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オルクス公爵領ダンジョン調査

97.元社畜パーティVSボス・1

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古竜エンシエントドラゴン……」

 口元を手で覆うマリーの反芻する声が、洞窟内に響いた。
 みんなが竜の存在に絶句する中、はぁと深々ため息をついたディランさんが、空気を引き締めるようにパンと手を叩く。

「まあ、まだわからない先ばかりを考えても仕方ないさ。今僕たちができることは、20階ボスをきっちり倒して、調査を完了することだ。竜だって、倒せないわけじゃない。そうだろう?」

 力強い言葉だった。
 おお、リーダー頼もしい!さすが、若い身空でありながら、騎士団で指揮をとってきただけある。
 そうだ。このパーティは、攻守のバランスが最高にいい。応用力もある。だから、きっと竜にだって負けたりしない。

「それに、上手くダンジョン運営の舵取りができれば、オルクス公爵領は絶対に儲かる」
「つよい」

 めちゃめちゃいい笑顔で、ディランさんがのたまい、ばちこーんとウィンクを飛ばした。
 おおん、リーダー、めちゃくちゃ商魂たくましい……。いや、多分硬くなった空気を、和らげてくれたのだろうけれども。

 ああ、うん、そうだよね。定期的にレアな竜素材が手に入るとなったら、かなり難易度の高いダンジョンではあるものの、それはそれは冒険者で賑わうことだろう。危険とトレードの一攫千金。他国からわざわざ渡ってくる人だっているはずだ。
 別に、特級、A級の冒険者も、ここにいるメンバーだけではないのだし、どこのダンジョンだろうが、命のやり取りは必ず生まれる。

「ディランダル様、台無しです……」

 額を押さえたシラギさんを、ディランさんは呵々と笑い飛ばした。

「ま、予想の欠片が降ってきてくれたおかげで、僕らが考えなきゃいけないことは、山ほど積みあがったけどね。本当にあれだけ強い魔物を内に飼っているならば、スタンピードの確率が上がってしまうからなあ。もうちょっと定期的に騎士団や冒険者を派遣して、魔素マナを散らさないといけないかもね、これは」
「でも、それを補って余りあるほど、竜のダンジョンというのは魅力的でもありますからね」
「ヒースさんの言う通りではありますね。女神の恩恵もそうですが、脅威ではあるものの、やはり竜から得られるリターンは大きい」
「この場合、さしずめ魔女の恩恵じゃないかね~?」

 男性陣が、揶揄するように話す。
 今まで散々悪態をつかれていた【狂乱の魔女】が、一転、地の女神と同等になっているのだから笑えてしまう。
 人嫌い、神嫌いとされる彼女の、嫌がらせのはずだったのが、今や恵み扱いされているのだから、何がどう転ぶかわからないよね。もちろん、実際に竜に対峙したら、恐怖を伴うのだろうけれども。
 多分、トラップの時の様子を鑑みるに、意図を完全に外された形じゃないかなあとは思うんだけれども。ねえ、一体どんな気持ち?って煽りになりそうなアレよ。

「じゃあ、オルクス公爵領の発展のために、気合い入れますか!」
「ま、これでここのボスが竜じゃなかったりしたら、最高に笑っちゃうんだけどねぇ~」
「魔女のダンジョンですもの、外してくるかもしれませんわよ」
「違いない」

 くすくすと、自然に笑みがこぼれる。ぽんぽん飛び出してくる軽口に、強張っていた身体から、力が抜けていく。ほっと息をついて、マリーと思わず顔を見合わせて、笑ってしまった。

「竜もよもや、畏怖の対象ではなく、近場で取れるレア素材扱いされるようになるとは、夢にも思わなかったでしょう」

 シラギさんの何だかなあなボヤキが、面白すぎるんですけど。

「【狂乱の魔女】の思惑に、一矢報いれたかなぁ。それに、ヒースさんがいるんだ、何が来ても絶対平気だって」
「そうですよ、ヒースさんはめちゃくちゃ強いんですから!」
「期待が重い……頑張ります」

 自分のことにようにえへんと胸を張った私に、ヒースさんが苦笑を見せつつ、胸を叩いた。

「よし、調査完了まであと少しだ。みんな、よろしく頼むよ」

 そんな感じで、不安を吹き飛ばしながら、私たちは19階の調査を順調に進めるのであった。



* * *



 楽観的になったものの、倒せないわけじゃないけれども、倒すのがすこぶる難しい、それが竜である。そうじゃなかったら、最強の名を冠し、畏怖の対象になりえない。

 無事19階を探索し終え、一度休暇をしっかりとったあと、私たちはダンジョンに舞い戻った。これが正真正銘、調査でのラストアタックだ。
 目の前にそびえるのは、意匠の凝った荘厳な扉。淀んだ空気も伴って、やたらと重苦しい。この先、強敵が潜んでいますよーと、ありありわかる親切さだ。

「さぁてと、竜討伐といきますかね。って、竜じゃなかったら、笑ってくれよな~!」
「仮にもボス戦なんだから、笑っている暇なんてないと思いまーす!」
「でも、ヒースさんなら、戦闘中に笑みを浮かべていそうじゃないかしら」
「俺のことを何だと思っているんですか、アマーリエ嬢……」

 程よい緊張感の中、軽口を叩き合いつつ、ディランさんが扉に触れる。重そうな扉は、ゴゴゴゴと音を立てて左右に開いていく。
 視界の先には、予想通り19階と違わず、マグマと溶岩のフロアが広がった。ぶわ、と漏れてくる熱風に、思わず目を眇める。

「じゃ、行くよ。最初の竜の咆哮でのスタンに、くれぐれも気を付けて」
付与エンチャントが終わったら、カナメは俺の影に隠れていてね」
「はい!」

 ボス部屋に足を踏み入れながら、私は各自の装備に≪耐火フレイムガード≫の魔法を、剣に水属性を付与していく。
 全員が扉の内側に入ったと同時に、自動で閉まっていく。これで、ボスを倒すまで私たちに逃げ場はない。それにしても、ドアにセンサーでもあるのかなあとか、SE的な頭がどうでもいいことを考えてしまうのはよろしくないなあ。
 言われた通り、私はヒースさんの背中に隠れる。マリーが竜の咆哮に備えて、魔法を詠唱し始める。

「おおっ、当たりだねぇ~」

 やがて、上空から翼を悠然と広げた紅い竜が、ゆっくりと降りてくる。鱗が紅なのは、火竜だ。これは予想通り。
 てゆか、空を飛んでるのズルいよねえ。サイズは、さほど大きくない。他の竜にお目にかかったことがないので、ワイバーン比だけど。
 とはいえ、小さ目だからといって、侮ってはいけないのが竜種だ。
 ばさばさばさと何度か翼を大きくはためかせた後、火竜は凶悪な瞳をかっと剥き、私たちを敵と認識する。
 そうして、首をぐりんとうねらせたかと思うと、大きく鋭い顎を開いてすうっと息を吸い、直後、ギャアアアアアアと盛大に、禍々しく吼えた。

 けたたましい竜の咆哮によって、ビリビリビリビリビリと空気だけでなく周囲の壁まで振動が伝わる。
 あまりの煩さに、私は片目を閉じて耳に手を当ててしまった。そんなことをして果たして意味があるのかというと、全く意味はない!
 竜の登場と同時に、マリーの≪聖域サンクチュアリ≫が発動し、すべての魔法攻撃が緩和されているから、これでも多少マシになっているんだけどね、気分!

 咆哮って、今まで原理がわかっていなかったらしいんだけど、≪聖域≫で緩和されるっていうのは冒険者における竜退治の通説だ。だから、咆哮は魔法攻撃扱いされているらしい。

 でも、これってオドバッドほどではないにせよ、叫び声に薄くではあるが魔力が載っているからっぽい。
 確かにこれを直接喰らったら、ディランさんも言っていた通り、身体が麻痺して動けなくなるのは道理だ。体内魔力が狂うもの。
 もちろん、竜への恐怖や、怒号による身体硬直も相俟っての相乗効果なのだろうけれども。
 まあ、聖域の魔法と首から下げてる魔力吸収の魔石の布陣で、咆哮は無力化されている。私がちょっとだけうわってびっくりしたくらい。

 ノーダメージな私たちを見て、竜はふんすと焔混じりの息を吐き出した。

 さて、まずは前哨戦といきますか!




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