【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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オルクス公爵領ダンジョン調査

76.元社畜のオルクス公爵領デート・2

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 大通りに面したところにある商業区は、可愛いディスプレイの店が多く立ち並んでいる。活気に満ちた市場とはまた違って、落ち着いた高級な雰囲気がある。
 クラリッサの街じゃ、なかなかお目にかかれない場所だ。あっちは市場の方が勢いがあるものなあ。私はどっちの感じも好きだけどね。

 服飾店、文具店、魔道具店、本屋、雑貨店、ケーキ店……。あ、美味しそうなカフェもある!珍しいところだと、調香屋なんてのも見つけた。
 なお、私が一番気になる薬草店とか薬屋さんは、商業区と職人区の境目に位置する冒険者ギルドよりの場所に、店舗を構えているらしい。
 ヒースさんに断りを入れて、ちょっと足を止めて、ディスプレイを覗かせてもらうだけでも凄く楽しい。

「中に入ればいいのに」
「いいんですよ。下見です、下見」

 気になるお店に全部入っていたら、さすがに際限がないからね。仕事の前に観光気分のままに荷物を作るのは、気が引けちゃうし。
 それに、日本にいた頃は、本当に生活のための必要最低限しか買い物に出なかったんだよね……。欲しいものって言われても、ぱっと浮かばない。今日の買い物だって生鮮食品目当てだし、長年の習慣って恐ろしい。年頃の娘としては、ちょっと情けなくなってきた。

「あ、でもさっきのカフェは行ってみたいです」
「じゃあ、昼はそこにしようか」
「はい。楽しみです」

 くつくつと、ヒースさんが喉を鳴らす。これは、物欲より食欲と取られてしまったかな?
 寄り道をしつつ、ヒースさんとの会話が弾んでいるうちに、やがて目的地へとたどり着いた。

「俺の用事は、ここだよ」
「ここですか……?」

 見上げた店舗は小ぢんまりとしているけれども、装飾品を取り扱っているっぽいお店だった。ディスプレイには、綺麗で精巧な髪飾りが展示されている。
 あれー?私はてっきりこのまま職人区まで歩いて、武器・防具とかを見るか、魔道具店に入るかするのだとばかり思っていた。完全に当てが外れた。

 お店の中に入ると、壁面一体に髪飾りや髪留めが、所狭しと陳列されている。貴族が身に着けるような豪奢なものから、庶民でも手に取れる値段のシンプルなものなど、様々に取り扱っているようだ。

「カナメの髪の毛を、くくったほうがいいと思ったんだ。かなり動くことになると思うしね」
「あー」

 私は、思わず自分のサイドの髪の束を摘んだ。
 時々リオナさんが切ってくれていたものの、私の髪の毛は肩甲骨下あたりまで伸びている。
 ばっさり切ってもよかったのだけど、この世界の女性は伸ばすのが一般的らしい。
 かといって、紐やリボンだけでくくるのがどうにも上手くできなくて、そのままになっていたのだ。
 言われてみると、確かにかなり動き回るだろうダンジョン探索では、流したままだと邪魔かも。
 一応料理の時だけは少しうっとうしかったので、親方のところでいい感じに作ってもらった棒をかんざし代わりにして、一時的にまとめたりして代用してはいたんだよね。私が転移の時につけていたヘアゴムは、しばらく使っていたら切れてしまったので……。

 キラキラしたゴージャスなティアラやカチューシャ、シンプルなものたとバレッタやリボン、飾りピンも置いている。思っていた以上に種類があって、見ているだけでも結構楽しい。
 こういうの、あんまり身につけたことなかったなあなんて思っていると、くしゅくしゅっとした布で作られた髪留めが、私の目につく。

「あ。シュシュがある! ていうか、ゴムがあるの?」
「ゴム……がどういったものかはわからないが、これはアラクネの糸とスライム素材をより合わせて作ったものだよ」

 商品を手に取りわずかに伸ばしてみると、きちんと弾力を感じる。おお、ちゃんとゴムっぽい。
 ヒースさんの説明によると、伸縮性を出すために、あれこれ開発を経て作り上げられた商品らしい。アラクネの糸の採取にコストがかかるので、紐やリボンよりはお高めだが、女性冒険者の間では髪が解けずしっかりくくれると評判の品とのこと。
 シンプルに布だけのものもあれば、銀細工のワンポイントがついているものもあって、バリエーションも豊富だ。布も様々な端切れを使っているからか、とても可愛い。
 『界渡人わたりびと』絡みの商品かなと思ったら、案の定元ネタは隣国の聖女様らしい。例の日本人の。

 ヒースさんが商品を手に取って、私の髪にそっと当てる。ベルベットっぽい深みのある素材に、ワンポイントチャームの魔石が鎖でしゃらりと垂れていてお洒落だ。
 かと思えば、銀細工で象った可憐な花のついているシュシュを当ててきたり、薄い布を幾重にも重ねた大ぶりのシュシュを手に取ってみたりと、私以上に吟味に余念がない。
 てか、私が選ぶよりも、ヒースさんの方がセンスがいい気がする。
 自分で選ぶと、機能性重視で、ガチシンプルな一色で装飾なしのシュシュを選ぶだろうし。飾りっけないからね、私。髪なんて焦茶のヘアゴムで、引っ詰めていただけだし。か、枯れすぎでは……。

「うん、どれもこれも似合っていて可愛い。カナメの黒髪には、何色でも映えるから悩むな。カナメはどれがいい?」
「ヒースさんにお任せしますよ。私はこういうの、全然わからなくて」
「そう? じゃあ遠慮なく」

 いくつか気に入ったものの中から、ヒースさんはこれぞという5つシュシュを手にしたから、私はびっくりする。1つじゃなかったのか!?

「えっ、そんなに買うんですか?」
「うん。いつでも使えるものだし、長らく潜るのだから、このくらいの楽しみがあってもいいだろう?」

 何を言っているんだとばかりに、ヒースさんがきょとんと目を瞬かせた。
 確かに、王城に上がるときに着けてもらった綺麗なマニキュアは、テンションがあがったしなあ。邪魔にならない程度のささやかなお洒落って、心を湧き立たせたりするのかもしれない。ダンジョンとか潤いがないだろうし。

「あ、あと、お金払いますは厳禁だから。デートの記念にさせて?」

 ヒースさんはにこりと笑いつつ釘を刺してくると、そのまま流れるように会計されてしまった。財布を出す暇もなかった。ぐぬぬ、手慣れている気がする。

「……アリガトウゴザイマス」
「どういたしまして」

 きっちりプレゼント用として包装されたシュシュを渡され、私は白旗を揚げるほかなかった。



* * *



 カフェで美味しい食事とデザートを食べ、市場を回ってクラリッサにはない目新しい商品を眺め、新鮮な野菜や乳製品、卵などを仕入れ、噴水広場なんていうオルクス領都の憩いの場を観光していたら、あっという間に帰り時間になった。

 何 故 か 帰 り の 馬 車 で ヒ ー ス さ ん が 私 の 隣 に 座 っ て い る の だ が 。

 行きは相向かいでしたよね!?
 しかも、手を離さないまま。ナンデ!?
 馬車だってそこまで広くないので、やたらと密着している気がする。
 ヒースさんは楽しかったね、また遊びに行こうって気さくに話しかけてくるけれども、私は思考回路がぐるぐるとループして気もそぞろである。
 何が、一体何が起きているんだ……?
 ヒースさん、たまに距離感凄くバグる時があるんですけど、どこがスイッチになるんだ!?

 そんな風にいっぱいいっぱいになっている私を、ヒースさんが覗き込んでくる。突如視界に入った眩い顔に、びくんと肩が跳ねた。

「カナメ」
「ひゃい!」

 緊張で噛みました。
 ヒースさんはふふっと笑いながらも、真剣な眼差しで見つめてくる。
 こくりと、私は息を呑んだ。

「……今のうちに言っておくけれど、ダンジョンでは何が起きるかわからない。だから、絶対に自分を過信しないで欲しい。俺たちの言うことには、必ず従うこと」
「そ、それは、もちろんです」

 先ほどまでの甘い雰囲気は、どこにやったと言わんばかりの落差ある言葉に、ちょっとだけ拍子抜けする。

「うん、いい子だ。恐い目にあうこともあると思う。でも、何があっても、俺が護るから」

 真摯な、何よりも私を案じてくれる気持ちは、すとんと胸に落ちて。
 ダンジョンへの好奇心と共に、大きな不安がないわけではなかったけれども。ヒースさんがいてくれたら絶対に大丈夫、という安心感が私を包む。
 知らず強張っていた肩の力が、すっと抜けた。
 私は、こくんと頷いて微笑む。

「……はい。ヒースさんを信じています」
「ああ。約束だ」

 そう呟くと、ヒースさんは繋いでいた私の手を持ち上げて、指先に唇を落とした。

「!?」

 ……たまにこの人、唐突に騎士ムーブかましてくるの、タチが悪くありません!?





「お帰り~。……って、あれ? カナメってば顔が赤いけど、何かあった?」
「ななななな何もありません!! 夕焼けのせいじゃないですかね!?」
(怪しいなァ……)


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