婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢

綴つづか

文字の大きさ
上 下
23 / 32

23.園遊会後② ステラリア

しおりを挟む


「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………………嘘だろう?」
「ほ、本当です、あの、ごめんなさい、ごめんなさい、たまたま、本当にたまたま現場を覗いてしまったことがあって……」
「嘘だと言ってくれ……」

 レイルの目が、死んだ魚のように光を失っていく。
 がくりと脱力したように項垂れて、レイルは再びステラリアの肩口に額を押し付けた。
 ステラリアは焦った。

「……………………………………死のう」
「やっ、やだ、だめ、死なないで!」
「生きる」

 むくりとレイルが身を起こした。復活が早い。
 いつだったか、マクベスが、ステラリアの一言でレイルの生死が決まるとか冗談を言っていたけれども、もしかして本気だったのかもしれない。
 やはり険のある面持ちに大きな動きは見られなかったが、うっすらと頬が薄紅に色づいて、照れくさそうに唇をわずかばかりへの字に曲げて拗ねて見せている。
 ステラリアは目を瞠った。貴重すぎるレイルの恥じらいが、表に出ている。彼にとって相当衝撃的だったのだろう。逆に言えば、このレベルまで衝撃を与えないと、彼の表情筋は仕事をしないらしい。
 でも、格好いいのに可愛い。場違いにも興奮しそうになる気持ちを、ステラリアは必死に抑えた。

「……いつからバレて?」
「前に侯爵家でお茶をしたときに、レイの部屋に扇を忘れてしまったでしょう? 実はその時に……」
「お、うっふ……。それなりに長い、ね……?」

 物凄く声が裏返った。レイルの動揺は相当みたいで、申し訳なくなる。
 ステラリアは、しょんぼりと肩を落とした。

「……ええ。ごめんなさい」
「いや……過ぎたことだし、目撃されたのなら取り繕えるでもなし、それでステラの態度が変わったわけじゃないから、もういいんだけど。って、あー……もしかして、マクベスと繋がって、いた?」
「ええと、はい……」
「ア、アイツ……!」

 さすが将来の宰相というべきか。想像以上に早くメンタルを立て直してきたレイルだったが、頭の回転が戻ると同時にあれこれを察したらしく、眉間に深く皺が刻まれる。
 ある意味、レイル最大の秘密であり恥部を、知らぬ間に好きな人に晒され続けていたのだ。怒らないわけがない。

「怒らないで? マクベス様は悪くないの。私がお願いしたの……! レイの本音が、どうしても聞きたかったから、無理を言ったの。マクベス様は、すれ違っている私たちを心配していて……」
「ええと、すれ違い、とは?」
「私、こんなにも素敵で紳士なレイが、どうして私みたいな平凡なのの婚約者なのかなって、ずっと不安に思っていて……貴方に好かれている自信が全然なかったの。政略だと思っていたし、いつか、婚約破棄されてしまうのかなって考えてしまったこともあったりで……」
「はっ!? 俺がどうしてもと望んだ婚約で、婚約破棄するだなんて、そんなこと天地がひっくり返っても絶対にありえない!! ああ、なんてふがいない! 俺の意気地がなかったばかりに、ステラにそんな勘違いをさせてしまうだなんて……!」

 ざざっとレイルから血の気が引いていく。さっきから、表情筋がかなり雄弁だ。
 それほどまでに、今、レイルの感情は目まぐるしく振れているのだろう。氷とまでに揶揄された彼を、そんな風に熱くしているのが自分なのだと思うと、不謹慎かもしれないが、えもいわれぬ想いが身体の奥から湧き上がってくる。
 ステラリアは、レイルの頬にそっと指先を伸ばした。

「でもね、レイのベッドローリングを見てしまって、マクベス様からレイの話をたくさん聞いて、全部私の杞憂だったって実感できたのよ。だから、彼は私たちを取り持った立役者でもあるの、許してあげて?」
「ぐ……ステラがそこまで言うなら……。業腹だが、よくやったと褒めるしかないな」
「ええ! 必要以上のことは教えてもらえなかったけれど、隙のないレイの可愛らしいエピソードを聞けて、とっても楽しかったわ!」
「ぐ、アイツ一体何話したんだ……。だが、まあ、うん、正直、君が引いていなくて心底よかった。それだけが救いだ……」
「驚きはしたけど引かないよ。どれだけ婚約者やっていると思っているの」
「だって、ステラに嫌われたら、俺は生きていけないし、絶対に腑抜けになる自信がある。心臓に悪い。君は俺の生殺与奪の権利を握っていると自覚してくれ……」

 大げさなとは思うものの、どうやら冗談ではなく、やっぱり本気らしい。
 こわばっていた力を抜き、深々と安堵のため息をついたレイルは、ステラリアをきつく抱きしめて、離さないとばかりにぐりぐりと身体を擦り寄せてくる。ぴったりとくっついて、小さな甘えん坊みたいだ。
 かけられた体重は、そこそこに重い。しっかりと鍛えているレイルの身体は、すらりとした見た目の割に逞しくて、男の人なんだなあと意識してしまう。
 己を曝け出して、互いの本音を話して、レイルもすっかり気を緩めてくれたようだ。もう何も隠す必要などないのだし。それが、もっと仲良くなれたみたいで、より心が近づいたみたいでステラリアの唇は自然と綻んだ。

「幻滅とかがっかりとか以上にね、レイが私のこと大好きなんだってわかって、嬉しかったの。ねえ、レイ、ベッドの上で存分に愛を叫ぶのもいいけれど、たまには直接私にも囁いてくれると嬉しい、です……」

 恥ずかしさにはにかみながらも、ステラリアが素直な気持ちを伝えると、一瞬固まったレイルはそのままゆっくりと頭上を仰いだ。

「っ、は、呼吸をするのを忘れてしまった……。うん……やはり小悪魔か、ステラがあまりにも可愛い……………このまま天に召されそう……」
「やだ、そんなに簡単に死なないで?」
「絶対に生きる」

 公開告白で勢いづいたのか、はたまた残念さを受け入れられたことですっかり開き直ったのか、レイルはベッドローリングの時のような反応をぽんぽんとステラに返してくれる。
 マクベスから常々聞いてはいたが、やっぱり真顔なまま交わすどこかポンコツな挙動が可笑しくて楽しくて、冷戦沈着で氷の貴公子なんて呼ばれている王子様然とした外面とのギャップが愛おしい。
 出会ったばかりの頃の、内向的で繊細で、ステラリアにべったりだった幼いレイルを思い出す。レイルは見違えるほどの成長を遂げたけれども、こんな風に変わらないところもたくさんあるのだろう。ステラリアは、ふふっと喉を鳴らして笑った。
 多分マクベスも、こういうレイルの態度にはまったのではなかろうか。なんだかんだいいつつ、主至上主義なので。

「レイ、可愛い」
「可愛いのは君だよ、ステラ……」

 レイルはステラリアの手を取ると、甲へ、指先へ、掌へ、手首へ、そして彼がプレゼントしたブレスレットへ、何度も何度も、慈しむように、愛おしげに唇を落としていく。
 眼鏡の奥で微かに伏せた睫毛と流し目から醸し出される物凄い色気に当てられて、ステラリアは息を呑む。ちゅう、ちゅうと小さく立つリップ音が、あまりにも卑猥で声にならない悲鳴を上げた。
 訂正する。
 レイルは可愛いけれども、それ以上に格好いいと。
 真っ赤になったステラリアに、レイルは小さく微笑んだ。

「俺の10年分の君への想い、この程度じゃ済まないからね?」
「オテヤワラカニオネガイシマス……」



* * *



 二人がサロンから退出すると、同じタイミングで奥の扉が開いた。おやと眉毛を上げたクリストファーが出てくる。
 ――ミルフィオーレをお姫様抱っこして。
 ううううう……と母音でひたすら唸り続けているミルフィオーレは、両手で顔を覆って表情はわからないものの、真っ赤な肌は隠しきれていないし、雰囲気が桃色で目の毒だ。一体何があったのかは、深く追求したくない。
 そんな二人の姿をステラリアが胡乱な瞳で見つめていると、クリストファーは至極満足げな様子でにっこりと笑った。心の中で、ミルフィオーレにご愁傷様ですと呟いてしまった。

 園遊会も延期となり、そこそこサロンで過ごした時間が長かったので、生徒たちもぼちぼち学内から撤収しているだろう。
 ミルフィオーレを捕獲したまま立ち去るクリストファーたちに挨拶をし見送ってから、ステラリアとレイルは顔を見合わせた。

「さて、俺たちも行こうか、ステラ」
「ええ。でも、何て噂されてしまうのか不安ね……。明日がちょっと憂鬱……」
「大丈夫。ステラは、俺が護るから」

 スマートに差し伸べられた手に、己のそれを重ねれば、レイルの大きな掌がきゅうと絡んでくる。頼もしくて安心できる掌。現金ではあるが、それで不安なんて吹き飛んでしまった。
 恋人繋ぎをしながら、レイルはステラリアに歩幅を合わせて隣を歩く。愛想の欠片も窺えない顔で、真っ直ぐ前に視線を向ける彼を、ステラリアはそっと見上げた。
 ーーレイルの耳先は、未だほんのりと赤く色づいたまま。
 ステラリアの唇は、小さくにまにまと緩んだ。
 恥ずかしい。くすぐったい。でも、幸せだ。




 婚約者のことが大大大好きな残念令息の残念さを、令嬢が知りつつも知らないふりをしていたことは、打ち明けてしまったけれども。



 レイルの頑なな表情が孕む感情をちょっとだけ読めるのは、もうしばらくステラリアだけの秘密だ。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

処理中です...