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一章 入学旅行一日目

1-23a 祭りのクライマックス 1

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 いよいよ、霧の番だ。
 霧はロナのおかげで緊張がほどけ、楽しい気分で表現を始めた――観客席に向かって、手を振りながら。

千客万来せんきゃくばんらい満場まんじょう御礼おんれい歓天かんてん喜地きちの大喝采に、心よりのお礼を申し上げます! 一期一会いちごいちえの貴重な今日の日、最後を飾るはこのTシャツ! ダサい文字も逆にネタ振り痛快つうかい無比むひ、さあ皆さま一緒に着て踊りましょう!」

 踊る、という言葉を引き継ぐことで、霧はロナへの感謝と親しみを込めた。ロナのおかげで、嫌でたまらなった1班との対決が、心楽しいものとなったから。その思いが伝わったようで、向かいに立っているロナは「感動した!」というようにハグをする手ぶりをして霧に満面の笑みを送ってきた。

 霧は無事に表現を終えて、満足した。対象物であるTシャツの表現は少々脱線して、この場への感謝の気持ちを表す表現となったが、後悔はしていない。決勝バトルを盛り上げてくれた観客の人々にも、この貴重なひとときを共に楽しんでくれた感謝の気持ちを伝えたかったのだ。霧にとっては勝ち負けや高得点を取ることよりも、その気持ちを表現することが大切だった。

――いい、キリ、あなたは誇り高いダリアの一族、生まれただけで宝なのよ!

 霧に向かってそう言い放ったアデルの言葉が、脳裏のうりに蘇る。子供時代の悲惨な体験から、霧は自分のことを「生まれただけで宝」とはどうしても思えなかったが、今この場で満足な表現をできた自分に対しては、誇らい気持ちでいっぱいだった。

 ややあって、静かだった観覧席から割れるような拍手と大音響の歓声が上がった。霧が表現するとなぜか、人々はしばらく動けなくなる。『辞典』の持つ言葉の影響力が強すぎるのかもしれない、と霧は思っていた。何しろこれは普通の字引きで、かなりの語彙ごいが収録されているのだから――と。霧は、そう思っていた。

 観客の喝采が飛ぶ中、審判妖精が点数を掲げた。レフリーがすかさず声を張り上げる。

「な、な、なんと!! 1万6541点です!! 1万6541点! 御覧ください皆さま、前代未聞の高得点です! キリ・ダリアリーデレの表現は、わが競技場、いえ、全競技場の、最高記録です!! さあ皆さま、お手元の配点ボタンをどちらかにお振り分けください! ピンク色の花模様が先攻ロナ・ダイニャ、オレンジ色の太陽が、後攻キリ・ダリアリーデレです! 各席、いずれかに1点ずつ加算できます! 3分後に締め切りです、お早く!」

 観客はみな、手元の配点ボタンを押し始めた。
 一方、1万6541点ものぶっちぎり高得点を取るとは夢にも思わなかった霧は、「え、なんで?!」と動揺し、目を泳がせている。そんな霧の元にロナが駆け寄ってきて、ガバっとハグした後、笑いながら言った。

「もうほんとすごいねあなた、最高の表現だったよ! 対象物のTシャツからちょっとそれた内容を、パワーのある四文字熟語で補填ほてんして、なおかつ爆上げするとは! ほんと恐れ入った!」

 ロナのその言葉に、霧はそうだったのか、と納得した。

(四文字熟語って、1万馬力搭載のウルトラエンジンだったのかぁ……。リズムが取りやすいので使っただけなんだけど、それであんなに高得点になったんだな……はあ、なるほど)

 霧がポカンとしていると、ロナは興奮した様子で続けた。

「それにあなたの『辞典』、驚異の強さだね! 『言獣げんじゅう』も相当な数、持っているんじゃない? 言葉一つ一つに物凄い力がこもっていて、しびれたよ! もう私、惚れちゃった! ああそれから、これ絶対言わなきゃ、私の言葉の一部を引き継いでくれて、本当に嬉しかったよ! ああ、学園に戻るのが楽しみだ! 一緒のクラスになれたらいいな!」

「あ、あ、あ、こここ、こちらこそ! あ、あたし、オタクで変人なんで、そのうちドン引きさせてしまうかもしれませんが、こここ、こんなんで良かったら、ぜ、ぜひよろしくお願いします」

 心のこもった抱擁も、これほど気持ちの良い賛辞も、そしてド直球で表された好意も、霧には初めてのことだった。そのため動揺の極致に達した霧は、自分でも何を言っているのかわからなくなってきていた。言わなくていいようなことも言ったかもしれない。しかしロナはまったく気にせず、大らかな笑顔で応えた。

「あははは、いいねぇ、あなたのその謙虚な態度。私は好きだよ。もっと自信持っていいと思うけど、その自信なさげな物言いも、ガス……あいつのから威張いばりりに比べたら、一億万倍いいね! ますます惚れちゃうよ!」

「あばばば……それ以上褒められたら幸福が致死量に達してあぼーんしますのでやめてください、ぐはっ!」

 霧の意味不明な狼狽ろうばいぶりに引くどころか、ロナはますます爆笑している。
 二人がそうやって親睦しんぼくを深めている間、レフリーは観客の配点を締め切り、やがて声を張り上げた。

「合計点を発表します!」

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