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「――颯くん、颯くん」
いつの間にか眠っていたようで、名前を呼ばれる声でぼんやりと瞼を開けると、そこには信じられないことに由貴がベッドの傍らにいた。
「……由貴?」
「颯くん、どんな生活をしていたんですか? リビングはビール缶とコンビニ弁当の空だらけだし……。こんなに熱があるのに何も対処しないで……」
言いながら、いつの間にか貼られていた冷却シートの上から額を撫でられて、その指がやけに優しくて思わず目を細める。
「今日は……小鳥遊と寝るんじゃなかったのか?」
「課長から颯くんが病欠だと訊いて延期しましたが……気が変わったので陽ちゃんとは勝負をしようと思いました」
――今度は小鳥遊と勝負だと?
「どういう意味だ?」
「僕と陽ちゃんの勝負というより、陽ちゃん一人の勝負かもしれませんね。彼女に、僕の颯くんへの不満を話しました。キミには直接言えなかったことです。それを陽ちゃんが颯くんに話すか話さないか……キミのことが好きな彼女が諦めるか諦めないか……。それが僕の中での勝負です」
相変わらず言っている意味がわからなくて、ただ不可解な瞳で由貴を見つめていると「寝室じゃ煙草吸っちゃ駄目っていつも言ってますよね?」と微笑んだ。
「別に……もうテメェはいねぇんだから何をしようと俺の勝手だろ。それに――俺、明日退職願を出そうと思う」
「……そうですか。寂しくなりますね。お粥を作ったんです。食べてください。部屋も片付けておきましたから」
(止める気もねぇなら中途半端に優しくすんなよ……)
「サンキュ。テメェと二人で会うのもこれが最後だな。俺さ――」
「うん?」
「……由貴に何もしてやれなくて……」
『悪かったな』って言おうとしたのに、それだけ呟いたら喉が乾上がったように詰まってしまって。
ただ由貴を見つめるだけになってしまった俺の額に再びそっと生白い指がふわりと載せられて、情けなさすぎるが涙こそこぼれなかったものの僅かに視界が揺らいだ。
「そこまでわかったなら、あともう少しです。陽ちゃんには是非勝負に負けて欲しいと思います。颯くんが、僕の前からいなくなる前に。じゃあ僕はもう帰りますね。食べたらちゃんと薬も飲んでください」
由貴が立ち上がって踵を返そうとしたところで、俺は思わず半身を起こしてその手首を掴んでいた。
「もう少し……一緒に居ろよ。――最後なんだから」
「本当に颯くんは困った子です」
それだけ言って、由貴が掠めるように口接けてくる。
「煙草、吸ってなかったんですね」
「……吸ってなくてよかったかもな」
身体が弱っているせいだろうか。
心までも弱くなっていて、俺はそんな風にプライドを捨てて珍しく由貴に甘えられている気がして、そして由貴もそれを拒んでは来なくて。
でもそれはきっと――。
最後だからだ。
いつの間にか眠っていたようで、名前を呼ばれる声でぼんやりと瞼を開けると、そこには信じられないことに由貴がベッドの傍らにいた。
「……由貴?」
「颯くん、どんな生活をしていたんですか? リビングはビール缶とコンビニ弁当の空だらけだし……。こんなに熱があるのに何も対処しないで……」
言いながら、いつの間にか貼られていた冷却シートの上から額を撫でられて、その指がやけに優しくて思わず目を細める。
「今日は……小鳥遊と寝るんじゃなかったのか?」
「課長から颯くんが病欠だと訊いて延期しましたが……気が変わったので陽ちゃんとは勝負をしようと思いました」
――今度は小鳥遊と勝負だと?
「どういう意味だ?」
「僕と陽ちゃんの勝負というより、陽ちゃん一人の勝負かもしれませんね。彼女に、僕の颯くんへの不満を話しました。キミには直接言えなかったことです。それを陽ちゃんが颯くんに話すか話さないか……キミのことが好きな彼女が諦めるか諦めないか……。それが僕の中での勝負です」
相変わらず言っている意味がわからなくて、ただ不可解な瞳で由貴を見つめていると「寝室じゃ煙草吸っちゃ駄目っていつも言ってますよね?」と微笑んだ。
「別に……もうテメェはいねぇんだから何をしようと俺の勝手だろ。それに――俺、明日退職願を出そうと思う」
「……そうですか。寂しくなりますね。お粥を作ったんです。食べてください。部屋も片付けておきましたから」
(止める気もねぇなら中途半端に優しくすんなよ……)
「サンキュ。テメェと二人で会うのもこれが最後だな。俺さ――」
「うん?」
「……由貴に何もしてやれなくて……」
『悪かったな』って言おうとしたのに、それだけ呟いたら喉が乾上がったように詰まってしまって。
ただ由貴を見つめるだけになってしまった俺の額に再びそっと生白い指がふわりと載せられて、情けなさすぎるが涙こそこぼれなかったものの僅かに視界が揺らいだ。
「そこまでわかったなら、あともう少しです。陽ちゃんには是非勝負に負けて欲しいと思います。颯くんが、僕の前からいなくなる前に。じゃあ僕はもう帰りますね。食べたらちゃんと薬も飲んでください」
由貴が立ち上がって踵を返そうとしたところで、俺は思わず半身を起こしてその手首を掴んでいた。
「もう少し……一緒に居ろよ。――最後なんだから」
「本当に颯くんは困った子です」
それだけ言って、由貴が掠めるように口接けてくる。
「煙草、吸ってなかったんですね」
「……吸ってなくてよかったかもな」
身体が弱っているせいだろうか。
心までも弱くなっていて、俺はそんな風にプライドを捨てて珍しく由貴に甘えられている気がして、そして由貴もそれを拒んでは来なくて。
でもそれはきっと――。
最後だからだ。
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