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オルクス公爵領ダンジョン調査

81.元社畜とうどん・1

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 とはいえ、コテージサイズの広々とした空間を用意できたとしても、いくつか制限があった。
 魔道具にして、収納鞄アイテムボックスのリュックに入れて持ち運ぶ関係で、テント内に魔石を仕込むことができないのだ。
 そのため、冷蔵箱の設置や、キッチンやお風呂を起動させるための魔石を、あらかじめ取り付けておくことはできない。収納鞄の天魔法と魔道具内の魔石が、亜空間内で干渉し合うためである。
 多分魔石1つを亜空間に入れるのは問題ないのだけど、複合した魔石を取り込む場合は、空間魔法に影響が出るものと思われるとはユエルさんの言だ。
 やー、実験の際に魔石を仕込んだままリュックに入れたら、テント中の魔石が暴走して、火事と水浸しがいっぺんに起きてえらいことになったのもいい思い出ですよね、ハハ……。

 なので、家具はテーブルとソファがあるだけの殺風景さだ。3人くらいならば、パーティションを切って男女に分かれてしっかり眠れると思う。空調もきかせられるし。

 と、そんな説明をしたところ、真っ先にがっくりと項垂れたのがヒースさんだった。

「こんな便利さに慣れてしまったら、冒険者としてこの先やっていくのが辛くなりそうだな……」
「でも、とても快適そうですわ……これが広まったら、画期的ですよ」
「騎士団でも利用出来たら、大変便利ではありますが……」
「ただ、魔力の消費が激しいんですよね。一応、周辺の魔素マナを取り込んで≪転換コンバート≫はしているんですけど、私の魔力もかなり持っていかれてます」
「確かに、空間制御系の天魔法は維持コストがなあ……」

 うーん、と皆が考え込んでしまった。
 結局これも、『界渡人わたりびと』の膨大な魔力あってこそできる所業なのであった。



* * *



 というわけで、寝る場所や食事のスペースについては解決。テント持ってきた意味とは……ってディランさん言ってたけど、どのみち荷物は各自収納鞄に入っているんだから、手ぶらも同然じゃないですか。ははは。

 私は早速、各スペースに対応の魔石を設置して、テントを利用できるようにする。
 外では、ヒースさんとシラギさんが、見張り番のための焚火ブースを作っている。ダンジョン内はひんやりしてるから、見張りの間、焚火はできたほうがいいものね。火があれば、飲み物も作れるし。
 後は、順番にお風呂に入ったりして、ゆったりしてもらうことになった。

「まさか、ダンジョンで風呂に入れるとはねえ……」

 ディランさんが苦笑しつつ、マリーのお家の分家が作ったふわふわのタオルを持って、脱衣所に入っていく。
 とはいえ浴槽は狭いので、特に男性だとゆったり足を伸ばせるわけじゃないですけどね。
 いくら過酷な環境に慣れている冒険者や騎士とはいえ、ダンジョン内での逗留はやっぱり気力も体力も消費するし、ちゃんと身体を休めたいよね。死なないためにも。

「では、我々はご飯作りを頑張りましょう」
「はい!」

 リュックから取り出したエプロンを、二人して颯爽と着用。
 それと、一部の野菜や調理器具、カトラリーもリュックから出してはマリーに渡す。別途休憩時に使う可能性も考慮すると、常にこのテントにおいておくわけにもいかないんだよね……。なので面倒くさくてもこうやって一つ一つを取り出す。

 それから、ずっと肩からかけていたショルダーバッグの出番がやってきたわけです!
 ショルダーバッグ2種類なんて邪魔なものをわざわざかけていたのは、テントの機能の関係で、冷蔵箱を設置できなかったのもあったから。片方が冷蔵箱、片方が冷凍箱の役割をしている。亜空間に冷蔵冷凍機能を結びつけるの、めちゃくちゃ大変だったんだよー!私の頑張りを褒めてほしい。ちなみに、常温はリュックだ。

 まずは冷蔵用鞄の中から、私は生鮮食品を取り出した。今回使うのは、牛乳と卵、常備菜、お肉。なお、お肉は、4階で仕留めた鳥形の魔物の肉でございます。
 階によって地形が代わり、上層階は遺跡みたいだったのに、4階に入ったら何故か森だったのだ。おかげで、あれこれ現地調達できたけどね。

 マリーは私が並べた食材を見て目を瞬かせた後、ぱちんと両手を合わせた。

「まあ。生鮮食品がこんなにいっぱい! 凄いわ、カナメ」
「そう。あとこれ、大事なもの!」
「……干からびたきのこ?」

 私が意気揚々とリュックから取り出したるは、野菜一式と、調味料、そして水の入ったボウル。その中に入っているきのこ――シイタケである。
 冬支度の間に、私はせっせと干しシイタケを作っておいたのだ。
 シイタケの戻し汁は、出汁が最高に美味しいからね。

「あとは、冷凍しておいたきのこ類と、今日のメインです!」
「これは……麺? 初めて見るけれども……凍っていて大丈夫なものなの?」
「平気平気。凍らせることで、保存期間が長くなるんだよ」
「へぇ……」

 マリーが目を丸くする。
 冷凍用鞄から出したのは、小分けにしておいたミックスキノコと、白くて太い麺。そう、うどんである!
 学生時代にバイトしていたうどん屋さんで、大将から暇な時に打ち方を教わったことがあるんだよね。何年前かの記憶を引っ張り出してきてどうにか。
 これも、ミクラジョーゾーのリュウさんに、中力粉を見つけてもらったおかげ。
 冬の間は、しばらく冷凍の茹でうどんを、せっせと作る羽目になりましたが。まあ、材料は小麦粉、水、塩とシンプルなので、蕎麦よりは打ちやすい、多分。

 冷凍うどんって、使い勝手が良くてすっごく便利なんだよね。日本にいた頃、私も冷凍庫に常備していたくらいだ。某関西だし味のスープの素も合わせて。
 あと、あらかじめ引いておいた昆布だしがあれば、準備はオッケー。こちらも冷凍したものを、解凍してある。出汁を取った後の昆布を佃煮にしたのが、先日のおにぎりの具だ。

「さて、マリーはひたすら野菜を切ってもらえるかな。玉ねぎは薄切り、人参と大根は銀杏切り、キャベツは食べやすい大きさでお願い」
「わかりました」

 私は、その間にお湯を沸かした鍋に、お玉で卵を載せ入れ、放置して温泉卵を作る。卵はいつもの如く、≪清浄クリーン≫をかけてから。
 でもって、昨日から仕込んである干しシイタケを取り出して、薄切りにする。あと、お肉を一口大のぶつ切りに。手羽は骨付きのまま。
 ヒースさんから解体を教えもらったので、丸ごとのお肉の捌き方にもすっかり慣れた。色んな部位のお肉があるけど、食べ盛りが3人もいるから全部入れちゃえ。
 マリーも、たくさんの野菜を切ってくれる。5人分もあると、結構な量だよね。

 下ごしらえを済ませて、私はおつゆの準備。
 今回は定番の醤油味と、あとカレー味の2種類だ。たくさん食べる人が、味に飽きてしまわないようにね。
 先にお肉をごま油で炒める。
 ごま油も、リュウさんが見つけてきてくれました。そろそろリュウさんとミクラジョーゾーさんに、足を向けて寝られなくなるレベルだなあ。
 あ、お酒を振って、肉の臭みを抜くのを忘れずに。
 続けて、しいたけ、冷凍きのことキャベツを抜いた野菜を炒めてから、半分を別の鍋に取り分ける。残ったほうに、キャベツを入れて、もうちょい炒める。私はカレーうどんに、キャベツを入れない派です。
 火が通ったら、それぞれしいたけの戻し汁と昆布の出汁を加えて、灰汁を掬ってもらう。
 それをマリーにお願いしている間に、私は温泉卵の仕込みをし終えた。

 しっかり温まり野菜もしんなりした片方の鍋には、醤油と日本酒代わりの白ワイン、そしてハチミツを加え、味を調える。白ワインとハチミツで、みりんの代用だ。多少洋風じみちゃうけど、みりんがないので仕方がない。

 もう片方には、カレールウ。ユエルさんのご要望にお応えして、私ブレンドによるそこそこ辛さのあるスパイスを、小麦粉とバターでまとめて固形にしたものだ。シュヴァリエ侯爵家キッチン部隊一同の協力あって、できた代物である。これでいつでも手軽にカレーが食べられると、ユエルさんも大喜び。
 スパイスをブレンドしてもいいんだけど、ダンジョンで配合するのも面倒なので、ここはお手軽なルウを何欠片かどぼんして溶かす。
 はー、お腹空いてきたなあ。

「カ、カナメ、凄く刺激的な良い匂いがするのだけど、色が、色が大変なことに……!」
「あはは。こっちのお汁は、後でね。最初は定番からいこう」

 ヒースさんと似たようなことをマリーも言うから、笑っちゃった。でも、色なんて覆すくらい美味しいから、期待していて欲しい。
 初めて食べる人もいるカレーうどんは、辛味がまろやかな方が良いと思うので、更に牛乳をインして味を調える。
 それぞれのお汁を小皿によそって味を見れば、どちらもいい感じ。うーん、やっぱりかつおぶしが本格的に欲しくなるな。

 さて、お汁ができたので、冷凍うどんをマリーと手分けしてお湯に入れて解凍。とりあえず一玉ずつ。
 程よくうどんを加熱してからどんぶりに入れて、まずは醤油味のお汁をかけて、その上に温泉卵を割って乗っければ、野菜たっぷり月見うどんの出来上がりだ。

 お盆に載せたどんぶりを、マリーと一緒に焚き火ブースへと運ぶ。
 焚き火の周りには、食事をおけるよう小さな簡易テーブルが2つ、ヒースさんたちの手で組み立てられている。
 作り置きの野菜のポン酢漬けや、きんぴら、冬の間にたくさん作っておいたチャーシューなんかも、保存容器のまま出していく。うどんだけだと、少々たんぱく質が足りないし。

 カトラリーは、もちろん私は箸!クラリッサの街の家具工房さんにお願いして、作ってもらったんだよね。ヒースさんも、冬の間に箸の使い方を覚えてくれた。でも、他の人にはフォークで。

「できましたよー!」



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