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3章

13. シュリのお仕置きと嘘

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「ローズ様!」

 ローズはシュリの呼び声で意識を取り戻した。目を開けると、至近距離にシュリの顔。ゆるいウエーブのかかった艶やかな黒髪、薄暮の空を思わせる微かに青色を帯びた灰色の瞳。情熱的でエキゾチックな小麦色の肌に、整った目鼻立ち。そして凛々しい眉に、長い睫毛――シュリはどちらかといえば彫りが深く、濃い顔立ちをしている。
 ローズは目の前のシュリの、うっとりするほど男前な美貌に見惚れながら、戸惑った。シュリの顔立ちは、日本人離れしている。

(それなのに……どうして。どうして、千宮司さんの面影が重なるの?)

 千宮司は日本人らしいイケメンだ。黒い髪に黒い目。切れ長の涼やかな目元、彫りは浅く、淡白な印象。肌は日本人男性の平均的肌色。外見上、シュリと千宮司は似ていない。それなのにローズは、シュリを見るたび千宮司がそこにいるかのような錯覚を覚えてしまうのだ。

「ローズ様、返事をしてください。俺がわかりますか?! 体を動かせますか?! お願いです、返事をしてください!」

 シュリの必死の嘆願に、ローズはハッとして声を上げた。

「シュリ、私は無事よ。大丈夫……どこも何ともないわ。ポポガーディアンが、また私を守ってくれたから……」

 ローズはそう言いながら、左耳を触った。ポポリスの血の結晶でできたイヤリングを両方とも、失ってしまった。美しかったのに……と残念に思いつつ、またもや危機から救ってくれたポポリスたちに心から感謝した。
 シュリの助けで立ち上がったローズは、心配気なみんなの顔を見回し、安心させるためににっこり笑った。それを見たシャーロットが泣きそうな顔で、ローズの手を握る。

「本当に、どこも何ともないですか、ローズ様。手を、動かせますか?足は?お腹は?背中は?首は?髪は?!」

 髪は動かせないでしょ、とシャーロットに心の中でツッコミながら、ローズは彼女の手をギュッと握り返した。

「どこもかしこも問題なくてよ。それよりマジリスクの血は手に入ったのよね? そうだわ、私、あなたを突き飛ばしてしまったけど、怪我はない?」

「ありません! ローズ様、いつも私のドジのせいで、危険な目に合わせてしまって、本当に……本当に……」

 シャーロットの大きな目が見る見る潤い、今にも大粒の涙が零れそうだ。ローズは慌てて彼女に言い放った。

「あら、あなたのせいって、何のこと? マンドラゴルァのときは私が足を取られて自らあなたにぶつかったせいで、耳あてがずれたのよ。私としたことが、痛恨のミスでしたわ。まあ、完璧よりちょっとお茶目なところがあった方が、女性は可愛げがありますわよね! つまり計算済みですわ! オホホホホホホッ! それに今回は私、珍しいマジリスクという生き物を見てみたかったんですの。なのにロッティ、あなたが邪魔で見えないじゃないの! だから思わず突き飛ばしてしまいましたわ。そしてつい、好奇心からマジリスクの目を見てしまいましたの。ゾッとする貴重な体験でしたわ! オーホッホッホッホッ!! 楽しくない、ということもなかったですわ! オホホホホホ!」

 シュリは目に静かな怒りの炎を宿し、唇を震わせながら言った。

「俺は全然楽しくありませんでした、ローズ様。俺を死ぬほど心配させて高笑いするとは、あなたはひどい人だ……お仕置きが必要ですね」

(何ですって!? お仕置き?! お仕置きって、お、お、お仕置きって、どどどどどど、どんな?!)

 思わずいけない想像をしてしまったローズは、甘美な期待に胸をふくらませ、興奮で鼻血を吹きそうになった。恥じらいながらも嬉しそうなローズを見て、シュリはますます眉間に皺を寄せて、溜息をついた。

「とにかく、これを飲んでおいてください、ローズ様。石化よけの薬です。苦労して手に入れておいて良かった。大丈夫、毒見は済ませてあります。さあ」

 有無をいわせぬ口調で迫られ、ローズは仕方なくその薬を飲んだ。

(仕方ないわね……これでシュリが安心するなら……うっ、何これ! うえぇぇ!)

 あまりの不味さに顔をしかめたローズを見て、ニヤリ、とシュリが意地悪く笑う。

「不味いでしょう? お仕置きです」

 ええええええ~、やだ、もっと違うお仕置き想像してたのに……と、ローズはがっかりして、がっかりしたことに頬を赤らめた。そんなローズの心境を知ってか知らずか、薬を飲みきったローズに、シュリは「よくできました」と、優しく微笑む。イケメンオーラ満載のご褒美的超絶気絶寸前悩殺スマイル(早口言葉だよ!さあ、3回続けて!!)に、ローズはハートを射抜かれた。まさにムチとアメ。

 そんな二人のやり取りを傍から眺めていたギルバートが、感心した様子で言った。

「何から何まで、用意がいいな、シュリ。さっきのマジリスク避けの笛も、どこで手に入れたんだ?効果抜群だったな。おまえの荷物の中には、ローズ様を守るためにあと何が入ってるんだ?」

「ほんと、すごいわシュリ。あなたのカバンはドラ〇もんのポケットみたいね」

 思わずローズはそう口走ってしまった。ついさっきまで、鮮明な前世の記憶を見ていたせいだろうか。ローズの発言にみんなが「ドラ……何?」となる中、シュリだけは戸惑いを見せず、笑って答えた。

「ははは、ドラ〇もんですか……」

「!!」

 ローズは、息を止めた。
 同時にシュリもまた息を呑み、わずかに「しまった」というような表情を一瞬浮かべてローズから目を逸らした。
  
「シュリ、ドラ〇もん、知ってるの……」

「いいえ。何のことですか? すみません、適当に相槌打っていました」

 ズキッ! ローズの頭に、嘘による発生する例の頭痛が襲う。
 シュリの嘘に戸惑っていると、シャーロットが横から口を挟んだ。

「ドラ何とかって、何ですか? ポケットって? あっ、ひょっとして、ポポリスの魔法のコーデの一つですか?」

「そ、そうね……魔法……そんな感じ……」

 ローズは上の空でシャーロットにそう答えながら、少なからず動揺していた。
 なおもシュリを追求しようとしたとき、シュリは荷物を背負うと声を張り上げた。

「さあ、帰路につきましょう。急がないと日が暮れてしまいます」

 みんなはそれに同意し、シュリを先頭に歩き出した。ローズはそれ以上彼に声を掛けられず、黙々と歩き出すほかなかった。
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