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「僕は、自分の苦しみから逃げるために、なつめに依存した。だけど──」

 言いながら、りょうさんが包丁を己の首筋に当てた。

「なつめも、あずさも守れなかった僕は……生きている資格がない」

 何も考えられなかった、ただ、涼さんを守らなきゃという一心で足が勝手に動いて、愛おしい涼さんの元へ駆け出していた。

「涼さん! やめてください!」

 涼さんの手に握られている包丁を、指の上から握りしめて必死にその手を外そうとした。

 涼さんは、泣きながら笑っていた。

「なつ、め……止めないで? 全部、僕が償うから……だから止めないで?」

 思い切り包丁を手から落とそうと体当たりすると、瘦せ細ってしまった涼さんの身体は簡単に吹き飛んで。

 包丁が、カシャンと音を立てて床に落ちたと同時に、ガッという鈍い音がして視線を転じると──。

 キッチンの作業台の角に後頭部を強く打ち付けた涼さんが床に沈み込んだ。

「りょ……さん……?」

 慌てて駆け寄って、意識のない涼さんの頭を抱え上げるとてのひらに少しだけ血液が付着した。

「涼さん! 涼さん!」

 俺のこと、やっと認識してくれたじゃないか。

 なんで、こうなるの?

 ねぇ、姉さん……見てる?
 俺に怒ってる? 涼さんを奪ったこと、怒ってる?

 ──涼さんも連れて行こうとしているの?

 お願い、姉さん、助けて。
 まだ涼さんを連れて行かないで。

 今、涼さんを失ったら俺は本当に正気じゃいられなくなるよ。

 涼さんのスーツのポケットからスマートフォンを取り出して、119をタップしたのだけれど、俺も酷い眩暈に襲われて。

 もうずっと食事も摂っていなかった身体が、あらたに暴かれたことや、突然走り出したことでギシギシと軋んで。

 スマートフォンから聞こえる『火事ですか? 救急ですか?』と尋ねられる声に、「救急です……」とだけ返して、そこで俺の意識も断絶した。
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