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一章 入学旅行一日目
1-09b やけに長い夢
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「ちょうどいい。課題に挑戦する前に、24班のみんなに話しておく。――キリは原因不明の病で、生まれてからずっと眠っていて、半年前に目覚めたばかりなんだ」
(……は……? え……ちょ……どういう、こと?!)
戸惑う霧をよそに、リューエストは淡々と話を続けた。
「アデルがそのことを知らないのも無理はない。一族はみんなキリのことを気の毒がって、誰もそのことに触れなかったからね。チェカ叔父さんも例外なく、思いやりの心から、キリのことを伏せていたんだと思うよ。叔父さんはとても優しい人だからね。アデル、君はよく知ってるだろうけど」
「あ……うん。お父さんなら……そうね、うん。そういうことか……」
そう言いながら霧をチラッとみたアデルの表情に、一転して同情と哀れみの片鱗が浮かぶ。リューエストはアデルにうなずくと、話を続けた。
「キリはね、眠っている間、日本という異世界で暮らしている夢を見ていて、目覚めた今も、その夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる。だからキリの言動や行動はちょっと変わってるけど、どうか悪く取らないで欲しい。キリは兄である僕のひいき目を除いても、優しくて可愛い、とてもいい子だから、仲良くして欲しいんだ」
リューエストはそこで一旦言葉をつぐみ、みんなの反応を確かめるように見回した。そして唐突に霧の肩を抱き寄せると、明るい声で再び口を開く。
「それに見てよ、キリの、この黒い髪に黒い瞳! 伝説の辞典魔法士ダリアと同じ組み合わせ! この子はダリアの愛し子! なんて素敵なんだろう、僕の妹キリは! みんなもそう思うだろう?」
リューエストは嬉しそうにそう言うと、再びツアーメイトの反応を確認するように、一人ずつに視線を送った。
そんな中、霧の頭には、妹バカ、妹溺愛、妹至上主義――などという「妹愛で系ストーリー」のキーワードのような単語が浮かんできた。当の妹が自分だと思うと何だかむず痒いような恥ずかしいような有り得ないような嬉しいような恐れ多いような、複雑な感情が胸に去来する。
それと同時に、リューエストのセリフの一部が、無性に気になった――「日本という異世界で暮らしている夢を見ていて、その夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる」という部分だ。
(あたしが、「夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる」って……、ど、どういうことかな? え……これ、夢だよね? まさかと思うが、リューエストの言うように、あたしの日本での暮らしの方が、ゆ、夢……なんてこと、ないよね?! こっちが、夢だよね? ま、まさかこっちが現実で、リューエストの言ってる通り、あたしは夢と現実を逆に思ってる、なんてこと、ないよね?! あは、あはは、まさかぁ……)
ひやりと、霧の心中に得体のしれない不安が、寒気と共に忍び寄る。
(そういや、この夢、やけに長い……な………………)
たらりと、霧の頬に冷や汗が浮かぶ。
(いやいや……あははは、そんなまさか)
霧は手を握ったり閉じたりして、その感触のリアルさを不思議に思い始めた。だんだんと頭が混乱してくる。霧がチラッとリューエストを見ると、彼は真剣な表情で再び口を開いた。
「半年前に目覚めたばかりのキリが、学園の入学試験に一発合格したのを疑問に思う人もいるだろうね。知っての通り、魔法士学園の入学試験は超難関だ。キリが入学試験に合格したのは何かこずるい手を使ったか、ダリアの一族への忖度があったのでは、とか思っている奴もいるだろうが――そいつはやがてその思い違いに気付くだろう。キリの辞典魔法の実力は本物だ。ハッキリ言って僕は、この入学旅行でキリが生徒ランキングの1位を取ってしまうんじゃないかと危惧してる。そうなると僕の大切な妹が、他の生徒の嫉妬や嫌がらせの標的になるんじゃないかと、とても心配してるんだ」
リューエストの予想外の発言にみんな少なからず驚いたが、中でも一番度肝を抜かれたのは霧だ。ただでさえ混乱中の頭が、鳩時計の鳩さながら、ピッポ―ピッポーと音を立てて滑稽な雰囲気を醸し出しながら思考停止する。
(…………。いち……い? はぁ……? 1位?! 最下位の間違いじゃないの……? あたしが1位って、まさか! いくら妹バカだからって、それはあまりにも……リューエスト、ちょっとぶっ飛び過ぎでは……。この不可解さ。やっぱ……こっちが夢……だよね?!)
(……は……? え……ちょ……どういう、こと?!)
戸惑う霧をよそに、リューエストは淡々と話を続けた。
「アデルがそのことを知らないのも無理はない。一族はみんなキリのことを気の毒がって、誰もそのことに触れなかったからね。チェカ叔父さんも例外なく、思いやりの心から、キリのことを伏せていたんだと思うよ。叔父さんはとても優しい人だからね。アデル、君はよく知ってるだろうけど」
「あ……うん。お父さんなら……そうね、うん。そういうことか……」
そう言いながら霧をチラッとみたアデルの表情に、一転して同情と哀れみの片鱗が浮かぶ。リューエストはアデルにうなずくと、話を続けた。
「キリはね、眠っている間、日本という異世界で暮らしている夢を見ていて、目覚めた今も、その夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる。だからキリの言動や行動はちょっと変わってるけど、どうか悪く取らないで欲しい。キリは兄である僕のひいき目を除いても、優しくて可愛い、とてもいい子だから、仲良くして欲しいんだ」
リューエストはそこで一旦言葉をつぐみ、みんなの反応を確かめるように見回した。そして唐突に霧の肩を抱き寄せると、明るい声で再び口を開く。
「それに見てよ、キリの、この黒い髪に黒い瞳! 伝説の辞典魔法士ダリアと同じ組み合わせ! この子はダリアの愛し子! なんて素敵なんだろう、僕の妹キリは! みんなもそう思うだろう?」
リューエストは嬉しそうにそう言うと、再びツアーメイトの反応を確認するように、一人ずつに視線を送った。
そんな中、霧の頭には、妹バカ、妹溺愛、妹至上主義――などという「妹愛で系ストーリー」のキーワードのような単語が浮かんできた。当の妹が自分だと思うと何だかむず痒いような恥ずかしいような有り得ないような嬉しいような恐れ多いような、複雑な感情が胸に去来する。
それと同時に、リューエストのセリフの一部が、無性に気になった――「日本という異世界で暮らしている夢を見ていて、その夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる」という部分だ。
(あたしが、「夢の世界が現実で、この現実世界が夢だと思いこんでいる」って……、ど、どういうことかな? え……これ、夢だよね? まさかと思うが、リューエストの言うように、あたしの日本での暮らしの方が、ゆ、夢……なんてこと、ないよね?! こっちが、夢だよね? ま、まさかこっちが現実で、リューエストの言ってる通り、あたしは夢と現実を逆に思ってる、なんてこと、ないよね?! あは、あはは、まさかぁ……)
ひやりと、霧の心中に得体のしれない不安が、寒気と共に忍び寄る。
(そういや、この夢、やけに長い……な………………)
たらりと、霧の頬に冷や汗が浮かぶ。
(いやいや……あははは、そんなまさか)
霧は手を握ったり閉じたりして、その感触のリアルさを不思議に思い始めた。だんだんと頭が混乱してくる。霧がチラッとリューエストを見ると、彼は真剣な表情で再び口を開いた。
「半年前に目覚めたばかりのキリが、学園の入学試験に一発合格したのを疑問に思う人もいるだろうね。知っての通り、魔法士学園の入学試験は超難関だ。キリが入学試験に合格したのは何かこずるい手を使ったか、ダリアの一族への忖度があったのでは、とか思っている奴もいるだろうが――そいつはやがてその思い違いに気付くだろう。キリの辞典魔法の実力は本物だ。ハッキリ言って僕は、この入学旅行でキリが生徒ランキングの1位を取ってしまうんじゃないかと危惧してる。そうなると僕の大切な妹が、他の生徒の嫉妬や嫌がらせの標的になるんじゃないかと、とても心配してるんだ」
リューエストの予想外の発言にみんな少なからず驚いたが、中でも一番度肝を抜かれたのは霧だ。ただでさえ混乱中の頭が、鳩時計の鳩さながら、ピッポ―ピッポーと音を立てて滑稽な雰囲気を醸し出しながら思考停止する。
(…………。いち……い? はぁ……? 1位?! 最下位の間違いじゃないの……? あたしが1位って、まさか! いくら妹バカだからって、それはあまりにも……リューエスト、ちょっとぶっ飛び過ぎでは……。この不可解さ。やっぱ……こっちが夢……だよね?!)
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