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「おかえりなさい、ひじりさん。昨日はお帰りにならなかったので心配していました」

 朝八時過ぎ、屋敷と呼べる家に帰ると住み込みのハウスキーパーである森山もりやまさんが朝食を作ってくれているようだった。

 森山さんは俺と美聖みさとの母親代わりのような人で、もう六十三歳になる女性だが、子供の頃から面倒を見てもらっている人だ。

「すみません、連絡も出来なくて。ちょっと外で飲んだら潰れちゃって……朝食は頂きます」

 森山さんが優しく笑んで「それでは支度を続けますね」とキッチンへ向かって行ったので、俺は着替えをしに自室に行こうとしたのだけれど――。

「ちょっと、聖」

 二階からパジャマにガウンを羽織った美聖が降りてきて、剣呑な声音で俺を呼びながら睨み付けてそばに近付いてきた。

「……時也ときやの香水の匂いがする。昨日は『ネロック』に行ってたのよね? 朝まで帰らないってどういうこと? 時也は絶対に男にはなびかないから紹介したんだけど……まさかってことはないわよね?」

(美聖は、時也さんと寝ている……)

「寝たよ。時也さんと。どんな女と寝ようが心は俺のものだって言ってくれた。美聖のものになることはないよ。残念だけど」

「――時也まで殺すつもり?」

 美聖は俺の性癖も、過去に教師を自殺させたことも、男を事故で死なせてしまったことも知っている。

 特に教師を自殺させたことについては、父さんが金の力で外部に漏れないように裏で働いてもらったお陰で俺の名前は表沙汰にならなかったので、美聖も当時の事件で俺の性癖を知った。

「時也さんは、絶対に死なせない」

「あんたは疫病神でしょ? どうやって時也をたらしこんだの? 私を裏切るつもり? 絶対に許さないから。きっと時也だって一時の気の迷いよ。男なんか本気で相手にするはずがないんだから。私、今日は時也とアフター入れるつもりだから。せいぜい遊ばれてればいいわ」

 俺はギュッと拳を握り締めて、けれど気丈に美聖に笑んでみせた。

「美聖が嫉妬に狂って時也さんを殺さないでよ? 俺はもう疫病神になんてならない」

 それだけ言い放つと俺は美聖の脇をすり抜けた。

「絶対に許さないから」

 背中にそんな言葉が刺さったけれど俺はもう振り向かず、(絶対に時也さんを死なせない――)ただそれだけを心に刻んだ。
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