上 下
24 / 32

24.とある侍女の独り言

しおりを挟む



 たとえ、運命というものがあったとしても、それはきっと、無数に連なる糸の中から、これと手繰り寄せ、紡いだ結果だ。



 ジャスミン・セラ男爵令嬢が、前世の記憶を取り戻したのは6歳の頃。年の離れた兄二人と庭で遊んでもらっている最中、勢いあまって転んで頭を打ちつけた瞬間のことだった。
 よりにもよって、異世界転生。
 できたたんこぶの痛みに泣きわめきながらも、前世の大人の人格が強く出てしまったジャスミンは、本当に異世界転生なんてものがあるんだなあと、冷静に自分の状況を把握した。
 脳裏に次々と押し寄せてくる情報の渦に巻き込まれ、熱に倒れたのも今となっては良い思い出だ。あと、騎士の家系の男どもは脳筋が過ぎる、とその時ジャスミンは学んだ。

 この世界は、ジャスミンの知る乙女ゲームの世界に良く似ていた。
 だが、あくまでも良く似ているというだけで、決して同一ではない。
 そもそも舞台となる国の名前が異なるし、登場人物たちの家名や身分も微妙に違う。
 そして、自分は一介のモブだ。名前すら聞いたことがない。ジャスミンは、はてと首を傾げた。
 そもそもジャスミンは、自分が何らかの物語の中に転生したのではないかという現状に、少々懐疑的だった。
 だって、自分は今この瞬間、この世界に自分の足で立って生きている。
 もし、何らかの流れの中で役割が与えられ、配役をこなすために存在するのだとしたら、そこにジャスミンの意思はなく、単なる神の駒でしかない。たとえ、モブだとしても。
 ジャスミンは、それが凄く嫌で嫌でたまらなかった。前世の記憶が戻り、少しばかり世界を俯瞰する視点を持ってしまったからだろうか。
 なので、ここはあくまでも、酷似してはいても、前世のゲームの世界とは全く別なのだという意識を強く持って日々を過ごしていた。


 けれども、ゲームの悪役令嬢と同じ名前を耳にして、そわそわしてしまうことは避けられなかった。
 ジャスミンの知る前世の乙女ゲームの世界には、いわゆる悪役令嬢に位置する存在が二人いる。
 一人目は、公爵令嬢のミルフィオーレ・ヴァ―ミル。こちらは、王太子クリストファーの婚約者で、オーソドックスな悪役令嬢。権力を持ち、高貴で高飛車な女の子。幼い頃からクリストファーを慕うが故に、ヒロインへの嫌がらせに及んでしまう物理攻撃タイプだ。
 二人目は、伯爵令嬢のステラリア・ガルシア。こちらは宰相子息レイルの婚約者で、悪役令嬢と呼ぶには少々我が弱い。幼馴染で婚約を結んだ二人だが、レイルの感情が乏しく他人を拒むが故に、上手に関係性を作ってこれなかった。レイルの氷の心を容易く溶かしたヒロインに、自分が先にレイルを好きだったのにと嫉妬を向けてしまう精神攻撃タイプだ。

 二人とも、婚約破棄に至るまでのバックグラウンドを思うと、ただの悪役にしておくには惜しい立ち位置だった。
 何気に、ジャスミンは、正統派ヒロインよりも、悪役令嬢二人を好んだ。キャラデザがクリティカルヒットだったのもあるし、ゲーム内描写がしっかりしていて、それぞれ婚約者との関係性の積み上げ方とすれ違いが切なくてよかったのだ。

 だから、ジャスミンは考えた。
 万が一にでも、ゲームと同じ流れになってしまうのは嫌だなと。
 違う世界だと頭でわかっていても、確証はない。不安は残る。
 それに、人は、置かれた環境や状況で、心の在り方をいくらでも変えてしまえる。
 ならば、悪役令嬢が悪役令嬢にならないよう、ほんの少しアシストできるのではないか。
 ただ、流れを知る故に、ジャスミンは自分の存在が、世界のイレギュラーとなるべく動くつもりなどさらさらなかった。それ以前に、しがない男爵家のモブである。大々的に影響力があるわけもなかった。
 もちろん、この世界が、乙女ゲームと同じ流れをたどるかはわからない。全く違う道を進んでしまうかもしれない。それでも、小さな一石を投じてみたくなった。
 もし、本当に運命や強制力などといったものが存在するのであれば、ジャスミンという脇役にもならないモブの一人や二人が出張ったところで、太刀打ちなどできないはずなのだから。
 
 公爵家に近寄ることが難しかったので、さしあたってガルシア伯爵家に突撃をかけ、ろくろを回すようにアピールしたみたところ、面白がった伯爵からステラリア付きの侍女見習いとして採用された。後から両親にしこたま怒られたが、結果オーライである。
 こうしてジャスミンは、レイルとステラリアが婚約を結ぶ2年前ほどから、ガルシア伯爵家で働くことになったのである。


* * *


「まあ、まさか、レイル様があんな風になるとは思いもよらなかったけれど……」

 仲睦まじく手を恋人繋ぎで絡めて、サロンから馬車に向かおうとする二人を、柱の陰でそっと見送りながら、ジャスミンはふふっと小さく笑う。
 花霞月の園遊会は、誰を狙うにしても、ゲームの中でルート分岐が関わる重要なイベントだ。給仕のバイトとして、変装してこっそり園遊会に潜入してよかった。
 幼少のころから見守ってきた二人が、幸せそうで何よりだ。ジャスミンの見たかった絵が、今目の前にある。



 冷静沈着、感情を表に出さず冷酷、まるで人形みたいな氷の王子様。
 前世のゲームで、いわゆる感情を凍らせたクールキャラのレイルだが、ここのレイルはステラリアの影響もあってか、蓋を開けてみるとだいぶ斜め上にぶっ飛んで熱い想いを抱く男だった。

 レイルと初めて出会うまで、内気で弱気なステラリアを、良いところは良いと優しく褒め、悪いところはダメと厳しく叱り、俯きがちだった彼女の背をしゃんと伸ばしたのはジャスミンだ。
 ちょっとぽやぽやしているものの、ステラリアが素直で優しく真っ直ぐな可愛いお嬢様にすくすくと育って、ジャスミンとしては鼻高々である。私のお嬢様が世界で一番可愛いと贔屓目で見ているあたり、割とジャスミンもレイルと似た者同士だった。
 そうして、姉のような存在として、年の近い身近な友として、ステラリアと一緒に過ごしつつ、侍女の仕事を全うしていたところ、レイルとステラリアの関係性は、ゲームとは明らかに異なる様相を見せた。
 それがわかったとき、どれほど嬉しかったことだろう。やはり、ここは一人一人に血が通って生きていて、ゲームの強制力なんかが働く世界ではないのだ。ジャスミンはこっそり泣いた。

 ちなみに、公爵家に伝手はできなかったのだが、ジャスミンの上の兄が何の因果か王太子付きの近衛騎士に就任した。脳筋の兄は、意外にも優秀だったのだ。
 そのため、どこまで作用するかはわからなかったけれども、兄にひたすらツンデレのいろはを説いておくことにした。ゲームよりも腹黒で愉悦主義の雰囲気が垣間見える当世界のクリストファーは、素直なヒロインよりもツンデレのミルフィオーレを面白がると踏んでのことだ。
 ツンデレの生態をイマイチ理解できなかった兄は、終始胡乱な表情でしきりに首を傾げていたが、結果はさもありなん。

 ただ、レイルの感情の表に出なさ具合は相変わらずで、ここに至るまで、少々ひやひやする場面がなかったとはいわない。何度内心で「レ、レイル~!!」とダメ出ししたくなったことか。落ち着くところに落ち着いてくれて、ようやく肩の荷が下りた気分だ。
 レイルのベッドローリング現場を目撃しなければ、二人の関係は最終的にすれ違ったままだったかもしれない。
 自分をヒロインと思い込んでいる少女の頭お花畑っぷりにも助けられたのだろうが、それ以上にベッドローリングがこんなにも状況を変えるとは、さしものジャスミンも想定外である。
 前にマクベスが呟いていたけれども、ベッドローリングが世界を救った。何とも締まらない言葉に、ジャスミンはふふっと吹き出してしまう。
 きっとこの先も、残念な令息は変わらず残念なまま、婚約者への愛をベッドローリングしながら叫ぶに違いない。
 そして、ジャスミンの大事なお嬢様は、そんな情けない姿さえも楽しく受け止めて、いつまでも彼の隣に立ち続けることだろう。


(前世のゲームのレイルも、もしかしたらひっそりベッドローリングしてたのかもなあ……)


 もちろん、そんな乙女ゲームにあるまじきアレな姿、ゲーム内で描かれるはずもないので、真相は闇の中である。






ーーーーーー

最後までご覧いただきありがとうございました!少しでもくすっと笑って楽しんでいただけたら幸いです。
後で番外編も投下できたらと思います!
感想とかお寄せいただけると嬉しいです( ´∀`)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

処理中です...