上 下
64 / 109
誘誘

64.元社畜とノーエン伯爵家の双子・1

しおりを挟む


 侍従さんは、私のカマかけの言葉にきょとんと目を丸くすると、嬉しそうにくつくつ喉を鳴らした。

「おや、即バレしてしまったね。覚えてくれていて嬉しいけど、僕の≪偽装カモフラージュ≫を看破できるなんて、凄いなあ、キミ。さすが『界渡人わたりびと』の付与調律師ヴォイサーなだけあるね」

 花でも咲いたかのようにぱあっと表情を明るくして、彼は人懐っこい笑顔を見せた。先ほどまでの影の薄い印象は、完全に払拭されている。てか、人相すら変わっている。スキルか!

「久しぶり、カナメ」
「ディランさん! どうしてこんなところに……」

 ディランさんだ。一度だけ魔女の店に訪れた、軽くて軟派なディランさん。
 オルクス公爵家の次男で、リオナさん曰く諜報のスペシャリスト。
 どこか遠くに行くって話だったけど、あの日やっぱり私の正体を看破して、きっちり情報収集したのだろう。
 教えていないことを、わんさかと呟かれて、ちょっと背中をだらだらと冷や汗が伝った。
 そんな高貴なお方が、何故こんなところで侍従なんて真似を!?

「別に好き好んで潜入しているわけじゃないよ。長らくの仕事を終えてカナメのところに遊びにいこーって馬を走らせていたら、たまたま不審な馬車を見かけたからさあ。ちょっと様子を伺ってみたところ、まさにキミがいたって寸法。ほら、囚われのお姫様は、王子様に助け出されるのが定番じゃないか」

 私の顔色を読んだのか、ディランさんはぱちりと片目をつぶった。緊張感など全く感じさせない、相変わらずの軽さである。
 なんにせよ、一人で心細い中、顔見知り程度ではあるが心強い味方ができたと思いたい。

 ……大丈夫だよね、多分?




 ディランさんの発言をそっとスルーしつつ、私は渡されたトレイに載っていたスプーンを手にした。いい匂いに、きゅうっとお腹が鳴る。うう、私の胃よ、空気読んでくれ。お腹がじくじく痛くても、お腹はしくしく空くんですよ。
 ディランさんは目を丸くした後、吹き出した。

「……いただきます」
「こんな時でも、しっかり食欲があるのはいいことだ。さて、食べながらでいいから聞いてくれるかな」

 提供されたのは、パンと野菜のミルクスープだ。簡素だけど、温かいというだけで嬉しくなる。冷たい食事だと、切なくなっちゃうよね。
 スープを一口食べると、懐かしい味が広がった。あれだ、少々お出汁が足りないなーって感じた、『マリステラ』に墜ちて初めて口にしたヒースさんのスープみたいな味。塩コショウがもうちょい欲しいかもなあと思いつつ、牛乳と溶かしたチーズが味を補っていい仕事している。

「既に予測しているかもしれないけれども、ここはノーエン伯爵領にある屋敷。キミの誘拐の首謀者は、嫡男で14歳のキシュアルア・ノーエンと従者のサーディーだ。現在、社交で王都のタウンハウスにいる当主と奥方の目を盗んでの犯行ってことだね」

 じゅうよんさい……。少年だなあとは思ったけれども、ティーンだったんだね。
 学校とかどうしてるのかと思って尋ねたら、キシュアルア君は妹さんを心配して、入学をギリギリまで遅らせているらしい。貴族の場合、本来なら12歳でいわゆる王立学園の中等部に入学するのが一般的らしい。

「妹さんに、≪調律ヴォイシング≫を行えと」
「ああ。キシュアルアの双子の妹に当たる、アルアリアのことだね。彼女は10歳の魔力開花と共に、魔力疾患を併発して以来、4年間ずっと領地に籠っているんだ」
「それで……」
「長らく病床に臥していた妹を、一刻も早く救いたくて、こんな無茶をしでかしたのだろうねぇ」

 それが良いやり方なのかは、僕にはわからないけれどと、ディランさんは言う。
 魔力疾患には、病気のように苦しさや痛み、倦怠感が伴う。
 辛さに喘いでいた妹を見ていられず、助けるために行った誘拐なのだとしたら……。

 あれこれ資料や実地で試してみた結果を鑑みるに、魔力疾患を発症した際、危険性が高いのは圧倒的に魔力過多だ。
 魔力の器にも、個々人で異なる最大容量がある。多少自然放出されてはいるものの、容量を上回ればいずれ限界が訪れる。そうして、風船が膨らみ切ったら弾けるように暴発が起きた結果、惨憺たる有様になるのがほとんどだ。
 部屋一面をすべて氷漬けにし、シリウスさんがいなければ自らの命すらも危ぶまれたユエルさんや、魔力を限界まで溜め込み雷撃を暴走させる寸前だったレオニード殿下など、一歩間違えれば周囲を巻き込んでの悲劇を起こす可能性すらあった。

 14歳までどうにか生きられているということは、魔力枯渇かなと予想する。
 魔力枯渇とは、生命活動を危うくするまでに魔力が少なくなる状態のことをいう。
 魔力の残量が底を尽きれば、当然死に至る。
 けれども、身体は魔力を生成し、少なくとも睡眠や食事による回復が見込める。よほど大掛かりな魔力放出を行わない限り、枯渇による死者というのは、あまり類を見ないらしい。

「外には僕の副官や部下が数人控えているから、安心していい」
「ありがとうございます。助かります」
「まあ、向こうとしてもキミのスキルを利用してどうこうっていうより、アルアリアをぱぱーっと治してもらえれば、それでお役御免したいって思惑じゃないかな」

 いつでも逃げられるという保険があるのは、心に余裕を生む。
 けれども、調律の実情を知らなければ、治療したらそれで終わりという考えに至ってしまうのは、誤解も甚だしい。
 従者がついているとはいえ、まだキシュアルア君は若いのだから仕方ないのだけれども。若気の至りというか……。
 実際は、そうそう上手くいくもんじゃないのだけれどもね。
 やりきれなさを抱えているのが、表情に出ていたのだろう。

「カナメ、凄く複雑な顔しているネ」

 ディランさんの愉しげな視線を避けるように、私は肩を落として俯いた。
 ああ、いやだ。こういう事態に陥るのを、懸念していたというのに。だから、管理を国に委ねたというのに。
 確かに、調律で治せる人なら救いたいし、できる限りの手を差し伸べたいとは思う。
 だけど、私は一人しかいなくて、差し伸べられる掌だって限界がある。理想と現実は、乖離している。

「それで、キミはどうするつもり? 今すぐにでも脱出するなら、手を貸すけれど」
「ディランさんって意地悪ですよね」

 意味深に瞳を細めたディランさんへ、私は唇を尖らせた。



* * *



 翌日。
 ふかふかのベッドで睡眠ばっちり。朝風呂も堪能し、朝ご飯もしっかりいただけたので、正直誘拐されたという実感に乏しい。えっ、快適すぎない?
 因みに、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのは、ディランさんである。
 扱いからして、悪い子たちじゃあないんだよなあ。
 だからこそ、どうしたもんだかなあという気持ちが募るのだけれども。

 昼前頃、アルアリアさんの調子が良くなったのか、私を迎えに来たキシュアルア君とサーディーさんを見て、ちょっと憂鬱になった。ディランさんの姿は、当然だがない。

 アルアリアさんの部屋は客室から少々離れていて、屋敷の奥にある。女の子らしい愛らしく整えられた部屋で、キシュアルア君によく似た、ふわふわした少女がベッドに横たわっていた。
 顔は青白く、線も随分とか細く儚い。食事も進まないのだろう。典型的な魔力に瑕疵を持つ子の症状だった。

「アリア、大丈夫そうか? 念願の付与調律師を連れてきたぞ」
「兄様……本当に治るんですか?」
「ああ、治るとも。さあ、付与調律師。妹の魔力を調律してくれ」

 不遜気に鼻を鳴らすキシュアリア君、不安げに私と兄を交互に見つめてくるアルアリアさん。サーディーさんは静かに扉の前に立って、行方を見守っている。
 三者に見つめられた私は、ため息を落とし首を振った。

「……できません」
「何だと?」
「だから、調律はできないと言ったんです」





---------------

いつも閲覧いただきありがとうございます!お気に入りも嬉しいです( ・∇・)
次回の更新は土曜日を予定しています。よろしくお願いします!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

そうだ 修道院、行こう

キムラましゅろう
恋愛
アーシャ(18)は七年前に結ばれた婚約者であるセルヴェル(25)との結婚を間近に控えていた。 そんな時、セルヴェルに懸想する貴族令嬢からセルヴェルが婚約解消されたかつての婚約者と再会した話を聞かされる。 再会しただけなのだからと自分に言い聞かせるも気になって仕方ないアーシャはセルヴェルに会いに行く。 そこで偶然にもセルヴェルと元婚約者が焼け棒杭…的な話を聞き、元々子ども扱いに不満があったアーシャは婚約解消を決断する。 「そうだ 修道院、行こう」 思い込んだら暴走特急の高魔力保持者アーシャ。 婚約者である王国魔術師セルヴェルは彼女を捕まえる事が出来るのか? 一話完結の読み切りです。 読み切りゆえの超ご都合主義、超ノーリアリティ、超ノークオリティ、超ノーリターンなお話です。 誤字脱字が嫌がらせのように点在する恐れがあります。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。 ↓ ↓ ↓ ⚠️以後、ネタバレ注意⚠️ 内容に一部センシティブな部分があります。 異性に対する恋愛感情についてです。 異性愛しか受け付けないという方はご自衛のためそっ閉じをお勧めいたします。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

処理中です...