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オルクス公爵領ダンジョン調査

82.元社畜とうどん・2

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「カレーの匂いがする……」

 鼻をひくつかせたヒースさんが、嬉しそうに言葉を漏らす。すっかりカレーが大好物になったヒースさんには、匂いを誤魔化せないようだ。食欲を誘うものねえ。

「カレーは後でです。まずは定番からどうぞ」
「カナメ、これは? 麺……のようだが、スープに浸かっているし、パスタと違って随分太いな?」
「これは私の故郷の食事で、うどんといいます」
「うどん」

 ディランさんが、まじまじとうどんを四方八方から見ている。
 そして、次に視線を注ぐのは、私の手にある箸だ。なんだそれ、という目をしている。

「本当は、こちら、カトラリーの一つの箸を使って啜りながら食べるんですけど、箸の使い方がわからないと思うので、フォークでパスタみたいに巻いて食べてください」
「ヒースさんは、箸とやらを持っているけど」
「俺は、冬の間に試食も兼ねて練習しました」
「なんか悔しいなあ! 後で使い方を教えておくれ。君の作る料理は、食べたことがなくとも大概旨いから、ちゃんとした形でいただきたい」
「はーい。では、いただきます」

 私の言葉に合わせて、ヒースさんを除く3人も慣れないながらもフォークを動かし始めた。
 箸遣いを特訓したヒースさんは、もう慣れたもので、器用に箸を使いこなしている。
 私も早速、箸で湯気の立つあつあつのうどんを啜る。ずずっと音が立っちゃうのはごめんなさいなんだけど、やっぱりうどん、そば、ラーメンだけは啜らないとね~。
 冬の間に試食をたくさんして試行錯誤の末に打った麺だから、コシもばっちりだ。でも、やっぱり大将の打ったうどんのが、圧倒的に美味しいんだよねえ。
 しいたけと昆布、そして、たくさんぶち込んだ鶏肉からお出汁が良く出ていて、風味と旨味を引き出している。ほんのり甘みのある醤油味が、戦闘で疲れた身体に染み渡っていくようだ。

「はー……温かい。やっぱりおうどんって美味しい~。温玉と絡めると更にうま~」
「お野菜がトロトロになっていて、食べやすいわ。麺もとってももちもちしているし。何だか優しいお味!」
「ええ。それに、パスタとはまた違った喉越しも、なかなか不思議な味わいですね。スープもあっさりしていますが、かなり味に深みがある」
「こっちのマリネも、食べたことのない味がしますけど凄く美味しい。ダンジョン内で、こんなに色々な食事が食べられるだなんて!」
「アマーリエ様、こちらの薄切り肉も、濃い味が染み込んでいて旨いですよ。干し肉を齧るのとは、わけが違う」
「それはチャーシューっていいます。オーク肉で作った焼き豚の一種ですね!」

 うどんだけでなく、マリーとシラギさんから常備菜も好評を博しているようでよしよし。私の冬の手仕事が報われる。リオナさんの酒のつまみとして、いっぱい持っていかれたからね、何度作り直したことか!
 ハフハフと息を漏らしながら、ディランさんは夢中でうどんを食べている。

「弾力があって、食べ応えもあるしなかなかに旨い~。てか、行儀が悪そうなんだが、カナメたちの食べ方のほうが、より旨そうに見えるなあ」
「でしょー。おかわりもあるので、たくさん食べてくださいね。この後は、おつゆの味が変わります」
「そういえば、スパイシーな匂いが先ほどからするなと思っていたら、わざわざ2種類の味を作ったのかい?」
「1杯だけじゃ、特に戦闘職のみなさん足りないかなーと。味変です、味変」
「カナメさんの至れり尽くせりが過ぎる……」

 私はにやりと笑う。うどんは、色々なお味ができるからね~。同じ味だけなのはもったいない!
 黙々とうどんを食べ終えたらしきヒースさんは、スープまで綺麗に飲み干した後、早速物足りなげに呟いた。

「ああ、肉がゴロゴロ入っていてうまかった。だが、次の味のほうが、ディランダル君やシラギ君の好みだよな」
「絶対好きですよね。ヒースさんも大好きですし」
「そうやって2人して煽るの、やめてもらえませんかね~!」

 どっと場が湧く。みんなで和気藹々と食事をするの、凄い楽しいな。ダンジョンにいるっていう感じが全然しない。いや、そう見えずとも、男性陣は特に気を張ってくれているんだろうけどね。




 さて、1杯目をみんな食べ終え、お替りいる人~と念のため尋ねてみたところ全員から手が挙がった。どんぶりを回収して、マリーと一緒に再びキッチンへ。
 どんぶりを洗ってもらっている間に、私はひたすらうどんを茹で茹で。カレーをちょっとだけ温め直す。
 洗いあがったどんぶりから順番にうどんを入れて、カレー汁を上からかけ、刻みネギを散らし、今か今かと待ち焦がれている男性陣たちの元へ。

「お待たせしました~。第二陣は、カレーうどんです」
「うわー、食欲を全然そそらないアレな色合いなのに、食欲を刺激するいい匂いがするぅ~!」
「これは……またインパクトが凄いですね……」

 登場したカレーうどんに、ヒースさんは楽し気に、シラギさんはちょっと絶句気味だ。この世界の人、醤油やスパイスが出す茶色い食事はあんまり見たことないものね。ヒースさんの反応も似たような感じだったし。
 牛乳混ぜているせいもあってか、色合いがよりアレだ。お食事中に考えることじゃないけど。

「辛味のある食べ物ですが、ある程度まろやかにはしています。もし辛すぎたら申告してくださいね。あと、お汁が飛びやすいので気をつけて!」
「はあ、旨い。やっぱりカレーもうどんに合うな。てかカナメ、俺、もうちょっと辛くしたいかも」
「じゃあ、ガラムマサラをちょっとだけかけましょうかね」
「ありがとう」

 一番槍とばかりに早速箸をカレーうどんに突っ込んで、うまうまと食べ始めたヒースさんからご要望が。
 私はウェストポーチから特製のミックススパイスを取り出し、未使用のスプーンで少量さらさらとかけてあげた。かけすぎると今度は辛すぎて食べられなくなっちゃうから、少しだけね。

 このガラムマサラ、リオナさんと私のカレーの好みの辛さが違うので、妥協を求めて作り上げたちょい足し用の一品である。
 私は、中辛な今の味くらいでちょうどいいんだけどね。カレーの好みの辛さは、本当人それぞれよね。甘党のヒースさんだけど、カレーはそこそこに辛いほうが好きみたいだ。
 幸せそうにうどんを啜るヒースさんに勇気づけられたようで、残りの三人もおずおずとどんぶりに手を付け始める。

「!! えっ、すっげえ旨い! ぴりっとした辛さも、またいい」
「見た目に反して、色々なスパイスが効いていて、風味がたまりませんね。鼻を抜ける香りも良い」
「思ったよりクリーミーで、うどんに合って美味しいわ……。これ、普通にパンにも合いそうね?」
「マリー嬢、それ! 絶対パンにも合うじゃん~!」

 一度口にしてみたが最後、勢い込んで皆カレーうどんを食べ始めた。そうでしょうともそうでしょうとも。具は最初とほぼ一緒だけど、味が違うとまた違った美味さがあるよね。
 パンもいいけど、ごはんにもいい。カレーは何にでも合うから、また違った食べ方を披露してあげたら喜ばれるだろう。
 すっかりカレーうどんをお気に召してくれたみんなに、にししと私は笑みを作った。





 最終的に私とマリーはノーマルとカレーを1杯ずつ、男性陣は更にカレーうどんをもう1回お替りして、綺麗に完売した。念のためにとカレー汁を多めに作っておいてよかったよ……。食いしん坊が多すぎではないですかね!


 そんなすっかり満たされた食いしん坊たちを順番にお風呂に入れて、私はせっせと後片付けや、見張り用のおやつの準備なんかに精を出す。満腹になったから、動かないとね。
 見張りは5時間ごとに2交代で、最低でも2人は外にいるような体制だ。今日は前半ヒースさんとシラギさん、後半ディランさんとマリーの組み合わせ。
 私は、朝食と昼食の下ごしらえがあるので、大体後半組よりちょい遅めくらいに起きる予定。見張りとしては役立たずなのでね!

 お風呂に入って身体を温めたら、シュラフに潜っておやすみなさい。ダンジョン探索は体力勝負なので、私は特にしっかり休んで体力回復に努めないとだ。
 初ダンジョン探索だったけど、まだみんなに余裕のある階層だったから、ハチャメチャなことができて楽しかったなあ!



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