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要先輩の家に戻ると、もう二十三時近くになっていた。
そっとリビングに入ると、要先輩と孝太郎さんが心配そうに俺を見つめた。
「伊吹くん、おかえり。南波ちゃんと何かあった?」
「南波ちゃんに……好きだと言われました……。それで俺……南波ちゃんを抱こうとして──」
そこでまた、涙が頬を伝う。
みっともなくて、すぐに手の甲でそれを拭った。
「伊吹くん?」
要先輩が眉根を寄せて見つめてくる。
じわじわじわじわと視界が霞むのを止めることが出来ない。
要先輩、俺はやっぱり、やっぱり──。
「それで俺……やっぱり、真白が忘れられなくて……無理でした」
孝太郎さんが「まぁ、立ってないで座れよ」と俺をダイニングテーブルに促してくれる。しばらく涙が止まらなくて、でも、もうどうしたらいいのかわからなくて。
俺も、真白も変われないのに、もうどうしたらいいのかわからなくて。
何も喋れずにただ俯いて、当て所のない思考を彷徨わせていると、ソファで孝太郎さんの横に腰かけていた要先輩が立ち上がって、俺の傍で跪いて下から顔を覗き込んできた。
「伊吹くん。佐伯先輩のところに戻ったら? 伊吹くんはやっぱり、なんだかんだ言って、佐伯先輩の執着をちゃんと愛だってわかってるんだよ。だから忘れられないんだよ」
要先輩が白妙の手の平を俺の拳に重ねて、そう言った。
孝太郎さんがその手を横目に見遣って、ちょっとだけ眉をしかめていて、心の中でごめんなさいと謝る。
俺は、真白の執着を愛だと感じていたんだろうか。
真白に執着されることを、本当は喜んでいたんだろうか。
俺だけの真白だって、真白はいつも俺だけを見てくれているって、心のどこかで喜んでいたんだろうか。
それが絶えてしまったから、こんなに心が空っぽなんだろうか。
そう思ったら、たちまち真白に会いたくなって。
執着だって愛なのかもしれない、そう思って。
「要先輩、孝太郎さん……ちょっと真白のところへ行ってきます」
二人が大きく頷いて、俺はすぐにタクシーを呼んで真白の家へ向かった。
車内で、真白とどう話せばいいか、真白はもう俺のことを切っているかもしれないのに、どう顔を会わせればいいか、ずっと考えていた。
今更、真白に執着されることを望んでいるだなんて、おかしいのかもしれない。
だけど──。
南波ちゃんと関係を持とうとした瞬間、はっきりと真白が溢れ出して。
閉じ込められない気持ちが溢れ出して。
俺はやっぱり真白が好きで。
どうしようもなく、真白が好きで。
忘れることなんかできないんだ、そう思った。
そっとリビングに入ると、要先輩と孝太郎さんが心配そうに俺を見つめた。
「伊吹くん、おかえり。南波ちゃんと何かあった?」
「南波ちゃんに……好きだと言われました……。それで俺……南波ちゃんを抱こうとして──」
そこでまた、涙が頬を伝う。
みっともなくて、すぐに手の甲でそれを拭った。
「伊吹くん?」
要先輩が眉根を寄せて見つめてくる。
じわじわじわじわと視界が霞むのを止めることが出来ない。
要先輩、俺はやっぱり、やっぱり──。
「それで俺……やっぱり、真白が忘れられなくて……無理でした」
孝太郎さんが「まぁ、立ってないで座れよ」と俺をダイニングテーブルに促してくれる。しばらく涙が止まらなくて、でも、もうどうしたらいいのかわからなくて。
俺も、真白も変われないのに、もうどうしたらいいのかわからなくて。
何も喋れずにただ俯いて、当て所のない思考を彷徨わせていると、ソファで孝太郎さんの横に腰かけていた要先輩が立ち上がって、俺の傍で跪いて下から顔を覗き込んできた。
「伊吹くん。佐伯先輩のところに戻ったら? 伊吹くんはやっぱり、なんだかんだ言って、佐伯先輩の執着をちゃんと愛だってわかってるんだよ。だから忘れられないんだよ」
要先輩が白妙の手の平を俺の拳に重ねて、そう言った。
孝太郎さんがその手を横目に見遣って、ちょっとだけ眉をしかめていて、心の中でごめんなさいと謝る。
俺は、真白の執着を愛だと感じていたんだろうか。
真白に執着されることを、本当は喜んでいたんだろうか。
俺だけの真白だって、真白はいつも俺だけを見てくれているって、心のどこかで喜んでいたんだろうか。
それが絶えてしまったから、こんなに心が空っぽなんだろうか。
そう思ったら、たちまち真白に会いたくなって。
執着だって愛なのかもしれない、そう思って。
「要先輩、孝太郎さん……ちょっと真白のところへ行ってきます」
二人が大きく頷いて、俺はすぐにタクシーを呼んで真白の家へ向かった。
車内で、真白とどう話せばいいか、真白はもう俺のことを切っているかもしれないのに、どう顔を会わせればいいか、ずっと考えていた。
今更、真白に執着されることを望んでいるだなんて、おかしいのかもしれない。
だけど──。
南波ちゃんと関係を持とうとした瞬間、はっきりと真白が溢れ出して。
閉じ込められない気持ちが溢れ出して。
俺はやっぱり真白が好きで。
どうしようもなく、真白が好きで。
忘れることなんかできないんだ、そう思った。
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