている。霧にとっては、それがとてもありがたかった。
(ふう……それにしても、風が気持ちいいな~。はあ、遠足、最高! ……なんていったら、アデルに怒られそうだな)
学園が今年、入学旅行のスタート地点に選んだセセラム地方は、春を迎えたばかり。暑くも寒くもなく、ポカポカ陽気が辺りに降り注いでいる。
競技場周辺の賑やかなエリアから離れた一行は、まばらに住宅の建つ静かな場所を歩いていた。
そうして30分ほど歩いたとき。
突然、霧の辞典からうさぎ耳の辞典妖精が飛び出し、霧に目線で何かを訴えかけてきた。
「え、どうした、ウサ妖精ちゃん……」
ただならぬ様子に霧が戸惑っていると、妖精は道から少し奥に入ったところにある一軒の家に向かって、指をさす。
【キリ。あの子を……。ねえ、お願い……】
悲しそうな顔でそれだけ言うと、ウサ耳妖精は導くように霧の少し先を飛び始めた。霧はみんなに「ごめん、みんな、ちょっと寄り道していい?」と告げると、道をそれて一軒の家に向かう。
家の近くまで来ると、その家を取り囲む柵のすぐ傍に、小さな男の子がうずくまっているのが見えた。6歳か、7歳ぐらいだろうか。汚れて穴の開いた服を着て、ひどく痩せている。男の子の膝の上には彼の『辞典妖精』と見られる妖精が悲し気な表情で座っていて、霧のウサ耳妖精と、何らかの手段で意思疎通を図っているようだった。
その男の子を見た途端、霧は、驚きに目を見開いた。
「えっ……なんで?! あの子の周りだけ、どしゃ降り!!」
男の子の頭上には、雨雲のような塊があり、そこから滝のような雨が、降り注いでいたのである。
多島海という名の示す通り、現在この世界には大陸というものが存在せず、広大な海の上に大小さまざまな島が、あちこちに点在している。それらをまとめて、『ククリコ・アーキペラゴ』と呼んでいるのである。
しかし遥か昔には、いくつかの大陸があり、支配者のおさめる様々な国があった。そんな世界の在り様が大きく変わったのは、1540年前のこと。
1540年前、伝説の辞典魔法士たちが蜂起した際、世界は大きく作り替えられた。身分制度をはじめとした理不尽な制度の数々が根絶され、それに伴い、国という括りも消滅した。以前は国同士の争いが絶えず、多くの人が命を奪われていたが、ダリアの改革以降はそれも無くなり、まったき平和が訪れた。
今、『ククリコ・アーキペラゴ』の住民に、「世界は誰が統治しているの?」と訊いたとすれば、誰もがこう答えるだろう。
――誰が統治してるかって? 誰も統治してない。私たちは私たちの主人で、誰かの上でも下でもない。
その言葉通り、人々は1540年前の革命後、王族や権力者の圧政から解き放たれた。今では誰もが、好きなところで暮らし、好きな職業に就き、好きな人生を選び取ることができる。生まれの違いによる格差や不自由を強いられることは、一切ない。
人々の使う言語が、全世界で日本語と同じものに統一されたのも、1540年前のこの頃である。
大戦中に放たれた「ギデオンの鉄槌」と呼ばれる破壊の辞典魔法により、世界は未曽有の災害に襲われた。大地は割れ、散り散りになり、空間に歪みが生じ、その衝撃で、異なる世界である「日本」と、『言語双生界』として繋がってしまった、と言われている。
その現象は『言魂界』にも影響を与え、三つの異なる世界が見えない道で繋がってしまったため、この『ククリコ・アーキペラゴ』の世界は新生共通言語として「日本語」を使うことを受け入れるしかなかった。
日本と繋がった、と言っても、双方向ではないし、言語という一つの記号体系が半ば強引にこの『クク・アキ』の世界に流れ着き、『辞典』及び人々の意識に浸透している、という状態だ。
古語と新語の変換期は色々と混乱もあっただろうが、新生共通言語の流入は、世界の変革を成し遂げた人々にとっては好都合だった。どの地方に行っても、同じ言葉で意思疎通が図れるのだから。
(そのおかげで、あたしも大助かりだよ……うん)
霧はしみじみと、そう思った。みんなと普通に、会話できるのだから。
霧の使う言葉の中には、一部こちらになじみのない単語もあったが、みんなは霧の生い立ちを考慮して特に問いただすことも無く聞き流してくれている。霧にとっては、それがとてもありがたかった。
(ふう……それにしても、風が気持ちいいな~。はあ、遠足、最高! ……なんていったら、アデルに怒られそうだな)
学園が今年、入学旅行のスタート地点に選んだセセラム地方は、春を迎えたばかり。暑くも寒くもなく、ポカポカ陽気が辺りに降り注いでいる。
競技場周辺の賑やかなエリアから離れた一行は、まばらに住宅の建つ静かな場所を歩いていた。
そうして30分ほど歩いたとき。
突然、霧の辞典からうさぎ耳の辞典妖精が飛び出し、霧に目線で何かを訴えかけてきた。
「え、どうした、ウサ妖精ちゃん……」
ただならぬ様子に霧が戸惑っていると、妖精は道から少し奥に入ったところにある一軒の家に向かって、指をさす。
【キリ。あの子を……。ねえ、お願い……】
悲しそうな顔でそれだけ言うと、ウサ耳妖精は導くように霧の少し先を飛び始めた。霧はみんなに「ごめん、みんな、ちょっと寄り道していい?」と告げると、道をそれて一軒の家に向かう。
家の近くまで来ると、その家を取り囲む柵のすぐ傍に、小さな男の子がうずくまっているのが見えた。6歳か、7歳ぐらいだろうか。汚れて穴の開いた服を着て、ひどく痩せている。男の子の膝の上には彼の『辞典妖精』と見られる妖精が悲し気な表情で座っていて、霧のウサ耳妖精と、何らかの手段で意思疎通を図っているようだった。
その男の子を見た途端、霧は、驚きに目を見開いた。
「えっ……なんで?! あの子の周りだけ、どしゃ降り!!」
男の子の頭上には、雨雲のような塊があり、そこから滝のような雨が、降り注いでいたのである。
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