43 / 175
一章 入学旅行一日目
1-22 トリ同士の対決
しおりを挟む
最後に残った1班のメンバーは、年齢は50前後と見られる女性で、褐色の肌に恰幅の良い体形をしている。とても逞しそうだ。気力体力共に充実した雰囲気で、その顔には人好きのする笑顔が浮かんでいる。
なんとリューエストは、彼女に敗れた。
その女性は確かに、語彙力・表現力も豊かで、言葉に力がこもっている様子から『辞典』自体もかなり強いと見て取れたのだが……それに対してリューエストの表現は、かなり適当で気の抜けたものだった。観覧席からも拍手に交じってブーイングの声が上がっている。
「え……嘘でしょ、リューエスト、わざと手を抜いたんじゃ……」
霧が呆然としながらそう呟くと、リリエンヌが笑いながら言った。
「あらあら、リューエストさんったら。きっとキリに華々しく最後を飾ってほしいと思っていらっしゃるんだわ」
「ノォォォォーッ!!」
「ちょっとキリ、奇声を上げるのやめて! 恥ずかしい人ね! さ、ちゃっちゃと勝ってきてよ。まさかリューエストみたいにわざと負けたりしないよね?! この24班の名誉がかかってるのよ!!」
凄味のある声でアデルに詰め寄られ、霧はスンッ……となった。そこへ申し訳なさそうに笑いながらリューエストが戻ってくる。
「ごめんねぇ、キリ。お兄ちゃん、勝てなかったぁ……。あの人、強いんだもん。え?手なんて抜いてないよ?全力だよ? やだなぁ、お兄ちゃんを疑うなんて」
「いやいやいやいやいや……リューエスト、しらじらしい……」
「ああ、キリの表現、楽しみだなぁ! 頑張って、キリ。ホラ、次の対象物、キリの好きそうな絵柄のTシャツだよ! あれね、優勝班のメンバー全員にプレゼントされるんだって!」
霧はコート中央を見た。
スタッフが次の対戦用に、せっせとトルソ―に飾られたTシャツを配置している。真ん中の対象物置き場は台座が回るようになっていて、やがて置かれたトルソーがゆっくり回転しはじめた。どうやらそれは、セセラム競技場のオリジナルTシャツのようだ。花のような外観の競技場を表した絵がTシャツ前面の隅にあり、そこから飛び出てきたようなイメージで審判妖精の可憐な姿が大きく描かれている。絵柄はアニメ風で、「愛♡表現バトル」「みんな大好きセセラム競技場」という文字が派手なフォントで入っていた。それを見て霧とアデルが同時に声を上げる。
「きゃわいい~~!! 欲しい!!」
「ださっ!!」
二人が目を見交わす。霧はアデルに食って掛かった。
「ちょ、可愛いでしょ、あれ。着たくない?」
「ないわよ。ね、リリエンヌ、ださいわよね?」
「ん~……、キリの言うように、確かに審判妖精の絵は可愛いわぁ。でもぉ……そのぉ……アデルの言うように、ちょっとださい……きっと、あの文字のせいね」
「じゃ、さ、あの文字、アップリケか何かで隠しちゃおうよ! そしたらお揃いで着てくれる? ね、みんな!」
霧の言葉に、リューエストが叫ぶ。
「着る着る! キリとお揃い!! ぐふふ! キリ、もらったらさっそく一緒に着よう! 入学旅行中、ずっと着ていようね!」
「……パジャマにしよっと」
再びスンッとなった霧がそう呟くと、リリエンヌが口に手を添えて肩を震わせる。どうやら笑いをかみ殺しているようだ。そうしているうちに最終戦の出番となり、霧はレフリーに呼び出された。
霧がコート中央に進み出ると、途端にコート内がワッと沸き立つ。
霧は「勘弁してくれぇ……」と情けない表情で身を縮ませた。それを見て、対戦相手の女性が霧のそばまで来ると声をかけてくる。
「よろしく、キリ・ダリアリーデレさん。私はロナ・ダイニャ。対戦できて光栄です。お互い全力で表現できますように」
彼女の言葉に霧はハッとした。ロナほどの実力者なら、リューエストのあの手を抜いた表現がわざとであることに気付いただろうし、彼女に対する侮辱と取られても仕方ない。それに思い当たった霧は、ヘコヘコと頭を下げた。
「あっ……、ど、どうぞよろしくお願いします、ロナさん。あ、あの、うちのリューエストがすみません。悪気は、無いんです、彼、妹バカなだけのアホでして、あなたを侮辱するつもりは全くなくて」
霧はコート内に拡声されないように、ごく小声でロナに話しかけた。対するロナもまた、小声で答える。
「ははは、いいよいいよ、気にしてないから。むしろあなたと対戦できて感謝してる。あなたのこと、今日、噂で色々聞いたよ。すごく強いんだってね。あ、そういえば、こっちこそごめんよ」
「え、何がです?」
ロナは更に霧に近づくと、耳元で囁くように言った。
「うちの班のガスだよ。あなたにひどい言葉を吐いた。躾のなってない『粋がり坊や』で、本当、困ってるんだ。あんなこと言われて、気を悪くしただろう、ごめんね」
「あ、いやいや、ご丁寧に、ありがとうございます」
いい人だ――と、霧はロナに好意を持った。つくづく、ガスティオールと一緒の班で気の毒だと思う。彼女ともっと話したい、と霧は思ったが、レフリーがロナに位置に着くよう言い、しばらくして競技が始まった。
先攻は、ロナだ。
彼女は一つ大きく息を吸い込むと、朗々と声を張り上げる。
「小さなサイズ、大きなサイズ、私のビッグサイズも、もちろんある。競技場の熱気をそのままに、クスリと笑う愉快な絵柄。何より可愛い審判妖精、きらめく姿で踊ってる!」
ロナの表現は素直で平易な言葉を使っている。愉快な言い回しの表現は、彼女特有の人好きのする雰囲気と共に、心温まるパフォーマンスで彩られていた。「私のビッグサイズ」というところで、ロナは大きく手を振りながらくるりと回り、茶目っ気たっぷりなその動きに、観客は思わず笑顔になる。続けて「可愛い審判妖精」のくだりでは、コート内に現れていた審判妖精がロナの周りを踊りながら飛び回った。ロナの表現に合わせたその愛嬌たっぷりな姿に、コート中はもちろん、霧も大喜びだ。試合の緊張も忘れて審判妖精に見入っている。
ほどなくして審判妖精は457点を打ち出した。1班のトリを務めるだけあって、彼女はかなり強い『辞典』を持っているようだ。観覧席からは大きな拍手と歓声が上がる。
ややあって、レフリーが両手を上げて観覧席を見回すジェスチャーをすると、沸き立っていたコート内が途端に静かになった。
いよいよ、霧の番だ。
なんとリューエストは、彼女に敗れた。
その女性は確かに、語彙力・表現力も豊かで、言葉に力がこもっている様子から『辞典』自体もかなり強いと見て取れたのだが……それに対してリューエストの表現は、かなり適当で気の抜けたものだった。観覧席からも拍手に交じってブーイングの声が上がっている。
「え……嘘でしょ、リューエスト、わざと手を抜いたんじゃ……」
霧が呆然としながらそう呟くと、リリエンヌが笑いながら言った。
「あらあら、リューエストさんったら。きっとキリに華々しく最後を飾ってほしいと思っていらっしゃるんだわ」
「ノォォォォーッ!!」
「ちょっとキリ、奇声を上げるのやめて! 恥ずかしい人ね! さ、ちゃっちゃと勝ってきてよ。まさかリューエストみたいにわざと負けたりしないよね?! この24班の名誉がかかってるのよ!!」
凄味のある声でアデルに詰め寄られ、霧はスンッ……となった。そこへ申し訳なさそうに笑いながらリューエストが戻ってくる。
「ごめんねぇ、キリ。お兄ちゃん、勝てなかったぁ……。あの人、強いんだもん。え?手なんて抜いてないよ?全力だよ? やだなぁ、お兄ちゃんを疑うなんて」
「いやいやいやいやいや……リューエスト、しらじらしい……」
「ああ、キリの表現、楽しみだなぁ! 頑張って、キリ。ホラ、次の対象物、キリの好きそうな絵柄のTシャツだよ! あれね、優勝班のメンバー全員にプレゼントされるんだって!」
霧はコート中央を見た。
スタッフが次の対戦用に、せっせとトルソ―に飾られたTシャツを配置している。真ん中の対象物置き場は台座が回るようになっていて、やがて置かれたトルソーがゆっくり回転しはじめた。どうやらそれは、セセラム競技場のオリジナルTシャツのようだ。花のような外観の競技場を表した絵がTシャツ前面の隅にあり、そこから飛び出てきたようなイメージで審判妖精の可憐な姿が大きく描かれている。絵柄はアニメ風で、「愛♡表現バトル」「みんな大好きセセラム競技場」という文字が派手なフォントで入っていた。それを見て霧とアデルが同時に声を上げる。
「きゃわいい~~!! 欲しい!!」
「ださっ!!」
二人が目を見交わす。霧はアデルに食って掛かった。
「ちょ、可愛いでしょ、あれ。着たくない?」
「ないわよ。ね、リリエンヌ、ださいわよね?」
「ん~……、キリの言うように、確かに審判妖精の絵は可愛いわぁ。でもぉ……そのぉ……アデルの言うように、ちょっとださい……きっと、あの文字のせいね」
「じゃ、さ、あの文字、アップリケか何かで隠しちゃおうよ! そしたらお揃いで着てくれる? ね、みんな!」
霧の言葉に、リューエストが叫ぶ。
「着る着る! キリとお揃い!! ぐふふ! キリ、もらったらさっそく一緒に着よう! 入学旅行中、ずっと着ていようね!」
「……パジャマにしよっと」
再びスンッとなった霧がそう呟くと、リリエンヌが口に手を添えて肩を震わせる。どうやら笑いをかみ殺しているようだ。そうしているうちに最終戦の出番となり、霧はレフリーに呼び出された。
霧がコート中央に進み出ると、途端にコート内がワッと沸き立つ。
霧は「勘弁してくれぇ……」と情けない表情で身を縮ませた。それを見て、対戦相手の女性が霧のそばまで来ると声をかけてくる。
「よろしく、キリ・ダリアリーデレさん。私はロナ・ダイニャ。対戦できて光栄です。お互い全力で表現できますように」
彼女の言葉に霧はハッとした。ロナほどの実力者なら、リューエストのあの手を抜いた表現がわざとであることに気付いただろうし、彼女に対する侮辱と取られても仕方ない。それに思い当たった霧は、ヘコヘコと頭を下げた。
「あっ……、ど、どうぞよろしくお願いします、ロナさん。あ、あの、うちのリューエストがすみません。悪気は、無いんです、彼、妹バカなだけのアホでして、あなたを侮辱するつもりは全くなくて」
霧はコート内に拡声されないように、ごく小声でロナに話しかけた。対するロナもまた、小声で答える。
「ははは、いいよいいよ、気にしてないから。むしろあなたと対戦できて感謝してる。あなたのこと、今日、噂で色々聞いたよ。すごく強いんだってね。あ、そういえば、こっちこそごめんよ」
「え、何がです?」
ロナは更に霧に近づくと、耳元で囁くように言った。
「うちの班のガスだよ。あなたにひどい言葉を吐いた。躾のなってない『粋がり坊や』で、本当、困ってるんだ。あんなこと言われて、気を悪くしただろう、ごめんね」
「あ、いやいや、ご丁寧に、ありがとうございます」
いい人だ――と、霧はロナに好意を持った。つくづく、ガスティオールと一緒の班で気の毒だと思う。彼女ともっと話したい、と霧は思ったが、レフリーがロナに位置に着くよう言い、しばらくして競技が始まった。
先攻は、ロナだ。
彼女は一つ大きく息を吸い込むと、朗々と声を張り上げる。
「小さなサイズ、大きなサイズ、私のビッグサイズも、もちろんある。競技場の熱気をそのままに、クスリと笑う愉快な絵柄。何より可愛い審判妖精、きらめく姿で踊ってる!」
ロナの表現は素直で平易な言葉を使っている。愉快な言い回しの表現は、彼女特有の人好きのする雰囲気と共に、心温まるパフォーマンスで彩られていた。「私のビッグサイズ」というところで、ロナは大きく手を振りながらくるりと回り、茶目っ気たっぷりなその動きに、観客は思わず笑顔になる。続けて「可愛い審判妖精」のくだりでは、コート内に現れていた審判妖精がロナの周りを踊りながら飛び回った。ロナの表現に合わせたその愛嬌たっぷりな姿に、コート中はもちろん、霧も大喜びだ。試合の緊張も忘れて審判妖精に見入っている。
ほどなくして審判妖精は457点を打ち出した。1班のトリを務めるだけあって、彼女はかなり強い『辞典』を持っているようだ。観覧席からは大きな拍手と歓声が上がる。
ややあって、レフリーが両手を上げて観覧席を見回すジェスチャーをすると、沸き立っていたコート内が途端に静かになった。
いよいよ、霧の番だ。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。
まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。
そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。
ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。
戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。
普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -
shio
ファンタジー
神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。
魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。
漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。
アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。
だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる