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誘誘
71.元社畜による攻撃特訓・1
しおりを挟む「雪、凄かったですねえ」
「カナメは雪は初めて?」
「初めてじゃないんですけど、私が住んでいたところはこんなに降らなかったんですよ」
私はヒースさんに温かいお茶を出しながら、そう話題を振った。
本格的な冬が、アイオン王国に訪れた。
フェーン山脈の麓にあるオルクス公爵領やユノ子爵領の周辺は、特にこの寒くなる時期に水の精霊が集まりやすく、深い雪をもたらすらしい。
ただし、数ヵ月程度で遊び飽きたら、精霊たちが各地に散って、冬が明けるのだとか。ア、アバウト~!
今は晴れ間を見せているものの、今朝方まで深々と雪が降っていたので、外はすんごい積もってる。こんな積雪、初めて経験した。
ニュース映像とかではよく見かけたけれども、実際日本では数センチ程度しか雪を味わったことがなかった。公共交通機関に大打撃で、通勤が大変だったなあという思い出くらいしかない。
だから、一面の銀世界に、私は大喜びする犬みたいになっていた。
ちなみに魔女の家は、冬の間結界に熱魔法を通すことで、周辺に雪が積もらないようになっているらしい。雪かきも雪下ろしも面倒じゃない、とはリオナさんの言だが、情緒がなさ過ぎな気もする。いや、確かに面倒ですけどね。
ここの窓から覗く景色は、普段と変わらず雪の気配すらないので、ヴェルガーの森の外とのギャップがヤバい。
そんな大雪の中、ヒースさんは馬を駆って颯爽とやってきた。
――雪を風魔法で盛大に巻き上げながら。
いやあ、最初新手の魔物かと思ったよね。
だって、私がヴェルガーの森の前の草原だけでも、もうちょっと融雪できないかなあとちんたら苦戦している間に、大量の雪を虚空に舞わせた謎の物体が、猛然とこちらへと向かってくるんだよ。普通にビビるって。
蓋を開けてみたら、青毛ちゃんに乗ったヒースさんが、風魔法を使って前方の除雪をしていただけだったわけなのだけど。
何でも、この時期ユノ子爵からの依頼で、冒険者たちは除雪の魔道具やらスコップやら魔法やらを使い、各地で雪かきに何度も奔走するらしい。
確かに道ができていれば、商人さんたちもクラリッサに荷物を運びやすい。街中の屋根の雪下ろしだって、労力がかかるしね。
「今は魔力もあるし、風で巻き上げれば手っ取り早いかなって」
「それは脳筋の考え方ですよ」
「これもカナメが≪調律≫してくれたおかげだよ。いや、でもかなり魔力を使ったな」
「当たり前です」
クラリッサからの一本道を作ってくれたヒースさんは、照れ臭そうに笑っているけれども、ここまでどれだけ距離があると思っているんだ……。
雪だって相当重いのに、それを風で無理矢理掻き上げて、左右にばらまいて除雪って、なかなかに力技だなあ。青毛ちゃんも、どことなく困惑気味だったよ……。
つい先ほど起きた衝撃の出来事を、遠い目をしながら思い起こしていると、ヒースさんがほうっと息をついて背もたれに体重を預けた。
「ここは随分と暖かいから、居心地がいいな。逗留している宿にも、ヒーター欲しい」
「あはは。ヒーターもあっという間に広まりましたねえ」
「この辺だと、死活問題になるからな。外作業も、カナメがくれたカイロ魔石があるから、随分とやりやすくなったし、ベッドも暖かくなるから助かる」
室内には、ちょっと前に私が提供した温風魔石を使って、工房の親方に外装を作ってもらったヒーターが稼働しているから、ぬくぬくと温かい。
リオナさんとフラガリアさんを初め、更にユノ子爵もたいそう喜んでいたそうだ。
オレンジ色の炎が素敵とはいえ、暖炉は煙突の煤払いとかのメンテナンスが大変だし、この時期薪の工面にも一苦労だしね。裕福層がヒーターを購入してくれたおかげで、薪が庶民にもまんべんなく行き渡ったのだとか。
冬場も外を移動する必要があるヒースさんには、低温の≪伝熱≫を仕込んだ魔石を、厚手の布で作った巾着でくるんだカイロもどきをあげたりした。どうやら湯たんぽ代わりにもしてくれているらしい。
「冬籠りとダンジョン探索の準備は、進んでいるかい?」
「ええ。ヒースさんに魔法草を持ってきていただけたので、ポーションが作れますしばっちりです! ご飯も楽しみにしていてくださいね」
「これほどダンジョン探索が憂鬱にならないのも珍しいなあ」
ヒースさんは、にこにこと笑顔を見せてくれる。
冬籠りも兼ねて、ちょっと張り切って、常備菜をあれこれ作ってしまったんだよね。煮物だのオイル煮だのジャムだのキャラメルだの。
そして、これは内緒なんだけど、冬場だけこっそり保存のために時魔石も解禁したので、食材に気を遣わなくていいのが楽になったのだ。かなり魔力持っていかれたけれども……。
というのも、ダンジョンに持ち込む食料の下準備を、この冬の間に準備できるようにしておきたかったからだ。
ディランさんから話を聞いた限りで、探索は私とヒースさんを含め、5人でパーティーを組むらしい。お肉などは現地調達できそうとはいえ、かなりの食料携行は必要だ。
料理の腕を買われての同行だから、ダンジョンではおろそかになりそうな食生活を、きっちり満足いただけるよう管理したいじゃないですか。
「そうそう、ダンジョンといえば、さっき思いついたことがあるんですけど……お昼ご飯を食べた後に、相談に乗ってもらってもいいですか?」
「それは構わないけれど」
ヒースさんは、何をする気だろうと首を傾げた。
* * *
お昼にほくほくのポトフを食べて、お腹がいっぱいになったところで、私とヒースさんは外に出た。
冬の空気は澄んでいて気持ちがいいが、寒いものは寒い。
ヒースさんに比べてもこもこに着ぶくれているので、ちょっと動きが鈍いのはご愛敬ということで。
ヒースさんが除雪してくれたおかげで、ある程度ヴェルガーの森前の草原にまで出やすくなっていて助かった。
きゅ、きゅ、と踏み締めると鳴る雪がちょっと楽しい。
「で、カナメは何がしたいんだ? 急に魔獣と闘いたいだなんて……」
「いやあ、守っていただけるとはいえ、ダンジョンに潜るのですから、私にも何らかの攻撃手段があったほうがいいかなと思いまして」
「攻撃方法を思いついたのか? 武器ではないよな?」
「はい、魔法攻撃です。ヒースさんは私の物理のへっぴり腰っぷり、知っているでしょ!」
「あはは」
以前、何かあったときのためにと、一番手軽そうな短刀捌きを見てもらったのだけれども、結局上達することなくヒースさんに首を振られた過去があるのだ。ぐっ、悔しい。人には向き不向きがあるってことですね、ハイ。
ということで、こんな私でも使えそうなのは、魔法攻撃である。
付与魔法は、補助的な役割がほとんどで、攻撃には正直不向きなんだけど、さっき雪をどうにか融かせないかとあれこれ魔石に火魔法を付与していて、思いついたんだよね。
「お、ちょうどアイスラビットが出てきたな。さて、カナメのお手並み拝見」
と、丁度おあつらえ向きに、雪の合間からホーンラビットさんの亜種の魔獣が出てきてくれた。ちなみにお肉はちょっと硬いらしい。
氷雪系の魔物は、普段はフェーン山脈の涼しい山奥に生息しているのだが、この時期は平原も雪が降って寒くなるため、下山して人里を襲うことがあるのだそうだ。
私は、すかさずポケットの中から無属性魔石を取り出した。魔石に火の魔力を与えて、火属性へと転換をかける。
「≪付与・火焔≫」
そして、氷雪魔獣に向かって私は大きく振りかぶった。
ある程度広範囲に雪を融せないかと思い、≪伝熱≫魔法を仕込んだ魔石を雪と接触したらという条件付けをして投げ込んでみたところ、接地と同時に魔法が展開され、思った通り熱に煽られ雪が溶けたのだ。
そう、魔石経由の魔法は、発動タイミングの条件指定が可能なのだ。発動と停止をコントロールできるのと、同じ仕組みだね。
グランツさんたちにも話したけど、多分できるだろうなーとは思いつつ、機会がなくて、なかなか実用化まで漕ぎ着けられなかった攻撃魔法魔石である。
この場合、魔石が当たったら魔法を展開という指定をすれば、付与や魔力の流し込みと同時でなくとも利用できる。下手こくと、暴発を招きかねないけどね。
――要するに、魔石は手榴弾になるということである。
「えいっ!!」
私は、アイスラビットを目標に、魔石を投げ付けた!
石は一直線にアイスラビットに向かい………………ひょいと避けられた。
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いつも閲覧ありがとうございます!
次回は土曜日更新を予定しています。次回で4章は終わりです。よろしくお願いします。
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