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4章

4. レジナルド王太子の奇行

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 ――レジナルドの様子がおかしい。
 彼が健康体になってから20日ほどが過ぎ、ローズは違和感に気付いた。

 当初、「奇跡の薬」によって病を完全に退けたレジナルドは、シャーロットに溢れる感謝の意を示し、見違えるほど明るい笑顔を皆に披露していた。
 ローズは一度、その元気なレジナルドと直接会っている。そのときには、おかしなところは何もなかった。レジナルドはシャーロットとの親密な関係を隠そうともせず、ローズは二人の明るい未来に希望を見出していた。
 そう――何もかも、きっとうまくいく。そう信じることが出来た。ローズは悪役令嬢の役割を免除され、シャーロットは本命のレジナルドと結婚して幸せになるだろう。それにフローレンスの一件以来、悪役令嬢の代役が出現した気配もない。世界はきっと、悪役を諦めてシナリオを変更したに違いない。ローズはそんな風に楽観していた。
 
 しかしその後、静かに見えた水面に波風が立ち始める。
 レジナルドはローズにある手紙を寄越したのだ。その内容は明らかなラブレターで、恋しいから会いに来てほしい、と書かれてあった。
 シャーロットに送る手紙を間違えたのかしら……と思いローズが無視していると、やがてレジナルド本人がフィッツジェラルド邸に訪ねてきた。
 庭で双子と遊んでいたローズは、目の前に現れたレジナルドの姿にひどく驚いた――彼の出現に驚いた、というよりも、彼の姿に。確かに彼は従兄のレジナルドなのだが、同時に見知らぬ誰かのように感じた。何か異様な気配があるのだ。病を克服したレジナルドは自信に満ち溢れていたが、今やそれを通り越して傲慢な雰囲気すら醸し出している。
 ローズは思わず、双子を自分の後ろにかばった。悪しきものから守るように。レジナルドはそんなローズの警戒した様子など気にもせず、満面の笑みで彼女の傍に近づき言った。

「ああ……愛しいローズ、やっと会えたね。私の手紙は届かなかったのか? あなたと直接話がしたいから王宮に来るようにとしたためたのだが」

「ごきげんよう、レジナルド殿下。手紙は届きましたわ。でもシャーロットへの手紙が間違って届いたか、或いはふざけていらっしゃるのかと」

「ふざけてなど。私はあなたを愛しているのだ、ローズ」

 ローズは眉をしかめてレジナルドに言った。

「あなたはシャーロットを愛していらっしゃるでしょう、我が従兄どの。いったいどうなさったのです?」

「ああ……確かに、シャーロットを愛している。ローズ、あなたの次に。シャーロットはきっと許してくれるだろう、私がローズを妻にと望むことを。そもそも、ローズの素晴らしさを褒め称え、私をその気にさせたのはシャーロットなのだから」

「意味が分かりませんわ、殿下。シャーロットは心からあなたを愛しています。彼女ほど深い真心を持つ乙女は他にはいませんわ」

「いるとも、ローズ。あなただ。おお……ローズ、もう苦しい恋などしなくてよいのだ。あなたは優し過ぎるゆえ、友人となったシャーロットに遠慮して、ずっと私への恋心を封印していたのだろう? わかっているよ、ローズ……」

 ローズの背筋に、ゾッと悪寒が走る。
 いったいなぜ、そんな馬鹿げた勘違いが芽生えたのだろう。

「レジナルド殿下、よくお聞きください。私の愛する人は、あなたではありません。なぜそんな誤解をなさっているのか、私にはさっぱり理解できませんわ!」

「フィリップから聞いたのだよ。あなたには以前から密かに愛する人がいるが、障害があって結ばれることが難しいのだと。その愛の深さに気付いたフィリップは、あなたの幸福を一番に考え身を引くことにしたと、そう言っていた」

 フィリップの言った「障害」とは、シュリとの身分違いのことだろう、とローズは思い当たった。フィリップは旅の間に、ローズがシュリを愛していることに気付いた。そしてシュリも同様にローズを愛していることを知ったフィリップは、潔く身を引くことに決めたのだ。
 シュリが異国の王子であることは、フィッツジェラルド家の関係者以外は、まだ誰も知らない。フィッツジェラルド卿はシュリの特殊な立ち位置を考慮し、近いうちに実行される政権奪回の妨げになってはいけないと、事情を知ってしまった使用人に対しても口止めをしている。おしゃべり好きな使用人がそのうち漏らしてしまうだろうとは予想できるが、今はまだ王宮にその噂は届いてはいないはずだ。

 それにしても……と、ローズは頭を悩ませた。レジナルドがローズとシュリのことを知らないとはいえ、「ローズの意中の相手は自分だ」などと、勘違いもはなはだしい。
 ローズは「氷の薔薇姫」という異名に相応しい凍てついた眼差しで、毅然とレジナルドに言い放った。

「レジナルド殿下、もう一度、申し上げます。私はあなたを愛していません。今日のことは、忘れることといたします。殿下もお忘れになり、シャーロットの元へお戻りください」

「おお……ローズ。本当にあなたは、友達思いの優しい女性だ。シャーロットから話を聞いたよ。『奇跡の薬』の材料を探し求める旅の間、あなたは何度もシャーロットを助けてくれたそうだね。
 愛しいローズ、なぜそれほどまでに熱心に、『奇跡の薬』の完成に尽力してくれたのだ? あなたには何ら得となることはないのに、『奇跡の薬』のレシピを明かし、身を挺してシャーロットを守り、すべての手柄を彼女に託した。どうしてそこまでしてくれたのだ? それはあなたが、私を愛しているからに他ならない。しかしシャーロットへの友情から、あなたは身を引いた。美しいローズ、あなたはその外見以上に美しい心を持つ、素晴らしい女性だ。私の妻に相応しい。さあ、意地を張らず、私の求婚を受け入れてください」

 ゾゾゾゾゾ、とローズは鳥肌を立てた。

「私は殿下を愛していません! 私の愛する殿方は、他におります! 私はその方の求婚を受け入れる準備をしているところで、あなたの入る余地は、100億分の1とてありませんわ! さあ、お帰りになって! 王太子といえど、狂気じみた発言をなさるあなたを歓迎することはできません!」

 ローズの様子がおかしいことに気付いたフィッツジェラルド家の執事が、傍に近づいてくる。ローズは双子の手を両手でしっかり握り、後ずさるようにレジナルドから離れた。そして執事に駆け寄り、「王太子をお見送りしてちょうだい!もうお帰りよ!」と叫ぶ。
 王太子は執事の執り成しを受け入れ、それ以上何もせず王宮に戻って行った。しかし、その日からおかしな噂が立つようになったのだ。

「氷の薔薇姫ローズ嬢は、悪魔きらしい」
「レジナルド王太子に言いよってフラれた腹いせに、悪魔を呼び出して復讐しようとしているらしい」
「フィッツジェラルド家の美しきご令嬢は、その美貌を保つために8人も集めたポポリスの血を毎日舐めているらしい」

 そんなおぞましい、根も葉もない噂が。
 噂には尾ひれはひれが付き、その内容はどんどん支離滅裂かつ邪悪なものへと変貌しながら、あっという間に広まっていった。
 もちろん、ローズの父であるフィッツジェラルド卿が黙っているわけもなく、卿は王宮に足を運び、王に直接被害を訴え事態の収束を願い出た。
 一方、シャーロットはローズを心配し、自分の住む神秘の森の城に避難してはどうか、と提案してきた。シャーロットは真剣な口調で、ローズに言った。

「魔王が絡んでいることは間違いないと思うの。レジーに取りついて、裏で動いている……そんな気配がするの。私がレジーに近付いた途端、邪悪な気配がなくなって、彼は正気に戻るのよ。レジ―はこのところ、記憶の曖昧なときがあると言っていたわ。
 ヴァネッサが言っていたように、魔王の力はまだ弱く、私との直接対決を避けているに違いないわ。だから私、しばらくレジーに張りつくことにしたの。だけど、あなたが心配だわ。
 ローズ、神秘の森は不思議な力で守られていて、魔王は近づけない。それに私の弟妹たちもまた、勇者の子孫。みんな大好きなあなたを守りたくて、城で待ってる。お願い、私たちにあなたを守らせて」

 ローズは目に涙を浮かべて、シャーロットの提案に同意した。
 そこで早速、シャーロットの住む神秘の森に移り住む準備をしていたところ――ローズは突然、自邸に乗り込んできた王国騎士団の面々に拘束されてしまった。
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