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そらをかける
しおりを挟むルクス殿下の転移魔法で、あっという間にマティアス殿下たちが陣取っている最終防衛線まで辿り着いた私たちは、すぐさま天を仰ぐ羽目になった。
スタンピードの震源地となったのは、侯爵領内西に位置する広大な大森林奥。ターナー侯爵領は、すでに3分の2が魔物にやられている。といっても、以前調査で出向いた際に巫女長様と神官長様があらかじめ張っておいた結界が功を奏し、まだこの程度で済んでいるレベルらしい。
浄化の力がある私がいるので、魔物たちの攻勢も和らいでいく、はずだ、多分。正直実感は全くないんだけど。
「竜がいる……!」
というのも、想定外のバケモノが空を舞っているからだ。竜なんてお目にかかるの、初めてだった。以前に(死体だけど)遭遇したキマイラなんて、目じゃないくらいに珍しい。しかも、どうしてこんなところに水竜が。
唸りを上げる竜が描いた魔法陣の下に向けて、ルクス殿下は慌てて《焔の防壁》を展開する。魔法陣の下には、オルヴィス殿下たちの医療テントがあった。間一髪、鋭利な氷の刃はみるみる融けていったものの、一部は突破されテントの天井を切り裂いた。
あの医療テントに、何かあるのだろうか。竜は破れたテントの中を覗き込み重みで崩壊させた後、途端に興味をなくしたようにまた翼を羽ばたかせてふらふらと旋回している。次は何をするのかと構えていた私たちは拍子抜けした。竜とは、こんな脈絡もない動きをするのだろうか。
おおおおおおおおおおと、天空に響き渡る竜の鳴き声は、何かを呼んでいるかのよう。恐ろしい憎悪の響きの中に、嘆きが混じっている風に感じられた。
「アレが今回のスタンピードの元凶だな。こんな森に水竜が潜伏しているとは……瘴気濃度も上がるわ、他の魔物も怯えるわ湧くわ、当然だな」
ルクス殿下曰く、強大な魔力を持つ竜の周囲は、瘴気が溜まりやすく散らしにくいのだそうだ。怨嗟を抱えた竜だと尚更。
竜は群れる性質があり、遠方にある竜の谷で暮らしているのが多数で、邂逅するのも基本稀。ただ、時折変なところに巣を作る個体がいて、そういった竜が緊急討伐対象となる。あまり長らく竜を放置すると、今回のような目に合うからだ。
大概人里近いところに現れるのは、格の下がる飛竜がほとんど、いいところ地竜といったところなのだとか。
「あの水竜、さっきから何かを探しているみたいです……」
「ああー……そうか、わかった。あいつは、卵を探しているんだ」
「え?」
「叔父上、どういうことです……?」
ぱちりと指を鳴らしたルクス殿下に、私とマティアス殿下は目を瞬かせた。卵とは、聞き捨てならない不穏な単語だ。
「多分、あの竜の卵が、我が国に持ち込まれたんだ。竜の卵は、上手く魔法処理を施せば、多くの魔力を引き出せるハイレア素材なんだよ」
「……そういえば、グラマティク公爵令嬢が、不自然に光魔法を使えるようになりましたね?」
「あ!」
「光属性の存在は隠されやすいにせよ、あの身分と矜持の高さで都合よくお披露目するのも妙だと思っていましたが……なるほど」
クロード様から発せられた言葉に、点が繋がった感じがした。ルクス殿下も言っていたではないか、ミレディ様は魔法を使えるほどの魔力は、生まれてこの方持っていないはずだと。
そんな彼女が、莫大な竜の魔力を補填できるアイテムを手に入れたのだとしたら。そして、目下彼女が執着するルクス殿下が気にかけている聖女の光魔法(実際は聖魔法だったけど)を使えるようになったとしたら。
――ミレディ様は、後先考えず誘惑のままに竜の卵を利用するに違いない。
「つまり、今ノルンディード王国を襲っている災厄は、卵を奪われた竜の嘆きが生んだもの……?」
「道理で、グラマティク公爵令嬢に変な魔力が混じっているなと思ったんだ。親竜に探知されるとは、どこのどいつの仕業かわからんが討伐も封印もしくじったな、三流め。ははーん、だからターナー侯爵領がターゲットになったのか……。おい、マティアス。これおさめたら、後で家探しするぞ」
「更に罪状が上乗せですか……。そんな物騒なアイテム、一体どこから入手したのやら……」
「むしろ僕が欲しかったくらいだよ。もったいない使い方をして!」
多分、そうじゃないと内心ここにいる一同突っ込んだと思われる。そういう空気を感じた。
地団太を踏みかねない勢いのルクス殿下とは対照的に、やれやれと眉を顰めたマティアス殿下が、頭痛をこらえるそぶりで額を抑えた。ルクス殿下は、こんな非常時でもやっぱり通常運行だ。頼もしいといえば聞こえはいが、緊張感は犠牲になる。まあ、確かに竜の卵なんてレア素材、喉から手が出るほど欲しいだろう。死にかけたキマイラの時ですら、ウキウキと素材を回収していたくらいなのだし。
気を取り直したマティアス殿下は、風魔法で伝達し各師団や冒険者たちへ水竜包囲網構築を促していく。
「卵はさておき、いい加減事態を収束させなければね。ユユア嬢は、テントに運ばれてくる怪我人の対応を手伝ってもらえるか?」
「はい、もちろんです」
「クロードとエマは、僕から離れユユア嬢の警護を」
「御意。ここでは殿下の足手まといになりますからね。無茶だけはなさらぬよう」
「はいはい。マティアス、出撃準備は!」
「ええ。瘴気濃度の下落も確認。騎士団、魔法師団、配置完了、いつでもいけます。聖女殿、ご協力感謝する」
「僕があいつを地に墜とす。落下したら、即座に叩け。ユユア嬢がいるおかげで、攻撃がすんなり通るはずだ。ブレスと爪には気を付けろよ」
「ご武運を、叔父上!」
「殿下、お気をつけて!」
私とマティアス殿下の激励にひらりと手を振って、ルクス殿下は頭上の水竜を見据えた。
空中を駆る竜との戦いは、とにかく厄介だ。遥か上空に逃れられてしまえば、剣はおろか弓も届かず、地上からの応戦手段がなかなかない。そのくせ、竜は上からブレスを吐いたり魔法攻撃をしたりとやりたい放題なので、討伐ランクがSなのも頷ける。
では、どうやって竜と戦うのか。
風魔法を展開したルクス殿下は、空気を圧縮して足場を次々と作り、階段を上るように戦場の空を駆け上がっていく。
「まったく、このままだと竜滅者の称号まで手に入れてしまいかねないな。《焔槍》」
水に相対する属性は火。産み出した焔の槍を、ルクス殿下は投擲する。凝縮された灼熱は、竜の周囲に展開されている魔法結界を貫き、その翼に見事穴を開けた。
物理的に翼を折り、地に墜として殲滅。これが対竜討伐における正攻法であり、一番難易度が高くもある。ルクス殿下はいとも簡単にやってのけたけれども、あんな芸当できる人は果たして殿下以外にいるのだろうか。私の浄化魔法で弱っているはずだから、下手するとそのまま心臓貫けたんじゃないだろうかと思わなくもない。
ぎゃあああと苦悶の叫びをあげた竜が、かく乱のためか、霧のブレスを吐き出す。霧を風魔法で散らす傍ら、無数の水の刃がルクス殿下に襲い掛かる。
ルクス殿下はかろうじて避けたものの、空中では逃げ場が少なく、被弾は免れない。が、そのままダメージを無視し、霧を晴らした先に垣間見えた竜に向けて更にもう一本とどめを刺す。
両翼を穿たれた竜は、バランスを崩してふらふらと墜落していった。
まさしく一瞬の攻防。中空で傷を受けながらも、マントを靡かせるルクス殿下の背中は、誰よりも頼もしく、力強く思えた。
ルクス殿下の渾身の一撃は、きっと人々の心を鼓舞し、士気を上げる。
「私も頑張らなくちゃ」
まだ、スタンピードは終わっていない。そして、私にも任された戦場があるのだ。
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