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1章

16. 王子たちの密談

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「兄上、ローズを見かけませんでしたか?」

「彼女ならフローレンス嬢と奥のバルコニーにいる」

 それを聞くなりバルコニーへ向かおうとした弟を、レジナルドは制した。

「もう少しそっとしておいた方がいい――フィリップ、ちょっとこっちへおいで。話がある」

「シャーロットは? 一人にしておかない方が……」

「大丈夫だ。ギルバートに頼んできた」

 ギルバートは平民の出身だが名誉ある聖騎士で、主にレジナルドの護衛に就くことが多い。そのため正装して社交場に参加することを許されている。
 フィリップはシャーロットの立ち位置から彼女が不快な目に合うのを危惧したのだが、ギルバートが傍にいるなら安心だとひとまず胸をなで下ろした。同時に、兄がきちんとシャーロットの身辺に気を遣っていることにも安堵した。

 三響を冠する貴族ながら、オルコット家は現在当主の座が空位で、宙に浮いた状態だ。その上、オルコット家は昔から貴族同士の社交の場にはほとんど顔を出さず、農民や商人などの庶民と深く関わりを持ち、彼らと変わらない生活をしている。
 そのためシャーロットが王太子と懇意になることを快く思わない者がいるのだ。
 そういう者たちは表立っては行動に出ないが、裏でこそこそと小細工をする。今夜の舞踏会でもそうだ。レジナルドは王家の馬車をシャーロットの迎えに出そうと思ったが、「王家の紋章入りの馬車はそれ相応の身分の貴人しか乗せられない」と臣下の反対にあった。フィリップのように自身が王家の馬車に乗り込んで迎えに行ければ良かったのだが、シャーロットの住む神秘の森までは片道1時間以上かかる。体の弱いレジナルドが2時間以上も馬車に揺られたら、舞踏会で踊る体力は残っていないだろう。そこでレジナルドは王家の馬車を迎えにやることを諦め、普通の馬車を手配したのだが、どこで指示が滞ったのか、シャーロットの元に馬車が迎えに来ることはなかったのだ。シャーロットは仕方なく、長い間使うことのなかった手入れのされていない馬車で王宮に向かったというわけだ。

 レジナルドはひとけのない一室にフィリップを誘うと、ぐったりと椅子に座りこんだ。体の弱いレジナルドは、無理をしないようにダンスもシャーロットと一度踊っただけだが、既にその体力は尽きかけているようだ。
 繊細な美貌を持つレジナルドは、弟のフィリップとはあまり似ていない。実はこの二人は腹違いで、レジナルドの母である最初の妃は、王太子を産んですぐに亡くなった。王は喪が明けてのち二番目の妃を娶り、その女性が現在の王妃でフィリップの母親である。
 心身共に明るく健康で、太陽のようなフィリップとは対照的に、レジナルドは夜空に君臨する神秘的な月のようだ。フィリップの輝くような美男子ぶりは女性に大人気だが、一方、レジナルドの愁いを秘めたような儚げな美貌も、多くの女性を虜にしてきた。
 今もレジナルドは、特有の色気を無駄にふりまきながら、気だるげに髪をかき上げている。そして一つ小さな溜息をつくと口を開いた。

「フィル、おまえのローズに対する評価はあながち間違いではなかったようだ」

 単刀直入にそう切り出した兄の言葉に、フィリップの顔が輝いた。

「そうでしょう! ここに来る途中も、ローズは馬車の中でとてもシャーロットに良くしてくれましたよ! 彼女のドレスをほめたりして! ローズの心が氷のように冷たいわけがない! でも、どうして兄上は考えを改めてくださったのですか?」

 実はレジナルドは、フローレンスが燃えるような嫉妬と憎しみの目でシャーロットを凝視していることに気付いていた。そこで彼女の挙動を監視するようにギルバートに命じていたのだ。万が一のときにはシャーロットを守れるようにと。しかし実際シャーロットを救うためにフローレンスを止めたのは、意外にもローズだった。
 一切騒ぎを起こさず、誰にも気付かれることなくフローレンスの凶行を止めたローズの、その後のフローレンスに対する対処も、見事なものだった。それらをギルバートからの報告で知ったレジナルドは、さすがに考えを改めるしかなくなったのである。
 それらを兄の口から聞き、フィリップは喜びの声を上げた。

「ほらっ、ほらね、兄上!! 僕の言った通りでしょう!? ローズは美しいだけでなく、心根の優しい、愛に飢えた女性なのです! きっと何か、辛い過去があるに違いない! ああ――僕が彼女を幸せにしてあげたい!」

 熱を帯び興奮する弟とは対照的に、レジナルドは感情を表に出さず静かな態度で弟に告げた。

「しかしもう少し、判断材料が欲しいものだ。またローズを誘ってみよう。シャーロットと一緒にいて、プライドの高いローズが本当に態度を変えないかこの目で見てみたい。さて、そろそろ舞踏会もお開きの頃だろうから、戻ろうか」

 フィリップが「僕のローズ! もう一度一緒に踊りたい!」と叫びながら弾むように走り去る姿を、レジナルドは片眉を上げて見つめていた。
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