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一章 入学旅行一日目

1-07c 赤い瞳のアデル 3

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(「エセダリア」……ひどい侮辱だ)

 霧はそう思いながら、このガスディオールという愚劣ぐれつな男が今すぐ呪われ地獄の底に落ちますように、と願った。
 「エセダリア」――つまり、偽物のダリアの一族。ガスティオールはそういう意味でこの言葉を放ったのだ。それがアデルにとって、どれほど大きな侮辱の意味を持つか、知りながら。
 霧は気遣うようにアデルを見た。彼女は怒りと悔しさのにじんだ表情をして、ギュッと唇を引き結んでいる。

 「ダリア」というのは「ダリアの一族」の略称として使われることが多いが、1500年以上昔に実在した高名な辞典魔法士の名前としても有名だ。
 ダリアは人々を権力者の支配・圧政・搾取さくしゅから解放し、奴隷のように扱われていた辞典魔法士たちを守るために、古城を空に浮かばせたと史実に残っている。
 気高い「救済者ダリア」の魂は今なお、古城学園のどこかにある彼女自身の辞典に宿っていて、魔法士たちを守っているそうだ。
 そのダリアをルーツとした「ダリアの一族」は、みな一様に気高く、優れた辞典魔法の使い手になることが多い。よって「ダリアリーデレ」の姓を持つものは、尊敬の対象とされる。
 アデル・ダリアリーデレ――彼女はチェカによってダリアの一族に迎えられた養子だ。ダリア姓だが、一族の特性は受け継いでいない。
 しかし、霧は知っていた。彼女がダリア姓を誇りに思い、その名に恥じないよう研鑽けんさんを積み、一族のほまれとして世の中の役に立とうと日々精進を重ねているということを。どれほど健気な努力に身をしても、決して本物のダリアになれない、ということが、彼女にとってどれほど、悔しいか――それを、霧はよく知っていた。

 人は誰も、自らの出生を選べない。

 その無念さ。悔しさ。苛立ち。痛み。
 求めても、決して得られないと分かっているのに、渇望かつぼうせずにいられない制御不能な、感情。

 それらを、霧もまた、身をもってよく知っていた。

 『ククリコ・アーキペラゴ~空飛ぶ古城学園と魔法士たち~』の中でも、アデルは群を抜いて人気のあるキャラクターだ。それは彼女が絶世の美少女だから、というだけではない。過去の悲しい出来事と、本物のダリアになれない劣等感・葛藤、そしてそれらを何とか昇華させようとする彼女の清らかな尊さ――数々の要素が絡み合って、アデルを魅力的な人物像へと輝かせているからだ。

(うん、うん、これぞアデル。いいねぇ、その怒りに満ちた、強気な眼差し! 生アデルが拝めるなんて、まったく、素晴らしい! ああ、アデル、素敵!!)

 ファンです! サインください!! ――と、アデルのほっそりした奇麗な足元にひれ伏そうかと霧は思ったが、そんなことをすればとばされかねない、と自重じちょうした。そして更に、いや待て、虫けらのような目でにらみつけられながら蹴とばされるのも悪くない、と変態的な考えが浮かぶ。

 そんな風に霧がキモい妄想をしている間、それまで沈黙していたアデルが怒りに震える声を静かに紡ぐのが聞こえてきた。

「覚えていることね、ガスティオール。あんたはこの私を侮辱したことを、いつか思いっきり後悔するわよ……」

「ヒヒヒッ、お~怖ェ~! あいにく、後悔するのはおまえの方だ! おまえと違って俺は、最高に優秀なツアーメイトと入学旅行の課題に当たるんだからな! 生徒ランキングの一番はすでにもらったようなもんだぜ! ヒッヒッヒ!」

 ガスティオールと呼ばれた残念イケメンの周りには、5人の男女が静かにたたずんで成り行きを見守っていた。彼らがどれほど優秀かは霧には分からなかったが、ガスティオールと違って賢そうな顔つきをしているし、一人で熱くなっているガスティオールとは対照的に、ひどく冷めた様子だった。
 その面々を確認しながらアデルが何か言おうとしたとき、霧とアデルの辞典がまたもや光り輝いた。

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