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一章 入学旅行一日目
1-02a 本棚の合間を抜けると、そこは異世界でした
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「え……? ええっ?! あれっ?!」
いつの間にはぐれたのか、手を繋いでいたはずの子供がいない。
霧は戸惑いながら、辺りをキョロキョロと見渡した。
周囲は多くの人で、ごった返している。年齢も性別も様々な中、彼らには共通点があり、皆、同じデザインの紺色のショートケープを身に着けていた。
人々は立ち止まった霧に迷惑そうな視線を投げかけながら、部屋の一方へと向かって足早に歩いて行く。その人波が切れた後、霧はポツンと一人立ち尽くし、茫然と辺りを見回した。
高い天井。
5階分くらいはあるだろうか、吹き抜けている。何かのセレモニーに使うようなホールだが、明らかにそこは、図書室だった。なぜなら壁際に天井までぎっしりと、本が詰まっていたから。
しかしこの場所がさっきまで霧のいた市立図書館ではないことは、一目瞭然だ。室内の様式に近代的な要素はかけらもなく、ファンタジックな映画に出てきそうな美しい装飾が、柱や壁、窓枠など、いたるところに施されている。
霧はぽかんと口を開けて室内を見回しながら、独り言をつぶやいた。
「え……あれ……なんで……? ここ、どこ?! 一体、何が起きて……?! てか……なんかここ、どっかで見たことある。どこだっけ……?」
霧が考え込んでいると、背後から大きな声が飛んできた。
「何をしているの、キリ! ケープはどうしたの?!」
霧は仰天して振り向いた。
キビキビとした態度で一人の女性が近付いてくる。年齢は50代半ばぐらいだろうか。やせ形で背が高く、山吹色のローブに身を包み、茶色い髪を後ろで一つに束ねて垂らしている。眼鏡の奥には叡智を秘めた輝きがあり、その涼やかな両目は珍しいことに、左右色違い――右目はありふれた茶色なのに、左目は鮮やかな美しい金橙色だった。
もちろん、こんな素敵なオッドアイの知り合いは、霧にはいない。しかし彼女を見た途端、霧は不思議な懐かしさを感じた。なぜかはわからないが、ただひたすらに、慕わしい気持ちで心の中がいっぱいになる。それと同時に、「キリ」と自分の名前とそっくりな発音で呼ばれたことに、びっくりした。聞き間違いだろうか?――いや、あんなに大きな声ではっきりと聞こえたのだ。間違うはずがない。
戸惑い茫然とした表情で固まっている霧を見て、その女性は大仰に溜息をついた。
「やはりケープを忘れてきたのね? 仕方のない子! あれほど忘れないようにと何度も言ったのに! あれが無ければ入学旅行に出発できないと、言ったでしょ。まったく!」
(にゅ……入学旅行?! え、入学旅行?!)
霧がその単語に引っかかっている間に、その女性は斜め掛けしている自分の鞄から、紺色のショートケープを取り出した。それはさっきまでこの場所にいた人たちが身に着けていたのと、そっくり同じデザインだった。フード付きで、腰ぐらいまでの丈、左胸には何かの紋章が刺繍されていて、それは花と城の精緻なデザインだった。その見事な刺繍を見た途端、霧の胸が大きく鼓動を打つ。
(あれっ?! この刺繍の模様、見たことある。うん、絶対見たことある。ちょ、待って……)
霧がそうやって考え込んでいる間に、目の前の女性はそのケープを霧の肩に掛けながら言った。
「あなたの部屋にケープの予備が放置されてたから、持ってきておいて正解だったわ。ちゃんと辞典に収めておきなさい、って言ったのに、それも忘れていたのね? 本当にしょうがない子。でもまあ、私も確認しなかったから、同罪ね。いいのよ、怒ってないわ、そんなに固まらないで。はい、ちゃんと前のボタンを留めて。……いいわ。それにしてもなぜこのタイミングでケープの不所持が発覚したのかしら。講堂に入る前にチェックしているはずなのに……どこかに不手際が……? まあいいわ、今は急がないと、入学旅行に遅れてしまう! キリ、辞典は? 見せて」
霧は反射的に、図書館で使っていた自分の辞典を差し出した。あの迷子の女の子と歩き出してから、ずっと手に持っていたままだった、それを。
その辞典を見て、女性は満足げに頷いた。
「当然持ってるわね。ええ、いいわ。相変わらず面白いカバーを付けてるのね。普通の辞書そっくり。まあ、あなたがそれを好きなら構わないのよ。あら、でもあなた、辞典ホルダーをどうしたの? 渡したはずよね? ちゃんとホルダーを付けて、いつでも使えるように肩に掛けておきなさいって言ったでしょ、んもう、仕方のない子! 世話が焼けるったら!」
苛立っているような口調とは裏腹に、彼女はどこか嬉しそうだった。どうやらとても世話好きな性格らしい。彼女は再び自分の鞄の中をごそごそとかき回し、生成り色の「辞典ホルダー」とやらを取り出した。丈夫な布で作られたブックカバーに、同素材のしっかりした肩掛け紐が付いている。それは工夫された機能的な作りをしていて、辞典を閉じた状態で固定でき、開く際は片手でスムースに行え、紐をつけたままどのページも開ける構造となっていた。
霧は彼女に急かされながらそのホルダーに自分の辞典を収めた。しかし残念ながらサイズが合わず、辞典に対してホルダーが大き過ぎる。しかしその直後、驚くことが起こった。霧が固定ベルトを留めた途端、そのホルダーはあっという間に縮んで、辞典とピッタリのサイズになったのだ。
「えっ?! ちょ、ま……今の、どうなって……?!」
「何を驚いているの、キリ。やっと用意が整ったわね。さあ、いらっしゃい。学園長がお待ちよ」
いつの間にはぐれたのか、手を繋いでいたはずの子供がいない。
霧は戸惑いながら、辺りをキョロキョロと見渡した。
周囲は多くの人で、ごった返している。年齢も性別も様々な中、彼らには共通点があり、皆、同じデザインの紺色のショートケープを身に着けていた。
人々は立ち止まった霧に迷惑そうな視線を投げかけながら、部屋の一方へと向かって足早に歩いて行く。その人波が切れた後、霧はポツンと一人立ち尽くし、茫然と辺りを見回した。
高い天井。
5階分くらいはあるだろうか、吹き抜けている。何かのセレモニーに使うようなホールだが、明らかにそこは、図書室だった。なぜなら壁際に天井までぎっしりと、本が詰まっていたから。
しかしこの場所がさっきまで霧のいた市立図書館ではないことは、一目瞭然だ。室内の様式に近代的な要素はかけらもなく、ファンタジックな映画に出てきそうな美しい装飾が、柱や壁、窓枠など、いたるところに施されている。
霧はぽかんと口を開けて室内を見回しながら、独り言をつぶやいた。
「え……あれ……なんで……? ここ、どこ?! 一体、何が起きて……?! てか……なんかここ、どっかで見たことある。どこだっけ……?」
霧が考え込んでいると、背後から大きな声が飛んできた。
「何をしているの、キリ! ケープはどうしたの?!」
霧は仰天して振り向いた。
キビキビとした態度で一人の女性が近付いてくる。年齢は50代半ばぐらいだろうか。やせ形で背が高く、山吹色のローブに身を包み、茶色い髪を後ろで一つに束ねて垂らしている。眼鏡の奥には叡智を秘めた輝きがあり、その涼やかな両目は珍しいことに、左右色違い――右目はありふれた茶色なのに、左目は鮮やかな美しい金橙色だった。
もちろん、こんな素敵なオッドアイの知り合いは、霧にはいない。しかし彼女を見た途端、霧は不思議な懐かしさを感じた。なぜかはわからないが、ただひたすらに、慕わしい気持ちで心の中がいっぱいになる。それと同時に、「キリ」と自分の名前とそっくりな発音で呼ばれたことに、びっくりした。聞き間違いだろうか?――いや、あんなに大きな声ではっきりと聞こえたのだ。間違うはずがない。
戸惑い茫然とした表情で固まっている霧を見て、その女性は大仰に溜息をついた。
「やはりケープを忘れてきたのね? 仕方のない子! あれほど忘れないようにと何度も言ったのに! あれが無ければ入学旅行に出発できないと、言ったでしょ。まったく!」
(にゅ……入学旅行?! え、入学旅行?!)
霧がその単語に引っかかっている間に、その女性は斜め掛けしている自分の鞄から、紺色のショートケープを取り出した。それはさっきまでこの場所にいた人たちが身に着けていたのと、そっくり同じデザインだった。フード付きで、腰ぐらいまでの丈、左胸には何かの紋章が刺繍されていて、それは花と城の精緻なデザインだった。その見事な刺繍を見た途端、霧の胸が大きく鼓動を打つ。
(あれっ?! この刺繍の模様、見たことある。うん、絶対見たことある。ちょ、待って……)
霧がそうやって考え込んでいる間に、目の前の女性はそのケープを霧の肩に掛けながら言った。
「あなたの部屋にケープの予備が放置されてたから、持ってきておいて正解だったわ。ちゃんと辞典に収めておきなさい、って言ったのに、それも忘れていたのね? 本当にしょうがない子。でもまあ、私も確認しなかったから、同罪ね。いいのよ、怒ってないわ、そんなに固まらないで。はい、ちゃんと前のボタンを留めて。……いいわ。それにしてもなぜこのタイミングでケープの不所持が発覚したのかしら。講堂に入る前にチェックしているはずなのに……どこかに不手際が……? まあいいわ、今は急がないと、入学旅行に遅れてしまう! キリ、辞典は? 見せて」
霧は反射的に、図書館で使っていた自分の辞典を差し出した。あの迷子の女の子と歩き出してから、ずっと手に持っていたままだった、それを。
その辞典を見て、女性は満足げに頷いた。
「当然持ってるわね。ええ、いいわ。相変わらず面白いカバーを付けてるのね。普通の辞書そっくり。まあ、あなたがそれを好きなら構わないのよ。あら、でもあなた、辞典ホルダーをどうしたの? 渡したはずよね? ちゃんとホルダーを付けて、いつでも使えるように肩に掛けておきなさいって言ったでしょ、んもう、仕方のない子! 世話が焼けるったら!」
苛立っているような口調とは裏腹に、彼女はどこか嬉しそうだった。どうやらとても世話好きな性格らしい。彼女は再び自分の鞄の中をごそごそとかき回し、生成り色の「辞典ホルダー」とやらを取り出した。丈夫な布で作られたブックカバーに、同素材のしっかりした肩掛け紐が付いている。それは工夫された機能的な作りをしていて、辞典を閉じた状態で固定でき、開く際は片手でスムースに行え、紐をつけたままどのページも開ける構造となっていた。
霧は彼女に急かされながらそのホルダーに自分の辞典を収めた。しかし残念ながらサイズが合わず、辞典に対してホルダーが大き過ぎる。しかしその直後、驚くことが起こった。霧が固定ベルトを留めた途端、そのホルダーはあっという間に縮んで、辞典とピッタリのサイズになったのだ。
「えっ?! ちょ、ま……今の、どうなって……?!」
「何を驚いているの、キリ。やっと用意が整ったわね。さあ、いらっしゃい。学園長がお待ちよ」
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