76 / 126
オルクス公爵領ダンジョン調査
76.元社畜のオルクス公爵領デート・2
しおりを挟む大通りに面したところにある商業区は、可愛いディスプレイの店が多く立ち並んでいる。活気に満ちた市場とはまた違って、落ち着いた高級な雰囲気がある。
クラリッサの街じゃ、なかなかお目にかかれない場所だ。あっちは市場の方が勢いがあるものなあ。私はどっちの感じも好きだけどね。
服飾店、文具店、魔道具店、本屋、雑貨店、ケーキ店……。あ、美味しそうなカフェもある!珍しいところだと、調香屋なんてのも見つけた。
なお、私が一番気になる薬草店とか薬屋さんは、商業区と職人区の境目に位置する冒険者ギルドよりの場所に、店舗を構えているらしい。
ヒースさんに断りを入れて、ちょっと足を止めて、ディスプレイを覗かせてもらうだけでも凄く楽しい。
「中に入ればいいのに」
「いいんですよ。下見です、下見」
気になるお店に全部入っていたら、さすがに際限がないからね。仕事の前に観光気分のままに荷物を作るのは、気が引けちゃうし。
それに、日本にいた頃は、本当に生活のための必要最低限しか買い物に出なかったんだよね……。欲しいものって言われても、ぱっと浮かばない。今日の買い物だって生鮮食品目当てだし、長年の習慣って恐ろしい。年頃の娘としては、ちょっと情けなくなってきた。
「あ、でもさっきのカフェは行ってみたいです」
「じゃあ、昼はそこにしようか」
「はい。楽しみです」
くつくつと、ヒースさんが喉を鳴らす。これは、物欲より食欲と取られてしまったかな?
寄り道をしつつ、ヒースさんとの会話が弾んでいるうちに、やがて目的地へとたどり着いた。
「俺の用事は、ここだよ」
「ここですか……?」
見上げた店舗は小ぢんまりとしているけれども、装飾品を取り扱っているっぽいお店だった。ディスプレイには、綺麗で精巧な髪飾りが展示されている。
あれー?私はてっきりこのまま職人区まで歩いて、武器・防具とかを見るか、魔道具店に入るかするのだとばかり思っていた。完全に当てが外れた。
お店の中に入ると、壁面一体に髪飾りや髪留めが、所狭しと陳列されている。貴族が身に着けるような豪奢なものから、庶民でも手に取れる値段のシンプルなものなど、様々に取り扱っているようだ。
「カナメの髪の毛を、くくったほうがいいと思ったんだ。かなり動くことになると思うしね」
「あー」
私は、思わず自分のサイドの髪の束を摘んだ。
時々リオナさんが切ってくれていたものの、私の髪の毛は肩甲骨下あたりまで伸びている。
ばっさり切ってもよかったのだけど、この世界の女性は伸ばすのが一般的らしい。
かといって、紐やリボンだけでくくるのがどうにも上手くできなくて、そのままになっていたのだ。
言われてみると、確かにかなり動き回るだろうダンジョン探索では、流したままだと邪魔かも。
一応料理の時だけは少しうっとうしかったので、親方のところでいい感じに作ってもらった棒をかんざし代わりにして、一時的にまとめたりして代用してはいたんだよね。私が転移の時につけていたヘアゴムは、しばらく使っていたら切れてしまったので……。
キラキラしたゴージャスなティアラやカチューシャ、シンプルなものたとバレッタやリボン、飾りピンも置いている。思っていた以上に種類があって、見ているだけでも結構楽しい。
こういうの、あんまり身につけたことなかったなあなんて思っていると、くしゅくしゅっとした布で作られた髪留めが、私の目につく。
「あ。シュシュがある! ていうか、ゴムがあるの?」
「ゴム……がどういったものかはわからないが、これはアラクネの糸とスライム素材をより合わせて作ったものだよ」
商品を手に取りわずかに伸ばしてみると、きちんと弾力を感じる。おお、ちゃんとゴムっぽい。
ヒースさんの説明によると、伸縮性を出すために、あれこれ開発を経て作り上げられた商品らしい。アラクネの糸の採取にコストがかかるので、紐やリボンよりはお高めだが、女性冒険者の間では髪が解けずしっかりくくれると評判の品とのこと。
シンプルに布だけのものもあれば、銀細工のワンポイントがついているものもあって、バリエーションも豊富だ。布も様々な端切れを使っているからか、とても可愛い。
『界渡人』絡みの商品かなと思ったら、案の定元ネタは隣国の聖女様らしい。例の日本人の。
ヒースさんが商品を手に取って、私の髪にそっと当てる。ベルベットっぽい深みのある素材に、ワンポイントチャームの魔石が鎖でしゃらりと垂れていてお洒落だ。
かと思えば、銀細工で象った可憐な花のついているシュシュを当ててきたり、薄い布を幾重にも重ねた大ぶりのシュシュを手に取ってみたりと、私以上に吟味に余念がない。
てか、私が選ぶよりも、ヒースさんの方がセンスがいい気がする。
自分で選ぶと、機能性重視で、ガチシンプルな一色で装飾なしのシュシュを選ぶだろうし。飾りっけないからね、私。髪なんて焦茶のヘアゴムで、引っ詰めていただけだし。か、枯れすぎでは……。
「うん、どれもこれも似合っていて可愛い。カナメの黒髪には、何色でも映えるから悩むな。カナメはどれがいい?」
「ヒースさんにお任せしますよ。私はこういうの、全然わからなくて」
「そう? じゃあ遠慮なく」
いくつか気に入ったものの中から、ヒースさんはこれぞという5つシュシュを手にしたから、私はびっくりする。1つじゃなかったのか!?
「えっ、そんなに買うんですか?」
「うん。いつでも使えるものだし、長らく潜るのだから、このくらいの楽しみがあってもいいだろう?」
何を言っているんだとばかりに、ヒースさんがきょとんと目を瞬かせた。
確かに、王城に上がるときに着けてもらった綺麗なマニキュアは、テンションがあがったしなあ。邪魔にならない程度のささやかなお洒落って、心を湧き立たせたりするのかもしれない。ダンジョンとか潤いがないだろうし。
「あ、あと、お金払いますは厳禁だから。デートの記念にさせて?」
ヒースさんはにこりと笑いつつ釘を刺してくると、そのまま流れるように会計されてしまった。財布を出す暇もなかった。ぐぬぬ、手慣れている気がする。
「……アリガトウゴザイマス」
「どういたしまして」
きっちりプレゼント用として包装されたシュシュを渡され、私は白旗を揚げるほかなかった。
* * *
カフェで美味しい食事とデザートを食べ、市場を回ってクラリッサにはない目新しい商品を眺め、新鮮な野菜や乳製品、卵などを仕入れ、噴水広場なんていうオルクス領都の憩いの場を観光していたら、あっという間に帰り時間になった。
何 故 か 帰 り の 馬 車 で ヒ ー ス さ ん が 私 の 隣 に 座 っ て い る の だ が 。
行きは相向かいでしたよね!?
しかも、手を離さないまま。ナンデ!?
馬車だってそこまで広くないので、やたらと密着している気がする。
ヒースさんは楽しかったね、また遊びに行こうって気さくに話しかけてくるけれども、私は思考回路がぐるぐるとループして気もそぞろである。
何が、一体何が起きているんだ……?
ヒースさん、たまに距離感凄くバグる時があるんですけど、どこがスイッチになるんだ!?
そんな風にいっぱいいっぱいになっている私を、ヒースさんが覗き込んでくる。突如視界に入った眩い顔に、びくんと肩が跳ねた。
「カナメ」
「ひゃい!」
緊張で噛みました。
ヒースさんはふふっと笑いながらも、真剣な眼差しで見つめてくる。
こくりと、私は息を呑んだ。
「……今のうちに言っておくけれど、ダンジョンでは何が起きるかわからない。だから、絶対に自分を過信しないで欲しい。俺たちの言うことには、必ず従うこと」
「そ、それは、もちろんです」
先ほどまでの甘い雰囲気は、どこにやったと言わんばかりの落差ある言葉に、ちょっとだけ拍子抜けする。
「うん、いい子だ。恐い目にあうこともあると思う。でも、何があっても、俺が護るから」
真摯な、何よりも私を案じてくれる気持ちは、すとんと胸に落ちて。
ダンジョンへの好奇心と共に、大きな不安がないわけではなかったけれども。ヒースさんがいてくれたら絶対に大丈夫、という安心感が私を包む。
知らず強張っていた肩の力が、すっと抜けた。
私は、こくんと頷いて微笑む。
「……はい。ヒースさんを信じています」
「ああ。約束だ」
そう呟くと、ヒースさんは繋いでいた私の手を持ち上げて、指先に唇を落とした。
「!?」
……たまにこの人、唐突に騎士ムーブかましてくるの、タチが悪くありません!?
「お帰り~。……って、あれ? カナメってば顔が赤いけど、何かあった?」
「ななななな何もありません!! 夕焼けのせいじゃないですかね!?」
(怪しいなァ……)
41
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる