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やっぱり罠だった①

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 昔から「僕と契約して、○○になってよ!」という胡散臭い勧誘は、罠と相場が決まっている。


「お断りします!」


 ついつい、反射的にずばっと切ってしまった私は悪くないはずだ。だが、相手は腐っても王族。さすがに断り方というものがある。「ユユ姉様はもうちょっと良く考えてから発言をしなよ」というグレイアの呆れ顔が脳裏をよぎったがもう遅い。
 私が冷や汗をかいていると、目をぱちぱちと瞬かせたルクス殿下は、次の瞬間腹を抱えて爆笑し始めた。

「ふははは。即断即決って! いや、いっそ清々しい」
「それは、貴方がおかしな提案をするからでしょう。私だって、そんな怪しげな話、断りますよ……。殿下が申し訳ありません、ええと……」

 もう一人の護衛、金髪碧眼の近衛騎士がありがたくもフォローを入れてくれたので、私はすかさず礼を取った。

「ご挨拶が遅れ失礼いたしました。私はブルーマロウ子爵家が長女、ユユアと申します」
「こちらこそ。私はルクス殿下の側近として護衛の任を賜っております、近衛騎士団所属、フィアット侯爵家三男、クロードと申します。ブルーマロウ子爵令嬢、この度は殿下をお救い下さったとか。ありがとうございます」

 クロード様は、ルクス殿下に厳しく突っ込んでいた様相とは異なり、柔らかく紳士的な言動で挨拶を返してくれた。こちらも身分が高くて震えてしまいそうになったが、それを上回る親近感がわいてしまったのは、多分ルクス殿下に振り回されている同士の空気を互いに察知したからだろう。

「まあまあ。そう邪険にせず、ちょっとくらい耳を傾けてくれないか。僕だって何も事情なくこんな提案をしているわけではないよ」
「10割思い付きだと私は思っていますよ」
「否定できないところが辛いな!」

 ルクス殿下はけらけらと声を上げた。先ほどから繰り広げられる主従のやりとりは、高位貴族っぽさの欠片も遠慮もなく、どちらかといえば友としての信頼感を強く滲ませている。それに、ルクス殿下はあまり王族という感じをさせない。クロード様の容赦ないツッコミも相まって、私の身体から少し緊張が抜けた。
 それを受けてか、ルクス殿下は笑みを刷きつつも、表情を幾分引き締めて私に尋ねた。

「が、こと状況は予断を許してくれなくてね。ユユア嬢。君は今、我がノルンディード王国において、魔物による被害がここのところやけに増えているのを知っているかい?」
「魔物の……被害ですか?」
「ああ。見たところ君の領地では、あまり実感がないかもしれないね。そうだな、元は辺境伯領から僕がおびき寄せたとはいえ、そもそもこんな場所にキマイラが出るのがおかしいとは思わなかったか?」
「それは……」

 私も先ほど同じ思考に至ったので、こくりと頷く。キマイラはどちらかといえば、険しい山岳地帯を住処に選ぶと小耳に挟んだことがあった。どちらかというと西部辺りで出没しやすい魔物だ。

「僕があちこち遠方まで足を運んで調査しているのも、これが理由でね。こういった被害が各地で少しずつ増えているんだ。おかしいくらいにね」
「陛下が止めるのも聞かず、普段政務もそこそこに引きこもっているくせにフィールドワークだと喜び勇んで飛び出したのは、どこのどなたでしたっけ?」
「さっきからうるさいな、お前は……」
「連れまわされる私どものことも、少しは考えていただきたいものでして」

 ルクス殿下は継承権を放棄して魔法研究に骨を埋めたがっているいう話を思い出して、クロード様の茶々に内心でくすりと笑う。多分、私に負担を感じさせないよう、わざとやってくれているのだろう。

「それはさておき、だ。今はまだ魔物が出ても堪えきれている。騎士たちがよくやってくれているしね。けれども、このまま数が膨れ上がっていけば、いずれ国に訪れるのは……」
「スタンピードの可能性……ですか……」

 胃の腑に、えも言われぬ感情がもやもやと蟠る。
 スタンピード。何らかの事情で、魔物が大量に町や村に押し寄せ、壊滅的な被害をもたらすといわれる大規模な災厄。

「そう。冒険者ギルドとも裏から協力体制を敷き始めたのだが、調査や討伐に出ている騎士団も結構な怪我人が出ている上に、出撃が増え疲労が色濃くなってきていてね。このままでは頭打ちだし、民たちも徐々にだが、不穏さを感じ始めているらしい」

 ルクス殿下のみならず、クロード様の表情もいささか険しい。
 不安というのは、いとも容易く伝播する。魔物による影響を、真っ先に被るのは各領地の民たちだ。簡単に隠しおおせるものでもないだろう。

「そこで、君を見て思いついたのが聖女の存在だ。人々の傷と心を癒し、魔を打ち払うと謂われる聖女は、民の希望と安寧の拠り所となれる。君の魔法は稀有な上に、奇しくも聖女と同じ黒髪持ちときている」

 数百年前、我が国ノルンディードを襲ったスタンピードの際に、女神直々にいずこから召喚された少女が、いわゆる聖女の始まりだ。黒髪黒目の凛とした娘は、与えられた力を振るい国を救ったという。
 ただ、近隣諸国との小競り合いや継承問題はあったものの、その後国家を揺るがすほどの大惨事はなく、比較的安定した時を経過した末に、聖女の伝承は薄れつつあるのが現状だった。

「要するに、過去のスタンピードに倣い、聖女という古の高位の存在を偶像として立て、いたずらに不安を招かぬよう民衆の統制を行いたい、と」
「うん。理解が早くて助かるよ。偶像にしておくつもりは、毛頭ないけれどね。というわけで、しばらくの間、君を王都に招きたい。体制が整うまでは、我々が上手くやる。君はいてくれるだけでいい。身の安全も保障しよう。まあ、魔法で騎士たちを回復してくれると、こちらとしても大変ありがたい」

 潔く腹を割って私を利用する宣言をされてしまうと、何だか逆に肩透かしだ。普通そういうのって、手八丁口八丁で騙くらかすのが常ではないのだろうか。
 それに、お飾りとしてただぼーっとしているだけではなく、国のため命を懸けて働いている方々の役に立てるのであれば、やぶさかでもない気持ちにもなる。スタンピードがこの先、本当に現実になるのであれば、他人ごとではいられない。
 だが、私は重大な欠陥を抱えている。

「ですが……私の光魔法はポンコツなんです。治癒魔法一つしか使えませんし……」
「ポンコツ」

 ルクス殿下の目が、面白いくらい丸まった。


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