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第4章〜強さの証明〜
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昼食を済ませて午後2時半前に僕ら4人は月兎先生の言われた通り『仮想訓練棟』のエントランスへとやって来ていた。
そこには僕らを待っていた月兎先生がこちらを見つけると子どものように元気よく手を振ってくれる。
「ヤッホー♪ちゃんと時間前に来たね♪感心感心♪」
「普通に考えて遅れる訳にはいきませんからね。」
「こっちも『公開型魔法戦』の準備は整ったところだよ♪」
月兎先生の言葉を聴いて何か疑問に思ったらしい咲夜が質問を投げかける。
「公開型にする場合には普段と違って、何か他の準備が必要なんですか?」
「ん~?一応、ケースバイケースかな♪今回のように多くの生徒から注目されそうな場合には大きめの観戦用スペースを確保したり、解説者とか実況者を用意する必要があるよ♪」
「で、月兎先生はそれらの準備を既に終えたと…。」
そんな僕の確認に月兎先生は自慢気に胸を張る。
「私、有能過ぎるからね♪」
(ーー昼休みでの通知文の作成速度とか考えると本当に優秀なのかもしれない…。)
そんな話をしていると、石川先輩と森内先輩が姿を現した。
「おや♪役者も全員揃ったみたいだから、今回の『魔法戦』でのルール説明をするね♪」
月兎先生の説明はざっくりとすると以下のようになっている。
対戦者は僕ら4人対石川先輩と森内先輩の2人。
バトルステージは半径25メートルの円型で障害物等の無いシンプルなフィールド。
勝敗の決定方法はチームメンバー全員が戦闘続行不可能と判断された場合に、そのチームの敗北となる。
「以上が今回の『魔法戦』のルールになるけど、何か質問はあるかな?」
月兎先生の問い掛けに、それぞれのチームを代表して僕と森内先輩が応じる。
「はい!問題ありません。」
「こちらも特に無いです。」
「オッケー♪じゃあ、試合準備の時間になったら技術職員の人が案内に来ると思うから、それでまでは各チーム毎の控室に居てもらうね♪」
そう言い終えた月兎先生は僕らにお互いに与えられた控室の場所を説明してくれた。
その説明が終わった後、移動を開始し始めた僕ら4人に自信に満ちた表情の石川先輩と、こちらの様子を観察していた森内先輩がそれぞれ言葉を投げて来る。
「せいぜい頑張ってくれよ。後輩たち。」
「そうね。学園長の孫と『剣の巫』の娘として、恥ずかしく無い試合にしてくれるように期待してる。」
先輩たちの言葉には自分たちが勝つ事を疑って無いということを感じさせる。
(ーー4人対2人なのに大した自信だ。実際、先輩たちの方はこの学園で2年も魔法等の戦闘について学んできた訳だし、そう考えても不思議では無いのかな?)
「そうですね…。そうならないように善処はしようとは考えていますよ。」
そんな事を考えながらも、僕は先輩たちに一瞬だけ挑発的な笑みを見せながら言葉を返して、姉さんたちと僕らの控室に向かった。
控室に入ってみると、そこはテーブルと椅子があり、テーブルの上に簡単なお菓子や飲み物が置かれていた。そのため、控室と言うより芸能人が使っている楽屋の方がイメージ的に近いかもしれない。
僕らは部屋に入った後、それぞれ椅子に腰を下ろした。
「それで確認だけど、今回の『魔法戦』は他の皆に私たちには実力を見てもらうためにも、特に作戦は無しで素直に正攻法で闘うって事で良いのよね?」
「昼ご飯が終わった後、そう言う話になったわね。」
姉さんが今回の『魔法戦』においての基本方針を確認してくると、咲夜は肯定するように頷いていた。一方で朱莉さんは懸念があるらしく、首を傾げながら口を開く。
「でも…、それだけで多くの人は納得してくれるかしら?」
「確かに…、こっちは4人で、あっちは2人だものね。幾ら1科生と3科生だからとは言え、納得してくれるかと言われると難しいかもしれないわね。」
姉さんの続いた発言に僕らはどうしたものかと思考する。
(ーーうーん、皆に納得してもらうには、やっぱり…。)
「ちょっと、提案があるんだ(あるんです)けど…。」
僕と咲夜が全く同じタイミングで意見をした。
それに姉さんと朱莉さんは可笑しそうに小さく笑った。
「それで?どう言った話なの?」
姉さんの言葉を聴いて僕と咲夜はお互いに眼を合わせた後、僕の方から口を開く。
「うん、もし先輩たちが戦闘開始と同時に2手に分かれた場合なんだけど……。」
僕が考えた事を伝え終えて姉さんたち3人の様子を見渡すと、咲夜は驚きの表情でこちらの方を見つめていた。
「まさか、玲も私と似たような事を考えていたんですね。」
「あれ?ひょっとして、咲夜も同じ考えだったの?」
「まぁ、本筋は同じ感じですかね。」
僕の質問に咲夜は気恥ずかしさを誤魔化すように照れ笑いを浮かべながらも、僕の作戦との違いを説明してくれた。
「ところで、2人の作戦を採用すること自体は、私は構わないけど相手の先輩たちが戦闘開始と同時に2手に分かれるかしら?」
「うん、それに関しては多分大丈夫だと思う。」
「へぇ、何か理由でもあるの?玲ちゃん?」
朱莉さんの疑問に対して、僕は自分の考えていた事を伝える。
「おそらくだけど、先輩たちにとって今回の『魔法戦』で重要なのは勝敗じゃなくて、僕らの実力をより正確に把握することだと思う。」
「と言うより、先輩たちの態度を見てみると、私たちに負けるなんて考えてなさそうな感じだったわね。」
僕の言葉に姉さんが苦笑いを浮かべながら補足してくれた。実際、姉さんの言う通りだと思うから否定のしようが無い。
「だから6人での混戦になるよりは、個人の実力を発揮しやすくするために戦場を2つに分けてくると思ってるんだよ。それにもし、2手に分かれなかった場合は当初の予定通りに正面から闘えば良いだろうしね。」
「なるほど…、ね。それだったら私からはもう特に言うことは無いわね。」
「私も特に無ーし。」
朱莉さんも姉さんからも無事に承諾を得ることが出来たので、僕は話を締める。
「よし!じゃあ、僕らの実力を皆に見せてあげようか!」
「「「おー!」」」
僕の言葉に姉さんと朱莉さんは意気揚々と、咲夜は少しだけ恥ずかしそうにしながらも右腕を挙げて掛け声を出してくれた。
(ーーなんか、3人ともノリが良くなってきてるなぁ。まぁ、良い事だと思うけど。)
そんな事を考えていると、控室の扉がコンコンとノックされた。
「『魔法戦』の準備を始めますので、移動をお願いします。」
「「「「はい!」」」」
技術職員の案内で、僕らは闘いの舞台へと歩みを進めた。
時刻は午後3時まで後5分弱、僕ら4人と石川先輩たちを合わせた6人は既に『仮想世界』にて戦闘準備を終えてバトル開始の合図を待っている状態だ。
ちなみに、対戦相手である先輩たちの装備はこちらから見える限りは石川先輩は素手で、森内先輩の方は木製の長さが2メートル強ある棍のようだ。
僕らの目の前には電子ディスプレイが浮かび上がっている。このディスプレイは戦闘が開始すると共に消滅し、解説を含む会場の音声は僕らには聞こえなくなる。もちろん、僕らの出す音は会場に届く。そんなディスプレイには今、2人の人物が映っている。
「さーて、皆が気になっているだろう1科生の紲名玲、明日花姉妹、桐崎咲夜、結月朱莉たちのパーティと3科生の石川真虎、森内悟ペアの『魔法戦』が間も無く始まろうとしてるよ~♪実況は私、月兎リトが、そして解説には稲葉睡蓮先生にお願いしていまーす♪」
「よろしく、お願いします。」
相変わらず、高いテンションの月兎先生と少し疲れ気味の表情をした稲葉先生が映し出されている。
(ーー稲葉先生、きっと半ば強引に月兎先生に実況を頼まれたんだろうなぁ…。)
声のトーンから概ねの事情を察した僕は稲葉先生に少しだけ同情していた。
「さてさて、試合開始時刻までは稲葉先生と共に、今回の『魔法戦』がどのような展開になるか予想していきましょう♪稲葉先生、この戦いでは4人対2人という人数差があるわけだけど、この差はどのように影響すると思う?」
「そうですね…、確かに『魔法戦』に於いて人数差というのは勝敗に関わる重要な要素の1つである事は確かです。1人で展開出来る魔法の数にも限りがありますからね。とは言え、石川さんも森内さんも学園内でも高い実力を持っている『魔女見習い』ですからね…。正直、紲名さんたちのパーティには厳しい闘いになると思います。」
「なるほどねー♪でも、みんな気になっているのは、きっと来月の学園祭で『剣の巫』こと桐崎千華さんとエキシビジョンマッチを行う玲ちゃんたちのパーティの実力だよね♪玲ちゃんたちには是非とも、この関心に応えて欲しいなと個人的にも応援してるよ~♪あ、もちろん実況は公平にするから安心してね♪」
月兎先生と稲葉先生のやり取りを聞いた石川先輩は僕らに声を掛けてくる。
「だとよ、頑張って応えてやれよ1科生?」
「もちろん、そのつもりですよ。」
僕が余裕を持って返事をしたのが面白くなかったのか、石川先輩は軽く鼻を鳴らす。
「ふん、実力の差を分からしてやるよ。」
「真虎、あまり冷静さを欠いてはダメ。」
森内先輩の言葉で少し興奮気味だった石川先輩は短く深呼吸をする。
「分かってるよ、悟。」
そんな僕らの様子を見ていた月兎先生が声を上げる。
「おーっと、両チーム共にやる気充分のようだね♪そろそろ、時間になるからカウントダウン始めるよー!」
月兎先生が会場を盛り上げるために、大きな声でカウントダウンを進めていく。その間に、僕らはこれから始まる戦闘に向けて意識を集中させていく。
そして、月兎先生のカウントダウンか終わりを迎える。
「それでは、バトルスタート!」
その開始の合図と共に僕らの目の前にあった電子ディスプレイが姿を消した。
いよいよ、戦闘開始である。
「悟!打ち合わせ通りに行くよ!」
「大丈夫、分かってる。」
戦闘開始早々、石川先輩が森内先輩に声を上げた後、僕らの予想通りに左右に分かれた。
それを確認して僕も声を出して行動に移す。
「姉さん!」
「了解!」
僕と姉さんは2人で左側、石川先輩と対峙する形になるように走り出す。一方で咲夜と朱莉さんも森内先輩の方へと駆け出した。
これで必然的に2対1の戦場が2つ作られたことになる。
「お?そう対応してくるのかい?だったら好都合だよ!精々足掻いてみせな!」
石川先輩はそう言い終えると、『身体活性化』によって強化された脚力で僕らとの間合いを詰めて来る。
それに反応した僕も姉さんを残して1人だけで石川先輩に向かって走り出す。
そして僕と石川先輩の距離が10メートルを切ったタイミングで石川先輩が走りを止めることなく新たな行動を起こす。
「行くぞっ、1科生!『ベアクロウ』!」
石川先輩が魔法を唱えながら右腕を自身の後方に振り上げると、右手の先から2メートル程の長さがある魔素で構築された巨大な爪が3本出現した。
(ーー未だ魔法の攻撃範囲外なのに魔法を使ってきた以上は何らかの意味があるはず。つまり、考えれるのは…。)
僕は石川先輩の行動に対して意図を読み取りながらも、お互いの距離を縮めていく。
「オラッ!」
僕が巨大な爪の攻撃範囲内に入るとほぼ同時に、力強く声を吐き出しながら石川先輩は僕を目掛けて走って来た勢いを載せて右腕を振り下ろすと、その動きに連動して魔法で創られた爪が僕に襲い掛かって来る。
しかし石川先輩が予め魔法を展開していたおかげで、僕は移動速度を落とす事無く落ち着いて迫り来る爪と僕の間に『魔力障壁』を展開して対処する。
次の瞬間、僕の『魔力障壁』が石川先輩の魔法を何とか受け止めたが障壁自体に大きくヒビが走った。
(ーー全力の『魔力障壁』ではないけど…。これはちょっと…、予想以上の攻撃力だな。これが3科生の実力か…。)
僕はそのような感想を抱きながらも、更に石川先輩に迫り続ける。
そんな僕に対して石川先輩も次の手を繰り出す。
「ほらっ!もう1発!」
今度は左手に先程と同じような魔素の爪を創り出した。ただ、今度の爪は長さは1メートル弱と短くなっているおり、その分魔法に込められている魔素濃度も高くなっている。そのため、さっきと同じ『魔力障壁』で防ぎ切るのは不可能に近いだろう。
(ーーやっぱり!最初の一撃目は囮で、これが本命の攻撃か!)
僕は石川先輩が最初に魔法を使った段階でこの可能性を読み取っており、対処法も考えてある。
予想通りに行われた石川先輩の攻撃に対して、僕はもう一段階加速して石川先輩との距離を更に縮めた後、僕の右手で石川先輩が振り抜いて来る左腕の動きに割り込む。すると、石川先輩の左手にある魔素の爪も動きが止まった。
「なっ⁉︎」
「ふっ!」
僕の行動に驚いている石川先輩を他所に、僕は石川先輩の左腕を押さえたまま殆ど密着するくらいまで距離を詰めて小さく息を吐いた後、石川先輩の鳩尾に『身体活性化』で左腕を強化しながら掌底を素早く撃ち込む。
「グッ!」
石川先輩は咄嗟に『身体活性化』でダメージを抑えるが、流石に殆どの威力を防ぐ事が出来ずに大きく吹き飛ばされた。だが、吹き飛ばされながらも姿勢を崩さず着地して追撃に備えていた。
しかし実際には、僕も姉さんも追撃等を仕掛ける事は無く自然体で構えていただけという事実に石川先輩は疑問符を浮かべている。
「なぁ、アンタたち。何で今追撃をして来なかったんだい?特に、奥に居る方からすれば何かしらの攻撃チャンス以外の何物で無いと思うんだが?ひょっとして、アタシのことを舐めてるのかい?」
石川先輩の疑問に対して、僕は軽く肩を竦める。
「別に先輩のことを侮っている訳では無いですよ。ただ、今回の『魔法戦』の目的を考えた場合、こうした方が良いかなと判断しただけですよ。」
僕の回答に石川先輩は顔をしかめた。
「どう言う意味だい?」
「この『魔法戦』では僕らの実力を皆さんに知ってもらうのが重要な目的ですよね?」
「ああ、こっちもそのために2手に分かれて闘うように動いたからね。…って、まさか⁉︎」
どうやら石川先輩は喋っている間に僕らの考えに辿り着いたようだ。
「はい、それだったらいっそのこと1対1で闘っている所を見てもらおうと思っただけです。その方が僕ら個人の実力が分かり易いかなと考えたので。」
これが控室で僕と咲夜が提案した話である。
それを聴いた石川先輩はと言うと僕が予想していたように感情を乱すことは無く、納得した風に何度か首を縦に振る。
「なるほどねぇ。いやー、アンタたちは1科生とは思えないことを考えるね。それがアンタたちが考えた強さの証明方法かい。」
そう言い終えると石川先輩はこちらを鋭く睨みながら、腰を低く下げつつ身体に纏う魔素濃度を高めて『身体活性化』の出力を向上させる。
「ただ、それでアタシと戦いになれば、だけどな!」
「っ⁉︎」
低い姿勢のまま先程より素早く僕へと接近を試みる石川先輩。そして、移動を開始すると殆ど同じタイミングで自身の両手に魔法を使い、左右の親指以外の爪が50センチ程に伸びた。
(ーー速い!けど、月兎先生や稲葉先生程でも無いし、動き自体も直線的で読み易い!)
僕も対抗するように反射速度と動体視力を中心に『身体活性化』のレベルを上げて、石川先輩の攻撃への対処法を思考する。
(ーー今、石川先輩が使ったのは多分、自身の爪を伸ばすと同時に強度を高める法術のはず…。この爪の威力がはっきりしない以上、下手に『魔力障壁』で防ぐのは得策ではない。)
「おらっ!」
そう考えている間に僕との距離を縮めた石川先輩が右手で貫手の構えを作り、僕の左胸目掛けて低い姿勢のまま下から右腕を素早く突き上げて来る。
僕は左腕で石川先輩の攻撃が直撃しないように彼女の爪先を外に逸らす。そして、その流れのままカウンターを試みる。
(ーーそうなると、こうやって石川先輩の腕を弾いて反撃するのが効果的なはず!って、ヤバい!)
僕が攻撃を仕掛けようとした直前に、石川先輩は一瞬不敵な笑みを見せると彼女より高い位置、つまり低姿勢の石川先輩を見る為に視線を下の方に向けていた僕の物理的な死角になる頭上から魔法を発動させた。
念の為に意識していた『魔力感知』のおかげで、魔法に気が付いた僕は慌てて後ろに跳躍して石川先輩から距離を取る。次の瞬間、直前まで僕が立っていた場所に魔素で創られた2メートル程の爪が左右から1本づつ地面に突き刺さった。
そして石川先輩は慌てて距離を取ったせいで隙を作ってしまった僕に相変わらず低い姿勢のまま追撃を仕掛けて来る。
そこから繰り出される攻撃を僕は急いで態勢を立て直して、先程と同じように攻撃を捌いていく。
「アタシの『魔爪(まそう)』に初見で反応するなんて思った以上にやるじゃないか、1科生!だけど、未だ終わりじゃないぞ!」
(ーーこれが先輩本来の戦闘スタイルか!反撃を割り込むタイミングが厳し過ぎる!)
石川先輩の貫手と魔術による波状攻撃によって、僕は一方的に攻撃を避けながら少しずつ後退することを余儀無くされていた。実際、貫手の後隙を狙ったカウンターは頭上からの『魔爪』に阻まれる上、常に貫手と魔術の両方を意識しているため、有効的な攻撃魔法を発動する余裕が無い状況である。
(ーー不味いな…。今は何とか躱せてるけど、このまま後退し続けるとステージの壁に追い込まれて逃げ道が無くなる。そうなると、実質詰みになるから何か打開しないと…。)
それが分かっているであろう石川先輩も下手に大振りの攻撃をせず、僕の退路を常に後方だけにするように立ち回る。
「そらそら!」
「くっ!」
(ーー仕方ない!今の状態を打破するためも勝負に出るしかない!)
僕は心の内で覚悟を決めた後、得意の『魔力感知』で石川先輩の体内で流れる魔素を把握し動きを先読みすることで、猛攻を凌ぎながら勝負を仕掛けるタイミングを見極める。
僕が貫手を避けて間髪入れずに襲い掛かってくる魔術の爪を後ろに下がって回避すると石川先輩は今までと同じように追い足で間合いを詰めながら、再度右腕で僕を目掛けて突き出して来た。
(ーー今っ!)
ここで僕は今までと違い、半歩前進しながら石川先輩の貫手を弾くのではなく左手で右手首を掴み取る。石川先輩は常に低い位置から攻撃し続けて来たため、どちらの腕で攻撃して来るかさえ事前に分かりさえすれば、腕を掴むことはそこまで難しくは無い。
「なにっ?」
石川先輩は僕の行動に疑問を覚えつつも魔術による追撃を試みようとする。
(ーーそう来るのは予想通り!)
その行動を想定していた僕はそれより早く次のアクションに移っていた。石川先輩の右手を掴んで直ぐ、その勢いのまま右手で石川先輩の制服の襟首を掴み取ると同時に腰を下げながら、先輩に僕の背中をぶつけるように前進しつつ身体を半回転させる。
「しまっ⁉︎」
そして、柔道の背負い投げの様に石川先輩を持ち上げることで僕と頭上から来る先輩の魔術の間に先輩自身が入り込む形になるため、慌てて先輩は魔術の発動を解除する。
その間に僕は先輩を投げる動きに合わせて、僕の前方、つまり先輩を投げつける先に魔術を使って人間サイズくらいの大きな結晶の塊を創り出す。そこに目掛けて石川先輩を力の限り叩きつける。
「ガ、ハッ‼︎」
結晶が砕ける音と共に、あまりの衝撃で石川先輩は肺にある空気を吐き出してしまう。
僕は石川先輩を投げた後、少しだけ間合いを取って勝負を付けるために新たな魔術を展開する。
「クリスタルランス!」
僕が上に挙げた左腕の先に長さ2メートル程の結晶で作られた槍を出現させる。その槍は僕の腕の動きに合わせて動き出し、石川先輩を目指して滑空する。
しかし、石川先輩はクリスタルランスが直撃する前に『魔力障壁』を使って防ぎながら身体を起こして後方に下がって態勢を立て直した。
「ハァ、ハァ。まさか、ここまでやると、わな。流石に予想外だよ。」
(ーーやっぱり、始めてやった動きだから投げつける際の『身体活性化』での強化も魔術による結晶の強度も充分とは言えなかったかな。それに先輩も咄嗟に『身体活性化』でダメージを減らしたみたいだ。でも、即興の反撃としては上出来かな?)
ダメージが深刻なせいで肩を使って大きく息をしている石川先輩の様子を見て僕はそんな感想を思いながら、次の手を思索する。
「しょうがないか…、アタシの切り札を見せてやるよ!」
そう言い終えると、石川先輩は右腕を中心に大量の魔力を纏わせて強力な魔法の準備を始めた。
(ーー先輩も勝負に出て来た感じか…。ここで牽制なんて不要。受けて立つ!)
そんな先輩の様子を見て、僕も先輩の攻撃に備える。
「いくよ!『ギガントクロウ』‼︎」
石川先輩はそう唱えると魔力を纏った右腕を自身の身体ごと下から一気に振り上げた。すると、その動きに呼応して名前の通り5メートルを優に超える巨大な爪が斬撃と成って、僕へと空間を切り裂く勢いで飛翔して来た。
(ーー防御も回避も難しそうだけど…、これならその必要はない!)
先輩の切り札を見て、そう判断した僕は襲い掛かって来る魔術に意識を集中させて、右腕を向けながら得意魔法の1つを発動する。
「封印結晶!」
僕が魔法を使うと、石川先輩の魔術は僕に当たる寸前で掌に収まるサイズの結晶へとその姿を変えた。
これは『結晶』に封印しているように見せているが、実際は僕本来の魔法属性である『変化』を使って対象の姿を変化させているのである。ただ、この変化の魔術を使うには幾つかの条件は必要になっているので、今回の『魔法戦』では今まで使ってなかった。
「はぁ?」
目の前で自分の魔術が小さな結晶に成ったことに驚きを隠せない石川先輩は呆然とした表情を浮かべていた。
そんな先輩を他所に僕は右手で持った結晶を先輩に向かって軽く放り投げた後、『変化』の魔術を解除する。
「解!」
僕がその言葉を口にした瞬間、宙を舞っていた結晶が先程先輩が放った魔術へとその姿を元に戻して、今度は魔術を使った張本人である石川先輩へと襲い掛かった。
「嘘だろ…。」
呆気に取られていた石川先輩はその攻撃に反応することが出来ずに、自分の魔術だったものに直撃する。
「石川真虎、戦闘不能。」
流石にそれには耐え切れなかった石川先輩はシステムに戦闘続行不可能と判断され、会場とフィールドに無機質な機械音声が流れると共に、フィールドから姿を消した。
(ーーふぅ。何とか勝てたけど…、先輩が僕の魔法とか戦闘スタイルについての情報をちゃんと持ってたら、もっと厳しい闘いになってただろうなぁ…。やっぱり情報は大事だ。)
改めて戦闘における情報の重要性を感じつつも、僕は戦闘に集中していた意識を少しだけ和らげた。
「お疲れ、玲。先輩に1対1で勝つなんて流石!」
姉さんは決着が付くのとほぼ同時に僕のいる場所に走って来てくれた後、興奮した面持ちで声をかけてきた。
「まぁ、運が良かったのもあるとは思うけどね…。」
「それでも充分凄いわよ!私1人だったら、ここまで上手く勝てないと思うもの!」
「ありがとう、姉さん。」
(ーーさて、咲夜と朱莉さんの方はどうなってるのかな?)
姉さんに返事をしつつも、僕は咲夜たちのいる場所に視線を移した。
時間を戦闘開始直後に戻して、咲夜、朱莉さんと森内先輩の状況を観てみよう。
こちらの戦場では、僕らの方とは打って変わっていきなり開始することはなく、先ずはお互いに様子を探りあっている状態である。
そのような時間が少し経過した後、何を思ったのか咲夜が唐突に森内先輩に声をかける。
「すみませんが、先輩。少しだけお話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……別に構いけど、手短にね。」
咲夜の言葉に思案を巡らせた森内先輩は短く言葉を返した。
そのリアクションを確認した咲夜は僕が石川先輩に言ったことを同じように説明した。
「なるほど、貴方たちはそんなことを考えていたのね。だから、私たちの最初の行動に対して素早く動けたのかしら?」
「まぁ、そうなりますね。それで先輩はこの話についてどう思いますか?不服だと感じますか?」
そんな咲夜の問い掛けに気を一切緩めることは無く森内先輩は淡々と答える。
「真虎はどうか知らないけど…、少なくとも私はそんなことは無いわね。そもそも、私は『魔女』と言う存在において重要なのは可能な限り最善の行動を選ぶことだと考えているの。実際、魔物や犯罪者との戦いで公平な勝負なんて殆ど無いでしょ?」
「そうですね…。それについては同じ考えです。」
「だったら、特に決められたルールに違反している訳でも無いのに相手の行動に口を出すのは筋違いだと、私個人はそう思っているの。」
森内先輩はそこまで言い終えると、短く深呼吸をする。
「だから、私はせめて貴方たちのその選択が愚者のものではないと信じたいわね。そうじゃないと、こうして闘っている意味が無くなる気がするから。」
「良く分かりました。では、私もこの選択が価値あるものだと証明してみせます!」
「ええ、期待してる。」
話を終えた森内先輩は右手に持っていた彼女の武器である木製の棍を咲夜の方に向けながら腰を下げつつ、『ルーム』から魔素を取り出すことで『ガーデン』内の魔素量を高めていく。
一方で、咲夜も『身体活性化』による反射速度、動体視力、脚力の強化率を上昇させて森内先輩の行動に備える。
そして、森内先輩は咲夜との距離が30メートル位あるにも関わらず2メートル強の長さしかない棍で突きの構えを取って、そこから短く息を吐き出し素早く突きを出すと同時に魔法を発動させる。
「ふっ!」
『無詠唱』と言う多少効力を落とす代わりに術名等の詠唱を省略して魔法を発動させる技術を用いて、森内先輩が棍に法術を施すと2メートル強だった長さがだった棍が咲夜の元を目指して一気にその長さを伸ばし始めた。
森内先輩の突きの速さも相まって30メートルという距離を並々ならないスピードで食い尽くして来る。
しかし、咲夜はこれを落ち着いて対処する。右手の掌で伸びて来た棍を横から押し込むことで進行方向を逸らしつつ、自身も攻撃線から外れるように身体を回す。また、学園から支給された『グローブ』のおかげで右腕への『身体活性化』による強化量を抑えることが出来ている。
そうやって森内先輩の棍を捌くと、咲夜はすぐさま森内先輩との距離を縮めるために駆け出した。
森内先輩は前方に突き出した棍を引き戻しながら法術を用いて棍を元の長さに引き戻した後、再度、棍を伸ばす法術を使用しながら咲夜に突きを放った。
咲夜は移動速度を落としつつも、先程と同じように棍を去なした。
「1科生にしては良い反応速度ね。」
森内先輩は咲夜の行動に対してそのような評価を呟きながらも、再び棍を元の大きさに戻そうと法術を試みる。
「っ⁉︎術が起動しない⁉︎」
森内先輩の言うように棍は長いままで、法術を使った先輩からしてみたら理解出来ない状況だろうと思う。ただ、事前に咲夜の魔法属性についてちゃんと調べておけば、その限りでは無かったかもしれないが…。
もちろん森内先輩を驚いた原因を作ったのは咲夜であり、簡単にカラクリを説明すると森内先輩が法術を彼女の棍に使う直前に咲夜が『魔法無効化』の効果を棍に付与することで、棍に掛かる法術の効果を打ち消したと言う訳である。
もうちょっと細かく言うと、この1週間で咲夜は今までただ纏うことしか出来なかった『魔法無効化』の『オーラ』の形を変化させることで、有効距離は短いが咲夜自身が直接接触しなくても『オーラ』に当たっている間は物体への魔法による効果を打ち消すことが出来るようになったのである。また、『オーラ』に触れている人物はその間魔法を発動させることは出来なくなる。ただし、『身体活性化』等の純粋な魔素を用いた技術である『魔力制御』の使用は出来る。
今回の場合、『オーラ』を伸びて来た森内先輩の棍と接触させることで収縮する法術を打ち消した結果となる。
そして森内先輩が今まで経験した事の無いであろう事態に驚愕している間に、咲夜は再度間合いを詰め始めた。
「くっ!」
それを見た森内先輩は未だ冷静さを取り戻しきれていない状態だが、咲夜の行動に対処するために只の長い棒と化した武器を手放して接近して来る彼女を迎撃するために魔術を使う。これは咄嗟の判断としては素晴らしい行動力だが、今回は完全に悪手となる。
「バインド・ウィップ‼︎」
「私には効きませんよ、それは。」
咲夜は魔術を発動しようとするのを認識すると直ぐに全身を『オーラ』で覆う。すると森内先輩の足下から複数の細い蔦が出現すると咲夜を拘束しようとするものの、魔術で創られた蔦は『オーラ』に触れた瞬間、その姿が霧散した。
「一体、どう言う事なの⁉︎」
自分の理解出来ない現状が重ねて出現したせいで混乱し出した森内先輩。
しかし、咲夜はそんな先輩を気にすること無く接近を続けたおかげで2人の間合いは完全にお互いの拳が届くクロスレンジへと辿り着いた。
「はっ!」
「⁉︎」
自分の間合いに入ると同時に、咲夜は素早く左右の腕でコンビネーション攻撃を繰り出すが、間一髪の所で森内先輩も回避行動を起こしてギリギリで避けていくものの距離を作る余裕は無かった。
こうして2人はお互いに『身体活性化』を駆使しながら拳を交え始めていくが、全体的に主導権を握っているは咲夜の方だ。先の出来事で森内先輩は少なからず動揺がある上、普段から拳を使った近接戦をしていないからか両者の運動能力に大きな差は無いのにも関わらず、咲夜が一方的に攻撃を仕掛けることが出来ている。
そして、それを嫌った森内先輩が多少無茶でも距離を取ろうと大きく後退するが、基本的に接近戦しか出来ない咲夜がその行動を見逃す筈は無い。後ろに下がろうとする動作を感じ取った咲夜は強化している脚力での追い足で一気に追い付き、すかさず拳を繰り出し続ける。
そのような森内先輩が防戦一方の展開が暫く続いたが、それの終わりを告げるキッカケになる音声がフィールドに響き渡る。
「石川真虎、戦闘不能。」
「真虎が⁉︎嘘っ⁉︎」
パートナーの予想していなかった事態に困惑する森内先輩は咲夜の目の前で一瞬だが隙を見せてしまう。
「貰いましたっ!」
「ぐっ。」
今まで拳で攻撃を続けていた咲夜が今度は強化された右脚で森内先輩へと素早くローキックを打ち込み、それをまともに受けてしまった森内先輩は痛みに顔を歪めながら姿勢を崩してしまう。そんな彼女の視界には放った右脚を戻す勢いを使って流れるような動作で身体を回転させている咲夜の後ろ姿が映った。
「しまっ⁉︎」
森内先輩が最後まで言い終える前に、咲夜の回し蹴りが先輩の側頭部を的確に捉えて一息にその意識を刈り取って、この『魔法戦』の勝敗が決定した。
そこには僕らを待っていた月兎先生がこちらを見つけると子どものように元気よく手を振ってくれる。
「ヤッホー♪ちゃんと時間前に来たね♪感心感心♪」
「普通に考えて遅れる訳にはいきませんからね。」
「こっちも『公開型魔法戦』の準備は整ったところだよ♪」
月兎先生の言葉を聴いて何か疑問に思ったらしい咲夜が質問を投げかける。
「公開型にする場合には普段と違って、何か他の準備が必要なんですか?」
「ん~?一応、ケースバイケースかな♪今回のように多くの生徒から注目されそうな場合には大きめの観戦用スペースを確保したり、解説者とか実況者を用意する必要があるよ♪」
「で、月兎先生はそれらの準備を既に終えたと…。」
そんな僕の確認に月兎先生は自慢気に胸を張る。
「私、有能過ぎるからね♪」
(ーー昼休みでの通知文の作成速度とか考えると本当に優秀なのかもしれない…。)
そんな話をしていると、石川先輩と森内先輩が姿を現した。
「おや♪役者も全員揃ったみたいだから、今回の『魔法戦』でのルール説明をするね♪」
月兎先生の説明はざっくりとすると以下のようになっている。
対戦者は僕ら4人対石川先輩と森内先輩の2人。
バトルステージは半径25メートルの円型で障害物等の無いシンプルなフィールド。
勝敗の決定方法はチームメンバー全員が戦闘続行不可能と判断された場合に、そのチームの敗北となる。
「以上が今回の『魔法戦』のルールになるけど、何か質問はあるかな?」
月兎先生の問い掛けに、それぞれのチームを代表して僕と森内先輩が応じる。
「はい!問題ありません。」
「こちらも特に無いです。」
「オッケー♪じゃあ、試合準備の時間になったら技術職員の人が案内に来ると思うから、それでまでは各チーム毎の控室に居てもらうね♪」
そう言い終えた月兎先生は僕らにお互いに与えられた控室の場所を説明してくれた。
その説明が終わった後、移動を開始し始めた僕ら4人に自信に満ちた表情の石川先輩と、こちらの様子を観察していた森内先輩がそれぞれ言葉を投げて来る。
「せいぜい頑張ってくれよ。後輩たち。」
「そうね。学園長の孫と『剣の巫』の娘として、恥ずかしく無い試合にしてくれるように期待してる。」
先輩たちの言葉には自分たちが勝つ事を疑って無いということを感じさせる。
(ーー4人対2人なのに大した自信だ。実際、先輩たちの方はこの学園で2年も魔法等の戦闘について学んできた訳だし、そう考えても不思議では無いのかな?)
「そうですね…。そうならないように善処はしようとは考えていますよ。」
そんな事を考えながらも、僕は先輩たちに一瞬だけ挑発的な笑みを見せながら言葉を返して、姉さんたちと僕らの控室に向かった。
控室に入ってみると、そこはテーブルと椅子があり、テーブルの上に簡単なお菓子や飲み物が置かれていた。そのため、控室と言うより芸能人が使っている楽屋の方がイメージ的に近いかもしれない。
僕らは部屋に入った後、それぞれ椅子に腰を下ろした。
「それで確認だけど、今回の『魔法戦』は他の皆に私たちには実力を見てもらうためにも、特に作戦は無しで素直に正攻法で闘うって事で良いのよね?」
「昼ご飯が終わった後、そう言う話になったわね。」
姉さんが今回の『魔法戦』においての基本方針を確認してくると、咲夜は肯定するように頷いていた。一方で朱莉さんは懸念があるらしく、首を傾げながら口を開く。
「でも…、それだけで多くの人は納得してくれるかしら?」
「確かに…、こっちは4人で、あっちは2人だものね。幾ら1科生と3科生だからとは言え、納得してくれるかと言われると難しいかもしれないわね。」
姉さんの続いた発言に僕らはどうしたものかと思考する。
(ーーうーん、皆に納得してもらうには、やっぱり…。)
「ちょっと、提案があるんだ(あるんです)けど…。」
僕と咲夜が全く同じタイミングで意見をした。
それに姉さんと朱莉さんは可笑しそうに小さく笑った。
「それで?どう言った話なの?」
姉さんの言葉を聴いて僕と咲夜はお互いに眼を合わせた後、僕の方から口を開く。
「うん、もし先輩たちが戦闘開始と同時に2手に分かれた場合なんだけど……。」
僕が考えた事を伝え終えて姉さんたち3人の様子を見渡すと、咲夜は驚きの表情でこちらの方を見つめていた。
「まさか、玲も私と似たような事を考えていたんですね。」
「あれ?ひょっとして、咲夜も同じ考えだったの?」
「まぁ、本筋は同じ感じですかね。」
僕の質問に咲夜は気恥ずかしさを誤魔化すように照れ笑いを浮かべながらも、僕の作戦との違いを説明してくれた。
「ところで、2人の作戦を採用すること自体は、私は構わないけど相手の先輩たちが戦闘開始と同時に2手に分かれるかしら?」
「うん、それに関しては多分大丈夫だと思う。」
「へぇ、何か理由でもあるの?玲ちゃん?」
朱莉さんの疑問に対して、僕は自分の考えていた事を伝える。
「おそらくだけど、先輩たちにとって今回の『魔法戦』で重要なのは勝敗じゃなくて、僕らの実力をより正確に把握することだと思う。」
「と言うより、先輩たちの態度を見てみると、私たちに負けるなんて考えてなさそうな感じだったわね。」
僕の言葉に姉さんが苦笑いを浮かべながら補足してくれた。実際、姉さんの言う通りだと思うから否定のしようが無い。
「だから6人での混戦になるよりは、個人の実力を発揮しやすくするために戦場を2つに分けてくると思ってるんだよ。それにもし、2手に分かれなかった場合は当初の予定通りに正面から闘えば良いだろうしね。」
「なるほど…、ね。それだったら私からはもう特に言うことは無いわね。」
「私も特に無ーし。」
朱莉さんも姉さんからも無事に承諾を得ることが出来たので、僕は話を締める。
「よし!じゃあ、僕らの実力を皆に見せてあげようか!」
「「「おー!」」」
僕の言葉に姉さんと朱莉さんは意気揚々と、咲夜は少しだけ恥ずかしそうにしながらも右腕を挙げて掛け声を出してくれた。
(ーーなんか、3人ともノリが良くなってきてるなぁ。まぁ、良い事だと思うけど。)
そんな事を考えていると、控室の扉がコンコンとノックされた。
「『魔法戦』の準備を始めますので、移動をお願いします。」
「「「「はい!」」」」
技術職員の案内で、僕らは闘いの舞台へと歩みを進めた。
時刻は午後3時まで後5分弱、僕ら4人と石川先輩たちを合わせた6人は既に『仮想世界』にて戦闘準備を終えてバトル開始の合図を待っている状態だ。
ちなみに、対戦相手である先輩たちの装備はこちらから見える限りは石川先輩は素手で、森内先輩の方は木製の長さが2メートル強ある棍のようだ。
僕らの目の前には電子ディスプレイが浮かび上がっている。このディスプレイは戦闘が開始すると共に消滅し、解説を含む会場の音声は僕らには聞こえなくなる。もちろん、僕らの出す音は会場に届く。そんなディスプレイには今、2人の人物が映っている。
「さーて、皆が気になっているだろう1科生の紲名玲、明日花姉妹、桐崎咲夜、結月朱莉たちのパーティと3科生の石川真虎、森内悟ペアの『魔法戦』が間も無く始まろうとしてるよ~♪実況は私、月兎リトが、そして解説には稲葉睡蓮先生にお願いしていまーす♪」
「よろしく、お願いします。」
相変わらず、高いテンションの月兎先生と少し疲れ気味の表情をした稲葉先生が映し出されている。
(ーー稲葉先生、きっと半ば強引に月兎先生に実況を頼まれたんだろうなぁ…。)
声のトーンから概ねの事情を察した僕は稲葉先生に少しだけ同情していた。
「さてさて、試合開始時刻までは稲葉先生と共に、今回の『魔法戦』がどのような展開になるか予想していきましょう♪稲葉先生、この戦いでは4人対2人という人数差があるわけだけど、この差はどのように影響すると思う?」
「そうですね…、確かに『魔法戦』に於いて人数差というのは勝敗に関わる重要な要素の1つである事は確かです。1人で展開出来る魔法の数にも限りがありますからね。とは言え、石川さんも森内さんも学園内でも高い実力を持っている『魔女見習い』ですからね…。正直、紲名さんたちのパーティには厳しい闘いになると思います。」
「なるほどねー♪でも、みんな気になっているのは、きっと来月の学園祭で『剣の巫』こと桐崎千華さんとエキシビジョンマッチを行う玲ちゃんたちのパーティの実力だよね♪玲ちゃんたちには是非とも、この関心に応えて欲しいなと個人的にも応援してるよ~♪あ、もちろん実況は公平にするから安心してね♪」
月兎先生と稲葉先生のやり取りを聞いた石川先輩は僕らに声を掛けてくる。
「だとよ、頑張って応えてやれよ1科生?」
「もちろん、そのつもりですよ。」
僕が余裕を持って返事をしたのが面白くなかったのか、石川先輩は軽く鼻を鳴らす。
「ふん、実力の差を分からしてやるよ。」
「真虎、あまり冷静さを欠いてはダメ。」
森内先輩の言葉で少し興奮気味だった石川先輩は短く深呼吸をする。
「分かってるよ、悟。」
そんな僕らの様子を見ていた月兎先生が声を上げる。
「おーっと、両チーム共にやる気充分のようだね♪そろそろ、時間になるからカウントダウン始めるよー!」
月兎先生が会場を盛り上げるために、大きな声でカウントダウンを進めていく。その間に、僕らはこれから始まる戦闘に向けて意識を集中させていく。
そして、月兎先生のカウントダウンか終わりを迎える。
「それでは、バトルスタート!」
その開始の合図と共に僕らの目の前にあった電子ディスプレイが姿を消した。
いよいよ、戦闘開始である。
「悟!打ち合わせ通りに行くよ!」
「大丈夫、分かってる。」
戦闘開始早々、石川先輩が森内先輩に声を上げた後、僕らの予想通りに左右に分かれた。
それを確認して僕も声を出して行動に移す。
「姉さん!」
「了解!」
僕と姉さんは2人で左側、石川先輩と対峙する形になるように走り出す。一方で咲夜と朱莉さんも森内先輩の方へと駆け出した。
これで必然的に2対1の戦場が2つ作られたことになる。
「お?そう対応してくるのかい?だったら好都合だよ!精々足掻いてみせな!」
石川先輩はそう言い終えると、『身体活性化』によって強化された脚力で僕らとの間合いを詰めて来る。
それに反応した僕も姉さんを残して1人だけで石川先輩に向かって走り出す。
そして僕と石川先輩の距離が10メートルを切ったタイミングで石川先輩が走りを止めることなく新たな行動を起こす。
「行くぞっ、1科生!『ベアクロウ』!」
石川先輩が魔法を唱えながら右腕を自身の後方に振り上げると、右手の先から2メートル程の長さがある魔素で構築された巨大な爪が3本出現した。
(ーー未だ魔法の攻撃範囲外なのに魔法を使ってきた以上は何らかの意味があるはず。つまり、考えれるのは…。)
僕は石川先輩の行動に対して意図を読み取りながらも、お互いの距離を縮めていく。
「オラッ!」
僕が巨大な爪の攻撃範囲内に入るとほぼ同時に、力強く声を吐き出しながら石川先輩は僕を目掛けて走って来た勢いを載せて右腕を振り下ろすと、その動きに連動して魔法で創られた爪が僕に襲い掛かって来る。
しかし石川先輩が予め魔法を展開していたおかげで、僕は移動速度を落とす事無く落ち着いて迫り来る爪と僕の間に『魔力障壁』を展開して対処する。
次の瞬間、僕の『魔力障壁』が石川先輩の魔法を何とか受け止めたが障壁自体に大きくヒビが走った。
(ーー全力の『魔力障壁』ではないけど…。これはちょっと…、予想以上の攻撃力だな。これが3科生の実力か…。)
僕はそのような感想を抱きながらも、更に石川先輩に迫り続ける。
そんな僕に対して石川先輩も次の手を繰り出す。
「ほらっ!もう1発!」
今度は左手に先程と同じような魔素の爪を創り出した。ただ、今度の爪は長さは1メートル弱と短くなっているおり、その分魔法に込められている魔素濃度も高くなっている。そのため、さっきと同じ『魔力障壁』で防ぎ切るのは不可能に近いだろう。
(ーーやっぱり!最初の一撃目は囮で、これが本命の攻撃か!)
僕は石川先輩が最初に魔法を使った段階でこの可能性を読み取っており、対処法も考えてある。
予想通りに行われた石川先輩の攻撃に対して、僕はもう一段階加速して石川先輩との距離を更に縮めた後、僕の右手で石川先輩が振り抜いて来る左腕の動きに割り込む。すると、石川先輩の左手にある魔素の爪も動きが止まった。
「なっ⁉︎」
「ふっ!」
僕の行動に驚いている石川先輩を他所に、僕は石川先輩の左腕を押さえたまま殆ど密着するくらいまで距離を詰めて小さく息を吐いた後、石川先輩の鳩尾に『身体活性化』で左腕を強化しながら掌底を素早く撃ち込む。
「グッ!」
石川先輩は咄嗟に『身体活性化』でダメージを抑えるが、流石に殆どの威力を防ぐ事が出来ずに大きく吹き飛ばされた。だが、吹き飛ばされながらも姿勢を崩さず着地して追撃に備えていた。
しかし実際には、僕も姉さんも追撃等を仕掛ける事は無く自然体で構えていただけという事実に石川先輩は疑問符を浮かべている。
「なぁ、アンタたち。何で今追撃をして来なかったんだい?特に、奥に居る方からすれば何かしらの攻撃チャンス以外の何物で無いと思うんだが?ひょっとして、アタシのことを舐めてるのかい?」
石川先輩の疑問に対して、僕は軽く肩を竦める。
「別に先輩のことを侮っている訳では無いですよ。ただ、今回の『魔法戦』の目的を考えた場合、こうした方が良いかなと判断しただけですよ。」
僕の回答に石川先輩は顔をしかめた。
「どう言う意味だい?」
「この『魔法戦』では僕らの実力を皆さんに知ってもらうのが重要な目的ですよね?」
「ああ、こっちもそのために2手に分かれて闘うように動いたからね。…って、まさか⁉︎」
どうやら石川先輩は喋っている間に僕らの考えに辿り着いたようだ。
「はい、それだったらいっそのこと1対1で闘っている所を見てもらおうと思っただけです。その方が僕ら個人の実力が分かり易いかなと考えたので。」
これが控室で僕と咲夜が提案した話である。
それを聴いた石川先輩はと言うと僕が予想していたように感情を乱すことは無く、納得した風に何度か首を縦に振る。
「なるほどねぇ。いやー、アンタたちは1科生とは思えないことを考えるね。それがアンタたちが考えた強さの証明方法かい。」
そう言い終えると石川先輩はこちらを鋭く睨みながら、腰を低く下げつつ身体に纏う魔素濃度を高めて『身体活性化』の出力を向上させる。
「ただ、それでアタシと戦いになれば、だけどな!」
「っ⁉︎」
低い姿勢のまま先程より素早く僕へと接近を試みる石川先輩。そして、移動を開始すると殆ど同じタイミングで自身の両手に魔法を使い、左右の親指以外の爪が50センチ程に伸びた。
(ーー速い!けど、月兎先生や稲葉先生程でも無いし、動き自体も直線的で読み易い!)
僕も対抗するように反射速度と動体視力を中心に『身体活性化』のレベルを上げて、石川先輩の攻撃への対処法を思考する。
(ーー今、石川先輩が使ったのは多分、自身の爪を伸ばすと同時に強度を高める法術のはず…。この爪の威力がはっきりしない以上、下手に『魔力障壁』で防ぐのは得策ではない。)
「おらっ!」
そう考えている間に僕との距離を縮めた石川先輩が右手で貫手の構えを作り、僕の左胸目掛けて低い姿勢のまま下から右腕を素早く突き上げて来る。
僕は左腕で石川先輩の攻撃が直撃しないように彼女の爪先を外に逸らす。そして、その流れのままカウンターを試みる。
(ーーそうなると、こうやって石川先輩の腕を弾いて反撃するのが効果的なはず!って、ヤバい!)
僕が攻撃を仕掛けようとした直前に、石川先輩は一瞬不敵な笑みを見せると彼女より高い位置、つまり低姿勢の石川先輩を見る為に視線を下の方に向けていた僕の物理的な死角になる頭上から魔法を発動させた。
念の為に意識していた『魔力感知』のおかげで、魔法に気が付いた僕は慌てて後ろに跳躍して石川先輩から距離を取る。次の瞬間、直前まで僕が立っていた場所に魔素で創られた2メートル程の爪が左右から1本づつ地面に突き刺さった。
そして石川先輩は慌てて距離を取ったせいで隙を作ってしまった僕に相変わらず低い姿勢のまま追撃を仕掛けて来る。
そこから繰り出される攻撃を僕は急いで態勢を立て直して、先程と同じように攻撃を捌いていく。
「アタシの『魔爪(まそう)』に初見で反応するなんて思った以上にやるじゃないか、1科生!だけど、未だ終わりじゃないぞ!」
(ーーこれが先輩本来の戦闘スタイルか!反撃を割り込むタイミングが厳し過ぎる!)
石川先輩の貫手と魔術による波状攻撃によって、僕は一方的に攻撃を避けながら少しずつ後退することを余儀無くされていた。実際、貫手の後隙を狙ったカウンターは頭上からの『魔爪』に阻まれる上、常に貫手と魔術の両方を意識しているため、有効的な攻撃魔法を発動する余裕が無い状況である。
(ーー不味いな…。今は何とか躱せてるけど、このまま後退し続けるとステージの壁に追い込まれて逃げ道が無くなる。そうなると、実質詰みになるから何か打開しないと…。)
それが分かっているであろう石川先輩も下手に大振りの攻撃をせず、僕の退路を常に後方だけにするように立ち回る。
「そらそら!」
「くっ!」
(ーー仕方ない!今の状態を打破するためも勝負に出るしかない!)
僕は心の内で覚悟を決めた後、得意の『魔力感知』で石川先輩の体内で流れる魔素を把握し動きを先読みすることで、猛攻を凌ぎながら勝負を仕掛けるタイミングを見極める。
僕が貫手を避けて間髪入れずに襲い掛かってくる魔術の爪を後ろに下がって回避すると石川先輩は今までと同じように追い足で間合いを詰めながら、再度右腕で僕を目掛けて突き出して来た。
(ーー今っ!)
ここで僕は今までと違い、半歩前進しながら石川先輩の貫手を弾くのではなく左手で右手首を掴み取る。石川先輩は常に低い位置から攻撃し続けて来たため、どちらの腕で攻撃して来るかさえ事前に分かりさえすれば、腕を掴むことはそこまで難しくは無い。
「なにっ?」
石川先輩は僕の行動に疑問を覚えつつも魔術による追撃を試みようとする。
(ーーそう来るのは予想通り!)
その行動を想定していた僕はそれより早く次のアクションに移っていた。石川先輩の右手を掴んで直ぐ、その勢いのまま右手で石川先輩の制服の襟首を掴み取ると同時に腰を下げながら、先輩に僕の背中をぶつけるように前進しつつ身体を半回転させる。
「しまっ⁉︎」
そして、柔道の背負い投げの様に石川先輩を持ち上げることで僕と頭上から来る先輩の魔術の間に先輩自身が入り込む形になるため、慌てて先輩は魔術の発動を解除する。
その間に僕は先輩を投げる動きに合わせて、僕の前方、つまり先輩を投げつける先に魔術を使って人間サイズくらいの大きな結晶の塊を創り出す。そこに目掛けて石川先輩を力の限り叩きつける。
「ガ、ハッ‼︎」
結晶が砕ける音と共に、あまりの衝撃で石川先輩は肺にある空気を吐き出してしまう。
僕は石川先輩を投げた後、少しだけ間合いを取って勝負を付けるために新たな魔術を展開する。
「クリスタルランス!」
僕が上に挙げた左腕の先に長さ2メートル程の結晶で作られた槍を出現させる。その槍は僕の腕の動きに合わせて動き出し、石川先輩を目指して滑空する。
しかし、石川先輩はクリスタルランスが直撃する前に『魔力障壁』を使って防ぎながら身体を起こして後方に下がって態勢を立て直した。
「ハァ、ハァ。まさか、ここまでやると、わな。流石に予想外だよ。」
(ーーやっぱり、始めてやった動きだから投げつける際の『身体活性化』での強化も魔術による結晶の強度も充分とは言えなかったかな。それに先輩も咄嗟に『身体活性化』でダメージを減らしたみたいだ。でも、即興の反撃としては上出来かな?)
ダメージが深刻なせいで肩を使って大きく息をしている石川先輩の様子を見て僕はそんな感想を思いながら、次の手を思索する。
「しょうがないか…、アタシの切り札を見せてやるよ!」
そう言い終えると、石川先輩は右腕を中心に大量の魔力を纏わせて強力な魔法の準備を始めた。
(ーー先輩も勝負に出て来た感じか…。ここで牽制なんて不要。受けて立つ!)
そんな先輩の様子を見て、僕も先輩の攻撃に備える。
「いくよ!『ギガントクロウ』‼︎」
石川先輩はそう唱えると魔力を纏った右腕を自身の身体ごと下から一気に振り上げた。すると、その動きに呼応して名前の通り5メートルを優に超える巨大な爪が斬撃と成って、僕へと空間を切り裂く勢いで飛翔して来た。
(ーー防御も回避も難しそうだけど…、これならその必要はない!)
先輩の切り札を見て、そう判断した僕は襲い掛かって来る魔術に意識を集中させて、右腕を向けながら得意魔法の1つを発動する。
「封印結晶!」
僕が魔法を使うと、石川先輩の魔術は僕に当たる寸前で掌に収まるサイズの結晶へとその姿を変えた。
これは『結晶』に封印しているように見せているが、実際は僕本来の魔法属性である『変化』を使って対象の姿を変化させているのである。ただ、この変化の魔術を使うには幾つかの条件は必要になっているので、今回の『魔法戦』では今まで使ってなかった。
「はぁ?」
目の前で自分の魔術が小さな結晶に成ったことに驚きを隠せない石川先輩は呆然とした表情を浮かべていた。
そんな先輩を他所に僕は右手で持った結晶を先輩に向かって軽く放り投げた後、『変化』の魔術を解除する。
「解!」
僕がその言葉を口にした瞬間、宙を舞っていた結晶が先程先輩が放った魔術へとその姿を元に戻して、今度は魔術を使った張本人である石川先輩へと襲い掛かった。
「嘘だろ…。」
呆気に取られていた石川先輩はその攻撃に反応することが出来ずに、自分の魔術だったものに直撃する。
「石川真虎、戦闘不能。」
流石にそれには耐え切れなかった石川先輩はシステムに戦闘続行不可能と判断され、会場とフィールドに無機質な機械音声が流れると共に、フィールドから姿を消した。
(ーーふぅ。何とか勝てたけど…、先輩が僕の魔法とか戦闘スタイルについての情報をちゃんと持ってたら、もっと厳しい闘いになってただろうなぁ…。やっぱり情報は大事だ。)
改めて戦闘における情報の重要性を感じつつも、僕は戦闘に集中していた意識を少しだけ和らげた。
「お疲れ、玲。先輩に1対1で勝つなんて流石!」
姉さんは決着が付くのとほぼ同時に僕のいる場所に走って来てくれた後、興奮した面持ちで声をかけてきた。
「まぁ、運が良かったのもあるとは思うけどね…。」
「それでも充分凄いわよ!私1人だったら、ここまで上手く勝てないと思うもの!」
「ありがとう、姉さん。」
(ーーさて、咲夜と朱莉さんの方はどうなってるのかな?)
姉さんに返事をしつつも、僕は咲夜たちのいる場所に視線を移した。
時間を戦闘開始直後に戻して、咲夜、朱莉さんと森内先輩の状況を観てみよう。
こちらの戦場では、僕らの方とは打って変わっていきなり開始することはなく、先ずはお互いに様子を探りあっている状態である。
そのような時間が少し経過した後、何を思ったのか咲夜が唐突に森内先輩に声をかける。
「すみませんが、先輩。少しだけお話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……別に構いけど、手短にね。」
咲夜の言葉に思案を巡らせた森内先輩は短く言葉を返した。
そのリアクションを確認した咲夜は僕が石川先輩に言ったことを同じように説明した。
「なるほど、貴方たちはそんなことを考えていたのね。だから、私たちの最初の行動に対して素早く動けたのかしら?」
「まぁ、そうなりますね。それで先輩はこの話についてどう思いますか?不服だと感じますか?」
そんな咲夜の問い掛けに気を一切緩めることは無く森内先輩は淡々と答える。
「真虎はどうか知らないけど…、少なくとも私はそんなことは無いわね。そもそも、私は『魔女』と言う存在において重要なのは可能な限り最善の行動を選ぶことだと考えているの。実際、魔物や犯罪者との戦いで公平な勝負なんて殆ど無いでしょ?」
「そうですね…。それについては同じ考えです。」
「だったら、特に決められたルールに違反している訳でも無いのに相手の行動に口を出すのは筋違いだと、私個人はそう思っているの。」
森内先輩はそこまで言い終えると、短く深呼吸をする。
「だから、私はせめて貴方たちのその選択が愚者のものではないと信じたいわね。そうじゃないと、こうして闘っている意味が無くなる気がするから。」
「良く分かりました。では、私もこの選択が価値あるものだと証明してみせます!」
「ええ、期待してる。」
話を終えた森内先輩は右手に持っていた彼女の武器である木製の棍を咲夜の方に向けながら腰を下げつつ、『ルーム』から魔素を取り出すことで『ガーデン』内の魔素量を高めていく。
一方で、咲夜も『身体活性化』による反射速度、動体視力、脚力の強化率を上昇させて森内先輩の行動に備える。
そして、森内先輩は咲夜との距離が30メートル位あるにも関わらず2メートル強の長さしかない棍で突きの構えを取って、そこから短く息を吐き出し素早く突きを出すと同時に魔法を発動させる。
「ふっ!」
『無詠唱』と言う多少効力を落とす代わりに術名等の詠唱を省略して魔法を発動させる技術を用いて、森内先輩が棍に法術を施すと2メートル強だった長さがだった棍が咲夜の元を目指して一気にその長さを伸ばし始めた。
森内先輩の突きの速さも相まって30メートルという距離を並々ならないスピードで食い尽くして来る。
しかし、咲夜はこれを落ち着いて対処する。右手の掌で伸びて来た棍を横から押し込むことで進行方向を逸らしつつ、自身も攻撃線から外れるように身体を回す。また、学園から支給された『グローブ』のおかげで右腕への『身体活性化』による強化量を抑えることが出来ている。
そうやって森内先輩の棍を捌くと、咲夜はすぐさま森内先輩との距離を縮めるために駆け出した。
森内先輩は前方に突き出した棍を引き戻しながら法術を用いて棍を元の長さに引き戻した後、再度、棍を伸ばす法術を使用しながら咲夜に突きを放った。
咲夜は移動速度を落としつつも、先程と同じように棍を去なした。
「1科生にしては良い反応速度ね。」
森内先輩は咲夜の行動に対してそのような評価を呟きながらも、再び棍を元の大きさに戻そうと法術を試みる。
「っ⁉︎術が起動しない⁉︎」
森内先輩の言うように棍は長いままで、法術を使った先輩からしてみたら理解出来ない状況だろうと思う。ただ、事前に咲夜の魔法属性についてちゃんと調べておけば、その限りでは無かったかもしれないが…。
もちろん森内先輩を驚いた原因を作ったのは咲夜であり、簡単にカラクリを説明すると森内先輩が法術を彼女の棍に使う直前に咲夜が『魔法無効化』の効果を棍に付与することで、棍に掛かる法術の効果を打ち消したと言う訳である。
もうちょっと細かく言うと、この1週間で咲夜は今までただ纏うことしか出来なかった『魔法無効化』の『オーラ』の形を変化させることで、有効距離は短いが咲夜自身が直接接触しなくても『オーラ』に当たっている間は物体への魔法による効果を打ち消すことが出来るようになったのである。また、『オーラ』に触れている人物はその間魔法を発動させることは出来なくなる。ただし、『身体活性化』等の純粋な魔素を用いた技術である『魔力制御』の使用は出来る。
今回の場合、『オーラ』を伸びて来た森内先輩の棍と接触させることで収縮する法術を打ち消した結果となる。
そして森内先輩が今まで経験した事の無いであろう事態に驚愕している間に、咲夜は再度間合いを詰め始めた。
「くっ!」
それを見た森内先輩は未だ冷静さを取り戻しきれていない状態だが、咲夜の行動に対処するために只の長い棒と化した武器を手放して接近して来る彼女を迎撃するために魔術を使う。これは咄嗟の判断としては素晴らしい行動力だが、今回は完全に悪手となる。
「バインド・ウィップ‼︎」
「私には効きませんよ、それは。」
咲夜は魔術を発動しようとするのを認識すると直ぐに全身を『オーラ』で覆う。すると森内先輩の足下から複数の細い蔦が出現すると咲夜を拘束しようとするものの、魔術で創られた蔦は『オーラ』に触れた瞬間、その姿が霧散した。
「一体、どう言う事なの⁉︎」
自分の理解出来ない現状が重ねて出現したせいで混乱し出した森内先輩。
しかし、咲夜はそんな先輩を気にすること無く接近を続けたおかげで2人の間合いは完全にお互いの拳が届くクロスレンジへと辿り着いた。
「はっ!」
「⁉︎」
自分の間合いに入ると同時に、咲夜は素早く左右の腕でコンビネーション攻撃を繰り出すが、間一髪の所で森内先輩も回避行動を起こしてギリギリで避けていくものの距離を作る余裕は無かった。
こうして2人はお互いに『身体活性化』を駆使しながら拳を交え始めていくが、全体的に主導権を握っているは咲夜の方だ。先の出来事で森内先輩は少なからず動揺がある上、普段から拳を使った近接戦をしていないからか両者の運動能力に大きな差は無いのにも関わらず、咲夜が一方的に攻撃を仕掛けることが出来ている。
そして、それを嫌った森内先輩が多少無茶でも距離を取ろうと大きく後退するが、基本的に接近戦しか出来ない咲夜がその行動を見逃す筈は無い。後ろに下がろうとする動作を感じ取った咲夜は強化している脚力での追い足で一気に追い付き、すかさず拳を繰り出し続ける。
そのような森内先輩が防戦一方の展開が暫く続いたが、それの終わりを告げるキッカケになる音声がフィールドに響き渡る。
「石川真虎、戦闘不能。」
「真虎が⁉︎嘘っ⁉︎」
パートナーの予想していなかった事態に困惑する森内先輩は咲夜の目の前で一瞬だが隙を見せてしまう。
「貰いましたっ!」
「ぐっ。」
今まで拳で攻撃を続けていた咲夜が今度は強化された右脚で森内先輩へと素早くローキックを打ち込み、それをまともに受けてしまった森内先輩は痛みに顔を歪めながら姿勢を崩してしまう。そんな彼女の視界には放った右脚を戻す勢いを使って流れるような動作で身体を回転させている咲夜の後ろ姿が映った。
「しまっ⁉︎」
森内先輩が最後まで言い終える前に、咲夜の回し蹴りが先輩の側頭部を的確に捉えて一息にその意識を刈り取って、この『魔法戦』の勝敗が決定した。
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王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
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【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
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無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
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【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
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16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
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初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
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永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
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