婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢

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22.園遊会後① ステラリア

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「せっかくの会だったのに、騒がせてしまいすまなかった。もう少し事態が落ち着いたら、改めて王家より、補填を行わせてもらうよ」

 こんな想定外の騒動が起きてしまっては、さすがに園遊会など続けられるはずもない。
 お開きになる旨をクリストファーが告げると、生徒たちは名残惜しそうに、しかし好奇心を抑えきれぬ眼差しを、舞台の中心となっていた人物たちに注いでいる。
 エドワードの乱心は突発的なものかと思いきや、騎士団を配備していたあたり、クリストファーはこの事態をある程度予想していたのかもしれない。
 配膳されていた菓子類も、メイドたちの手によっててきぱきと箱包まれ、後々手土産代わりに生徒たちへと配られるらしい。学園側の根回しが抜かりなかった。

(レイル様が……レイル様が……ちゅって……!?!?)

 期せずして、舞台に躍り出るはめになったステラリアだったが、アイリの末路を見守る余裕などなく、頬に手を当て未だ目をぐるぐるさせていた。
 衆目を集める場所での、レイルからの大胆な告白劇である。ベッドローリングを覗き見してしまった時とは違う。直接言葉を発せられ、ダメ押しの如く口づけまで受けたのだ。
 あまりにも刺激が強すぎて、ステラリアの頭は全く役に立たず、現実を受け止めきれいていない。多分、心臓は人生で史上最高速度の鼓動を刻んでいるだろう。
 ミルフィオーレも、ステラリア同様で。感情の制御が上手いはずの彼女の白い肌は、見事な朱に染まり、何とも匂い立つような色気を醸し出していた。
 普段隙のない身のこなしできりりとスマートな美しさを見せる彼女が、動揺も照れも隠すことができずに表情をあわあわと崩している。そのギャップがまた非常に愛らしい。これがクリストファーのいうわかりづらさ、というやつか。

 そんな風に、婚約者から情熱的な公開告白を受け、真っ赤になって石像みたくカチコチに固まってしまった女性二人を、当の本人たちはしれっとした顔でエスコートして連れ去り、その場を後にした。
 彼らの姿が消えるやいなや、会場に残された生徒たちが、わっとにわかに騒ぎたつのも致し方ないことであろう。


* * *


 こうして、ふわふわと夢見心地のステラリアが促されるがままに連れてこられたのは、学園が保有するサロンの一室。
 クリストファーとミルフィオーレは別の部屋をキープしていたらしく、いつの間にか消えていた。
 ここに至るまでに、クリストファーはとてつもなく愉しそうで、終始いい笑顔をしていた。ステラリアは自分の立場を忘れ、ミルフィオーレの身の無事を思わず祈ってしまった。
 何度か利用したことがあるが、サロンは品が良く落ち着いた作りをしている。しかし、ソファやテーブル、椅子が設置されているものの、のこのこと座る気にもなれずに二人は立ち尽くしていた。
 突如訪れたレイルとの二人きりの空間は、どうにも気まずいというか、照れくさいというか、決まりが悪くそわそわしてしまう。
 あんな熱烈な告白を受けて、ステラリアが平静でいられるはずもない。
 対するレイルは、先ほどから一言も言葉を発してくれない。

(……やはり、これは夢なのでは?)

 ステラリアは、むにっと自らの頬を指で軽く摘まんでみた。伸びが良い。
 すると、レイルが腕を伸ばしてきて、やんわりと手を取られた。

「……夢ではないから。赤くなってしまうよ」
「……はい」

 ちらりと上目遣いでレイルを伺えば、唇を引き結んだ変わらぬ仏頂面。
 でも、ステラリアにはわかる。わかってしまう。これは、非常に気まずく困惑している顔だ。正直レア中のレアの表情である。だって、眉毛が微かにハの字になっている。良く良く観察すると、耳の先もほんのり赤みを帯びていた。
 ステラリアがじーっと見つめると、レイルは一瞬視線をうろつかせ、観念したかのように小さく息を吐いた。

「……大勢がいる場で、あんなこと言うつもりではなかったのだけど……エドワード殿下にステラリア嬢のことを貶められて、ついかっとなって頭に血がのぼってしまった。申し訳ない、恥ずかしい思いをさせて……」
「……っ! いいえ、いいえ!」
「ステラリア嬢?」
「そんな風に言わないでください、レイル様」

 なりふりなど構っていられない。はしたないとわかっていても、ステラリアはレイルの胸に飛び込んだ。
 レイルは一瞬驚きを見せたものの、暖かい手で力強くしっかりとステラリアを抱き寄せた。
 レイルの心臓の音が、微かに届く。ステラリアの音も、きっと伝わっているだろう。とくんとくん、双方早鐘を打っている。
 表面上は何も変わらないように見えていても、体温が、鼓動が、ステラリアを支える腕の強さが、全部伝えてくれる。

「もう、ステラとは、呼んでくださらないのですか?」
「そっ、それ、は……」
「私、嬉しかった。凄く凄く、嬉しかったの。レイル様が、ううん、レイ……が、あんな風に言ってくれたのも、唇で触れてくれたのも……」
「ステラ……」

 ステラリアの言葉に、レイルはほっと胸を撫で下ろした。
 そして、意を決したように、ステラの瞳を真剣な眼差しで覗き込んだ。

「あれは、俺の本心だ。ステラ、ずっとずっと君に俺の想いを伝えたかったのに、どうしても上手く伝えられなくて……こんな情けない婚約者で、ごめん……。君のことが好きなんだ、ステラ。幼い頃から、俺は君だけを見てきた」
「ん……私も、レイが好き。情けなくなんてないし、貴方は私にとって大好きな婚約者よ」
「ステラが……大好きって……どうしよう、幸せだ」

 ステラリアを抱き締める腕に、ぎゅうと力がこもる。ステラリアも、レイルの背に腕を回した。
 表情は動かなかったものの、珍しくとても分かりやすくレイルは目を輝かせて、感動に打ち震えている。幸せを噛み締めるみたいに、しばらく二人は抱き合った。

「……それにしても、≪魅了の魔眼≫だなんて。レイが魅了されなくて、本当によかった!」

 よもや相対していたのが≪魅了の魔眼≫とは、ステラリアもさすがに予想できなかった。災厄クラスの禁呪ではないか。レイルだって、魅了されてしまう可能性が少なからずあったわけで。ステラリアは、ぶるりと身を震わせる。

「ああ、心配は無用だ。俺の心には、君以外が入り込む余地なんてないしね。それよりも、仕事とはいえ、あんな振りをしなくてはならなかったのと、ステラと離れなくてはならなかったのが本当辛かった……」
「それは、うん、仕事なんだろうなーって、わかっていたから……」
「君は敏いな」

 ぎくりと思わず身を固くしてしまったステラリアをあやすように、レイルがぽんぽんと優しく背を叩いて、髪に顔をうずめてくる。
 そういえば、マクベス伝手に、レイルがステラリアを抱きしめたいと愚痴っていたらしいことを思い出した。レイルの腕の中は心地よく、スパイシーな良い香りがして安心する。

「そっけなくて無愛想で言葉足らずだったのに、あんな状況でも俺を信じてくれて、ありがとう、ステラ。ああ、君に想いを伝えるのに、こんな勢い任せじゃなくて、もっと格好良く決められたらよかったのだけれど……」
「確かにびっくりしたし恥ずかしかったけど、レイの気持ちは充分伝わったから。それにね、あの、ごめんなさい。私がレイを信じていられたのはね、実は、知ってて黙っていたことがあるからなの……」
「……何を?」

 顔を上げたレイルが、きょとんと目を瞬かせる。
 ステラは、おずおずと視線を横に流した。さすがに、直視はできなかった。
 でも、レイルが自分の素直な心を、ようやく口にしてくれたのだ。もう取り繕ってほしくなかったし、知らぬ振りなどできなかった。

「あの……レイが、自室で、ベッドに転がって、叫んでいるところを……」

 サロンが恐ろしいほどに気まずい沈黙に包まれ、世界の時間が止まった気がした。


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