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一章 入学旅行一日目

1-14a キリ、真打登場 1

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 霧は一つ息を吸い込むと、情感を込めて「表現」を始めた。

「有限の時の悲しさよ、咲き誇る花も儚き命。過ぎくな、麗しきこの時よ、とどめよ、わが友人との奇跡の邂逅かいこうを。何物にも代えがたいこの尊き共演を、ほころぶ前のつぼみたくそう」

 霧の声は震えていた。しかしその響きには胸を打つ強さが込められていて、観覧席はまるでたえなる調べに聞き惚れるように、しばし茫然ぼうぜんと沈黙した。

 霧の「表現」は、霧の心の奥に秘められた、慟哭どうこく片鱗へんりん、切実な祈りそのものだった。
 「表現」の中に、アデルが始めて皆が引き継いだ「きょうえん」を忍ばせ、「ほころぶ前の蕾」と表現した意図いとは、まだ咲き誇る前の瑞々みずみずしい始まりの朝を表し、枯れる日――すなわち夢の終焉しゅうえんがまだ遠いことを願ってのことだった。
 この『クク・アキ』という物語の中に入り込んだ奇跡、入学旅行という貴重な体験、そして同班となったみんなとのこの時間は、霧にとっては何物にも代えがたい大切な宝物。それを表現したかった。
 その場に居合わせた人々の、果たして何人が、霧の「表現」に込められた感情を感じ取れただろうか。
 別に理解されなくてもいい、と霧は思っていた。この場にツアーメイトと表現バトルで競えたことが、霧にとっては奇跡なのだから、それ以上は求めない、と。

 霧は満足げに、ツアーメイトたちに賛辞の視線を送った。いずれも素晴らしかった。みんなそれぞれの表現の中に、同班となったツアーメイトたちへのほのかな友情を盛り込んでいたのだから。――まあ、リューエストだけは、ほぼ妹への愛で占められていたけど、と、霧はクスリと笑った。
 そして霧は、リューエストの325点には及ばないだろうし、班の中で最低点を取っても構わない、と思った。

(それにしても、採点遅いな……ん?)

 飛び回っていた審判妖精が、霧の辞典の付近でホバリングして、霧と辞典を交互に見つめて目に涙を溜めている。その表情には憧憬どうけい崇敬すうけいの念がありありと浮かんでいたが、戸惑う霧には届いていなかった。

(えっ……え? どどどど、どうしたの?! え、まさか、泣くほど駄作だった?! あたしの表現、それほどまでにお粗末だった?!)

 霧が焦って回りを見ると、リューエストも泣いているし、リリエンヌもハンカチで目を押さえている。トリフォンはしみじみした表情で静かに頷き、アルビレオは無表情ながらじっと霧を見つめている。そして強気なアデルの瞳もまた潤み、驚きの表情を浮かべて霧を見つめていた。

 この場の雰囲気がつかめず、霧は助けを求めてレフリーを見ると、彼女もまた、茫然ぼうぜんとした表情で涙を零している。霧はますます焦った。

「あ、あの……あたし、その、何か、しました……? もしかしてあたし、採点機能、壊しました? ごごごご、ごめんなさい、貴重な備品を壊してしまって……」

 霧のその言葉に、ハッとなったレフリーが審判妖精に「採点を」と告げる。審判妖精はサッと両手を掲げ点数を表示した。

 その表示に、霧は唖然あぜんとした。

(え、え? 見間違い? え?)

 霧がごしごしと、目をぬぐう。

 そこには、12580点、という表示が光り輝いていた。

(は……? 1万、2千、580点?!)

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