65 / 126
誘誘
65.元社畜とノーエン伯爵家の双子・2
しおりを挟む「正確には、できないわけじゃないんです。ただ、今の私が施術すると、妹さんに激しい痛みを与えることになるので、お勧めできないんです」
「ふ、ふざけるな!!」
「ふざけてなんていませんよ」
希望が空ぶることになったキシュアルア君が激昂するが、怒られたってどうにもならない。
だって、彼らは付与調律師のスキルのデメリットを知らなすぎる。全部が全部便利に、都合よくできているわけじゃないのだ。
4日前。私は王家から打診を受けたご令嬢に、≪調律≫を行った。継続的な治療の一環だ。
この時、魔力を混ぜ合わせている関係で、私にも影響が出て、彼女の魔力に若干だが染まっている。
これは、効率を考えて数人まとめて調律しようとして、発覚した事実なんだよね。
そのため、魔力がフラットに戻るまで約1週間程度、私もご令嬢以外の他の人と、魔力の波長が合わなくなるのだ。
私の調律とて、万能ではないのだとわかったのは、短いながらもこの2ヵ月でできる限りの治験を行った結果である。私が1ヵ月に1人、最高でも2人しか治癒をできないと制限をかけたのはそのためだ。経過観察を含めて、次の安全な調律のために、時間をあける必要がある。
ということを丁寧に説明すると、キシュアルア君はちっと舌を打った。
「フン。ならば、あと3日過ぎれば、お前が再び≪調律≫を使えるということだろう。そのくらい待つさ」
「それは構いませんが……。私がここで妹さんに調律を行うと、今クラリッサにて私が治療を行っているご令嬢がお亡くなりになる可能性があります」
「はあ!?」
「えっ!?」
キシュアルア君から素っ頓狂な声が上がり、アルアリアさんは両手で口元を押さえる。
「それだけ、重篤な患者さんを今診ている真っ最中なんですよ……」
調律と魔石による治癒が始まって、まだ日が浅い。だけど、魔力の瑕疵の影響は待ってくれない。だから、王家の調律対象リストの中で、命を脅かす危険のある者を優先して、処置している。
クラリッサに来てもらっているご令嬢が患っているのは、魔力枯渇のレアケースだ。調律をしたものの、体質なのか相性なのか魔力は漏れ、珍しく一度で治らず、私も対応に手こずっていた。
私は、アルアリアさんをこそっと魔力視してみる。間違いなく、魔力枯渇を起こしている。魔力の器に、わかりやすく針ほどの穴が開いていた。
枯渇症状に陥る最大の要因は、この穴がほとんどである。
ただ、体内の魔力生成量は、ギリギリ最低値を保っているので、悪化しない限りこれが原因で亡くなることはないという見立てだ。
どちらが急ぎかといわれると、圧倒的にクラリッサに滞在しているご令嬢である。
「言いたくはないですけれども、妹さん一人だけが、魔力の瑕疵に苦しんでいるわけじゃないんです。あなた方は、誰かの命を背負う覚悟があって、私を攫ってきたのではないのですか?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「兄様、サーディー、攫ってきたって、一体どういうことなんですか……!?」
私の物言いに、キシュアルア君が動揺を見せる。
反対に、アルアリアさんは、きっときつく彼を見据えた。声が怒りに震えている。
「ア、アリア……」
「わ、私はそんなことをしてまで、治りたくなんてありません!!」
「だが、アリアだって、ずっとずっと苦しんでいたじゃないか。せっかくのチャンスなのに!」
「だからと言って!」
「お嬢様、落ち着いてください。お身体に障ります」
「サーディーも、兄様を何故止めなかったの!!」
アルアリアさんは毅然と男性二人を叱るものの、妹をどうしても治したい兄と、兄に犯罪を犯させたくない妹では、口論は平行線だ。
「お、俺はただ……調律スキルを持つ人間が、ふらふらしていると聞いたから……! 何故力があるのに、使わないのだと……!!」
あ、矛先がこっちに来た。
いや、私だって、仕事もしないで遊び歩いていたわけじゃないんだけどね、決して。むしろ、もっと仕事をさせてもらっても良いくらいだ、切実に。
ただ、無茶はしないって、約束しているからね。
レオニード殿下に調律をした時点で、噂が一人歩きするかもなあとは思っていたけれども、どういう経緯で捻じ曲がったのか気になるところではある。
調律が連続稼働できないから、何もしていない風に見えているのかもなあ。切ない。シリウスさんに、報告上げておかなくちゃ。
「……そうですね。私は、たまたま付与調律師のクラスを授かったというだけの、一般人です。もちろん、困っている人には、できる限り手を差し伸べたいとは思っていますよ。でも、私は≪調律≫のスキルがある限り、自分の意にそぐわない思いや、滅私奉公をしなければいけないということなんでしょうか?」
「……」
多分、私も社畜のままだったら、何も考えず誰にでも彼にでもスキルを使いまくっていたに違いない。自分を省みることなく。
大げさな言い方だろうか?
でも、私はもう、そうは思わなくなった。何事にも、線引きは大事だ。
魔力疾患は、流行病などとは違い、撲滅できる病ではないのだから。
「例えば、私じゃなく妹さんが付与調律師のスキルを持っていて、そのせいで妹さんが頼られ酷使されたとして、≪調律≫が使えるのだから仕方ないと笑顔で許せるんですか、貴方は」
「そんなことあるはずが!!」
「貴方がやろうとしていたのは、そういう身勝手なんですよ」
「……」
私が窘めるように言うと、キシュアルア君はぐっと黙り込んだ。
こういう問題は、本当に難しい。特に命がかかわってくるし、闘病を見守るしかできない家族だって、気が気じゃないだろうからね。
助けてほしい、縋りたい、救って欲しい、誰か。大切な人だからよりいっそう希望を求めてしまう。
ただ、申し訳ないけれども、私は何らかの使命や志を持って、調律を与えられたわけじゃないし、調律をしているわけでもない。貴族でもなければ、権力もない、上に立つような人間でもない。『界渡人』という立場で、ある程度尊重されてはいるものの、異世界転移は私が望んだ形ではないのだ。
聖女様とやらも、似たような立ち位置じゃないかなとお察しする。
特殊で、問題解決のできる能力を持ちえた者は、それを世に幅広く使えという気持ちはわからないでもないけれども、度が過ぎれば傲慢にも搾取にもなってしまう。
もちろん、ノブリス・オブリージュ……というよりも相互互助って大切だと、この世界の人たちに触れて身に染みた。
リオナさんやヒースさん、クラリッサの人たちに助けられ、優しくしてもらったからこそ、私も自分のできる範囲で恩返しをしたくて、手を貸している。
強制される謂れは、本来ならばないのだ。
天魔石についてもそうなんだけど、後世への影響も考えて、技術は世に出さねばならない。
付与調律師が何人もいるならともかく、安直にすぐ治せるものに飛びついて、一過性の効果だけを得て、私が死んだあとは元の木阿弥という状況は、避けるべきなのだ。
特に、魔法が普遍的なこの世界では、治療や治癒に対して、人々の感覚が鈍化している気がする。
≪調律≫がなくとも、魔力疾患の影響が最小限になっていけるよう、どうやって国として体制を整えていくのかを、協力して検討しなければならない。
だから、こういった無理を通されるのを回避するために、私はアイオン王国とスキル利用について交渉したのだ。落としどころや配慮は、大事だからね。
まあ、今回の場合、まだその辺の情報が遠方にまで浸透しなかったせいで、事案にまで発展しちゃったわけだけど。
「それに、無理やり攫われた人間が、どうして素直に治療に応じるとお思いで?」
「どういう……」
「考えなかったのですか? 付与調律師が、魔力操作のエキスパートなのは、ご存じでしょう? 妹さんの魔力を完全に枯渇させて、殺してしまうことだって、できなくはないんですよ」
魔力を治せるということは、逆に魔力を壊せるということでもある。
まあ、私だってそんな真似やりたくはないし、絶対に破壊のためにスキルを使用しないと誓っているけれどもね。
私が目を細めくすりと笑って雰囲気を出すと、双子は顔を青ざめさせてひっと息を呑んだ。サーディーさんが二人を守るように、私の前に立ちふさがる。眼光が鋭い。
……ちょっと脅しが効きすぎただろうか。
24
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる