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一章 入学旅行一日目

1-13b 24班の妙なる共演

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 観覧者の拍手がやむと、アデルは深呼吸して「表現」を開始した。

「美しき花の競演。優雅な花瓶のたえなる共演。色鮮やかに咲き誇る、華麗な饗宴きょうえん

(うまい! さすがアデル!)

 霧はうなった。「きょうえん」という音が見事にそろっている。その表現のたくみさに感心しながら、霧は『クク・アキ』の物語の中でアデルの『辞典』の力がずば抜けて強いことを思い出した。
 審判妖精の配点は、表現の巧みさに加え、『辞典』の総合的な強さも考慮こうりょに入る。だからアデルは、かなりの高得点を取るはずだ――霧はそう考え、審判妖精の評価をうずうずする気持ちで待った。
 アデルの「表現」が終わるのと同時に飛び出てきた審判妖精は、会場をひとしきり回った後、両手をかかげて「230点」と打ち出した。「おおっ!」とコート内に驚きの声が上がる。
 一般人の平均得点は大人の場合30~40点だから、アデルの得た点数はかなり高い。最も、辞典魔法士となる生徒は一般の人たちより『辞典』の技に優れているのが当たり前なので、100点以上は珍しくない。それでも新入生が200点以上を取るのは珍しいらしく、観覧席からは大きな拍手が上がった。
 
 しばらくしてレフリーが拍手を制すると、次のリリエンヌの「表現」が始まった。

「素晴らしき友との共演に、私の心は喜びに咲きほころぶ。優雅な赤、無垢むくなる白、気高い金橙オレンジ、賢者のあかね、神秘の黒。一つの器に一体となり、ご一緒できる幸せを歌いましょう」

(うわ、うわ、うわぁ~!)

 霧はまたもや唸った。230点も取ったアデルの後で物怖じもせず、リリエンヌはその美しいおもてに優しい微笑みをたたえながら、歌うような抑揚よくようをつけて「表現」を言い切った。しかも、アデルの使った「共演」という言葉を引き取って繋げ、更に、表現対象である花瓶の花々とツアーメイトを色でリンクさせている。
 リリエンヌのしたように、競技相手の言葉の一部を引き継ぐのは、友情や親愛の意味を持つ場合が多い。確か『クク・アキ』の物語の中でも、主人公のチェカが対戦者の友人の言葉を引き継いで使っていた。霧はそれを思い出し、感嘆の溜息をもらした。

(素晴らしいなぁ……リリエンヌちゃん)

 ややあって審判妖精が「215点」を打ち出すと、またもや観覧席から拍手と歓声が飛び交った。思わず霧も、一緒に拍手してしまう。
 
 次は、トリフォンの番だ。

「花と茎、実と枝葉、いずれも豊かな夢の共演に、我、静かに驚嘆す。麗しきかな、めでたきかな、この場に居合わせた幸運に、我、厳かに喜び歌う」

(お、おお……)

 霧は震えた。トリフォンもまた、「共演」という言葉を引き取って繋げ、年経としへた人に相応ふさわしい厳粛げんしゅくな雰囲気の言葉を使い、巧みなリズム感で「表現」を言い終えた。その朗々とした声はお年寄りとは思えないほど澄み切って、コート内に高らかに響き渡った。
 観覧席からはまた、感心した人の拍手と歓声がわきおこる。魔法士学園には年齢制限は無いとはいえ、トリフォンほどの高齢者はやはり珍しい。そのファイトと心意気にも、エールを送っているのだろう。
 トリフォンの「表現」は、後半部分が対象物の花瓶の花からそれたが、多少逸脱いつだつしてもツアーメイトとの共演の喜びを歌ったトリフォンの、その優しい人柄が知れて、霧はとても嬉しかった。それに、リズムや言葉の選び方がとても美しい。その証拠に、審判妖精は「250点」を打ち出している。さすがだ、と霧の胸の内は尊敬の念でいっぱいになった。トリフォンの『辞典』はきっと、年月の重みを感じる豊かな語彙ごいで詰まっているのだろう。

 そして、霧はだんだんと、不安になってきた。

(ま、まずいな……。この流れだと、あたし、トリを飾るのにふさわしい表現ができるかわかんないぞ)

 なぜか観覧者は、どんどん増えている。それを見て、霧の顔に冷や汗が浮かんできた。

 そんな中、続いてアルビレオが「表現」を始めた。

「競演の道行きを示唆しさするがごとき豊かな香り。しばしの饗宴きょうえんつどい、花咲く」

(渋い。短歌みたいだ。音のリズムが素晴らしい! しかもみんなと同じように「きょうえん」というおんを引き継いでる!)

 霧はそう思いながら、アルビレオをを観察した。彼は黒髪と紫色の瞳がミステリアスな雰囲気の、クールなイケメンだ。声もいい。見て眼福、聞いて耳福。などと霧が心の中で感想をこぼしていると、審判妖精は「228点」を打ち出した。
 観覧席から大きな拍手が贈られ、コート内は騒然となった。驚いたことに場内はいつの間にか満席となり、立ち見客が後部スペースにぎっしり並んでいる。

(えええ……ちょ、人大杉ひとおおすぎ。いくら物珍しい一年に一回の新入生バトルったって、まだこれ練習バトルだぞ?!)

 霧がそんな風にまごついている中、リューエストの「表現」が始まった。彼は対象物の花瓶の方を見ず、なぜか霧の方を向いて口を開く。

「奇跡の金橙オレンジ、ダリアの愛し子、わが妹。目前の花の競演も、この麗しき共演も、愛しき妹への捧げもの。さあ歌え、ほころべ、咲き誇れ、素晴らしきわが妹のために!」

 うっ! なんじゃその妹への愛の賛歌は!――と思いながら霧が顔を歪ませる。表現中、リューエストはうっとりするほど美しい微笑みを浮かべ、霧を見つめていた。

 かなり対象物から逸脱したその表現内容に、点数が大幅に削られるかと思いきや、なんと審判妖精は「325点」を打ち出した。これはひとえに、リューエストの『辞典』がかなり強力だという証明だ。減点すらものともしないほど。
 場内では拍手と共に、「やっぱりすごい、リューエストさん!」という声が上がってる。その中には「彼、妹さんなんていた?」という声も。どうやらリューエストはなかなかに有名人らしい。

 そしていよいよ、霧の番となった。

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