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04.夜会後② マクベス
しおりを挟む私の主は、最高に残念だ。
先ほどから、マクベスの主であるレイルは、毎回恒例のベッドローリングを飽きもせず繰り返し、婚約者であるステラリアの可愛さや愛嬌をひたすら訴え悶えている。
形を整えてあったシャツもスラックスも、今は見る影もなく皴だらけ。ぐちゃぐちゃに衣服を乱したところで、だらしないというより色気が漂うのだから、レイルは始末に置けない。
それよりも、このめちゃくちゃ高くて良い素材の服を、元通りにせねばならないマクベスとメイドの身にもなってほしい。
すっかり見慣れた光景なので、マクベスもレイルののろけを話半分くらいに聞き流しながら、タイをクローゼットに片付け茶の準備を勝手に始めた。
ベッドローリングの後は、叫びすぎて喉が渇いたと、レイルは茶を所望するのだ。なんだかなあとマクベスは思わなくもないが、これがレイルのストレス発散方法でもあるので、生温い目でいる。
「はいはい、レイル様は彼ジャケがお気に召したんですね。男のロマンではありますけれども、主の性癖とか聞きたくなかったですよ、私は。たまにステラリア様に同情します」
「むっ。お前にしかこんな赤裸々なこと語れる友がいないんだから、仕方ないだろう!?」
「あー、もう、喜んでいいのかわかりませんね、それ……」
「ステラの可愛さを拝聴できるのだから、喜ぶべきだ。心して聞け。それに、ステラの刺繍、今回も素敵だったんだぞ。ほら、刮目して見よ、マクベス! 緑の中で寄り添う猫の刺繍! 前の作品も味わい深かったが、今回のはとても愛らしいんだぞ。猫は、きっと俺とステラなんだよ、可愛い。ステラの内面が表れているようで、ほっこりする、芸術的だ。一針一針、ステラからの、俺への想いが伝わってこないか? 針の運びもぐんと綺麗になって、成長著しい。凄いな、ステラは努力家だな。何故、こんなに素晴らしいものが、使用用、保存用、見せびらかし用、飾る用と4枚ないんだろうな!?」
「多っ。普通に考えて、さすがにステラリア様も大変でしょうって」
「はっ。そうだな……己の欲望を優先して、ステラの手を煩わせては、心が痛む。はー、家宝がまた増えてしまった……額縁を手配せねば……」
「家宝どれだけ増えるんですか。せっかくなんだから、使ってあげてくださいよ。てか、猫、猫……?」
がばりと身を起こし、ハンカチを広げて、レイルは糸一つ一つまで取りこぼさぬよう食い入るように眺めている。先ほどから情緒が躁の方向に不安定すぎる。
マクベスには猫というより、若干クリーチャーに見えなくもないので、さらなるレイルの視力の低下を疑った。が、眼鏡の奥は、一切揺るぎのない蒼を称えている。何より、レイルが幸せそうにしているのでよしとしよう。マクベスは口をつぐんだ。
猫、これは猫だ。よく見れば、それとなく猫に見えなくもないような気がする。余計なことをいわないのも、優秀な従者の務めである。
実際、長らくステラリアの刺繍を見せびらかされている身としては、着実に刺繍の腕をあげてきている彼女に、拍手を送りたいものだ。不器用ながら、レイルのためにとよく頑張っている。
何せ婚約の記念にと贈られたハンカチを初めて見た時、何が刺されているのかすらもわからなかったのだから。レイルに言わせると、イングラム侯爵家の家紋らしいのだが、マクベスには未だにそのように見えないので、首を傾げるばかりだ。逆に瞬時に把握できたレイルが恐い。レイルとマクベスでは、見えている世界が違うのだろう。
「はーっ、可愛い可愛い婚約者がいて、俺の人生は薔薇色だ……!」
ハンカチを大事に抱きしめながら、すっかり頭をお花畑にしたレイルは、ベッドの上をじたばたと元気に回転している。非常に楽しそうだ。類まれなる美形だからか、ただのたうっているだけでも相当絵になるのはずるい。
これで表情がころころと豊かに変わっていたら、もっと可愛げもあるだろうし、ステラリアに愛情も伝わるのだろうが、一切真顔でやっているのでシュールだ。
「いやあ、これが氷の貴公子と呼ばれているだなんて、世の中の噂がいかにあてにならないか。笑えますね」
マクベスは、苦笑交じりにくつくつと喉を鳴らした。
レイルとマクベスの付き合いは、生まれた頃に遡る。ベーカー子爵家は、イングラム侯爵家の分家で、同時期に生まれ母がレイルの乳母に取り立てられ、マクベスはレイルの乳兄弟になった。
茶髪茶目のマクベスは、特筆した何かがあるわけでもないが、しいていえばラインの見極めが上手かった。レイルの美貌にも臆せず、はっきり物を言い、何より滅多に表情を変えない彼の感情を汲み取り、不自由なく付き合えたからか、こうして側近として支えている。レイルの恥ずかしい内面も曝け出してくれるのは、自分が腹心だからと密かに自慢だったりするのは秘密だ。
そんなわけで、長年この恐ろしいほどに残念な主人に付き合ってきた身からすると、現在令嬢の間に流布しているレイルの姿は、ちゃんちゃらおかしいものだ。
金髪碧眼、文武両道、冷静沈着、眉目秀麗、侯爵家長男の完璧な王子様。通称氷の貴公子。スペックだけあげつらえば、どれほどのご令息なのかと思うだろう。
(婚約者のことが大大大好きなのに、それをうまく表現できない、ええ格好しいで見栄っ張りの残念な男なのに、ねえ……)
蓋を開けてみれば、単に無表情で婚約者以外には塩対応なだけ、しかも肝心の婚約者には愛を囁けずに10年近くベッドでゴロゴロ悶えているヘタれである。
先の好意的な評判も誤ってはいないのだが、単に無愛想さをいいように解釈し勝手に騙される人が多すぎるのだ。ただ、動じず表情を表に出さないのが良いとされる貴族社会に、随分と助けられている気がするし、友人にも恵まれているのだろう。
まあ事実、ステラリアに関すること以外、彼にとっては他人の評価などどうでもよいには変わりない。
レイルも、幼い頃からすべてが完璧だったわけではない。むしろ、今とは真逆の存在だったと言ったら、誰しもが驚くことだろう。
ステラリアに惚れ、彼女からよく見られたいただ一心で様々な努力を重ね、彼女の微笑み一つで一喜一憂し、現在の彼がある。
そんなレイルを、マクベスはずっと影に日向に支えてきた。
有能で、隙がなく、愛想がなく、人形のように取り澄ましたレイルを、唯一崩してくれる少女。彼女が、どれほど価値のある存在なのか、きっと皆にはわかるまい。
(ベッドローリングしてステラリア様への愛を叫ぶ主、最高に愉快だしね)
そろそろ絶叫も落ち着くかと頃合いをみて、茶器に湯を注ぎながら、マクベスはにこりと唇をほころばせる。
何ということはない。どれだけ奇行に走ろうと、マクベスはこのキャラの崩れたレイルが、人間らしくてとてもとても好きなのだ。
こうして、レイルは今日もシーツを散々に乱し、満足するまでいかにステラリアが可愛く愛しいかをマクベスに語るのだった。
余談ではあるが、「天使たるステラリアを生んでくれたガルシアのご両親こそ神なのでは……?」という斜めな思考にぶっ飛んだレイルが、ガルシア伯爵家に感謝の贈り物をたんまり送り付け、ステラリア宛ではない謎の大量のプレゼントをレイルからもらったガルシア伯爵夫妻から目を白黒させながら「これは一体……?」と首を傾げられることになるのは、また後の話である。
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