16 / 58
16
しおりを挟む
「風早先輩」
そう声が掛かったのは由貴が俺と勝負をしようと言ってきた五日後の仕事上がりのことだった。
「ああ……。お疲れ、小鳥遊」
「あの……風早先輩……ちょっと、相談したいことがあって……。もしこの後何も予定がなかったら、また『モンドリップ』に行きませんか?」
間違いなく由貴が動いたな、と確信する。
由貴とは、あんな宣戦布告をされたけれど、変わらず接しているし、変わらず身体を重ねてもいる。
今までと変わったことはなかったから、何か俺の悪い聞き間違いだったんじゃないかとすら安穏に過ごしていたのだけれど、どうやら由貴は本気らしい。
「ああ、予定はない。じゃあこのまま一緒に行くか?」
言うと、小鳥遊は嬉しそうに頬を紅くして頷いた。
小鳥遊と連れ立って『モンドリップ』に入店すると、この間と同じ二人掛けの席に着いて、すぐにまたキリマンジャロを注文する。
「――で、相談って?」
小鳥遊がどこか浮かない表情で俺を見つめて、ややしてポツンと「主任のことなんです……」と呟いた。
主任、――すなわち一華 由貴――である。
「主任に何か言われたのか?」
そう問うたタイミングでコーヒーが運ばれてきて、小鳥遊が可愛らしくフーフーと息を吹きかけてコーヒーを口に含んだ。
「はい……。えっと、連絡先を訊かれて、それまでは良かったんですけど……。その、遊ばないかって言われて……。どういう意味ですか?って訊いたら、私に気があるって……。でも私、この間も言いましたけど、風早先輩のことが好きで……。風早先輩、時間をくれっていいましたよね? お返事決まったかなって。主任は女の私よりも綺麗すぎて、ある種……憧憬というか……嬉しいんですけど尻込みしちゃいます」
ここで小鳥遊を手に入れなければ俺は由貴との勝負に負けて、別れなくちゃいけなくなる。
もし俺がフリーだったなら、据え膳で小鳥遊の告白を何の躊躇いもなく受け入れていただろう、そこに気持ちはなくとも適当な情人として。
でも、今の俺は由貴だけを見ていて、由貴は俺だけを見てくれないけれど、それでもアイツを放したくなくて。
だが――。
小鳥遊のこの揺らいでいる気持ちを放置しておくのはまずい。
(俺が付き合えねぇって言ったら小鳥遊は由貴の元へ行くかもしれねぇ……。そして俺にそれを止める権利もない。ホントもうどうすりゃいいんだよ……。何のための勝負か言えよ、あのバカ)
そう声が掛かったのは由貴が俺と勝負をしようと言ってきた五日後の仕事上がりのことだった。
「ああ……。お疲れ、小鳥遊」
「あの……風早先輩……ちょっと、相談したいことがあって……。もしこの後何も予定がなかったら、また『モンドリップ』に行きませんか?」
間違いなく由貴が動いたな、と確信する。
由貴とは、あんな宣戦布告をされたけれど、変わらず接しているし、変わらず身体を重ねてもいる。
今までと変わったことはなかったから、何か俺の悪い聞き間違いだったんじゃないかとすら安穏に過ごしていたのだけれど、どうやら由貴は本気らしい。
「ああ、予定はない。じゃあこのまま一緒に行くか?」
言うと、小鳥遊は嬉しそうに頬を紅くして頷いた。
小鳥遊と連れ立って『モンドリップ』に入店すると、この間と同じ二人掛けの席に着いて、すぐにまたキリマンジャロを注文する。
「――で、相談って?」
小鳥遊がどこか浮かない表情で俺を見つめて、ややしてポツンと「主任のことなんです……」と呟いた。
主任、――すなわち一華 由貴――である。
「主任に何か言われたのか?」
そう問うたタイミングでコーヒーが運ばれてきて、小鳥遊が可愛らしくフーフーと息を吹きかけてコーヒーを口に含んだ。
「はい……。えっと、連絡先を訊かれて、それまでは良かったんですけど……。その、遊ばないかって言われて……。どういう意味ですか?って訊いたら、私に気があるって……。でも私、この間も言いましたけど、風早先輩のことが好きで……。風早先輩、時間をくれっていいましたよね? お返事決まったかなって。主任は女の私よりも綺麗すぎて、ある種……憧憬というか……嬉しいんですけど尻込みしちゃいます」
ここで小鳥遊を手に入れなければ俺は由貴との勝負に負けて、別れなくちゃいけなくなる。
もし俺がフリーだったなら、据え膳で小鳥遊の告白を何の躊躇いもなく受け入れていただろう、そこに気持ちはなくとも適当な情人として。
でも、今の俺は由貴だけを見ていて、由貴は俺だけを見てくれないけれど、それでもアイツを放したくなくて。
だが――。
小鳥遊のこの揺らいでいる気持ちを放置しておくのはまずい。
(俺が付き合えねぇって言ったら小鳥遊は由貴の元へ行くかもしれねぇ……。そして俺にそれを止める権利もない。ホントもうどうすりゃいいんだよ……。何のための勝負か言えよ、あのバカ)
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説

旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる