39 / 175
一章 入学旅行一日目
1-19b キリの活躍
しおりを挟む
いよいよ、霧の番となった。
対戦者は30歳前後と見られる男性で、ワイルドな雰囲気の男前。彼は霧の近くまで来ると、にっこり笑って言った。
「やあ、よろしく、俺は17班のゲイルだ。君、課題3で学園始まって以来の高得点を取ったらしいね? 対戦できて嬉しいよ。とても楽しみだ」
「はあ……。よろしくお願いします、24班のキリです。あまり期待しないでください。実物は抜け作なので……がっかりすることになりますよ」
霧の自信なさげな物言いに驚いたのか、ゲイルは一瞬ポカンとしていたが、すぐに破顔して言った。
「面白いな、君! 一緒の班になれなかったのが残念だ。おや、後ろであの有名なリューエスト・ダリアリーデレが睨んでる。もしかして、恋人?」
「まさか。信じられないでしょうが、あれ、あたしの兄です。信じられないでしょうが、血が繋がっているらしいです。ええ、信じられませんとも、双子だなんて。別に信じなくても差し支えないので信じなくてもいいですよ。でもあたしに絡むと兄があなたにタックルかますので要注意です。これだけは紛れもなく真実です」
ゲイルはまたもや一瞬ポカンとしたが、そのあと大笑いした。どうやら気さくな性格らしい。その笑い方には侮蔑やあざけりなどの嫌な雰囲気は微塵もなく、好意的で爽やかな、ただ愉快だから笑う、という清々しいものだった。
やがてレフリーの合図で、男性から表現が始まった。
表現対象物は、何の飾りも無い黒い立方体。彼はこの無機質な物体をどう表現するのだろう、と霧は緊張しながらも興味津々で耳をそばだてた。
「正六面体の向いは平行、隣は垂直。6の面に12の辺、8の頂点、11展開。へこんじゃいない凸集合、俺の人生も同じくへこむ暇なし!」
(ほほう……? 意味わからん。え……数学? 頭良さそうだな~、この人。凸集合って何だ? よく分からなかったけど、へこまない人生っていいな)
へこみっぱなしの霧は、素直にそう思った。
審判妖精は196点を打ち出している。新入生の平均点は120ほどだから、彼はなかなか強い『辞典』を持っているようだ。もちろん表現が軽快で音のリズムも良かったから、高得点に繋がったのだろう。観覧者からも拍手が沸き起こっている。
続けてレフリーの合図で霧の表現の番となると、コート内は途端に静かになった。
霧は緊張しながら一つ大きく息を吸い込むと、口を開く。
「闇を切り取り光を詰めた。黒く塗り、四角く角張らせ、壊れやすい純白を染まらぬよう守るため。誰が取り出せるだろう、開く面の無い箱の奥、ひっそり佇むその希望を」
霧の表現が始まった途端、辺りはまるで闇が降りたように暗くなり、黒い立方体の中に閉じ込められたような圧迫感が立ち込めた。しかし次の瞬間には美しい光が差し、その神秘的な輝きが人々の心に余韻を残して溶けていく。誰もがそれを感じたが、誰一人、その不思議な現象を説明できる者はなく、霧の放った言葉の雰囲気に呑まれていた。
ほんのわずかな間の表現口上。その一瞬が、永遠に続くように感じられる。霧が表現を言い終わっても、コート内は静まり返っていた。
そうして誰もが身じろぎもせず固まっているのを見て、霧の胸中に不安が募ってゆく。
(え……しまった、はずしたか? 叙情的過ぎた? 事前にいくつか考えた中から、対戦者とは違った切り口の表現を選んだんだけど……ポエミー過ぎたか?!)
霧が内心冷や汗を浮かべていると、呪縛から解き放たれたように、審判妖精が採点を掲げた。光で編み上げたその数字は――
「1万4270点! なんと、1万4270点と出ました! 辞典競技が始まって以来の最高得点です!」
我に返ったレフリーが声高にそう叫ぶと、観客たちが弾かれたように立ち上がり、拍手と歓声を上げた。コート内はたちまち、割れるような大音響に包まれる。
「ああああ……。表現は好きだけど注目されるのは嫌だ。もうここから離れて次の課題に行きたい……」
そう呟き、喜ぶどころか意気消沈している霧を見て、対戦相手のゲイルが近くに走り寄ってきて言った。
「すごいな、キリ! 心が射貫かれるような痺れる表現だった! なあ、良かったら、うちの班と一緒に課題回りしないか? 君と話がしたい! 大丈夫、うちの班全員いい奴ば……っ!」
ゲイルは最後まで言い切ることができなかった。なぜならすごい形相のリューエストに胸倉を掴まれ、後方に弾き飛ばされたからだ。
「妹に近づくな! 指一本でも触れたら、許さない!」
「リュリュリュー、あたし、何にもされてないから! ちょ、ごめん、17班の人、だだだ、大丈夫?! だから言ったのに!」
ゲイルは怒るかと思いきや、すぐに体勢を立て直すと爽やかに笑って言った。
「いやぁ~、全然大丈夫、むしろありがとう! 異才と名高いリューエストさんに凄まれるとは、貴重な体験だ! みんなに自慢してやろっと!」
すんっ……と、霧から表情が消えた。学園の生徒って、もしかしてどこかいっちゃってるアレな奴が多いのか?と思っていると、レフリーの進行で観覧席の点数が双方に加算された。
「観覧席からの配点により、両者総点が出ました! 17班ゲイル・グーゴルプレックス237点! そして24班キリ・ダリアリーデレ……なんと、1万9229点! 勝者、キリ・ダリアリーデレ!」
ワッと、観覧席から拍手と歓声の嵐が沸き起こった。熱狂に包まれた観覧席に向かって、キリの肩を抱いたリューエストが、誇らしげに手を振っている。嬉しそうなリューエストとは反対に、霧は引きつった顔で棒立ちになっていた。
対戦者は30歳前後と見られる男性で、ワイルドな雰囲気の男前。彼は霧の近くまで来ると、にっこり笑って言った。
「やあ、よろしく、俺は17班のゲイルだ。君、課題3で学園始まって以来の高得点を取ったらしいね? 対戦できて嬉しいよ。とても楽しみだ」
「はあ……。よろしくお願いします、24班のキリです。あまり期待しないでください。実物は抜け作なので……がっかりすることになりますよ」
霧の自信なさげな物言いに驚いたのか、ゲイルは一瞬ポカンとしていたが、すぐに破顔して言った。
「面白いな、君! 一緒の班になれなかったのが残念だ。おや、後ろであの有名なリューエスト・ダリアリーデレが睨んでる。もしかして、恋人?」
「まさか。信じられないでしょうが、あれ、あたしの兄です。信じられないでしょうが、血が繋がっているらしいです。ええ、信じられませんとも、双子だなんて。別に信じなくても差し支えないので信じなくてもいいですよ。でもあたしに絡むと兄があなたにタックルかますので要注意です。これだけは紛れもなく真実です」
ゲイルはまたもや一瞬ポカンとしたが、そのあと大笑いした。どうやら気さくな性格らしい。その笑い方には侮蔑やあざけりなどの嫌な雰囲気は微塵もなく、好意的で爽やかな、ただ愉快だから笑う、という清々しいものだった。
やがてレフリーの合図で、男性から表現が始まった。
表現対象物は、何の飾りも無い黒い立方体。彼はこの無機質な物体をどう表現するのだろう、と霧は緊張しながらも興味津々で耳をそばだてた。
「正六面体の向いは平行、隣は垂直。6の面に12の辺、8の頂点、11展開。へこんじゃいない凸集合、俺の人生も同じくへこむ暇なし!」
(ほほう……? 意味わからん。え……数学? 頭良さそうだな~、この人。凸集合って何だ? よく分からなかったけど、へこまない人生っていいな)
へこみっぱなしの霧は、素直にそう思った。
審判妖精は196点を打ち出している。新入生の平均点は120ほどだから、彼はなかなか強い『辞典』を持っているようだ。もちろん表現が軽快で音のリズムも良かったから、高得点に繋がったのだろう。観覧者からも拍手が沸き起こっている。
続けてレフリーの合図で霧の表現の番となると、コート内は途端に静かになった。
霧は緊張しながら一つ大きく息を吸い込むと、口を開く。
「闇を切り取り光を詰めた。黒く塗り、四角く角張らせ、壊れやすい純白を染まらぬよう守るため。誰が取り出せるだろう、開く面の無い箱の奥、ひっそり佇むその希望を」
霧の表現が始まった途端、辺りはまるで闇が降りたように暗くなり、黒い立方体の中に閉じ込められたような圧迫感が立ち込めた。しかし次の瞬間には美しい光が差し、その神秘的な輝きが人々の心に余韻を残して溶けていく。誰もがそれを感じたが、誰一人、その不思議な現象を説明できる者はなく、霧の放った言葉の雰囲気に呑まれていた。
ほんのわずかな間の表現口上。その一瞬が、永遠に続くように感じられる。霧が表現を言い終わっても、コート内は静まり返っていた。
そうして誰もが身じろぎもせず固まっているのを見て、霧の胸中に不安が募ってゆく。
(え……しまった、はずしたか? 叙情的過ぎた? 事前にいくつか考えた中から、対戦者とは違った切り口の表現を選んだんだけど……ポエミー過ぎたか?!)
霧が内心冷や汗を浮かべていると、呪縛から解き放たれたように、審判妖精が採点を掲げた。光で編み上げたその数字は――
「1万4270点! なんと、1万4270点と出ました! 辞典競技が始まって以来の最高得点です!」
我に返ったレフリーが声高にそう叫ぶと、観客たちが弾かれたように立ち上がり、拍手と歓声を上げた。コート内はたちまち、割れるような大音響に包まれる。
「ああああ……。表現は好きだけど注目されるのは嫌だ。もうここから離れて次の課題に行きたい……」
そう呟き、喜ぶどころか意気消沈している霧を見て、対戦相手のゲイルが近くに走り寄ってきて言った。
「すごいな、キリ! 心が射貫かれるような痺れる表現だった! なあ、良かったら、うちの班と一緒に課題回りしないか? 君と話がしたい! 大丈夫、うちの班全員いい奴ば……っ!」
ゲイルは最後まで言い切ることができなかった。なぜならすごい形相のリューエストに胸倉を掴まれ、後方に弾き飛ばされたからだ。
「妹に近づくな! 指一本でも触れたら、許さない!」
「リュリュリュー、あたし、何にもされてないから! ちょ、ごめん、17班の人、だだだ、大丈夫?! だから言ったのに!」
ゲイルは怒るかと思いきや、すぐに体勢を立て直すと爽やかに笑って言った。
「いやぁ~、全然大丈夫、むしろありがとう! 異才と名高いリューエストさんに凄まれるとは、貴重な体験だ! みんなに自慢してやろっと!」
すんっ……と、霧から表情が消えた。学園の生徒って、もしかしてどこかいっちゃってるアレな奴が多いのか?と思っていると、レフリーの進行で観覧席の点数が双方に加算された。
「観覧席からの配点により、両者総点が出ました! 17班ゲイル・グーゴルプレックス237点! そして24班キリ・ダリアリーデレ……なんと、1万9229点! 勝者、キリ・ダリアリーデレ!」
ワッと、観覧席から拍手と歓声の嵐が沸き起こった。熱狂に包まれた観覧席に向かって、キリの肩を抱いたリューエストが、誇らしげに手を振っている。嬉しそうなリューエストとは反対に、霧は引きつった顔で棒立ちになっていた。
2
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。
まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。
そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。
ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。
戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。
普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -
shio
ファンタジー
神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。
魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。
漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。
アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。
だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる