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「行ってくるね、なつめ」

 翌朝、玄関先で「行ってらっしゃい」とりょうさんを見送ると、たちまち一人になってしまって何だか空虚な時間が訪れて途方に暮れる。

 あらたでも呼ぼうか?と考えたけれど、万が一にでもあの時のような状況になるのは怖いし、それは打ち消す。

 試験勉強でもしよう……と参考書などを広げてみるけれど全く集中することが出来なくて、涼さんのことばかり考えてしまって。

 ふと、己の首に下がっている姉さんの遺品の指輪をてのひらで握ってみる。

「姉さん……涼さんは何を考えているのかな? どうして俺を避けるのかな?」

 問い掛けても、もちろん答えなど返ってくるはずもなし。

 涼さんは本当に実家に行っているのだろうか?
 そんな風に疑ってしまうことは不誠実だろうか?

 でも──。

 昨夜は勇気を出して明確に俺の方から誘うような真似をしてみたけれど、涼さんはハッキリとした意思でその手を制した。

 気持ちは、心は俺を好きでいてくれるのかもしれないけれど、やっぱり身体は男を拒絶していて涼さんを悩ませてしまっているのかもしれない。

 俺は元々、男を相手に生きてきたけれど涼さんはそうじゃない。

 初めて抱いてくれたあの日は、涼さんが姉さんに面影を重ねて盲目していただけだし、それ以降はただの身代わりの慰み者だったし。

 記憶が戻った日、俺を抱こうとして失敗した。

 つまり、それが本当の涼さんであって、元々男を抱けるような人なんかじゃなかったのかもしれない。

 だったら、生涯俺を守るなんて重荷を背負わせないで、涼さんはまた新しい女性と幸せになるべきなんじゃないか。

 もうどうしたらいいのかわからなくなってしまって、俺は涼さんの傍を離れるべきなのか?と自問自答を繰り返す。

 だけど──。

 俺はやっぱり涼さんの傍にいたくて。

 姉さんの墓の前で誓ってくれた涼さんの言葉を信じたくて、このままずっと、永遠に覚めない夢を見ていたくて。
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