推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

文字の大きさ
上 下
30 / 175
一章 入学旅行一日目

1-14b キリ、真打登場 2

しおりを挟む
(は……? 1万、2千、580点?!)

 けたが違い過ぎる。
 『クク・アキ』の物語の中では、稀代きだいの天才と呼ばれる主人公のチェカでさえ、最高得点は惜しくも1000点に届かなかったはず。

「な、な、何かの、間違いじゃ……、あ!」

 霧は突然思い当たった。
 自分の持っている辞典、それは皆が持っているものとは違う。
 この世界の『辞典』は、個人が辞典魔法のために使うものを指し、いわゆる字引きとは違う。『辞典』は成長過程で覚えた言葉が自動的に記載されてゆく仕組みのため、知らない言葉は載っていないのだ。平均的な大人の語彙数ごいすうは3万~5万程度と言われているため、当然ながらこの世界の『辞典』に収録されているのもそれくらいの語数となる。
 一方、霧の持っているそれは日本の書店で買った国語辞典、字引きだ。ほぼ衝動買いで購入したため詳しく調べなかったが、少なくても7万語、もしかしたら9万語以上の語彙が収録されているかもしれない。それほどの語数を持った『辞典』を使う魔法士の卵ならば、桁違けたちがいに威力が跳ね上がるのは当然のことだろう。この表現バトルも一種の辞典魔法のため、『辞典』の持つ特性が魔法効果に大きく影響するのだ。

(どどど、どうしよ……。このままじゃあたし、珍獣扱いで牢屋に入れられてしまうんじゃ……そうなると入学旅行どころではなくなる! うああああ、まずい、まずいぞ! あたしはただ、入学旅行を楽しみたいだけなのに!)

 霧が一人でおののいていると、観覧席からワッと歓声が上がった。茫然自失状態ぼうぜんじしつじょうたいだった人々が、席から立ち上がり興奮に沸き立っている。

「すごい、今の表現、すごいしかない!」
「おお、痺れたぞ! 心も、体も!!」
「あんなの今まで経験したことない! すごい言葉の威力だった!」
「ズシンと来たな、ひぇ~~~~!」
「え、何、この新入生さん、名前、何?!」
「あの右手の人差し指の爪、あれダリアの金橙オレンジじゃない?!」
「ほんとだ、ダリアの一族、しかも黒髪黒目でダリアの愛し子! 伝説のダリアの再来か?!」
「あの人の隣の人、有名な、言獣げんじゅうハンターのリューエストさんだよね?! ダリアの一族の! リューエストさんがあの人を見ながらバトルでやたら妹って叫んでたってことは、あの人リューエストさんの妹さんってことで、ダリアの一族ってことで決定だよね?!」
「マジか……」
「うっわ、俺まだ鳥肌立ってるよ、この班、もう一回表現バトルしてくれないかな」
「だよな。もう一回見たい! すげぇよ24班!」

 たちまちアンコールを願う歓声が観覧席中で沸き起こり、コート内は割れるような人々の声で騒然となった。レフリーがそれを制すると、霧たちに向かって頼みごとをしてくる。

「24班の皆さん、もう一度表現バトルをお願いできませんか? ぜひ、ぜひお願いします!」

「いやでも、あたしの立ってる場所の台座、こ、壊れてるんじゃ、ないかなぁ……。だ、だって、おかしいでしょ、1万点以上って……」

「台座が物理的に壊れている可能性は否定できませんが、審判妖精の判定に間違いの入り込む隙はありません。ご心配なら、あなたの立ち位置を左にずらしてみましょう」

 競技者の立ち位置は、中央の対象物の周囲に12か所用意されている。霧はちょうど空白だった左に位置をずらしてみた。するとリューエストも左にずれ、霧が立っていた場所に陣取る。リューエストは朗らかに言った。

「これでもう一回、行ってみよう! みんな、キリの実力が本物だって、今一度証明してあげるよ! さあキリ、もう一度君の力を爆発させて、みんなの心に旋風せんぷうを巻き起こしてくれ!」

「え、いや、爆発したくないです、ご期待に沿えず申し訳ございません。あたしは一介の貧乏人でございまして、皆さんの歓声を受けるような存在では……。むしろ存在を限りなく透明にして、爆発炎上などという物騒な事柄は未来永劫えいごう避けたい性分でして……むしろ、もういっそ消えたいというか……」

 霧は目を泳がせながら、明らかに挙動不審な態度でおかしな言葉を口走る。しかしそれは再び歓声に沸くコート内の騒音にかき消された。レフリーが中央の対象物を入れ替えたため、新しい表現バトルが始まることを知った観客たちは、活気に満ちて一層騒ぎ出す。
 そんな中、アデルがツアーメイトに向かって言った。

「もう、しょうがないなぁ。あと1回だけ表現バトルしましょう。今、何時、もう12時? これ終わったら、みんなでお昼ごはん行くからね。食べながら、課題4の相談よ、みんな、いいよね?」

 アデルの言葉にツアーメイト全員がうなずく。アデルの物怖じしないハキハキした態度が、霧にはとても頼もしかった。
 そうして、前回と同じく10分の準備時間を設けたのち、レフリーの合図で表現バトルが始まった。

 ――結果。
 アデル201点、リリエンヌ218点、トリフォン205点、アルビレオ221点、リューエスト331点、そして霧が――1万2582点だった。

(ノォォォォォーーーーーッ! さっきより2点も増えとるやんけぇーーーーー! もうだめだ! 珍獣扱いされてしまう!!)

 割れるような拍手と歓声の中、霧は頭を抱えた。リューエストはそんな霧をハグしながら叫ぶ。

「もう、キリったらそんなに照れて、可愛い!! もっと自慢げにしたっていいんだよ、まあお兄ちゃんとしては、可愛い妹の照れ顔見れて、幸せなんだけどさ! あ、でも、キリのドヤ顔も見たいから、次はドヤ顔で頼むよ、キリ!」

 脅威きょういの妹バカ……と霧が感想を漏らす中、リューエストが霧の頬をツン、と優しく つつく。リューエストは美しい顔に満面の笑みを浮かべ、今度はツアーメイトに向かって言った。

「どうみんな、わかったでしょ、僕の妹の実力! 嫉妬して意地悪とかしちゃダメだよ、わかってるよね? おっと、これ脅しじゃないから、キリ、怒んないで!」

「は……もう、怒る気力もわかない……。……疲れた……」

「はいはい、じゃ、みんな食事行きましょ。キリ、屋台の食べ物、食べたいんでしょ? みんなもそれでいい?」

 霧はドキッとしてアデルを見た。競技場に入る前、屋台のお好み焼きを見て霧がよだれを垂らさんばかりの勢いだったのを、アデルは覚えていてくれたのだ。

「うん、食べたい! ありがと、ありがと、ありがと、アデル! 好き!!」

 霧がストレートにそう叫ぶと、アデルは眉間にしわを寄せながら「気持ち悪いなぁ……」と呟いた。嫌そうに顔をしかめているものの、アデルのその声には軽蔑ではなく親しみが感じられ、一層嬉しくなった霧は、思わずアデルに抱き着きたくなってしまった。もちろん、実行には移さなかったが。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。

まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。 そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。 ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。 戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。 普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...