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一章 入学旅行一日目
1-12b プロポーズバトル 1
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霧たちが見学に選んだこの「プロポーズバトル」と呼ばれる表現バトルの一種は、『クク・アキ』1巻にも登場している。
物語の中では三人の男性が、一人の美しい女性を巡ってバトルを繰り広げていた。そのエピソード内では、熱烈な表現で最も高得点を得た男性が勝利し、女性は彼を人生のパートナーに選ぶ……と思いきや、なんと最も低得点の男性が、女性に選ばれたのだ。その女性いわく、「彼の口下手なところが大好き、ということに気付きました!」だそうで、霧はずっこけた覚えがある。
(あれは「なんでやねん!」な展開だったなぁ。まあ、あのときの女性の気持ちはわからなくもない。最初は言い寄ってくるどの男性も素敵で、誰と人生を共にするか迷っていたんだろうな。それでプロポーズバトルを開催したものの、勝敗が決まって初めて、勝利した男性は辞典の強さが魅力的だっただけでさほど好きでもなく、勝負に負けた男性のことが一番好きだったのだ、ということに気付いてしまうという……。う~ん、深いな。人生の大切な選択にもひと押ししてくれる、辞典魔法……うん、深い。素晴らしい!)
霧はそんな風に一人で感心しながら、物語に出てきた競技の様子を思い出していた。
表現バトルでは競技者が、表現対象物や表現対象者を巡って言葉で闘う。どのバトルも普通は3回戦だ。1回の表現で選べる言葉は3センテンスまで、というのが標準ルールで、1センテンスの長さは60文字までと決まっている。他にも、各バトルで追加のルールを決めたりするが、大抵は上記ルールのみの自由な形式でバトルされるのが普通だ。
そして勝敗は、審判妖精と観覧者の総点で決定される。
審判妖精の身長は20~30㎝ぐらいで、よくおとぎ話に出てくる妖精と同じく、背中に透き通った羽を持っている。とてもファンタジックな姿だ。そして今、このセセラム競技場の審判妖精は、シンボルカラーである紫色の衣装を身に着けて軽快に飛び回っている。その衣装は競技場スタッフが身に着けている制服を可愛らしくアレンジした様子で、とてもキュートだ。
妖精はやがて両手を上に広げると、頭上に光で編んだ数字を表示させた。
それを見て「50点!」とレフリーが叫ぶ。
この審判妖精の点数配分には、満点というものは存在しない。審判妖精は、競技者の選んだ言葉と、その表現の巧みさに加え、全体の音のリズム、そして競技者の持つ『辞典』の固有の強さから、点数を与える。
だいたい1回の表現で子供の場合は6点から15点、大人の場合は30点から40点くらいが一般人の標準点数となる。先程の女性の場合は50点を取ったので、なかなか強い。
『辞典』とリンクできる審判妖精の点数配分は、人間にはできない芸当で、とても微細に行われる。
例えば同じ「美しい」という言葉を、対戦する競技者全員が「表現」に使ったとしても、その言葉の点数は同じにはならない。競技者の持つ『辞典』の強さが点数に影響を与えるからだ。それに加え、競技者が「美しい」という言葉をどのくらい理解し、どんな感情を持っているか、どれくらい使いこなしているか、という点にまで採点の光が当てられる。そこがまた、この辞典競技の面白いところだ。一つの言葉に対する重みや理解度は、人によって違う。それが深まれば、『辞典』もまた、強さを増してゆく。辞典競技と審判妖精による判定は、自分の『辞典』の熟練度を見る、絶好の機会なのだ。
そして、『辞典』の強さを決めるのは、それだけではない。
言葉が影響力を持つこの『ククリコ・アーキペラゴ』は、『言魂界』という特殊な世界と繋がっていて、『言魂界』からやってくる様々な『言獣』たちは、『辞典』の主と契約することがある。契約した『言獣』は『辞典』に宿り、『辞典』に収録されている言葉を強化してくれるのだ。
『辞典』と直接リンクすることのできる審判妖精は、当然、競技者の『辞典』に宿っている『言獣』の種類や数、成長度合いも判定に生かしている。
(ううっ、楽しいなぁ!)
『クク・アキ』1巻の中でも臨場感たっぷりに辞典競技のエピソードが綴られていたが、霧は今、自分自身がその熱気の中に入り込んでいるのだと思うと興奮が収まらなかった。
やがてレフリーの合図で、後攻の競技者が台座の前に進む。対戦相手が意中の男性を巡ってどんな表現を選ぶのか、霧はわくわくしながら固唾を呑んで見守った。
競技者は台座に『辞典』を置くと、大きく息を吸った後、声高に叫ぶ。
「あなたの瞳を愛してる! あなたの声を愛してる! あなたのお茶目なところを愛してる!」
とてもストレートな「表現」だ。霧は、なるほどそれもありだよな、とうんうん頷く。
ややあって、飛び回っていた審判妖精が再び両手を上に掲げ、光り輝く数字を編み出した。
「42点!」とレフリーが叫び、続けて観覧席に向かって呼ばわる。
「ではご観覧の皆さん、競技者のどちらか良いと思われた表現にお手元の配点ボタンを押してください! 今回は先攻の競技者が星のマーク、後攻の競技者がひし形のマークとなります。お間違いなきよう!」
霧は座席のひじ掛けに設置されている配点ボタンを確認した。20個ほどのマークが並んでいるが、星とひし形のマークだけが明るく輝き、あとはグレーアウトになっている。
霧がそれをじっと見ていると、隣に座っているリューエストが配点ボタンの説明をしてくれた。
「キリ、星かひし形だけ選べるよ。あとは押しても無効だからね」
「うん。どっちの人にしようかなぁ……詩的な表現の星さんの方にしようかな」
「うんうん、星さん、うまかったよね。……迷うけど、そうだなぁ、僕はひし形さんにしよっと。愛してるを3回繰り返してたのが良かった。あの情熱的な表現が僕は好きだ」
「二人とも、声に出す必要、ある? 考えがまとまらないじゃない!」
アデルのダメ出しが飛んできて、霧が「すみません、ごめんなさい!」とへこへこと頭を下げた。そこへトリフォンが間を取りなす。
「どちらが優れているとか考えずに、直感で選んで構わないんじゃよ、アデル嬢や。じゃがお主のその真剣で真面目な姿勢、わしには好感が持てるぞ。アデルにも配点をあげたいぐらいじゃ、ほっほっほっ!」
トリフォンのその言葉に、リリエンヌが笑顔になって言った。
「まあ、トリフォンさんったら。うふふ……お上手ですわ。良かったわね、アデル、トリフォンさんからの……あ、『さん』無しで呼ばれることをご希望でしたわね、ではお言葉に甘えて……こほん、アデル、トリフォンからの見えない配点を頂戴しておきなさいな」
うむうむ、と、トリフォンが嬉しそうに微笑む。
アデルは照れながら、トリフォンにぺこりと頭を下げ、「リリーは、どっち選んだの?」と幼なじみのリリエンヌに問いかけた。リリエンヌは謎めいた微笑を浮かべ、茶目っ気たっぷりに言った。
「内緒。うふふ……。アデル、早くしないと時間が来て投票が打ち切られてよ」
「あ、そうだった。んもう……えいっ!」
アデルがどちらかに点を入れると、観覧席の配点が締め切られ、すぐさま集計された。結果は星が109点、ひし形が121点となった。観覧席の支持は、情熱的なひし形にやや傾いているようだ。審判妖精の点と合計したところ、星が159点、ひし形が163点となり、一回戦の勝者はひし形となった。勝った後攻の女性はガッツポーズでぴょんぴょん飛び跳ねている。星の女性は悔しそうだ。こんな風に審判妖精からの配点で勝利していても、観客の配点次第で逆転してしまうところがまた、表現バトルの面白いところだ。
「う~ん、がんばれ、星の女性! さあ、二回戦目だ!」
霧がそう呟くと、レフリーの合図で二回戦目が始まった。
物語の中では三人の男性が、一人の美しい女性を巡ってバトルを繰り広げていた。そのエピソード内では、熱烈な表現で最も高得点を得た男性が勝利し、女性は彼を人生のパートナーに選ぶ……と思いきや、なんと最も低得点の男性が、女性に選ばれたのだ。その女性いわく、「彼の口下手なところが大好き、ということに気付きました!」だそうで、霧はずっこけた覚えがある。
(あれは「なんでやねん!」な展開だったなぁ。まあ、あのときの女性の気持ちはわからなくもない。最初は言い寄ってくるどの男性も素敵で、誰と人生を共にするか迷っていたんだろうな。それでプロポーズバトルを開催したものの、勝敗が決まって初めて、勝利した男性は辞典の強さが魅力的だっただけでさほど好きでもなく、勝負に負けた男性のことが一番好きだったのだ、ということに気付いてしまうという……。う~ん、深いな。人生の大切な選択にもひと押ししてくれる、辞典魔法……うん、深い。素晴らしい!)
霧はそんな風に一人で感心しながら、物語に出てきた競技の様子を思い出していた。
表現バトルでは競技者が、表現対象物や表現対象者を巡って言葉で闘う。どのバトルも普通は3回戦だ。1回の表現で選べる言葉は3センテンスまで、というのが標準ルールで、1センテンスの長さは60文字までと決まっている。他にも、各バトルで追加のルールを決めたりするが、大抵は上記ルールのみの自由な形式でバトルされるのが普通だ。
そして勝敗は、審判妖精と観覧者の総点で決定される。
審判妖精の身長は20~30㎝ぐらいで、よくおとぎ話に出てくる妖精と同じく、背中に透き通った羽を持っている。とてもファンタジックな姿だ。そして今、このセセラム競技場の審判妖精は、シンボルカラーである紫色の衣装を身に着けて軽快に飛び回っている。その衣装は競技場スタッフが身に着けている制服を可愛らしくアレンジした様子で、とてもキュートだ。
妖精はやがて両手を上に広げると、頭上に光で編んだ数字を表示させた。
それを見て「50点!」とレフリーが叫ぶ。
この審判妖精の点数配分には、満点というものは存在しない。審判妖精は、競技者の選んだ言葉と、その表現の巧みさに加え、全体の音のリズム、そして競技者の持つ『辞典』の固有の強さから、点数を与える。
だいたい1回の表現で子供の場合は6点から15点、大人の場合は30点から40点くらいが一般人の標準点数となる。先程の女性の場合は50点を取ったので、なかなか強い。
『辞典』とリンクできる審判妖精の点数配分は、人間にはできない芸当で、とても微細に行われる。
例えば同じ「美しい」という言葉を、対戦する競技者全員が「表現」に使ったとしても、その言葉の点数は同じにはならない。競技者の持つ『辞典』の強さが点数に影響を与えるからだ。それに加え、競技者が「美しい」という言葉をどのくらい理解し、どんな感情を持っているか、どれくらい使いこなしているか、という点にまで採点の光が当てられる。そこがまた、この辞典競技の面白いところだ。一つの言葉に対する重みや理解度は、人によって違う。それが深まれば、『辞典』もまた、強さを増してゆく。辞典競技と審判妖精による判定は、自分の『辞典』の熟練度を見る、絶好の機会なのだ。
そして、『辞典』の強さを決めるのは、それだけではない。
言葉が影響力を持つこの『ククリコ・アーキペラゴ』は、『言魂界』という特殊な世界と繋がっていて、『言魂界』からやってくる様々な『言獣』たちは、『辞典』の主と契約することがある。契約した『言獣』は『辞典』に宿り、『辞典』に収録されている言葉を強化してくれるのだ。
『辞典』と直接リンクすることのできる審判妖精は、当然、競技者の『辞典』に宿っている『言獣』の種類や数、成長度合いも判定に生かしている。
(ううっ、楽しいなぁ!)
『クク・アキ』1巻の中でも臨場感たっぷりに辞典競技のエピソードが綴られていたが、霧は今、自分自身がその熱気の中に入り込んでいるのだと思うと興奮が収まらなかった。
やがてレフリーの合図で、後攻の競技者が台座の前に進む。対戦相手が意中の男性を巡ってどんな表現を選ぶのか、霧はわくわくしながら固唾を呑んで見守った。
競技者は台座に『辞典』を置くと、大きく息を吸った後、声高に叫ぶ。
「あなたの瞳を愛してる! あなたの声を愛してる! あなたのお茶目なところを愛してる!」
とてもストレートな「表現」だ。霧は、なるほどそれもありだよな、とうんうん頷く。
ややあって、飛び回っていた審判妖精が再び両手を上に掲げ、光り輝く数字を編み出した。
「42点!」とレフリーが叫び、続けて観覧席に向かって呼ばわる。
「ではご観覧の皆さん、競技者のどちらか良いと思われた表現にお手元の配点ボタンを押してください! 今回は先攻の競技者が星のマーク、後攻の競技者がひし形のマークとなります。お間違いなきよう!」
霧は座席のひじ掛けに設置されている配点ボタンを確認した。20個ほどのマークが並んでいるが、星とひし形のマークだけが明るく輝き、あとはグレーアウトになっている。
霧がそれをじっと見ていると、隣に座っているリューエストが配点ボタンの説明をしてくれた。
「キリ、星かひし形だけ選べるよ。あとは押しても無効だからね」
「うん。どっちの人にしようかなぁ……詩的な表現の星さんの方にしようかな」
「うんうん、星さん、うまかったよね。……迷うけど、そうだなぁ、僕はひし形さんにしよっと。愛してるを3回繰り返してたのが良かった。あの情熱的な表現が僕は好きだ」
「二人とも、声に出す必要、ある? 考えがまとまらないじゃない!」
アデルのダメ出しが飛んできて、霧が「すみません、ごめんなさい!」とへこへこと頭を下げた。そこへトリフォンが間を取りなす。
「どちらが優れているとか考えずに、直感で選んで構わないんじゃよ、アデル嬢や。じゃがお主のその真剣で真面目な姿勢、わしには好感が持てるぞ。アデルにも配点をあげたいぐらいじゃ、ほっほっほっ!」
トリフォンのその言葉に、リリエンヌが笑顔になって言った。
「まあ、トリフォンさんったら。うふふ……お上手ですわ。良かったわね、アデル、トリフォンさんからの……あ、『さん』無しで呼ばれることをご希望でしたわね、ではお言葉に甘えて……こほん、アデル、トリフォンからの見えない配点を頂戴しておきなさいな」
うむうむ、と、トリフォンが嬉しそうに微笑む。
アデルは照れながら、トリフォンにぺこりと頭を下げ、「リリーは、どっち選んだの?」と幼なじみのリリエンヌに問いかけた。リリエンヌは謎めいた微笑を浮かべ、茶目っ気たっぷりに言った。
「内緒。うふふ……。アデル、早くしないと時間が来て投票が打ち切られてよ」
「あ、そうだった。んもう……えいっ!」
アデルがどちらかに点を入れると、観覧席の配点が締め切られ、すぐさま集計された。結果は星が109点、ひし形が121点となった。観覧席の支持は、情熱的なひし形にやや傾いているようだ。審判妖精の点と合計したところ、星が159点、ひし形が163点となり、一回戦の勝者はひし形となった。勝った後攻の女性はガッツポーズでぴょんぴょん飛び跳ねている。星の女性は悔しそうだ。こんな風に審判妖精からの配点で勝利していても、観客の配点次第で逆転してしまうところがまた、表現バトルの面白いところだ。
「う~ん、がんばれ、星の女性! さあ、二回戦目だ!」
霧がそう呟くと、レフリーの合図で二回戦目が始まった。
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