【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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68.元社畜とかぼちゃポタージュ・2

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「国が既に魔力疾患の対策に取り掛かっているとは知らず、気がはやり、付与調律師ヴォイサーのカナメ様に大変なご迷惑をおかけしてしまいました」
「私のせいで、本当に申し訳ございません。ベッドから失礼いたします。ご挨拶させていただいても?」

 悲愴な顔で、双子が次々と首を垂れる。

「ああ、私はヒースクリフ・ミスティオと申します。事情があって離れておりますが、ミスティオ侯爵家の者です。今はカナメの保護者をしております」
「ご丁寧にありがとうございます。私はアルアリア・ノーエンと申します。私の魔力の瑕疵を治したいがために、兄がカナメ様に無茶を強いてしまったのです。ただ、カナメ様のお優しいお気遣いがございまして、こうして回復の兆しが見えたところです」

 ちらり、と非難めいた視線が私に突き刺さる。えーん、不可抗力なんですってば。

「……調律ではないよな?」
「ええ、魔石の方で。怪我もしてないし、扱いも丁寧でしたし、彼らも反省をしているので、できるだけ穏当にお願いしますね。で、ここまで面倒見たなら、スープも作ろうと思いまして」
「君は本当に……。まあ、大きな事態にならなかったからよかったものの。カナメに必要なのは、連絡手段だな」
「ええ、ご心配おかけして、本当にすみません。討伐帰りだというのに」

 ヒースさんが、ううんと唸りながらも、私の頭頂部に手を当てぽんぽんした。いや、すみません。
 でも、さっきのヒースさんの乱れっぷりの理由がわかった。私を心配して、必死に馬を走らせて来てくれたからだろう。

 しかも、こうも堂々とミスティオの名前を出してくるとは。
 ノーエン伯爵家は、貴族のおうちだものなあ。
 ミスティオ侯爵家の血筋とはいえ、ヒースさん自身は、現在ただの平民の冒険者のつもりでいる。
 だけど、アポも依頼を受けたわけでもない冒険者が、伯爵家を訪れたとて、門前払いもいいところだろう。

 それなのに、私のために無理を通してくれたのだとしたら。
 申し訳ないやら、嬉しいやら……複雑な気持ちだ。

「さあ、アルアリアさん、召し上がってください」
「はい、いただきます。わ、いい匂い」

 スプーンを手に取り、アルアリアさんはオレンジ色したポタージュを掬う。口に入れると、ほうとため息を一つついた。

「あまぁい。すごく美味しいです……! 口当たりもなめらかで、食べやすくて。甘みと、ちょっとしょっぱさもあって……ふふ、いくらでも食べられちゃいそう」
「まだ、無理はしないようにしてくださいね」
「はぁい」

 美味しい、美味しいと呟いて、アルアリアさんは食事を進めてくれる。ちょうど旬の頃合いだし、かぼちゃはビタミンも多く身体にいい。
 かぼちゃスープにパンを浸して食べて、オムレツを頬張り、幸せそうな顔をしているアルアリアさんを見て、ちょっとキシュアルア君が泣きそうになっていた。
 ご飯を食べて、満面の笑顔になってくれるのって、本当こっちまで嬉しくなっちゃうよね、わかる。
 アルアリアさんは境遇が境遇だったから、ひとしおだろう。

「あら、なんだか本当に元気が出てきたみたいです。身体もぽかぽかしてきて、あったかいわ。ずっと手足が冷たかったのに」
「私特製のスープですからね」
「カナメ様、凄いです! 私、今なら外を走れてしまいそうな気分!」

 ころころと鈴が鳴るような華やいだ声で、アルアリアさんが喉を鳴らす。
 もうノーエン伯爵家の人たちは、暗い顔や思いつめた顔をしなくてもいいのだなと実感できるね。
 そんなアルアリアさんを見て、キシュアルア君が再度頭を下げてきた。

「カナメ様、改めて非礼をお詫びします。俺は、貴女に返しきれないほどのご恩ができました。俺にできることがあれば、遠慮なく何なりと仰ってください」
「大げさにするつもりはないから、そこまでかしこまらなくたっていいんですよ。私が差し上げたのは、水の魔石3つ分ですし、その対価は国が定めた金銭分、きちんといただきますし」

 この後、応接室でヒースさんも交えて、諸々お話をする予定である。
 ちょっとキシュアルア君がビビり気味だが、国の事業の一環なので、魔石の料金が想像より安くてビビり直すことだろう。

「それでも気になるなら、美味しいチーズでも、魔女の家に差し入れしていただければそれで」
「……差し入れ、ですか」

 確かノーエン伯爵領は、酪農が盛んだったはずだ。乳製品が美味しいに違いないと提案をしたら、一瞬きょとんと目を丸くしたキシュアルア君は、盛大に笑い出した。

「ええ、ええ。是非、我が領の特産をご賞味ください」



 これにて誘拐騒動も一件落着、ということで。




 ――但し、きっちりディランさんに報告チクられて、キシュアルア君がノーエン伯爵にこっぴどく叱られ、しばらくの間謹慎処分を喰らうのは、のちの話である。




* * *




 ノーエン伯爵家からの移動は、街を出るまでヒースさんが乗ってきた馬でということになった。
 馬車を出してくれるという話は、丁重にお断りした。馬車だと時間がかかっちゃうし、さすがに人目があるところで、エアスケーターを出したくないしね。うう、筋肉痛になりませんように。

「心配かけて、本当にすみませんでした。あと、迎えに来てくれてありがとうございます」
「こういう事態も、一応は想定していたとはいえ、カナメに怪我もなく解決してよかったよ……」
「まさか、防御魔石が発動しないレアパターンがあるとは」

 そう、防御魔石について、反応がなかったのは、なんとサーディーさんのスキルだったらしい。【魔法無効スペルブレイク】という特殊スキルで、魔法の発動を止めてしまうのだとか。
 道理で、ペンダントの魔石がうんともすんとも言わないわけである。物理対策とはいえ、仕込んでいたのは魔法だから、あっさり当身が通ってしまったっぽい。うーん、盲点。
 逆にサーディーさんじゃなかったら、反撃の魔法が発動していましたと話をしたら、キシュアルア君もサーディーさんも顔色を悪くしていた。本当ごめん。

「しかも、ミスティオの名前まで出させてしまって……」
「ああ、気にしないでいいよ。カナメの方がずっと大事だ。それに、俺も何かしらのきっかけがなければ、ミスティオと繋ぎを付けようとは、思わなかったからね。……どこかでしっかりけじめをつけてこいという思し召しだな」

 私がしゅんと肩を落とすと、ヒースさんが微かに笑う息遣いが聞こえた。

「カナメが消えたと聞いて、肝が冷えたよ。本当に無事で良かった……」
「ヒースさん……」

 背後から、ヒースさんが身をすり寄せてくる。
 一歩間違えれば、事態がどう転がっていたかわからなかったのだ。帰れなかったかもしれない、酷い目にあっていたかもしれない、殺されていたかもしれない。
 私が誘拐されたにもかかわらず、五体満足でいられたのは、あくまでも結果論でしかないのだ。
 だから、この温もりを感じられることに、私はひっそりと感謝した。




 屋敷のあった街を抜けると、クラリッサに繋がる草原が見えてくる。
 さて、このあたりでと青毛ちゃんの歩調を緩め始めたところ、どどどどと後ろから複数の馬が駆けてくる音が響いた。

 振り仰げば、ディランさんを先頭に、彼を取り囲むようにして、2人の騎士らしき人がそれぞれ手綱を握っていた。屋敷の外にいてくれたという、ディランさんの部下さんたちだろう。
 一応ディランさんはノーエン伯爵家の侍従に扮していたので一緒に戻るわけにもいかず、別れた後どうなったものかと思っていたのだ。無事抜け出せたみたいで良かった。

 ≪擬装カモフラージュ≫をとき、結んだ茶褐色の髪を靡かせるディランさんに、私はほっとする。
 初めて会った時みたいな違和感は相変わらずあるけれども、やはり別人の顔と声で、性格ディランさんだと、どうにも頭が混乱するからねえ。
 馬を並走させると、彼は不敵に微笑んだ。

「カナメ!」
「あっ、ディランさん! ありがとうございました。助かりました」
「キミに何事もなくて何より。遊べなかったのは残念だけど、今回も面白いものを見せてもらって、愉しかったよ」
「カナメ、彼は……」

 見慣れぬ人物と馴れ馴れしく話したからか、事情を知らないヒースさんが、怪訝そうに眉を顰めた。

「あっ、彼はそばにいた侍従さんに扮して、私を守ってくれていた……」
「僕はディランダル・オルクスだ。よろしくね、A級冒険者でミスティオ侯爵家を出奔している嫡男さん」
「オルクス公爵家の……」

 ううん。名前だけでヒースさんのあれこれをわかってしまったのか。さすがディランさんだ。
 ヒースさんも、軽く目を見開いている。
 ディランさんは、私にウィンクを一つ投げると、馬の速度を速めた。

「さぁて、と。せっかくの休暇が終わってしまうからね、僕も一旦出直すとしよう。じゃあ、また近いうちに会おうね、カナメ。今度はちゃんとキミの手料理が食べたいな」
「あっ、アポ取るくらいはしてくださいよ」
「あっはっは! わかった!」

 何がディランさんのツボに入ったのかわからないけれども、笑い声が草原に響いた。うん。相変わらず慌しい人だ。
 あっという間に、3頭の馬は遠ざかっていく。風の魔法の使い方がお上手で。

「カナメは、いつの間にあんな人を誑し込んで……」
「はい?」
「……いや、何でもない。帰ろうか、うちに」
「はい!」

 ヒースさんが何やらごにょごにょ歯切れ悪く呟いていたけれども、私も一刻も早くおうちに帰りたい。
 ノーエン伯爵の客室の居心地は悪くなかったものの、あそこは私の落ち着ける場所じゃなかったからね。
 戻ったら、きっとリオナさんに怒られるだろう。心配したのよ、って。
 それすらも、今の私には愛おしく感じられるのだ。


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