【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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オルクス公爵領ダンジョン調査

94.元社畜と冒険者の情報共有

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「……メ。……ナメ」

 名前を、呼ばれている。ゆさゆさと身体を優しく揺さぶられる。ふわふわして温かな感覚の中、小さな刺激で暗闇のゆりかごから意識が浮上する。

「……?」

 重い瞼を押し上げれば、至近距離で超絶美形のご尊顔が飛び込んできた。

 ……なんだ、夢か。

「こらこら、寝ぼけてまた眠らないでくれ」

 ……うん?
 私は何度も目を瞬かせる。すぐ目の前には、ヒースさんの穏やかな笑顔。その間に、思考回路と現実が繋がり、私はかっと目を見開いた。

「ひえっ!?」
「急に起き上がったら危ないよ」

 息が触れそうなほどの近さに、私が思わずのけぞってバランスを崩しかけ、ヒースさんが慌てて背中を支えてくれた。
 あわわわわ、何で抱き締められてるのかな……!

「ヒ、ヒースさん……」
「目が覚めたみたいでよかった。急に気を失ったから焦ったよ。大丈夫? 現状、覚えているかい?」

 おおおん、抱き着いたまま気絶しちゃったからこその、この体勢……!私のバカ!
 内心でヒースさんとの密着に大慌てしつつも、ついさっきまでの危機的状況が頭を駆け巡る。
 そうだ、それどころじゃない、今はダンジョンでトラブルの真っ最中! 何をのん気に寝ていたんだろう。

「だだだ大丈夫です。すみません。多分緊張の糸が切れちゃったみたいで……はっ、時間……!」
「カナメが落ちていたのは、ほんのちょっと、あれから半刻も経っていないよ。ただ、さすがにそろそろここから移動しないといけないからね。ゆっくり休ませてあげたいのは山々だが、起こさせてもらった」
「いえいえ、気にしないでください! てか、いつまでも寄りかかっていてすみません」
「あはは。役得だったよ」

 私は身を起こして、ヒースさんから距離を取る。軽口を叩いて、雰囲気を和らげようとしてくれるヒースさんの気遣いが身に染みた。
 いくら冒険者とはいえ、成人女性をずっと載せっぱなしでは、身体が固まってしまうだろう。ぐ、と互いに背伸びをして、これからに供え身体をほぐす。

「カナメが気を失っている間に、俺も魔力回復の怠さがだいぶ取れた。さて、情報共有と行こうか、水分補給でもしながら」

 ヒースさんの言葉に、私も異論なしと頷いた。
 さすがに喉がカラカラだしね。緊張と興奮で鈍くなっていた器官が、ようやく機能してきた感じだ。
 私はリュックからコップとレモンの蜂蜜漬けを取り出して、蜂蜜レモン水を作った。お互いそれを一気に飲み干して、深々と息をつく。ああ~、生き返った気分。空になったコップに水を追加していると、早速ヒースさんが口火を切った。

「まずは俺から行こう。君がトラップに引っかかって墜ちた瞬間、どうにか俺も身体をねじ込むことができてね。高さが結構あったから、とっさに【浮遊ホバー】を使ったんだけど、2人での使用は初めてで、情けないことにうまくコントロールがきかなくて。張り出していた岩にあちこちぶつかってしまったんだ。その後、地面に降りる少し前くらいから、ふっと魔力が抜けていく感覚があって、恥ずかしながらあとは見ての通りってところかな」
「そうだったんですね……。助けてくれてありがとうございます」
「何にせよ、間に合ってよかった。カナメに怪我がなくて幸いだよ」

 お互いに頭上に広がる洞穴を見上げる。暗闇で先が見えないくらいの高さからして、1階から2階分は下に落ちている。ヒースさんの風魔法がなかったら、私は今頃墜落死していたんだからぞっとする。うわー、胃の辺りがもやもやするわ……。

 中級風魔法の【浮遊】は、中級の中でもとりわけ魔力消費が大きい。エアスケーターで利用しているように、魔法陣で固定し効率化をはかると節約できるんだけど、自由落下ともなると本当制御が大変。それを2人分の重さだ。ヒースさんの魔力が、レッドゾーンにいっていたわけがわかった。

 となれば、今は回復が重要。喉が潤ったら、腹ごしらえをせねば。墜ちたの、ちょうど休憩の直前だったしね。
 話の合間に、さっき出し損ねたパウンドケーキを取り出して、そっとヒースさんに渡す。のんびりお茶を淹れている場合じゃないのがちょっと残念だ。
 結構厚みがあったんだけど、ヒースさんはがぶりと一口で半分ほど持っていった。
 私も、ちまちまケーキにかじりつく。うーん、美味しくできたのに、ディランさんたちに味わってもらえなかったのが無念すぎる。

「それにしても、何故、カナメだけがトラップを作動できたんだろう?」
「あー、気づいたんですけど、トラップって魔法陣による発動もあるっぽいんですよ。多分なんですけど、一定以上の魔力量を持つ者に反応するとか、条件付けの作動であれば。そうすると、この後説明しますけど、ここの部屋のトラップとも繋がるんですよ」
「なるほど……そんな面倒なトラップをよくもまあ……。魔女のダンジョン独特の仕様だな」

 要するに、【狂乱の魔女】が魔力リソースを集めるための罠だったんじゃないかなと、彼女の発言も含めて推測する。
 それにしたって、罠発動の基準の魔力が、高そうではあるんだけど。ディランさんやマリーレベルでも起動しなかったし、属性によってはそのまま墜落死する恐れもあるしね。
 もちろん、単純に高魔力持ちの魔法師を潰したいがためかもしれない。想像の枚挙にいとまはない。

「次は私ですね。私が目を覚ましたのは、そうですね、だいたい1刻ちょっと経ってからだと思います。ヒースさんに回復をかけても意識が戻らないので、魔力欠乏状態に陥ってることがわかりました。私の魔力も吸われていることから、もしかしたらここは魔力が吸収される部屋なんじゃないかと当たりをつけたんです」
「魔力吸収部屋……そんなものが。だから、魔力が足りなくなって、俺の【浮遊】が途中で不自然に解除されたのか」
「ええ。で、吸収している本体はどれかっていうのを見破って、壊して、ヒースさんにマナ・ポーション飲ませてってところです。魔力視ができてよかったですよね……。床から生えてる水晶、あれ壊したら全部魔物が出てくるトラップです」
「うわ、嫌がらせか」
「本体壊しても、敵が出てきましたから」
「はあっ!? 大丈夫だったのか、カナメ!?」
「ええ、どうにかこうにか。魔石での攻撃魔法の練習しておいてよかったです」
「……まったくだ」

 こう、出てきた例の人型の敵の特徴を話したところ、結構レアな感じだった。ちょっとだけ、ヒースさん青褪めてたよ。私のレベルで戦う魔物じゃないって。そらそうだ。なにせ私の冒険者ランクはE。
 落としたアイテムの短刀も、質のいいものだったっぽい。「やっぱりカナメは規格外だよ……」と、ヒースさんは安堵したような、しょんぼりしたような感じで肩を落とした。

「はー、俺がカナメに守られていちゃ、格好がつかないな」
「そんなことないですよ。私一人だったら、罠にかかった時点で死んでいたわけですから。助けてくださって、ありがとうございました。ヒースさんはちゃんと私のこと、守ってくれました。それに、この後も守ってくれるんでしょう?」
「カナメ……。ああ、絶対に無事カナメを地上に連れて行く」
「頼りにしています」

 私たちは微笑んで、互いを励まし合った。うん、安心感が物凄い。
 たとえ私が気を失っていなかったとしても、落下の際、ヒースさんみたく冷静に【浮遊】や【飛翔フライ】を魔石に付与エンチャントして対応できたかは怪しい。
 こういう咄嗟の判断が、やっぱり冒険者としての絶対的な経験の差だと思うんだよね。

「よし。お互いの状況は把握はできたし、休憩も取れたし、そろそろ行こうか。ここからしばらく休みなしで駆け抜けるぞ、カナメ」
「はい。じゃあ、キャラメルを渡しておきますね。魔力の吸収トラップは、止めてあります。けど、この先の区画での罠は、ここと同じく水晶の破壊による魔物の召喚なので、くれぐれも壊さないように注意してください。あと私の魔力視で、ある程度トラップの回避はできるみたいです。ディランさんほどは、難しいかもですが」
「それは助かるな」

 私とヒースさんは、各々荷物を持ち立ち上がった。
 万が一離れ離れになったときのためにと、通話用魔道具を持っていたのだけれど、ディランさん宛に【通話コール】を飛ばしてみても、ジャミングされているのか、途中で掻き消えてしまう。

「ここが何階だかはわからないが、まずはポータルを立てに安全地帯まで向かおう」
「え、ヒースさん、ポータル立てられるんですか?」
「俺を誰だと思っているんだい?」

 私がびっくりして目を瞬かせると、ヒースさんはにやりと笑った。

「ダンジョン攻略組ではないにせよ、特級冒険者だからね。何かあったときのために、ポータル魔道具をディランダル君から預かっている」




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