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 りょうさんが仕事へ行っている間、俺は束の間、なつめに戻る。

 でも、その時間は酷く孤独で、不安を掻き立てられて、俺は姉さんじゃないんだと、俺を見て欲しいんだと切願する。

 テレビボードの上のフォトスタンドの姉さんが、日を追うごとに、笑顔で映っているはずなのに、俺を睨みつけているように思えてきて。

 ダイニングテーブルの上に、涼さんが朝作ってくれた昼食がラップに包まれて乗せられているけれど、箸をつける気にもなれなくて。

 ただただ、涼さんはいつ帰ってくるだろうかと、いつまた俺を抱いてくれるだろうかと、ソファに座ってぼんやりと考える。

 姉さん、俺の傍に居る?
 こんな、壊れてしまった俺と涼さんを見て、今、何を思っているかな?

 涼さんは正常じゃない、そして俺も、もう正常じゃない。

 スマートフォンが鳴った。
 ディスプレイを覗いてみると、またあらたからだった。

 溜め息を吐いて、でも、俺も涼さん以外の誰かと会話をしたくて受話ボタンをスワイプする。

「もしもし?」

『なつめ、お前まだ涼さんちにいるのか?』

 今、新は俺を何て呼んだ?
 俺の名前は一体なんだ?

「新、俺の名前ってなんだっけ?」

『なつめ、何言ってるんだよ、しっかりしろよ。なつめだろ? なぁ、どうなってんだよ? そこの住所教えろよ、俺が助けてやるから』

 ──助ける?

 俺は、別に苦しんではいない、むしろ幸せだ。

「どうして? 俺は、助けを求めるようなことはされてないよ? 幸せなんだ。ずっと涼さんと居られて。ただ──」

 電話の向こうで新が溜め息を吐きながら『ただ?』と訊き返した。

「俺は姉さんなんだ。涼さんが俺を見てくれるように頑張ってる。だから、助けなんて必要ない。邪魔しないでよ」

『なつめ、正気に戻れ。どう考えても間違ってる。お前も涼さんも。なつめが、涼さんのことが好きなのは知ってるけど、そんな好かれ方で幸せか? そのままじゃあ涼さんも、いつまで経ってもお前を見ない』

 このままじゃあ涼さんは俺を見ない?
 じゃあどうしろっていうの? どうすれば涼さんは俺を見てくれる?

「じゃあ、教えてよ? 涼さんはどうしたら俺を見てくれる?」

『そんな状態じゃあ、永遠にお前はお姉さんだよ。離れろ、涼さんから』

 離れる?
 折角、涼さんが俺を繋いでくれているのに?

「無理」

 それだけ言って電話を切った。
 涼さんから俺が離れてしまったら、俺は姉さんの代わりにすらなれなくなるじゃないか。

 絶対に、涼さんは俺を見てくれるはずだ。

 今じゃなくても、いつか──。
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