9 / 175
一章 入学旅行一日目
1-05a 初めての辞典魔法
しおりを挟む
この『ククリコ・アーキペラゴ』と呼ばれる世界では、誰もが生まれた時に一冊の特殊な『辞典』を授かる。
その辞典は『個人辞典』もしくは『自分辞典』などと呼ばれ、辞典魔法を発動させることのできる貴重な魔法アイテムだ。この世界で『辞典』と言えばその特別な一冊を指し、いわゆる字引として存在する普通の辞典は「辞書」と呼び分けて、『辞典』とは明確に区別されている。
霧は頭の中にある物語の設定を思い返しながら、自分の手に持っている辞典を眺めた。
(さっき、台座に置いたら光ったよな、これ? それを見た学園長も「辞典が認識された」って言ってたし……。このあたしの辞典で辞典魔法が使えるなら、最高に面白い!)
この世界を生き生きと彩る辞典魔法。
それは『辞典』に宿る言葉を選び出し、言葉により生み出される魔法。
この世界では、言葉は魔法の付随物などではなく、『辞典』に宿る言葉そのものが、魔法なのだ。
ここ『ククリコ・アーキペラゴ』では、魔法は当たり前に存在する身近な現象で、日本での生活に家電が必要不可欠なように、『辞典』はこの世界の人々の生活基盤となっている。
(よぉし、とりあえずやってみるぞ! あははははは!!)
能天気に笑いながら、霧は辞典を開いた。その瞬間、パッと光を放って立体ホログラムが辞典から描き出される。物語の設定と、同じだ。
「よっしゃあっ、起動した! ぐははははは!」
霧はぞくぞくと全身を震わせた。自分の放つ奇怪な笑い声も、普段なら人目をはばかるところだが、今はもうどうでもよい。ただただ小気味よくて、憧れの辞典魔法を放てるのだと思うと、興奮で口から心臓が飛び出そうだった。
本当に、なんて爽快な夢だろう! 霧はそう思いながら鼻息を吹き出し、辞典をめくった。
「よおし、ええと、まず『核語』を選び出して……」
『核語』とは、辞典魔法を使うときにまず最初に選ぶ、魔法の核となる言葉である。
この辞典魔法の仕組みがまた面白く、今日本ではゲーム化するために開発も進められている。
『辞典』は、その持ち主と共に成長する。
この世界の誰もが生まれた時に授かる一冊の『辞典』は、赤子と共に「育って」ゆく。赤子から幼児へ、幼児から子供、そして大人へと成長する過程で言葉を覚えていくと、その『辞典』に自動的に言葉が記載されていく。つまり『辞典』に記載された言葉の数は、その人の語彙そのものなのである。
もちろん、覚えた言葉が『辞典』に登録されるためには、自分勝手な解釈ではなく、一般的な意味・用法から逸脱しない範囲の理解を得た場合に限る。その範囲で、自分なりの解釈が記されていくため、『辞典』に記された内容は個人によってさまざま。
例えば「好き」という言葉は、だいたいは「気に入ること」「心が惹かれること」「反対語は嫌い」などと『辞典』に記されるが、それに加えて人によっては「素敵」「イイ!」「心地良い感情」「好きと思えるもので満ち満ちた人生を送りたい」などと記されたりする。人さまざまなのである。
この世界では当たり前のことなのだが、霧からすればこの世界の『辞典』は不思議な魔法生成物だ。
そして辞典魔法は、この自分の『辞典』でのみ発動させることができる。他者の『辞典』については、触れることすらできない。弾かれてしまうのだ。
そのため当然ながら、魔法発動のために選べるのは自分が覚えた言葉のみ。
つまり、魔法発動者の語彙が豊富であるほど、より強力な、種類に富んだ魔法を使うことができる。
それを思い出し、霧は胸を躍らせた。
一般的な大人の語彙数は3~5万と言われているため、当然ながら普通に成長していれば『辞典』に記載される語彙数もその程度となる。しかし、霧が持っている辞典は日本で購入した辞書だ。少なくても7万語、もしかしたら9万語以上収録されているかもしれない。
(くうぅぅぅっー! めっちゃチートじゃん、あたしの『辞典』! もしかしてあたし、無敵じゃん?! どんな魔法も選びたい放題! まあ、地上に降りるだけの今は8万語も必要ないんだけど、選択できる語彙が多いに越したことないよね。語彙量に応じて『辞典』は強化されるから、8万語もあれば驚異の強さを持ってるはず! ああ、ワクワクするなぁ! 入学旅行と言えば、表現バトルもあるはず! くっはー、楽しみ過ぎて爆!! おっといけない、早く魔法を完成させなきゃ!)
霧は興奮しながら、辞典をめくって「浮遊」の言葉が載っているページを開くと、その文字を指でなぞる。途端に、立体ホログラムの真ん中に描かれた円の中に、「浮遊」という文字が表示された。
「うっはー!『核語』はこれで完璧! さあ、次!」
魔法発動の核となる『核語』に「浮遊」をセットした霧は、今度は辞典から「自分」の文字をなぞり、ホログラムに追加する。そして「自分」と「浮遊」を一直線に指でなぞると、パッと光が放たれ、二つの言葉が繋がった。
次に辞典から「下降」「アンダンテ」の文字を選び出し、両者を線で繋いで一塊にすると、それを更に「浮遊」と繋げる。
何やらもどかしいが、霧は一つずつ、丁寧に文字を入れ込んでいった。
(うんうん、なんたって初めての魔法だしねぇ、ここは手堅くいかないと。失敗したら目も当てられない。ここはホログラム一択で落ち着いてだね……うんうん)
霧はそんな風に一人で納得しながら、ホログラムを完成させた。小説をはじめ、漫画やアニメ内で描写されていた通りに事が進み、霧は満足げに溜息をつく。
その辞典は『個人辞典』もしくは『自分辞典』などと呼ばれ、辞典魔法を発動させることのできる貴重な魔法アイテムだ。この世界で『辞典』と言えばその特別な一冊を指し、いわゆる字引として存在する普通の辞典は「辞書」と呼び分けて、『辞典』とは明確に区別されている。
霧は頭の中にある物語の設定を思い返しながら、自分の手に持っている辞典を眺めた。
(さっき、台座に置いたら光ったよな、これ? それを見た学園長も「辞典が認識された」って言ってたし……。このあたしの辞典で辞典魔法が使えるなら、最高に面白い!)
この世界を生き生きと彩る辞典魔法。
それは『辞典』に宿る言葉を選び出し、言葉により生み出される魔法。
この世界では、言葉は魔法の付随物などではなく、『辞典』に宿る言葉そのものが、魔法なのだ。
ここ『ククリコ・アーキペラゴ』では、魔法は当たり前に存在する身近な現象で、日本での生活に家電が必要不可欠なように、『辞典』はこの世界の人々の生活基盤となっている。
(よぉし、とりあえずやってみるぞ! あははははは!!)
能天気に笑いながら、霧は辞典を開いた。その瞬間、パッと光を放って立体ホログラムが辞典から描き出される。物語の設定と、同じだ。
「よっしゃあっ、起動した! ぐははははは!」
霧はぞくぞくと全身を震わせた。自分の放つ奇怪な笑い声も、普段なら人目をはばかるところだが、今はもうどうでもよい。ただただ小気味よくて、憧れの辞典魔法を放てるのだと思うと、興奮で口から心臓が飛び出そうだった。
本当に、なんて爽快な夢だろう! 霧はそう思いながら鼻息を吹き出し、辞典をめくった。
「よおし、ええと、まず『核語』を選び出して……」
『核語』とは、辞典魔法を使うときにまず最初に選ぶ、魔法の核となる言葉である。
この辞典魔法の仕組みがまた面白く、今日本ではゲーム化するために開発も進められている。
『辞典』は、その持ち主と共に成長する。
この世界の誰もが生まれた時に授かる一冊の『辞典』は、赤子と共に「育って」ゆく。赤子から幼児へ、幼児から子供、そして大人へと成長する過程で言葉を覚えていくと、その『辞典』に自動的に言葉が記載されていく。つまり『辞典』に記載された言葉の数は、その人の語彙そのものなのである。
もちろん、覚えた言葉が『辞典』に登録されるためには、自分勝手な解釈ではなく、一般的な意味・用法から逸脱しない範囲の理解を得た場合に限る。その範囲で、自分なりの解釈が記されていくため、『辞典』に記された内容は個人によってさまざま。
例えば「好き」という言葉は、だいたいは「気に入ること」「心が惹かれること」「反対語は嫌い」などと『辞典』に記されるが、それに加えて人によっては「素敵」「イイ!」「心地良い感情」「好きと思えるもので満ち満ちた人生を送りたい」などと記されたりする。人さまざまなのである。
この世界では当たり前のことなのだが、霧からすればこの世界の『辞典』は不思議な魔法生成物だ。
そして辞典魔法は、この自分の『辞典』でのみ発動させることができる。他者の『辞典』については、触れることすらできない。弾かれてしまうのだ。
そのため当然ながら、魔法発動のために選べるのは自分が覚えた言葉のみ。
つまり、魔法発動者の語彙が豊富であるほど、より強力な、種類に富んだ魔法を使うことができる。
それを思い出し、霧は胸を躍らせた。
一般的な大人の語彙数は3~5万と言われているため、当然ながら普通に成長していれば『辞典』に記載される語彙数もその程度となる。しかし、霧が持っている辞典は日本で購入した辞書だ。少なくても7万語、もしかしたら9万語以上収録されているかもしれない。
(くうぅぅぅっー! めっちゃチートじゃん、あたしの『辞典』! もしかしてあたし、無敵じゃん?! どんな魔法も選びたい放題! まあ、地上に降りるだけの今は8万語も必要ないんだけど、選択できる語彙が多いに越したことないよね。語彙量に応じて『辞典』は強化されるから、8万語もあれば驚異の強さを持ってるはず! ああ、ワクワクするなぁ! 入学旅行と言えば、表現バトルもあるはず! くっはー、楽しみ過ぎて爆!! おっといけない、早く魔法を完成させなきゃ!)
霧は興奮しながら、辞典をめくって「浮遊」の言葉が載っているページを開くと、その文字を指でなぞる。途端に、立体ホログラムの真ん中に描かれた円の中に、「浮遊」という文字が表示された。
「うっはー!『核語』はこれで完璧! さあ、次!」
魔法発動の核となる『核語』に「浮遊」をセットした霧は、今度は辞典から「自分」の文字をなぞり、ホログラムに追加する。そして「自分」と「浮遊」を一直線に指でなぞると、パッと光が放たれ、二つの言葉が繋がった。
次に辞典から「下降」「アンダンテ」の文字を選び出し、両者を線で繋いで一塊にすると、それを更に「浮遊」と繋げる。
何やらもどかしいが、霧は一つずつ、丁寧に文字を入れ込んでいった。
(うんうん、なんたって初めての魔法だしねぇ、ここは手堅くいかないと。失敗したら目も当てられない。ここはホログラム一択で落ち着いてだね……うんうん)
霧はそんな風に一人で納得しながら、ホログラムを完成させた。小説をはじめ、漫画やアニメ内で描写されていた通りに事が進み、霧は満足げに溜息をつく。
2
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

異世界で泣いていた僕は、戻って来てヒーロー活動始めます。
まったりー
ファンタジー
8歳の頃、勇者召喚で異世界に飛んだ主人公、神楽啓斗(かぐらけいと)は、1年間を毎日泣いて過ごしていました。
そんな彼を可哀そうと思ったのは、その世界で女神と呼ばれている女性で、使い魔を通して色々力添えをして行き、段々と元気になった神楽啓斗(かぐらけいと)は、異世界で生きる訓練を始めます。
ですが、子供は親元に戻るべきと女神様は力を使い、現代に戻してくれたのです。
戻って来た現代では、女神様の使い魔も助けも行われ続け、神楽啓斗(かぐらけいと)は異世界の力を使い、困ってる人を助けるヒーロー活動を始めます。
普通の平和な世界だと思っていた神楽啓斗(かぐらけいと)でしたが、世界には裏の顔が存在し、戦いの中に身を置く事になって行く、そんなお話です。

黒白の魔法少女初等生(プリメール) - sorcier noir et blanc -
shio
ファンタジー
神話の時代。魔女ニュクスと女神アテネは覇権をかけて争い、ついにアテネがニュクスを倒した。力を使い果たしたアテネは娘同然に育てた七人の娘、七聖女に世の平和を託し眠りにつく。だが、戦いは終わっていなかった。
魔女ニュクスの娘たちは時の狭間に隠れ、魔女の使徒を現出し世の覇権を狙おうと暗躍していた。七聖女は自らの子供たち、魔法少女と共に平和のため、魔女の使徒が率いる従僕と戦っていく。
漆黒の聖女が魔女の使徒エリスを倒し、戦いを終結させた『エリスの災い』――それから十年後。
アルカンシエル魔法少女学園に入学したシェオル・ハデスは魔法は使えても魔法少女に成ることはできなかった。異端の少女に周りは戸惑いつつ学園の生活は始まっていく。
だが、平和な日常はシェオルの入学から変化していく。魔法少女の敵である魔女の従僕が増え始めたのだ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる