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二章 入学旅行二日目

2-04  否定と肯定、呪いの言葉と祝福の言葉

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――霧みたいに、ぱあっと消えてくれたらいいのに。女の子なんか、欲しくなかった。

 母が投げつけたその言葉は、霧の心に決して癒えない傷を刻み付けた。
 霧。
 その名前の由来。
 それは母親からの、呪いだった。
 呪いは大人になった今も霧にまとわりつき、ことあるごとに霧を「この世からなくなってしまいたい」という気持ちにさせる。

 そんなまわしい呪縛のような名前を霧が使い続けるのは、ある人からの祝福の言葉があったからだ。
 その人からの言葉は、実の母親とは正反対の、霧に対する全肯定が込められていた。彼女はある日、幼い霧に向かってこう言ったのだ。

――霧。なんて素敵な名前かしら。私は霧という自然現象が大好きよ。朝目覚めた時、世界が霧に包まれている、あの何とも言えない幻想的な風景。地上にあるすべてを許して、優しく包み込んでいるみたいでしょ。そう思わない?朝、霧が出ていると晴れるというけれど、私は晴れなくても構わない。一日中ずっと、神秘的な霧に包まれていたいって、いつも思ってた。あら、そういえば、あなたと私の名前はお揃いみたいなものね。霧と晴天はいつもセットだもんね。

 そう言って霧という名前に美しさを上書きしてくれた人の名前は、「美晴みはる先生」。
 その名前の通り、彼女は晴れた日の青空を思わせるような、笑顔の素敵な人だった。
 彼女は子供の霧に避難場所を提供してくれた、唯一の大人。
 ほとんどネグレクト状態だった霧は、いつも近所の小さな公立図書館に一人で入り浸っていた。学童保育の場を共有していたその図書館には、子供の世話をする大人が常駐していて、その「先生」と呼ばれる大人の一人が、美晴先生だったのだ。
 孤独だった霧に手を差し伸べ、言葉の意味や奥深さ、物語を読む楽しさを教えてくれたのも、彼女だ。
 彼女と出会って以来、霧は貪るように図書館の本を読みあさるようになった。物語は殺伐さつばつとした霧の人生に、喜びをもたらしてくれた。
 霧の人生には、いつもかたわらに本があった。物語があった。それらから得られる喜びがあったからこそ、霧は今まで生きてこれたのだ。物語の世界を旅している間は、自分という苦痛に満ちた存在を忘れられる。物語の登場人物と一緒に泣いたり笑ったりして、生き生きと、彼らの冒険を疑似体験できた。それは過酷な現実から一時的に霧を逃がし、慰めを与えてくれた。

 大人になった今も、同じ。

 霧は生きている苦痛をまぎらわすために、ひたすらに、物語を求めた。
 その中でも『ククリコ・アーキペラゴ~空飛ぶ古城学園と魔法士たち~』のような上質の物語は、いつでも霧を「現実」の痛みから引き離して、ともすれば闇に落ちていきそうな霧の心を救ってくれた。続きを読みたい、という気持ちは、霧を自死から遠ざけた。

(その世界に、今、現実にいる。信じられないけど。ソイフラージュが言ったように、これは夢じゃない。フル3Dでこんな解像度の高い夢なんか、今まで見たことない)

 それを再認識して、霧はゾクゾクと体を震わせた。

(その上なぜかあたしは、無敵のキリ・ダリアリーデレなんていわば新キャラ設定。最高かよ)

 そういえば……と、霧は改めて自分の『辞典』を意識した。

(最初は夢だと思ってたから、この普通の辞典でも辞典魔法が使えるのは有りだと思ってたけど……この『クク・アキ』の世界が現実に存在するなら、この普通の国語辞典で魔法が使えるのはどうしてなんだろ?)

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