49 / 85
49
しおりを挟む
***
オーナー・九条さんに閉店後に呼び出されたのは、真夜に暴行を働いてから三日ばかり経った時だった。
「宇大、お疲れ」
元ナンバーワンホストであり、先代オーナーから『ネロック』を引き継いで盛り立て続ける三十九歳の九条さんは、まだ現役を張れるんじゃないかという美丈夫だ。
「お疲れ様です、九条さん」
「ああ、座れ」
店の事務所であるその場所は、瀟洒な調度品が集められた煌びやかな空間だ。
イタリア製の大理石が彩るテーブルを挟んで二脚置かれている上質な革張りのソファを顎で指され、促されるまま腰を下ろす。
「話って何ですか?」
真夜のことだろうか……と、当たりはつけていたけれど、九条さんが切り出してきたのは予想通りのものだった。
「宇大、お前……真夜に何をした?」
あの日のことは思い出したくもない。
けれど時也さんに殴られたように、九条さんにも殴られる覚悟を決めて白状するしかないだろう。
「……レイプまがいのことをしました」
端的に言葉を紡ぐと九条さんは俺の瞳をじっと覗き込んだ。
「本当なのか……?」
どこまでも軽蔑する声で、憤りを隠しきれないと言った九条さんの冷淡な声音に俺はたちまち己のしてしまったことの重大さを痛感させられる。
「はい……。真夜は九条さんの愛人だと言っていました。九条さん以外を信じられないから俺のことは揶揄っていただけだと……。それで俺はカッとなって……すみません」
「真夜は俺の愛人なんかじゃない。真夜に手を出したことなんて一度もないよ。アイツは俺にとって愛する息子みたいな存在なんだ。宇大も聞いたんだろ? 真夜がどうやってこの店に辿り着いたか。話すつもりはなかったけどお前には話してしまったと言っていた。アイツは本気で誰かを愛することを知らない。ずっと虐げられて生きてきたから。宇大のことも、ずっと相談されてて……本気になってしまってどうしようと。怖くなったと言っていた。いつか壊れる幸せなら逃げてしまいたいと。だから俺を口実に別れさせてくれと。そうしたら――宇大を怒らせてもうどうしたらいいのかわからないと泣いていた。真夜はお前に本気だ。本気だから……アイツは自分の中の葛藤に苦しんでる」
「……真夜は俺を信じられなくて逃げたんですか?」
「アイツは愛せないんだよ。誰か一人を。身体で一時繋がる関係しか知らない。誰か一人を愛して裏切られて傷付くかもしれないことに酷く怯えるんだ。孤独が染み付いてる。宇大のことが初めて真剣だからこそ、戸惑って悩んで自分を追い込んでる」
そんな――。
オーナー・九条さんに閉店後に呼び出されたのは、真夜に暴行を働いてから三日ばかり経った時だった。
「宇大、お疲れ」
元ナンバーワンホストであり、先代オーナーから『ネロック』を引き継いで盛り立て続ける三十九歳の九条さんは、まだ現役を張れるんじゃないかという美丈夫だ。
「お疲れ様です、九条さん」
「ああ、座れ」
店の事務所であるその場所は、瀟洒な調度品が集められた煌びやかな空間だ。
イタリア製の大理石が彩るテーブルを挟んで二脚置かれている上質な革張りのソファを顎で指され、促されるまま腰を下ろす。
「話って何ですか?」
真夜のことだろうか……と、当たりはつけていたけれど、九条さんが切り出してきたのは予想通りのものだった。
「宇大、お前……真夜に何をした?」
あの日のことは思い出したくもない。
けれど時也さんに殴られたように、九条さんにも殴られる覚悟を決めて白状するしかないだろう。
「……レイプまがいのことをしました」
端的に言葉を紡ぐと九条さんは俺の瞳をじっと覗き込んだ。
「本当なのか……?」
どこまでも軽蔑する声で、憤りを隠しきれないと言った九条さんの冷淡な声音に俺はたちまち己のしてしまったことの重大さを痛感させられる。
「はい……。真夜は九条さんの愛人だと言っていました。九条さん以外を信じられないから俺のことは揶揄っていただけだと……。それで俺はカッとなって……すみません」
「真夜は俺の愛人なんかじゃない。真夜に手を出したことなんて一度もないよ。アイツは俺にとって愛する息子みたいな存在なんだ。宇大も聞いたんだろ? 真夜がどうやってこの店に辿り着いたか。話すつもりはなかったけどお前には話してしまったと言っていた。アイツは本気で誰かを愛することを知らない。ずっと虐げられて生きてきたから。宇大のことも、ずっと相談されてて……本気になってしまってどうしようと。怖くなったと言っていた。いつか壊れる幸せなら逃げてしまいたいと。だから俺を口実に別れさせてくれと。そうしたら――宇大を怒らせてもうどうしたらいいのかわからないと泣いていた。真夜はお前に本気だ。本気だから……アイツは自分の中の葛藤に苦しんでる」
「……真夜は俺を信じられなくて逃げたんですか?」
「アイツは愛せないんだよ。誰か一人を。身体で一時繋がる関係しか知らない。誰か一人を愛して裏切られて傷付くかもしれないことに酷く怯えるんだ。孤独が染み付いてる。宇大のことが初めて真剣だからこそ、戸惑って悩んで自分を追い込んでる」
そんな――。
1
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
撮り残した幸せ
海棠 楓
BL
その男は、ただ恋がしたかった。生涯最後の恋を。
求められることも欲されることもなくなってしまったアラフィフが、最後の恋だと意気込んでマッチングアプリで出会ったのは、二回り以上年下の青年だった。
歳を重ねてしまった故に素直になれない、臆病になってしまう複雑な心情を抱えながらも、二人はある共通の趣味を通じて当初の目的とは異なる関係を築いていく。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる