16 / 68
1章
16. 王子たちの密談
しおりを挟む
「兄上、ローズを見かけませんでしたか?」
「彼女ならフローレンス嬢と奥のバルコニーにいる」
それを聞くなりバルコニーへ向かおうとした弟を、レジナルドは制した。
「もう少しそっとしておいた方がいい――フィリップ、ちょっとこっちへおいで。話がある」
「シャーロットは? 一人にしておかない方が……」
「大丈夫だ。ギルバートに頼んできた」
ギルバートは平民の出身だが名誉ある聖騎士で、主にレジナルドの護衛に就くことが多い。そのため正装して社交場に参加することを許されている。
フィリップはシャーロットの立ち位置から彼女が不快な目に合うのを危惧したのだが、ギルバートが傍にいるなら安心だとひとまず胸をなで下ろした。同時に、兄がきちんとシャーロットの身辺に気を遣っていることにも安堵した。
三響を冠する貴族ながら、オルコット家は現在当主の座が空位で、宙に浮いた状態だ。その上、オルコット家は昔から貴族同士の社交の場にはほとんど顔を出さず、農民や商人などの庶民と深く関わりを持ち、彼らと変わらない生活をしている。
そのためシャーロットが王太子と懇意になることを快く思わない者がいるのだ。
そういう者たちは表立っては行動に出ないが、裏でこそこそと小細工をする。今夜の舞踏会でもそうだ。レジナルドは王家の馬車をシャーロットの迎えに出そうと思ったが、「王家の紋章入りの馬車はそれ相応の身分の貴人しか乗せられない」と臣下の反対にあった。フィリップのように自身が王家の馬車に乗り込んで迎えに行ければ良かったのだが、シャーロットの住む神秘の森までは片道1時間以上かかる。体の弱いレジナルドが2時間以上も馬車に揺られたら、舞踏会で踊る体力は残っていないだろう。そこでレジナルドは王家の馬車を迎えにやることを諦め、普通の馬車を手配したのだが、どこで指示が滞ったのか、シャーロットの元に馬車が迎えに来ることはなかったのだ。シャーロットは仕方なく、長い間使うことのなかった手入れのされていない馬車で王宮に向かったというわけだ。
レジナルドはひとけのない一室にフィリップを誘うと、ぐったりと椅子に座りこんだ。体の弱いレジナルドは、無理をしないようにダンスもシャーロットと一度踊っただけだが、既にその体力は尽きかけているようだ。
繊細な美貌を持つレジナルドは、弟のフィリップとはあまり似ていない。実はこの二人は腹違いで、レジナルドの母である最初の妃は、王太子を産んですぐに亡くなった。王は喪が明けてのち二番目の妃を娶り、その女性が現在の王妃でフィリップの母親である。
心身共に明るく健康で、太陽のようなフィリップとは対照的に、レジナルドは夜空に君臨する神秘的な月のようだ。フィリップの輝くような美男子ぶりは女性に大人気だが、一方、レジナルドの愁いを秘めたような儚げな美貌も、多くの女性を虜にしてきた。
今もレジナルドは、特有の色気を無駄にふりまきながら、気だるげに髪をかき上げている。そして一つ小さな溜息をつくと口を開いた。
「フィル、おまえのローズに対する評価はあながち間違いではなかったようだ」
単刀直入にそう切り出した兄の言葉に、フィリップの顔が輝いた。
「そうでしょう! ここに来る途中も、ローズは馬車の中でとてもシャーロットに良くしてくれましたよ! 彼女のドレスをほめたりして! ローズの心が氷のように冷たいわけがない! でも、どうして兄上は考えを改めてくださったのですか?」
実はレジナルドは、フローレンスが燃えるような嫉妬と憎しみの目でシャーロットを凝視していることに気付いていた。そこで彼女の挙動を監視するようにギルバートに命じていたのだ。万が一のときにはシャーロットを守れるようにと。しかし実際シャーロットを救うためにフローレンスを止めたのは、意外にもローズだった。
一切騒ぎを起こさず、誰にも気付かれることなくフローレンスの凶行を止めたローズの、その後のフローレンスに対する対処も、見事なものだった。それらをギルバートからの報告で知ったレジナルドは、さすがに考えを改めるしかなくなったのである。
それらを兄の口から聞き、フィリップは喜びの声を上げた。
「ほらっ、ほらね、兄上!! 僕の言った通りでしょう!? ローズは美しいだけでなく、心根の優しい、愛に飢えた女性なのです! きっと何か、辛い過去があるに違いない! ああ――僕が彼女を幸せにしてあげたい!」
熱を帯び興奮する弟とは対照的に、レジナルドは感情を表に出さず静かな態度で弟に告げた。
「しかしもう少し、判断材料が欲しいものだ。またローズを誘ってみよう。シャーロットと一緒にいて、プライドの高いローズが本当に態度を変えないかこの目で見てみたい。さて、そろそろ舞踏会もお開きの頃だろうから、戻ろうか」
フィリップが「僕のローズ! もう一度一緒に踊りたい!」と叫びながら弾むように走り去る姿を、レジナルドは片眉を上げて見つめていた。
「彼女ならフローレンス嬢と奥のバルコニーにいる」
それを聞くなりバルコニーへ向かおうとした弟を、レジナルドは制した。
「もう少しそっとしておいた方がいい――フィリップ、ちょっとこっちへおいで。話がある」
「シャーロットは? 一人にしておかない方が……」
「大丈夫だ。ギルバートに頼んできた」
ギルバートは平民の出身だが名誉ある聖騎士で、主にレジナルドの護衛に就くことが多い。そのため正装して社交場に参加することを許されている。
フィリップはシャーロットの立ち位置から彼女が不快な目に合うのを危惧したのだが、ギルバートが傍にいるなら安心だとひとまず胸をなで下ろした。同時に、兄がきちんとシャーロットの身辺に気を遣っていることにも安堵した。
三響を冠する貴族ながら、オルコット家は現在当主の座が空位で、宙に浮いた状態だ。その上、オルコット家は昔から貴族同士の社交の場にはほとんど顔を出さず、農民や商人などの庶民と深く関わりを持ち、彼らと変わらない生活をしている。
そのためシャーロットが王太子と懇意になることを快く思わない者がいるのだ。
そういう者たちは表立っては行動に出ないが、裏でこそこそと小細工をする。今夜の舞踏会でもそうだ。レジナルドは王家の馬車をシャーロットの迎えに出そうと思ったが、「王家の紋章入りの馬車はそれ相応の身分の貴人しか乗せられない」と臣下の反対にあった。フィリップのように自身が王家の馬車に乗り込んで迎えに行ければ良かったのだが、シャーロットの住む神秘の森までは片道1時間以上かかる。体の弱いレジナルドが2時間以上も馬車に揺られたら、舞踏会で踊る体力は残っていないだろう。そこでレジナルドは王家の馬車を迎えにやることを諦め、普通の馬車を手配したのだが、どこで指示が滞ったのか、シャーロットの元に馬車が迎えに来ることはなかったのだ。シャーロットは仕方なく、長い間使うことのなかった手入れのされていない馬車で王宮に向かったというわけだ。
レジナルドはひとけのない一室にフィリップを誘うと、ぐったりと椅子に座りこんだ。体の弱いレジナルドは、無理をしないようにダンスもシャーロットと一度踊っただけだが、既にその体力は尽きかけているようだ。
繊細な美貌を持つレジナルドは、弟のフィリップとはあまり似ていない。実はこの二人は腹違いで、レジナルドの母である最初の妃は、王太子を産んですぐに亡くなった。王は喪が明けてのち二番目の妃を娶り、その女性が現在の王妃でフィリップの母親である。
心身共に明るく健康で、太陽のようなフィリップとは対照的に、レジナルドは夜空に君臨する神秘的な月のようだ。フィリップの輝くような美男子ぶりは女性に大人気だが、一方、レジナルドの愁いを秘めたような儚げな美貌も、多くの女性を虜にしてきた。
今もレジナルドは、特有の色気を無駄にふりまきながら、気だるげに髪をかき上げている。そして一つ小さな溜息をつくと口を開いた。
「フィル、おまえのローズに対する評価はあながち間違いではなかったようだ」
単刀直入にそう切り出した兄の言葉に、フィリップの顔が輝いた。
「そうでしょう! ここに来る途中も、ローズは馬車の中でとてもシャーロットに良くしてくれましたよ! 彼女のドレスをほめたりして! ローズの心が氷のように冷たいわけがない! でも、どうして兄上は考えを改めてくださったのですか?」
実はレジナルドは、フローレンスが燃えるような嫉妬と憎しみの目でシャーロットを凝視していることに気付いていた。そこで彼女の挙動を監視するようにギルバートに命じていたのだ。万が一のときにはシャーロットを守れるようにと。しかし実際シャーロットを救うためにフローレンスを止めたのは、意外にもローズだった。
一切騒ぎを起こさず、誰にも気付かれることなくフローレンスの凶行を止めたローズの、その後のフローレンスに対する対処も、見事なものだった。それらをギルバートからの報告で知ったレジナルドは、さすがに考えを改めるしかなくなったのである。
それらを兄の口から聞き、フィリップは喜びの声を上げた。
「ほらっ、ほらね、兄上!! 僕の言った通りでしょう!? ローズは美しいだけでなく、心根の優しい、愛に飢えた女性なのです! きっと何か、辛い過去があるに違いない! ああ――僕が彼女を幸せにしてあげたい!」
熱を帯び興奮する弟とは対照的に、レジナルドは感情を表に出さず静かな態度で弟に告げた。
「しかしもう少し、判断材料が欲しいものだ。またローズを誘ってみよう。シャーロットと一緒にいて、プライドの高いローズが本当に態度を変えないかこの目で見てみたい。さて、そろそろ舞踏会もお開きの頃だろうから、戻ろうか」
フィリップが「僕のローズ! もう一度一緒に踊りたい!」と叫びながら弾むように走り去る姿を、レジナルドは片眉を上げて見つめていた。
0
お気に入りに追加
1,326
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。
木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。
前世は日本という国に住む高校生だったのです。
現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。
いっそ、悪役として散ってみましょうか?
悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。
以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。
サクッと読んでいただける内容です。
マリア→マリアーナに変更しました。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。
可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる