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番外編
32.ほわん② ステラリア
しおりを挟むクリストファー殿下とレイル様による婚約者の溺愛っぷりを影から見守る会。
一体いつの間に、そんな得体のしれない会が出来上がったのだろう。
クリストファーとミルフィオーレならともかく、自分たちまで対象になっているとは露とも思わず。酔狂なことである。
頭は理解を拒んだが、ステラリアたちに害をなそうとしていないのだけはわかる。そっとしておいた方が、多分身のため、精神衛生のためになるだろう。
影ながらとか言っている割に、ステラリア本人に暴露していいものなのかは、疑問が残るが。
「ええと、会についてはともかくとして、改めて溺愛などと言われてしまうと、照れてしまいますね……」
それなりに時間が経過したので、気恥ずかしさもだいぶ落ち着いてきてはいるが、公開告白の影響力は甚大だ。
ジーナの口ぶりからすると、かなり幻想を抱かれているのではなかろうか。
あの部分だけを切り取って見るならば、魅了を跳ね返すまでに実は婚約者に一途な心を寄せていた男たちの愛情の吐露は、確かに乙女の夢のようなシチュエーションだっただろう。
実際、クリストファーなどは、これ幸いとばかりに劇に仕立て上げて、愛情を知らしめつつ印象操作に使おうなどとのたまっていたらしい(真っ赤になったミルフィオーレに必死に止められたそうだが)。
あれ以来、クリストファーはともかく、レイルは表立って派手な行動はしておらず、ニヨニヨとした生温かい視線をがっかりさせる勢いで、特段普段と変わらぬ仏頂面だ。あまりにも表面上大きな変化が見えないので、やはり集団幻覚だったのでは?と、時折取りざたされている。気持ちはわからなくもない。
だが、そんなレイルが、実は家でベッドローリングしながら愛の言葉を恥ずかしげもなく散々叫んでいるなんて話をしたら、みんなは驚くだろうか。それとも、冗談だと笑うだろうか。
ステラリアは、思わずふふっと内心で笑みをこぼしてしまった。
まあ、それは、ステラリアと従者たちだけの大切な秘密なので、誰にも教えたりはしないけれども。
「ふふ。ステラリア様、お可愛らしい。レイル様の表情や感情の移ろいは、私にはとんとわかりませんが……公開告白をしてからというもの、レイル様の雰囲気が全体的に柔らかくなったといいますか、どことなくほわんとしているような感じはします。本当ちょっとだけ、ですし、私の勘違いかもしれないのですけれど」
「ほわん?」
「上手く言葉にしづらいんです~! でも、ステラリア様の前では、前にも増してほわんってなっているんですよ、レイル様は!」
ジーナは、じたばたと身を捩って悶えた。
ステラリアもジーナの感受性がいまいちわからず、途方に暮れる。
ほわん。わからない。
レイルを見ながら、しばらく窓際に佇んでおしゃべりしていたからだろうか。
やがて、話が済んだのかクリストファーと談笑をやめ、不意に視線をついと上げたレイルが、ステラリアたちに気づいた。
至極嬉しげに蒼の瞳が、ゆるりと細くなっていく。ステラリアにだけわかる程度の些末さではあったものの。
それは、まるで小さな花が、ふわりと一斉に咲き綻んだかのよう。
そんなレイルの心象風景が、幻覚みたいに垣間見えた感じがして。
ステラリアは、思わず目をぱちぱちと瞬かせた。
クリストファーとレイルは、気の置けない幼馴染の間柄ながらも、やはり上司と部下としての立ち位置のほうが馴染み深い。
クリストファーの手にかかれば、楽しい語らいからの派生が、いつの間にやら一転公務の話になっていたなどよくあること。他愛のない会話の合間にも如才なく折り込まれる応酬が、レイルの面持ちをピリピリと険しくさせもする。氷の貴公子の名の通り、周囲の温度すらも下げかねないほどに。
やり取り自体はレイルの好むところなので、傍から見たら「楽しそう」に映るのだろうけれども。
そんな彼の凍えた雰囲気が、ステラリアを見るやいなや、春の陽だまりが差し込んだかのように、一瞬にして雪解けの如く変化を遂げた。
「あれが、『ほわん』です!!」
「ほわんだ……」
「はぁ……尊いですわぁ……」
確かに、ほわん、というオノマトペが一番適しているような気がする。表情に乏しい鉄仮面のままなので、この感覚が掴めないと、やはりどこかシュールではあるが。
それでも、ステラリアの胸は、とくとくと早鐘を打った。
レイルが時折うっと胸を押さえることがあるけれども、わずかながらその気持ちがわかった気がする。
二階を見上げるレイルにひらひらと手を振られたので、ステラリアは慌てて鍵を外し、窓を開いた。
ぽかぽかと暖かくて、心地良い風が吹き込んでくる。
差し込む柔らかな陽の光を受けて、レイルの濃い金色の髪が輝いた。
「二人は何を楽しげに話しているのかな?」
「レイル様、ごきげんよう」
「レイこそ、殿下はもういいの? 随分話が弾んでいたように見えたけれど」
「ああ、必要なことはあらかた話し終えたし、大半は雑談だったから。むさ苦しい殿下と話しているよりも、愛らしい花々と一緒の方が心が潤うしね」
中庭にいるレイルは、ステラリアたちへ颯爽と呼びかけた。
上と下で距離のある会話は、少し声を張り上げなくてはいけないから、ちょっとだけはしたなくあるものの、どこか新鮮だ。場所や時間帯を変えれば、一気に有名作家の恋愛小説にありそうなシチュエーションみたいになりそうだ。
レイルと分かれ、中庭を立ち去ろうとしていたクリストファーが、背中越しに「音に聞こえし美貌の私をむさ苦しいなどと評するとは、レイルは本当に可愛くない! 私もミルフィと親交をあたためよう!」などと、当てつけのようにぼやいているのが聞こえた。何だかんだこの主従、仲良しである。
「よければ、私も話に混ぜてほしいな。この後、移動教室だし、一緒に行こう。構わないかい? ジーナ嬢」
「ええ……(さしずめ、レイル様はステラリア様という馨しい花に吸い寄せられた蝶!)ですが、大した話はしていないのですよ」
「そう。レイが、ほわんとしてるねって話していたの」
「……ほわん、とは?」
「レイが可愛いねってことよ!」
不意打ちを食らってぽかんとするレイルに、ステラリアとジーナは、顔を見合わせて弾かれたように笑った。
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これにて当作品はおしまいです。
番外編までお話を続けられたのも、ひとえに読んでくださったみなさまのおかげです。本当に本当にありがとうございました。
番外編の感想等もいただけましたら嬉しいです~!
また別のお話でお会いできることを祈って。
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リンゼイだけが苦労を背負わされて、ちょーっとだけお気の毒かなぁ…(笑)
pinkmoonさん、番外編にも感想ありがとうございます😭こちらこそ最後まで読んでいただけて凄く嬉しいです。
ゆっくりな更新になってしまいましたが、ほっこり楽しんでいただけたなら何よりです〜!わたしも色んなキャラのあれこれをかけて楽しかったです。
リンゼイくんは本当今後殿下とレイルに振り回されて苦労する未来しか見えないですね(笑)
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