覇王はトラウマごと疫病神を愛しすべてを覆す

７１

　皆が出払った後で時也ときやさんと二人きりになると、「なぁ、聖ひじりちゃん。こっち座れよ」とベッドをポンポンと叩いて促すから、言われるがまま隣りに座ったら――。

　そのまま腕を引かれてベッドに縫いとめられるから、「わっ！　時也さん！」と、慌てて胸を押しやると、時也さんはククッと喉で笑った。

「禁欲長かったからさぁ。聖ちゃんに触れたい」

「ちょ、ここ病院ですってば！」

「んー。個室なんだし誰も来ねぇよ。キスだけ……駄目？」

「……キスだけですよ？」

　言うが早いが、時也さんは俺の顎を上向かせて唇を塞ぎ、ちゅっと吸い付いたかと思えば、両方の口角にも口付けるように触れるだけのキスを角度を変えて繰り返す。

　すぐに咥内こうないが物欲しげに唾液を分泌し始めるけれど、フッと唇が離れた合間合間に「愛してる」と絶えず囁くから、睦言むつごとの海に溺れそうだ。

「愛してくれてるなら……早く」

　もっと奥を食はまれたいのだと時也さんの背に縋ったら、焦らされた肉感的な舌は、『ごめん』と謝るように優しく口腔を這うから、頭の芯が濃密な波にさらわれていく。

　次第に呼吸は荒くなり、何か囚われて錠をかけられたみたいに互いの唇は離れることが出来なくなって、深く深く底なしの欲に従うまま固着する。

　けれどキスで言葉を封じられてるのをいいことに、無言で手のひらがニットの裾から腰を這うから（キスだけって言ったのに……）と思いつつ、自身も身体の火照ほてりを抑えきれない。

　だけど――。

　そこでガラッと病室の扉が引かれる音がして、「楠くすのきさーん」と看護師の声が聴こえるから、慌てて時也さんの頬を押しやると、時也さんは余裕の表情で俺の唇を舐めながらゆっくり顔を遠ざける。

「おーおー、志保しほちゃん。ラブシーン見せつけちまって悪わりぃーな。俺のハニー可愛いだろ？」

　志保ちゃん、と呼ばれた二十代くらいの看護師は途端に頬を赤らめて「楠さん！　検温です！　病室で何やってるんですか！　もう！　そんなに元気なら退院してください！」と叫んだ。

「ごめん、聖ちゃん。最後まで喰ってやろうと思ったけど、この続きは退院後な？」

　パチッとウィンクして嘯うそぶきながら、俺の身体の上からゆっくり身を退けて、オマケみたいに頬に口付けてくるから。

「時也さんのバカ……」

「浮気じゃねぇぞ聖ちゃん！」

「こら！　楠さん！　早くしてください！」

（一晩で看護師を名前呼びなんて本当に人ったらしだ……）