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3章

3. 冒険令嬢のお供 2(きび団子なんか以下略)

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 なぜフィリップ王子がここにいるかというと――それにはもちろん理由があった。

 「マンドラゴルァ」が自生しているという「りゅう牙峰がほう」は切り立った断崖になっていて、地理的に入山できる場所は限られている。ほとんど一つしかないといっても過言ではない。先王の代に、北の国との交易のために山肌を削って作られた なだらかな登山道が一つだけあり、山に入るにはそこを通るしかないのだ。
 そしてその出入り口には王国直属の兵士が常駐する検問所があり、国の許可をもらわなければ入山できない仕組みになっている。というのも「竜の牙峰」を越えた先は北の国であり、更にこの山には国境であることを悪用して山賊が潜んでいるからである。
 出入国管理と山賊対策のため、登山道入り口の検問は結構厳しい――その情報をシュリから教えてもらったローズは、こっそり入山するのを諦めて、入山許可を得るためにフィリップ王子を利用することにしたのである。

 ローズは自邸にフィリップ王子を呼びつけ……いや、招待して、彼に「奇跡の薬」のことを話し、材料入手に協力して欲しいと頼んだ。
 もしフィリップ王子が、次代の王の座を狙うような野心家なら当然ローズは彼に「奇跡の薬」のことを打ち明けたりしない。
 しかし幸い、フィリップは兄王子を慕っているように見える。しかもフィリップ派の家臣のたくらみも知っていて、ひどく心を痛めているようだ。
 実際、フィリップはローズの話を聞くと顔を輝かせてこう言った。

「嬉しいよ、ローズ! よく僕に打ち明けてくれたね! 兄上の病気が良くなる薬があるなんて、夢のようだ! もちろん、全面的大々的に協力するとも! 兄が元気になるのは本当に嬉しいし、僕にとっても色んな意味で幸せなことだよ!」

 フィリップはそう言ったあと、少し声を落としてローズに心のうちを打ち明けた。

「ここだけの話だけど……僕は玉座になんて座りたくないんだ。頭を使うのは苦手だし、書類と格闘してジッとしているなんて、僕にとっては拷問だしね。
 僕は兄上を補佐するのが性に合っている。兄上はとても賢いし、寛大で王になる資質は僕よりずっと優れている。判断力や決断力、物事をやり遂げる不屈の精神が具わっているからね。僕ではだめだ。兄上には敵わないよ。
 だから兄上が元気になる方法があるなら、僕や兄上自身はもちろん、この国にとってもそれ以上幸せなことはないよ」

 そう言い切ったフィリップに、ローズは感心した。彼の言葉に嘘はない。ローズは一度も頭痛に襲われなかったのだから。

(頭から花を咲かせたただのお気楽王子かと思ったら……ちゃんと色んなことを視野に入れて考えていたのね……)

 ローズは彼を見直した。

「心強いですわ、殿下。でもくれぐれも、このことは内密に。奇跡の薬のことを知られてしまえば、きっとその薬の入手を妨害してくる輩がいるはずです。無事にレジナルド殿下に薬を飲んでいただくまで、王や家臣はもちろん、レジナルド殿下ご本人にも秘しておきたいのです」

 そう、「竜の牙峰」の入山許可を得るだけなら簡単だ。フィッツジェラルド家の権力を利用すればいいだけなのだから。問題は、「秘密裡に」というところである。だからこそ、ローズは面倒ながらフィリップを利用しようとしているのだ。
 
「おお、分かっているよ、ローズ! 任せてくれ、万事うまくやるよ! 僕は要領がいい方なんだ――何といっても、隣国に留学中に鍛えられたからね。色々と教わったよ……誰に、どの程度、袖の下を掴ませればいいか……信用できない連中を見分ける方法……どの裏道が一番安全か……すべて抜かりなくやれるだろう……フフッ……」

 一瞬、フィリップの目に不敵な色が浮かんだ。それを見てローズは思った。正反対な性質に見えて、レジナルドとフィリップはやはり血を分けた兄弟、似てるところもあるのね……と。
 ローズは念のため、トドメとばかりに言った。

「失敗は許されませんわ……お分かりですわね、殿下?」

 意訳→もし万が一失敗したら全部てめえの責任じゃ、フィリップ!! 頭から花咲かせてねえで慎重に事に当たれや、ゴルァ!!
 と、ローズは内心そのように思いながら、フィリップににっこり微笑みかけた。
 途端に、フィリップは真剣な顔をしてローズに言った。

「もちろん、失敗はしない。僕が協力するのは兄上とシャーロット……そしてこの国のためもあるが、ローズ、一番は君の助けになりたいからだ。決して君の期待は裏切らないよ! これほどまでに、僕を頼りにしてくれているのだから!!」

 そう言ってフィリップはローズの手を固く握りしめた。ローズは振り解こうかと思ったが、待てよ……と思い留まった。何事にも、ご褒美が必要だ。フィリップを最大限利用したいなら、色目を使ってローズに服従させた方がうまくいくだろう。ローズはそう思い、パチパチと睫毛を震わせ、潤んだ瞳で可愛い声を出した。

「頼もしいですわ、フィリップ殿下……ローズはとても嬉しいです」

 フィリップの真剣な顔は、一瞬で崩れてデレ顔に変貌した。正統派王子のキラキラ美男子顔が台無しである。

 そういうわけで、ローズはフィリップの協力を得て、サクッと北の牙峰の検問を越える許可を得たのだが、歓迎できないおまけ――フィリップ本人が付いてきたというわけである。

「では行くとするか! ローズ、シャーロット、検問を通りきるまでこの兜をかぶってくれたまえ。シュリに加えて君たち二人は僕の護衛ということになっている――いいね? 声を出してはいけないよ。女性だとばれてしまうから」

 王子といえど、検問を超えるには理由がいる。しかし「奇跡の薬」については秘密だし、貴族令嬢を二人も連れて入山するなど悪い噂が立つに決まっている。それは二人の令嬢にとって、とても不名誉なことだ。そこでフィリップは3人の護衛を連れて「北の牙峰」を視察する、ということにしたらしい。

 フィリップから渡されたその兜は顔まで覆うタイプのフルフェイスで、王国騎士団の紋章が刻印されている。そしてありがたいことに新品らしい。汚れはなく、汗の匂いなども一切しない。
 ローズの長い髪は、カレンにしっかりと頭の上で束ねてもらった。それをくずさないように兜をかぶり、マントの合わせ目を前でしっかり止める。そうすると女性の体のラインは隠れて、変装が整った。
 シャーロットも同様に女らしい体を兜とマントで包み込み、一行は物々しいいで立ちで宿屋を出た。
 そしていよいよ竜の牙峰へと――向かうところで、意外な人物に声をかけられた。

「うわあ、偶然ですねえ、殿下! こんなところで会うなんて!」

「うわっ! えっ、ギルバート?!」

 フィリップが素っ頓狂な声を上げ、ローズは息を呑んだ。
 一行の前に、王国の聖騎士ギルバート・ファレルが立っていたからである。
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