推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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一章 入学旅行一日目

1-29b 迷子の正体

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 どれぐらい、眠っていただろうか。
 カーテンを開け放ったままの窓から、夜明けの光がわずかに部屋を染め始めていた。
 霧はいまだ眠りの中にいながら、うっすらと、意識を取り戻そうとしている。

《霧。……霧!》

 誰かの呼ぶ声に、霧は辺りを見渡そうとした。
 それはまだ、眠りの中のこと。
 霧は明晰夢めいせきむを見ているときのように、自分がまだ眠っていて、もうすぐ完全に意識を取り戻すだろうということを、理解していた。
 その状態で、霧は景色の無い薄暗い場所に、一人ポツンと立っていることに気付く。いや、正確には、一人では無かった。小さな女の子が、いつの間にか目の前に現れ、話しかけてきたからだ。

《霧……聞いて。あまり時間がない。目を覚ます前の、ほんのわずかな時間の今なら、ほとんど力を消費せずにあなたに話しかけることができるけど、多くを語る時間はない》

 霧は女の子にうなずくと、言った。

「この一連の出来事は、現実。そう言いたいんでしょ? あなた、市立図書館で、あたしに話しかけてきた迷子だよね? 競技場のトイレでも夢じゃない、って伝えてきたのは、あなただよね?」

《そう、私。助けて欲しいの。今のところ霧だけが、世界とチェカを救う可能性を持ってる。今頼れるのは、あなただけ》

「チェカは、どこにいるの? もしかして『クク・アキ』は、チェカが日本で書いたの? チェカは、生きてるんだよね?!」

《生きてる。そう。でもダメージを受け、一時的に記憶を失った。彼はそれを取り戻そうと、日本であの物語を書いた。少しずつ、記憶を手繰たぐり寄せながら。そうして少し前に、完全に自分を思い出した》

 やっぱりそうだったんだ……と、霧はチェカが生きていると聞いてホッとした。そして複雑な心境で女の子を見つめ、質問しようと口を開きかけたが、それより先に女の子が再び話しかけてきた。

《霧、気を付けて。どこに敵が潜んでいるかわからない。この世界は夢じゃなく実在していて、あなたは生身なまみ。命を落とさないように、慎重に行動して。学園の関係者にも敵が混ざりこんでる》

「えっ……敵?! こわ……あたし、狙われてるの?!」

《今はまだ。でも敵があなたの正体に気付けば、危ない。あなたを守ると約束するけれど、私も竜も、今は本調子じゃない。だからあなたは言動と行動に気を付けて。チェカの居所について、言及してはダメ。チェカが書いたあの本は、絶対誰にも見せないで》

「わかった。でも、どうすりゃいいの。気を付けるって、具体的に何を?! それにあなた、さっき助けて欲しいって言ったけど、あたしに何ができるっていうの? こんな無力で底辺のあたしに……」

《あなたは無力じゃない。今は無敵のキリ・ダリアリーデレ。わからないことがあれば『辞典妖精』に訊いて。私の代わりに答えてくれる。ただ、訊くときは慎重に。『辞典妖精』の声は『辞典』の持ち主にしか聞こえないけど、あなたの声は周囲に聞こえるのだから》

「え、あの可愛いウサ耳妖精、しゃべれるの?!」

《もちろん。あの子はあなたへのサービスで、ウサギ耳をつけることを自ら選択した。新しいあるじとなったあなたを愛してる》

「え、マジで?! ほ、本当に?! わ、わ、感動! サービスでウサ耳付けてくれたなんて、めちゃいい子!」

《そうよ、とてもいい子。100%信頼できる。あなたの『辞典妖精』は裏切らない。でも人は裏切るから気を付けて》

「ちょ、待って。裏切るって、誰が?! めちゃ不安なんだけど! 味方は?! はっきり味方って分かる人はいないの?!」

《今のところ絶対信頼できるのはリール、リューエスト、アデル。トリフォンも大丈夫。リリエンヌ自身は今のところ安全だけど、彼女のルーツはとても危険。アルビレオは未知数。班内での会話には気を付けて》

「えええ……ちょ、リリエンヌのルーツって誰……彼女の両親ってこと?」

《違う。秘められてる。リリエンヌ自身も知らない。ああ……もう時間がない。リューエストが呼びに来た。じきに霧の体は目を覚ます。霧、私の忠告を忘れずに、普通に入学旅行を進めて。今はこの世界に慣れるのが先決。時が満ちれば、私はまたあなたと話せるようになる。それまで、気を付けて》

 女の子はそばまで近寄ってくると、霧の両手を包んでにっこり笑い、優しく言った。

《良い入学旅行を、霧。思いっきり楽しんで》

 霧を呼ぶ声が、どこからか響いて、霧に覚醒をうながす。その声はリューエストだ。呼びながら扉を叩いている。体が目覚めゆく気配を感じながら、霧は女の子に問いかけた。

「待って、あなたは、誰?!」

 明晰夢めいせきむが途切れる前の、ほんのわずかな瞬間。女の子がうっすら微笑んで答えた。

《私は煌竜クルカントゥスあるじ、不屈のソイフラージュ》


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