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二章 入学旅行二日目
2-01 古城学園講堂/生徒ランキング
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空飛ぶ古城学園の、正面玄関に繋がる講堂。5階部分まで吹き抜けた壁際には、高い天井付近まで、ずらりと本が並んでいる。
その場所に、学園師範のリール・ダリアリーデレは足を運んでいた。
学園標準時間は、現在、早朝。ほとんどの生徒たちは、まだベッドの中で眠っているだろう。昨日、新入生たちで埋め尽くされていたこの講堂も、今は静まり返っている。
この魔法士学園の広大な城内にはいくつも図書室があるが、講堂と談話室を兼ねたこの明るい図書室は、特に生徒たちに人気だ。日中は多くの生徒たちで賑わうため、リールは混雑を避けて、早朝にこの場所を訪れたのである。
静謐さに満ちた講堂に入り、誰もいないことに満足すると、リールはまっすぐに台座へと向かった。
優美な彫刻の施された美しい台座の上部、斜めに前傾したその部分に、リールは自分の辞典を置く。そして胸を高鳴らせて『辞典』を開き、「1540年度入学旅行」専用のページを探した。
リールの目的は、ただ一つ。
昨日入学旅行に送り出した新入生の、現在のランキングを確認することだ。
生徒ランキングはこの台座でのみ確認が可能で、自身の『辞典』を台座に置けば、専用ページが自動的に作られる仕組みとなっている。
リールは『辞典』のページをめくりながら、独り言を呟いた。
「ああ……ドキドキするわね。あの子たち、ちゃんとうまくやっているかしら。三人とも相当な実力を持っているから、入学旅行が順調に進んでいるならランキング入りしているはず。ええ、そうよ、順調なら。30位までに入っているはず……」
順位が公開されるのは、上位30人分だけだ。それ以降の順位は非公開となっている。
リールはもし、30位以内に三人がいないなら、学園師範としての特権を行使し、31位以降の順位も確認しようと思っていた。
そしてリールの言う「あの子たち」とは、もちろん、彼女の甥っ子リューエスト・ダリアリーデレと、姪っ子キリ・ダリアリーデレ、そしてチェカの養子であるアデル・ダリアリーデレのことである。チェカはリールの末の弟で、彼が引き取ったアデルは、血の繋がりなど無くてもリールにとってはすでに可愛い姪っ子の一人なのだ。
学園師範のリールは、生徒ランキングの他にも、現在の新入生たちの課題進行具合を『辞典』を通して知ることができる。しかし昨日、リールは新入生がらみの仕事と在校生への授業で忙しくて、気になってはいたものの、まったく進行具合を確認できなかった。
「あの子たち、課題4まで無事進んでいるわよね? まさか、ランキング最下位なんてことはないだろうけど……。キリは目覚めたばかりだもの、心配だわ。リューエストが付いているとはいえ、あの子もどこかふわふわしたところがあるし……あ、ここだわ」
リールは、やっと目的のページに辿り着き、それを目にして硬直した。
―――――――――――――――
1540年度入学旅行/新入生ランキング
現在入学旅行2日目/帰還生徒0人
1位 キリ・ダリアリーデレ
2位 ロナ・ダイニャ
3位 リューエスト・ダリアリーデレ
4位 アデル・ダリアリーデレ
:
:
:
―――――――――――――――
「えっ……。えっ……。まあっ……まあ、まあ!! あの子たちが、三人とも、5位内に?! し、しかも、キリ、あの子が、1位!!」
クラッと、リールはめまいを感じた。キリの凄まじい『辞典』の強さはもちろん知っていたが、入学旅行の緊張で実力を出し切れない可能性もあると思い、心配に思っていたのだ。
「まあ、キリ……。なんてことかしら。いきなり1位になるなんて……」
しかも、リューエストは3位で、4位にはアデルもいる。
リールは歓喜と安堵、そして誇らしさで胸がいっぱいになった。
「素晴らしいわ、ああ……なんてことかしら。頑張っているのね、あの子たち。ああ……見たかったわ、あの子たちの昨日の勇姿を!」
リールは学園の師範をしているので、当然ながら休日以外は職務がある。昨日も今日も平日のため、日中は授業で忙しい。そうでなければ彼女は今頃、こっそり入学旅行について行っただろう。まるで我が子の「初めてのおつかい」を見守る、母親のように。
「ちゃんと食べてるかしら。眠れてるかしら。ああ、どうか無事に帰ってきてね、キリ、リュー、アデル。私の可愛い子供たち! あら、いけない、こんなこと言ったらまたアデルに怒られてしまうわ。『リール叔母さま、もう私は子供じゃないんです!』って。うふふ、あはは、そうね、アデル……素敵よ、頑張っているのね。しっかり者のアデルは、きっとキリをサポートしてくれているわね。ありがとう……」
感極まりながらそう呟いていると、誰かが講堂に入ってくる気配がした。リールが振り向くと、師範仲間のシルヴィア・レーヴが近づいてくる。
彼女の類まれな美貌は誰もが見とれてしまうほどで、その優雅な仕草は、歩いているだけで人の目を惹きつける。彼女は嫣然と微笑みながらリールのすぐそばまで来ると、声をかけてきた。
「おはようございます、リール先生。生徒ランキングをもう確認されまして? 先生の姪っ子さん、大変優秀でいらっしゃるのね。あんなに素晴らしいダリアの愛し子を、どこに隠していらしたの?」
「おはよう、シルヴィア先生。今ランキングを確認したばかりで、びっくりしてるところよ」
「うふふ……、ご存じ? キリ・ダリアリーデレは昨日からものすごい話題になっていますわ。在校生たちはさっそく辞典競技課題の情報を仕入れて、大騒ぎ。彼女におかしなあだ名を付けてましてよ」
「あらっ、どんな?!」
「『漆黒の眠り姫』、『冥府帰りのキリダリア』、……それから、『バトルクラッシャー』。他にもあるようですわ」
「んまぁ……。素敵。『漆黒の眠り姫』、あらあらあら。そうね、あの子、長年眠っていたものね。『冥府帰りのキリダリア』? 何やら地獄の底から蘇ったかのようなインパクトのあるネーミングね。強そうだわ。それに、『バトルクラッシャー』ですって?!」
「キリは、競技場課題の表現バトルで1万点以上を取得したんですって。前代未聞ですわ」
「んまぁっ!! そうなの?!」
「何もご存じない? 昨日の夜は、その話でもちきりでしたわ」
「昨日は私、忙しくてね、仕事が終わったら早々に寝てしまったのよ。まあ、そうだったの……1万点……」
「不思議な方ね。どこからともなく突然現れた彗星のよう。まるで竜が……連れてきたみたいですわ……」
――竜が連れてきた。
その例えは稀代の天才を表現するのによく使われる。しかしシルヴィアの表情と声音は、何か別の意味を含ませているのが感じられた。
(何かしら……この違和感……。……あら……)
リールはふと、シルヴィアがとても疲れているのを感じ取った。彼女はリールのように早起きしたのではなく、寝ていないのだと気付く。
リールは小さな包みを取り出すと、シルヴィアに手渡しながら言った。
「はい、これあげるわ。癒術を込めて作った丸薬よ。前に渡したのと同じやつ。就寝する直前に飲んでね。副作用も無くぐっすり眠れるから」
シルヴィアはハッとして目を見開いたが、それは一瞬のことで、すぐにまたゆったりと微笑んで言った。
「さすがですわ……リール先生。寝不足を悟られるなんて、わたくしもまだまだですわね……」
「いえ、うまく隠せているわよ。でもシルヴィア、駄目よ、無理しちゃ。まだまだ先は長いんだから。しんどい時はちゃんと頼ってちょうだい。チェカだって、ここにいたらどれほど心配したことか」
シルヴィアはチェカの幼なじみだ。だからリールは、シルヴィアを子供のころから知っている。
シルヴィアは心の中でそっと溜息を付き、リールの差し出した丸薬を受け取った。
「ありがとう、リール先生。頂戴しますわ」
シルヴィアが続けて何か言おうとしたとき、講堂に早起き組の生徒たちが入ってきた。彼らは元気いっぱいといった風情で、口々に二人の師範に声をかけてくる。
「先生方、おはようございます!」
「わっ、リール先生だ! ねねね、見ました?ランキング!! 1位、先生の姪っ子さんでしょ! さすが!!」
「競技場見学に行った生徒が、キリダリアの表現見て鳥肌立ったって、言ってましたよ! 授業さぼった甲斐があったって!」
「オイ、バカ! それ言うな」
「あ、しまった!」
リールは声を出して笑いながら、生徒たちに優しく言った。
「いいんですよ、どの生徒がさぼったかは聞かないから安心して。たまには息抜きもしなきゃね。たまには、ですよ? フフフ。ねえ、こっそり教えてくれる? 私の秘蔵っ子たちの競技の様子」
ワッと、生徒たちが一斉にしゃべりだす。賑やかなその場を、シルヴィアはそっと離れた。口元に謎めいた笑みを浮かべ、
「楽しみですわ……キリ。あなたにお会いする日が」
そうポツリと、呟きながら。
その場所に、学園師範のリール・ダリアリーデレは足を運んでいた。
学園標準時間は、現在、早朝。ほとんどの生徒たちは、まだベッドの中で眠っているだろう。昨日、新入生たちで埋め尽くされていたこの講堂も、今は静まり返っている。
この魔法士学園の広大な城内にはいくつも図書室があるが、講堂と談話室を兼ねたこの明るい図書室は、特に生徒たちに人気だ。日中は多くの生徒たちで賑わうため、リールは混雑を避けて、早朝にこの場所を訪れたのである。
静謐さに満ちた講堂に入り、誰もいないことに満足すると、リールはまっすぐに台座へと向かった。
優美な彫刻の施された美しい台座の上部、斜めに前傾したその部分に、リールは自分の辞典を置く。そして胸を高鳴らせて『辞典』を開き、「1540年度入学旅行」専用のページを探した。
リールの目的は、ただ一つ。
昨日入学旅行に送り出した新入生の、現在のランキングを確認することだ。
生徒ランキングはこの台座でのみ確認が可能で、自身の『辞典』を台座に置けば、専用ページが自動的に作られる仕組みとなっている。
リールは『辞典』のページをめくりながら、独り言を呟いた。
「ああ……ドキドキするわね。あの子たち、ちゃんとうまくやっているかしら。三人とも相当な実力を持っているから、入学旅行が順調に進んでいるならランキング入りしているはず。ええ、そうよ、順調なら。30位までに入っているはず……」
順位が公開されるのは、上位30人分だけだ。それ以降の順位は非公開となっている。
リールはもし、30位以内に三人がいないなら、学園師範としての特権を行使し、31位以降の順位も確認しようと思っていた。
そしてリールの言う「あの子たち」とは、もちろん、彼女の甥っ子リューエスト・ダリアリーデレと、姪っ子キリ・ダリアリーデレ、そしてチェカの養子であるアデル・ダリアリーデレのことである。チェカはリールの末の弟で、彼が引き取ったアデルは、血の繋がりなど無くてもリールにとってはすでに可愛い姪っ子の一人なのだ。
学園師範のリールは、生徒ランキングの他にも、現在の新入生たちの課題進行具合を『辞典』を通して知ることができる。しかし昨日、リールは新入生がらみの仕事と在校生への授業で忙しくて、気になってはいたものの、まったく進行具合を確認できなかった。
「あの子たち、課題4まで無事進んでいるわよね? まさか、ランキング最下位なんてことはないだろうけど……。キリは目覚めたばかりだもの、心配だわ。リューエストが付いているとはいえ、あの子もどこかふわふわしたところがあるし……あ、ここだわ」
リールは、やっと目的のページに辿り着き、それを目にして硬直した。
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1540年度入学旅行/新入生ランキング
現在入学旅行2日目/帰還生徒0人
1位 キリ・ダリアリーデレ
2位 ロナ・ダイニャ
3位 リューエスト・ダリアリーデレ
4位 アデル・ダリアリーデレ
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「えっ……。えっ……。まあっ……まあ、まあ!! あの子たちが、三人とも、5位内に?! し、しかも、キリ、あの子が、1位!!」
クラッと、リールはめまいを感じた。キリの凄まじい『辞典』の強さはもちろん知っていたが、入学旅行の緊張で実力を出し切れない可能性もあると思い、心配に思っていたのだ。
「まあ、キリ……。なんてことかしら。いきなり1位になるなんて……」
しかも、リューエストは3位で、4位にはアデルもいる。
リールは歓喜と安堵、そして誇らしさで胸がいっぱいになった。
「素晴らしいわ、ああ……なんてことかしら。頑張っているのね、あの子たち。ああ……見たかったわ、あの子たちの昨日の勇姿を!」
リールは学園の師範をしているので、当然ながら休日以外は職務がある。昨日も今日も平日のため、日中は授業で忙しい。そうでなければ彼女は今頃、こっそり入学旅行について行っただろう。まるで我が子の「初めてのおつかい」を見守る、母親のように。
「ちゃんと食べてるかしら。眠れてるかしら。ああ、どうか無事に帰ってきてね、キリ、リュー、アデル。私の可愛い子供たち! あら、いけない、こんなこと言ったらまたアデルに怒られてしまうわ。『リール叔母さま、もう私は子供じゃないんです!』って。うふふ、あはは、そうね、アデル……素敵よ、頑張っているのね。しっかり者のアデルは、きっとキリをサポートしてくれているわね。ありがとう……」
感極まりながらそう呟いていると、誰かが講堂に入ってくる気配がした。リールが振り向くと、師範仲間のシルヴィア・レーヴが近づいてくる。
彼女の類まれな美貌は誰もが見とれてしまうほどで、その優雅な仕草は、歩いているだけで人の目を惹きつける。彼女は嫣然と微笑みながらリールのすぐそばまで来ると、声をかけてきた。
「おはようございます、リール先生。生徒ランキングをもう確認されまして? 先生の姪っ子さん、大変優秀でいらっしゃるのね。あんなに素晴らしいダリアの愛し子を、どこに隠していらしたの?」
「おはよう、シルヴィア先生。今ランキングを確認したばかりで、びっくりしてるところよ」
「うふふ……、ご存じ? キリ・ダリアリーデレは昨日からものすごい話題になっていますわ。在校生たちはさっそく辞典競技課題の情報を仕入れて、大騒ぎ。彼女におかしなあだ名を付けてましてよ」
「あらっ、どんな?!」
「『漆黒の眠り姫』、『冥府帰りのキリダリア』、……それから、『バトルクラッシャー』。他にもあるようですわ」
「んまぁ……。素敵。『漆黒の眠り姫』、あらあらあら。そうね、あの子、長年眠っていたものね。『冥府帰りのキリダリア』? 何やら地獄の底から蘇ったかのようなインパクトのあるネーミングね。強そうだわ。それに、『バトルクラッシャー』ですって?!」
「キリは、競技場課題の表現バトルで1万点以上を取得したんですって。前代未聞ですわ」
「んまぁっ!! そうなの?!」
「何もご存じない? 昨日の夜は、その話でもちきりでしたわ」
「昨日は私、忙しくてね、仕事が終わったら早々に寝てしまったのよ。まあ、そうだったの……1万点……」
「不思議な方ね。どこからともなく突然現れた彗星のよう。まるで竜が……連れてきたみたいですわ……」
――竜が連れてきた。
その例えは稀代の天才を表現するのによく使われる。しかしシルヴィアの表情と声音は、何か別の意味を含ませているのが感じられた。
(何かしら……この違和感……。……あら……)
リールはふと、シルヴィアがとても疲れているのを感じ取った。彼女はリールのように早起きしたのではなく、寝ていないのだと気付く。
リールは小さな包みを取り出すと、シルヴィアに手渡しながら言った。
「はい、これあげるわ。癒術を込めて作った丸薬よ。前に渡したのと同じやつ。就寝する直前に飲んでね。副作用も無くぐっすり眠れるから」
シルヴィアはハッとして目を見開いたが、それは一瞬のことで、すぐにまたゆったりと微笑んで言った。
「さすがですわ……リール先生。寝不足を悟られるなんて、わたくしもまだまだですわね……」
「いえ、うまく隠せているわよ。でもシルヴィア、駄目よ、無理しちゃ。まだまだ先は長いんだから。しんどい時はちゃんと頼ってちょうだい。チェカだって、ここにいたらどれほど心配したことか」
シルヴィアはチェカの幼なじみだ。だからリールは、シルヴィアを子供のころから知っている。
シルヴィアは心の中でそっと溜息を付き、リールの差し出した丸薬を受け取った。
「ありがとう、リール先生。頂戴しますわ」
シルヴィアが続けて何か言おうとしたとき、講堂に早起き組の生徒たちが入ってきた。彼らは元気いっぱいといった風情で、口々に二人の師範に声をかけてくる。
「先生方、おはようございます!」
「わっ、リール先生だ! ねねね、見ました?ランキング!! 1位、先生の姪っ子さんでしょ! さすが!!」
「競技場見学に行った生徒が、キリダリアの表現見て鳥肌立ったって、言ってましたよ! 授業さぼった甲斐があったって!」
「オイ、バカ! それ言うな」
「あ、しまった!」
リールは声を出して笑いながら、生徒たちに優しく言った。
「いいんですよ、どの生徒がさぼったかは聞かないから安心して。たまには息抜きもしなきゃね。たまには、ですよ? フフフ。ねえ、こっそり教えてくれる? 私の秘蔵っ子たちの競技の様子」
ワッと、生徒たちが一斉にしゃべりだす。賑やかなその場を、シルヴィアはそっと離れた。口元に謎めいた笑みを浮かべ、
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