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誘誘
70.元社畜とクラムチャウダー
しおりを挟む「え、ええ~……」
そんなにご飯が重要?と訝しめば、ヒースさんがうんうんと力強く頷いていた。
「カナメがいれば、ダンジョンも百人力だな」
「兵糧は士気にかかわりますからね……」
「私、冒険者ランク、Eなんですけど……」
「多分、パーティ戦力としては、むしろ過剰なくらいなんだよ~。だからせめて癒しが欲しい……」
「因みに、今回の指名料は、ギルドを通してこのくらいを予定しています。長期仕事になりますので」
「ふむ、悪くないですね」
並みいる男どもが、そんな風に力説するんですが。Eランクが紛れていても、攻略余裕だと申すのか。そんなにダンジョン生活って大変なのか……。たかだかEランクに、結構なお金を支払う程に……。
「そういうわけで、事前にきちんとお手並み拝見させてほしいってわけ」
なるほど?なるほど。
リオナさんをちらりと見れば、首を振って諦めろという姿勢である。そっかー。
何はともあれ、とりあえずは昼食を作りますかね。
* * *
つい先日、丁度ノーエン伯爵から牛乳と乳製品のおかわりをいただいたので、今日はミルク系のスープにしようかな。ちょっとだけ牛乳の消費に困っていたから、もりもり食べてくれそうな人がたくさんいて助かる。
それから、ユエルさんとお話していた、冷凍した魚介類の第一陣が、つい先日クラリッサに届いたので、購入したとっておき、あさりとエビを解禁しますよ!
今日のメニューは、パン、クラムチャウダー、温野菜のサラダ、エビと卵の炒めもの。リオナさんが葡萄酒飲みたそうだから、枝豆とか、昨日の夕飯の残りの豚の角煮も、突き出し代わりにしてしまおう。
エプロンを付けて、さあ取り掛かろう。
ヒースさんはディランさんとダンジョンの話があるみたいだから、戦力にはならないかな。
なんて思っていたら、私の視線に気づいたシラギさんが、キッチンへやってきてくれた。
「ディランダル様が急に押しかけて、申し訳ありません。私でよければ手伝いましょう」
「シラギさんは料理の経験が?」
「野営程度ですが……鍋を見たり、野菜くらいであれば切れます」
「助かります。よろしくお願いします」
私はシラギさんに、そっとヒースさん用のエプロンを渡した。
まずは枝豆を茹でつつ、豚の角煮を温めてさくっと出しちゃう。
お料理待ち組は、どうぞ勝手に飲んでてくださいな。手伝ってくれるシラギさんの分の角煮は、きちんと取っといてあるからね!
下処理もしっかりお願いしておいた冷凍のむきエビを塩水で解凍しつつ、シラギさんと2人、ひたすら野菜を切りまくる。じゃがいも、にんじん、たまねぎ、きのこはクラムチャウダー用に角切り、温野菜用のかぶ、にんじん、ブロッコリーは食べやすい大きさに。
あ、クラムチャウダーには、ベーコンとにんにくも入れなきゃね。あと、卵炒め用にネギのみじん切りは譲れない。
「カナメさんは手際いいですね」
「ありがとうございます。シラギさんも包丁捌きがお上手で」
「刃物の取り扱いは本職ですからね」
シラギさんに褒められてしまった。
軽く洗った冷凍のあさり(こちらも砂抜きしてから送ってもらうように頼んだんだ!)と水とお酒を鍋に入れ、あさりを解凍しつつ口が開くまで火を通す。
その間にフライパンで、刻んだ野菜をバターで炒める。あとで煮込むから、火は通り切らなくてもオッケー。とろみづけの小麦粉は、コンソメで少しずつ伸ばしていく。
煮すぎるとあさりの身が固くなっちゃうので、口が開いたらあさりを取り出して、代わりに炒めた野菜を鍋にイン。
灰汁を取り除いてもらうのは、シラギさんにお任せ。
洗ったフライパンに、野菜と水を入れて、蓋をして蒸している間に、エビの背ワタを取ったり、マヨネーズと味噌を合わせてディップを作ったり忙しい!
鍋を見ているシラギさんにも、塩コショウした卵をかき混ぜてもらったり、エビを茹でてもらったり、大わらわだ。
シラギさんにお願いすると、勝手のわからないキッチンながらも、丁寧に作業してくれるからさすがだ。性格出るよね。ディランさんだったら、ちょっと恐くて任せられないかも。
クラムチャウダーの鍋の野菜に火が通ったら、牛乳ときのこを入れて再び温める。
その間に、卵にネギを入れて混ぜ、熱したフライパンにエビと一緒に投入。強火でがーっと炒めちゃう。卵には水溶き片栗粉を入れておくと、ふわっとするよ。
私がエビの卵炒めを作っている間に、あさりを再度入れてクラムチャウダーをシラギさんに仕上げてもらう。チーズを削り入れ、軽く塩コショウを振ってもらって、さて味見。
「塩加減はいかがでしょうか。私はこのくらいが好きですが」
「うん。いい感じですね」
「魚介を味わえるなんて久しぶりですね……」
小皿にスープをよそってもらい、啜ってみればあさりのお出汁が良く出ていていいお味。
美味しくできたので、シラギさんと二人、にっこりと顔を見合わせてしまった。
諸々仕上がった料理をお皿によそって、パンと一緒にダイニングに運ぶと、葡萄酒片手に三人が額を突き合わせている。なお、角煮と枝豆はすっかり食べ終わっていた。
「お待たせしました」
「わー、さっきからいい匂いが漂ってきて、楽しみだったんだよ」
いそいそとディランさんがテーブルに着く。にっこにっこの笑顔だ。
ヒースさんは、並んだ料理を見て、目を輝かせている。
「おお、魚介だ。ついに解禁したのか。いつ魚介料理を作ってくれるのか、ずっと楽しみにしていたんだ」
「はい。いっぱい作ったので、ヒースさんもたくさん食べてくださいね」
めいめいテーブルに腰を下ろして、カトラリーを手に取る。いただきます!
野菜とあさりがほくほくのクラムチャウダーは、ミルクの濃さも相まって、凄く食べ応えがある。口の中ではふはふしながら、頬ばってしまうね。
久しぶりの海産物が美味しい~。お肉もいいけど、やっぱり海産物も最高だよね。みんな違ってみんないい。
「うま……え、めっちゃ旨い……。この間味見したパンプキンスープも美味しかったけど、こっちもクリーミーで旨味が凄いな……」
「酒蒸しくらいしか食べたことなかったが、あさりってスープに入れてもこんなに旨くなるのか……。カナメのスープはいつも具だくさんだし、パンが進むな」
「あー、久しぶりの魚介類最高だわ。温野菜に味噌マヨディップもお酒にあって、無限に食べられてしまうじゃないの……」
「初めて食べる味ですが、野菜の青みやエグみを丸くして、食べやすくしてくれますね。これなら、うちの野菜嫌いの団員も、喜んで食べそうだ」
「ミソというと、ミクラジョーゾーの虎の子じゃん。レイン侯爵家の伝手がないと、出してもらえないっていう幻の調味料じゃなかったっけ」
「ええ、そんなことになっていたんですか味噌……」
最近、作る量が増えたのか、味噌も定期的に購入できていたんだけど、もしかしてユエルさんが手を回してくれたのかな。
パンはクラムチャウダーにつけて食べてもいいし、上にエビの卵炒めを載せて一緒に食べても美味しい。
私の真似をして、早速パンに卵を盛ったディランさんが、モリモリ食べていた。
「うまぁ……卵ふわふわで、エビもぷりぷりだ。サンドにして、遠征に持っていきたいねぇ……!」
「足が早いから、ちょっと厳しいですかねえ」
油ものの中華系料理は、個人的に温かいうちに食べるのがベストだしねえ。
結構大きなパンなのに、二口でぺろりと食べつくしてしまったディランさんは、そのまま相向かいの私の手をぎゅっと握った。
「僕のところにお嫁に来ない? 一生食うに困らせないよ?」
「お断りします」
「速攻フられた!」
ディランさんは、大仰にテーブルに撃沈した。
何言ってんだかね。それ以上に、弄ばれそうで嫌だぁ。
横からそっと、ヒースさんがディランさんの手を外してくれる。ありがとうございます。ちょっと表情が恐いですけど、娘は嫁にやらん的な保護者モードのアレですかね。ディランさんの冗談ですから。どうどう。
コミカルなやり取りに、みんなが笑う。
あ、こういう雰囲気、いいな。
家族がいて友達がいて、みんなが笑っていて、ご飯が美味しい。あたたかくて、優しい空気。最高では。
「まあ嫁はともかくとして、キミの腕は僕の見込み以上だったから、どうだい、ぜひともダンジョン探索に付き合ってほしいな」
どうやら私の料理は、ディランさんのお眼鏡に適ったらしい。
ダンジョンに正直興味はある。
私が料理をしている間に、ディランさん、ヒースさん、リオナさんで、私を守りながら探索可能な戦力かどうかの検討会を開いていたらしいんだけど(ただ飲んでるだけじゃなかった!)、防御を始め反射攻撃、果てはGPSまで、身に着けている魔石の効果があるから、大丈夫だろうという結論に至ったらしい。
なお、これら一連の魔石については、「僕だってそこまでしないよ」と、ディランさんをドン引きさせたそうな。
「……調律で面倒を見ている人たちの対応は?」
この数か月で、死に至りそうなほど危ない状況の人たちは、大方治療できたとは言え、新たに魔力が開花した子が、突如発症する可能性もあるので油断できない。
これから雪に覆われるというのに、頑張ってヴェルガーの森までやってくる人もいるくらいだしなあ。北国だからか、除雪能力は高いので移動は平気らしいとは、ヒースさんから聞いているけど。
「それなら、オルクスの領都に来てもらえばいい。ヴェルガーの森よりも往来し易いし、ダンジョン探索といっても、何週間もずっと潜りっぱなしというわけでもないしね。休みは適宜入れるから、その辺は、宰相補佐殿に僕から話をつけておくよ」
「ホワイト~! なるほど……。ヒースさんの見解は?」
「俺も興味あるな。カナメが行きたいなら、なおのこと一緒に行くし、俺がカナメを護るよ」
「ヒースクリフさんには、前衛をやって欲しいんだけどなあ」
ヒースさんが、ぽんと胸に手を当てた。ディランさんの茶々が入るけれども、ヒースさんがいる絶対的な安心感は頼もしい。
「リオナさんはどう思います?」
「ダンジョンに潜る前の物資の準備とかは、調薬にも付与にも勉強になるんじゃない? 戦力に関しては問題なさそうだし、行って来たら?」
「保護者二人がオッケー出してくれたので、行ってみたいです」
「やったね! よろしく!」
ディランさんが、指をぱちんと鳴らした。
こうして、雪解けが始まる頃、私とヒースさんは一緒にオルクス公爵領のダンジョンへ出張することになったのである。
冬の支度といい、ダンジョン探索の準備といい、やることが積み重なってきたなあ。年末間近って感じがしてくるよね。
忙しくなってくると、やる気がでるなあ!え?出ない?
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